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さよなら、幽霊さん(第一章)5
第一章 『窓に映る憂鬱』
「こんにちは。生きてる人」
目の前のその存在は、はにかみながら僕に向かってそう言った。半透明の少女だなんて、夢でも見ているのかと目を擦っても、頬を|抓《つね》っても、少女の身体は透けたままだ。見た感じは小学四年生ぐらいだろうか。白いワンピースに包まれた|華奢《きゃしゃ》な|体躯《たいく》で精一杯背伸びしながら必死に僕の顔を見上げている。緑の景色と陽の光に溶けてしまいそうなその姿を見つめていると、少女は不思議そうな顔で僕を見つめ始めた。
「へぇ、驚かないんだ」
そう言うと少女は|徐《おもむろ》に、僕の胸に|掌《てのひら》を当てた。しかしその手は僕の身体に入り込んでしまった。僕の身体が液体であるかのようにずぶりと入れた前腕で上半身の奥深くを弄られているが、痛みや不快感はない。胸の中に何か隙間ができて風が通り抜けていくような不思議な感覚が刹那身体中を駆け巡った。
「う~ん、やっぱり姿は視えても触るのは無理かぁ……」
それを見て少女は落胆した声でそう呟いた。僕は勝手に肩を落としている彼女になんと声をかけていいかわからずにその場に立ち尽くしていると、少女は心なしか先程までより数段覇気のない声で僕に話しかけてきた。
「……君、私が怖くないの?さっきからずっとぼ~っとしちゃってさ。逃げるなり叫ぶなり、もうちょっとこう何かあるでしょ。いきなり触れられて無反応なのは君が初めてだよ」
「……別に……」
目の前の存在が怪奇であることは否定しない。未知の存在である以上、その存在に不可解な接触を試みられたこの状況だけ見れば怖いのだが、如何せん容姿が年端もいかない少女である以上恐怖心を抱こうにも抱けない。そんな自分に対しての反応が薄い僕を見かねて、少女は大きく溜息を吐いた。
「『別に』……って君、私がとんでもない悪霊だったらどうするのよ。もしかしたらさっき触ったときに君の心臓を握り潰してたかもしれないんだよ?」
「……だって、その見た目でそんな残虐なことをするようには見えないし」
僕がそう言うと、少女はさらに大きな溜息を吐いてこちらを睨みつける。
「あのねぇ……不審者が自ら『不審者です‼』って感じの見た目をすると思う?無害なふりして急に本性表して襲ってくるのが普通……って‼誰が不審者よ‼」
自分で自分の発言に突っ込む彼女を無視してその場を立ち去ろうとすると、少女が慌てて僕を引き留めた。
「ちょ……ちょっと待って!!」
「……何?」
「も……もう行くの……?」
「うん。これ以上家に帰るのが遅くなったら怒られるから」
元々、つい衝動的に光を追いかけてここに来ただけだったのだから長居するつもりはない。僕がそう言うと、少女はあわあわと僕の進行方向に立ち塞がって言った。
「君にお願いがあるの!だからもう少しだけ私に付き合って!!」
少女の言う『お願い』が何かは知らないが、これ以上付き合う道理はない。
「……《《無害なふりして僕を殺す|悪霊《ふしんしゃ》》》じゃなかったのか?得体のしれない奴にこれ以上関わらないように、僕はこれで失礼するよ」
「……いじわる……」
そう言って少女は涙ぐんだ眼をこちらに向けるが、それを見捨てずにわざわざ面倒事に首を突っ込むほど僕はお人好しじゃない。背を向けてその場を後にしようとしたその時だった。
『まってよ、ゆうくん』
知っている声が背後から聞こえた。