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piano.
廃墟より聞こえしワルツの音色は人々を狂わせ再起不能にし、破壊し尽くす。だが、幸福を願う人々にとってはそれは望ましいだろうか、生命はいずれ死に絶え、そして人生の中で必ず苦痛を受ける。苦痛を愛するための祈りを言わずも言おうも耐え難いだろう。音色が歪んでくる。線が緩やかにねじれていき、それは鋭い金属音を立てて壊れることなど秒読みだろう。どのような阿保も莫迦もそれほどのことぐらいわかる。なぜ、君はここにいるのか、それを考えるだろうが、それを考える内に自然と考えなくなるのだ。理解を成せるものではないことを無理矢理理解しようとするのが狂気の本質である。そのため、その様なことを何時何分も考えても0に等しく、それは負の数とも言えるだろう。ではなぜ私がここにいるのか、だが私はひたすらに歪んだ音色を味わい、嗅ぎ、視聴し、聴き、触り、危険を感じ取る。しかしそれはいつも信じれるだろうか、何が零か何が負なのか、そんなものは確定できる様なものではなくただひたすらに無駄なものだろう。しかしなんと言うことか、幾つ時を刻みしもロンドンの時計塔は何も待たぬ、何も考えずただひたすらに刻みつけている。そして鐘が鳴りとも結局それが何かを成すことは今後もなきことだろう、嗚呼、ひたすらに考えず刻みつけるだけの清純な無機物よ、思考ができないことを莫迦と言えるだろうか?私は君にも、彼にも言っていない。これはただ…何かに対する問いだ、問いには答える、それが問いだろう。問いとは答える為にあるのだ、それ以外に存在してはいけない。君もそう思うかね?まあいい、ワルツの音色はさらに歪み、空気に遍くものとなるだろう。それが顕現するようなことが無くとも、それが結局何かを成すことはできるのだ。思考のできる無機物と思考のできない無機物、動くだけの無機物と動くだけではない無機物、君は彼らをどう思うか。それは君にのみわかり、全て君に委ねられる。なんと素晴らしいことだろうか、君以外の万物が何度も何度もこの問いを追究しても判明することはないのだ、そして当事者である君自身だって何もわかっていないだろう。何故なら心の奥底が必ず見える訳ではないことだ、さて。ピアノの鍵が弾け飛び壁や床に大きな音と共に落ちる。結局のところ、無機物は莫迦とは言えないが思考はできない。嗚呼…何が正解で何が間違いだろうか?そんな濁り汚れ切った問いのあるこの世は素晴らしいか?君も、そう思うかね?