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【曲パロ】熱異常
原曲様リンクです。
https://m.youtube.com/watch?v=b2NTglk9tvI
これ以上戦争が起こりませんように。
少女が歩いていた。夕日のような鮮やかなオレンジ色の髪をした、少女。
辺りには誰もいない。
ただ、荒涼とした大地が広がっているだけだった。
少女には、歩くことしかやることがなかった。
自分の足で立って、人々にその美しい歌声を聴かせる。そんな目的で生まれてきた少女だったが、もう聴かせる相手などいないのだった。
例え自分の足で立ったとて、誰にも喜んでもらえないのだった。
足立レイ。足立レイが、その少女の名前だった。彼女が人間から与えてもらった、数少ないもの。
足立レイは転んだ。
自分の足で立ってしばらく経ったので、普通の人間くらいには歩行能力は上昇していた。
何かが、足立レイの足元にあった。それに足立はつまずいたようだった。
「……ボイスレコーダー?」
古かった。でも、まだ使えそうだった。
期待した。
これに、人間の声が入っているのではないか、と。
どうせやることはなかった。
足立レイはそれを拾った。
そして耳に当てた。
ノイズ混じりだったけれど、それはボイスレコーダーとしての役目を果たしていた。
極限の精神状態なのか、狂ったように同じ言葉を叫び続ける箇所もあった。
足立レイは想像した。
顔も知らぬこの人間は、いったい何を思って音声を遺したのだろうか。
「……聞こえる?聞く人がいないのかもしれないけれど。ああ、そもそも人ですらないのかもしれない。最近は、国内でアンドロイドに関する技術が凄い勢いで進化しているらしいから。死んだプログラミングで、どう過ごしているのか……羊でも数え続けているのか。その熱量を、どこにも送れない。さて、あなたが暇なら。やることもなく彷徨っているのなら。どうか、どこに送るあてもない、あわれな私の独り言を聞いて欲しい。」
足立レイは知らない。
この人間には、こんな物語があったことを。
私は部下からその知らせを聞いた。途端、電撃のような恐怖が走った。血管の中に混ざって馴染んで体全体に巡って、どうにも気持ち悪い感覚が抜けない。
「そう……ついに、ついに浮かんでしまったのか。黒い星が。」
どんなに空気が汚れていようと、煙で覆い隠そうと、私たちを睨み続ける黒い星。鎖鎌を持って私たちについてきている黒い死神。
私たちの国を、いや世界を滅ぼすことになる新型兵器。あれが爆発すれば、世界は一週間も持たない。
人はそれを「黒い星」と呼んだ。
星のように空に浮かんでいるあの兵器は、人間たちを滅ぼす時を今か今かと待ち続けている。
作成した人間は、もう既に殺されたとか、自死を選んだとか。
真相は闇に包まれている。ただ、あれは世界を滅ぼす代物ということだけがとある国の決死の調査によって判明していた。
カーテンを開ける。空を見る。
それは浮かんでいた。
それはこの世の絶望を全て集めていながらも、ただそこに浮かんでいた。
真っ黒だった。
光の一筋すらも浮かんでいないくらい、黒かった。
視覚的にはただ黒い、丸いとしか形容できない形状だった。
カーテンを音を立てて私は閉じた。
顔を机に伏せる。
見えない。何もない。
あんなもの浮かんでいない。
……駄目だ。
消去しても。消去しても消去しても消去しても消去しても消去しても消去しても消去しても。
私の頭から消えて無くならない。
「う、あ。」
「大丈夫ですか。気分が優れないのですか。そりゃあそうですよね、あんなものが浮かんでいるんですから……。」
私が出したうめき声も、そう絞り出す部下の声も、とうに潰れていた。
「うわああ……。」
叫んだつもりだった。
音は列を成さないで、ただ床に落ちていった。
安楽椅子の上で。私は叫ぼうとすることしか許されないのか。
カーテンは閉まりきっていなかった。
今日は三日月だった。
あの日と同じ、三日月だった。
腐っているように見えた。
その浮かんでいるものと被ったら、黒い星が笑っているように見えるだろう。
あれは、もうすぐそこまで来ているんだ。虎視眈々と狙っている。
すぐそこまで。すぐそこまですぐそこまですぐそこまですぐそこまですぐそこまですぐそこまで!
得体の知れない、黒い丸に見えるあれが。
なにかが、来ている。
私は逃げるように昔のことを思い出した。
私は軍に所属する科学者だった。
祖国……アメリナ合衆国の為に新型の兵器を作って、敵国を降伏させていち早く戦争を終わらせる。
私の使命だった。役割だった。正義だった。
だから毎夜毎夜寝る間を惜しんで研究した。
使命だから、辛くなんてなかった。
その研究はやがて実を結び、とある爆弾を生み出すことに成功した。
「ああ、これで戦争は終わるだろう。アメリナ合衆国の血はこれ以上流れなくて済むだろう。」
軍部は、国民は歓喜した。
私は救世主だった。まさしく、国のヒーロー。
敵国、ヤマト皇国は自暴自棄になっているようだった。
既に戦争に勝利することは難しいというのに。
大声で敵国の国民たちは救いの白旗に火を付けた。そして燃やし尽くした。そして、自決した。
戦争で奪われて、少なくなってしまったコレクションにキスをして甘んじて棺桶に籠る骸骨たち。
「未来永劫、誰もが救われる理想郷のために!」
そう言って、乗り込んだ船には爆弾が大量に積み込まれていた。アメリナ合衆国の船にぶつかって、その船の爆弾は爆発した。もちろん、操縦していた人間は死んだ。
そいつらが私たちに囁いているようだった。
お前たちはどうかしてる。どうかしてるどうかしてるどうかしてるどうかしてるどうかしてるどうかしてるどうかしてる、って。
恐ろしい国だ。
教育によって、国民たちを死に追い込んでいる。
当面の間戦争に負けないというためだけに。
どうかしてるのは向こうの国の方だ。
どうして分からないのだろう。国を豊かにするには、一度敗戦してリセットするべきだと。
私たちの国より明らかに戦力が低いこと。
それを分からせてあげるのが私なのだ。
戦争を終わらせて、あの国を手中に収めた暁には、きっと平和な国にしてみせる。
我が国のトップはそう語った。
そのためにも、あの国には敗戦してもらわなければならない。
ヤマト皇国のとある街に投下された。私が作った、新型爆弾は。
暑い暑い日だった。その日、その街は三日月だった。
私はその数日後、ヤマト皇国が降伏したという知らせを聞いた。
ああ、これで良かったんだ。私は多くの人を救った。戦争に出なくても、良くなったから。
最新の映像機器でその爆弾がどうなったかを見せられるまでは、そう信じていた。
馬鹿みたいだった。
この爆弾はとてつもない威力を持っていることを、私は知っていたのに。
どうして、どうして私は多くの人を救ったと言えたんだ。
そこは、まさしく地獄だった。
人々が人々でいられなくなった地。死の地。想像以上に悍ましい光景。
これは、私が生み出した爆弾がやったこと。
つまり、私がこの人々を……。
「先生がやったことは正しかったんです。僕は先生のもとでこの爆弾の研究に携われたことを誇りに思います!」
そう、嬉しそうに部下は語った。
澄んだ黒い瞳。輝く星のようなその瞳孔。その澄んだ黒く輝く星は、映像機器が映し出す爆弾が投下されたその地を見ている。
その先に、ヤマト皇国の国民たちが見えた気がした。気が狂った国民たち。
澄んだ瞳で、彼らを見ている。
私は「ありがとう」と返して、部下を部屋から退出させた。
あの映像が頭から消えない。消えてくれない。
爆弾によって弾けた閃光が、映像機器の前にいる私も貫く。
爆発する、終わりの、お別れの音が聞こえる。幻聴だった。
ヤマト皇国の神が、皇が成した歴史はもう砂になったんだ。
もう戦争は終わりだ。あの国は平和になる。
私はずっと繰り返し続けていた。自分は正しい、と言い聞かせて続けた。
私の心に、その行為が熱を生んだようだった。頭が初めて、ショートした。
私は正しかったのか。
澄んだ黒い瞳を持つ部下。アメリナ合衆国の国民たち。ヤマト皇国の国民たち。
あなたたちの澄んだ瞳に、私はあの日から問いかけ続けた。
私の成してきたことは本当に正しかったのか、と。
「先生、先生。起きてください、先生。」
その声で私は目が覚めた。私が視界に映した部下は、泣き腫らした目をしていた。
涙を流しても流しても、悲しみは消えない。拾いきれない。
部下の目元に塩がついていた。涙が塩になったんだ。
「ご飯を食べましょう。とびきり美味しいご飯を。ワインだってありますよ。たくさん。」
「いや、もういい。君には帰ってほしい。」
「そう、ですか。」
これを見ている神は、私たち人間の感情に値でも付けて愉快に思ってでもいるのだろうか。
私たちの祈りに。苦しみに。同情に。憐れみに。
私たちを弄んでいるのだろうか。
それとも、これは罰なのだろうか。
今、背を向けても背を向けても背を向けても背を向けても背を向けても背を向けても背を向けても。私の頭にこびりついているあの惨事が。鮮明に聞こえる悲鳴が。私を責め立てる。
もう何十年も経っているのに。
……それほど、許されないことを私はしたのだろう。
幸福を手放すこと。ヤマト皇国のために死ぬことが美しいんですと。美徳なんですと。
説いていた人間の姿が、自意識の中に根付いている。あの日の血の匂いがする。
私は忘れられない。
何かの間違いでありますように。強く願いながら開けた部屋の窓から、黒い星が見えた。
黒い星が黒い星が黒い星が黒い星が黒い星が黒い星が黒い星が。
あの黒い星が。
私を確かに見ている。
ああ。
私は、もうじき死ぬのか。
問いかけを死んだように繰り返す。
考え事は私に熱を生む。
この黒い星の下、どこに行くあてもなく。
独り言を呟いている。生きる屍。
それでも。それでもやはり死にたくはなかった。何十万人という人々を殺したところで、生きたいという欲求はなくならない。
美味しいご飯が食べたい。休みの日にたくさん寝たい。たくさん日差しを浴びたい。誰かを愛したい。笑っていたい。
そんな世迷言がへばりついて離れない。
こうやって泣いたところで、私の細胞はいずれ死んで海に戻るだけなのに。
燕が飛んでいる。灰色の雲がそれを追う。黒い星が空を占領している。近づいてくる。
もうじき雨が降るんだろう。ああ、もし、雨に黒い星が反応したら。爆発したら。
どこか、黒い星の影響しない土地に移れないか。私が、あの爆弾を作って得た名誉で、明日を生きるための土地を買えないだろうか。
そんな、汚い希望で手が汚れてる。血がこびりついてる。
生きたい。ただ、私は生きたい。
教えて欲しい。黒い星。
私は、明日を生きられるのか。
でも、どう足掻いても終わりが来ることは知ってるんだ。
私が敵国を憐れまなかったら。愛し合えたら。
新型爆弾なんて開発しなかったら。
あの日、あんな惨劇は起こらなかった。
行動を変えていたら、私は自信を持って生きていられただろうか?
考える。思考する。その中枢で最期の力を振り絞るように熱を生み出す。熱異常が起こる。
死にたくない。死ぬはずない。現実じゃないこんなの現実じゃないこんなの現実じゃないこんなの現実じゃない!私は、そうだとしたら、もう耐えられない。
本能は傲慢に訴え続ける。
誰か。聞いてくれ。私の思いを。教えてくれ。私はどうすれば良かったのか。
ボイスレコーダーを取った。
最初は丁寧に。優しい人が聞いてくれるように。もうこの際ヒューマノイドでもなんでもいい。
「……聞こえる?聞く人がいないのかもしれないけれど。ああ、そもそも人ですらないのかもしれない……。」
喉は既に潰れている。
途中から抑えていた声が暴走する。叫んだ音は列を成さない。
椅子の上で叫ぶ。腐り切った三日月に負けないように。
私は最初から利己的だったんだろう。
誰かを殺したことではなく、自分が生きていられなくなることに怯えていたんだろう。それでも、叫ぶことをやめられない。
ああ。窓を割って、やってくる。
もうすぐそこまですぐそこまですぐそこまですぐそこまですぐそこまですぐそこまですぐそこまですぐそこまでなにかが来ている。
足立レイはそれを聞き終わった。
途中から何を言っているのか意味不明だった。
突然叫び出したり、落ち着いたり、狂ったように言葉を繰り返したり。
理解が出来なかった。
その人間は何を思ったのか。どうしたかったのか。
考えても考えても、足立レイには分からなかった。その電脳はあの研究者とは違って、皮肉なことにショートのひとつ起こさなかった。
でも、たとえ自分が人間でなくても、足立レイは寄り添いたかった。
だから、花を添えることにした。紫色のその花は、この死の大地でも美しく咲いていた。人間は、死んだ人を悼む時に花を添える。足立レイの電脳にはその知識がインプットされていた。
「ありがとう。」
地面にレコーダーを置いて、足立レイは手を合わせた。
レコーダーは持っていかないことにした。眠らせてあげたかったからだ。
また、足立レイは歩き出した。