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おやすみいら 臥
※これは後編です!
※前編から読んだ方がいいかもしれません!
※でも強要はできません! 多様性です!
※やっぱり読む順番とかどうでもいいです! どっちも読んでくれたらいいだけです!
後頭部に柔らかな感触を感じてゆっくり目覚めたら、知らない顔が目の前で微笑んでいた。古代エジプトのミイラ少女こと、ヘテプヘレス四世が目の前の少女に言葉を淀ませながら問いかける。
「あなたは、誰?」
少女は、ふと我に返ったように言葉を紡いだ。
「……あたしは、まあ、呼んでくれるならユキって呼んで」
ユキと名乗る少女は、まさに美少女を体現したような見た目だった。蒼雪のような肌。ほのかに香り、美しく整えられた髪。ヘテプヘレスの砂まみれの髪とセミの抜け殻のような肌とは、まるで真逆だ。
「少し待ってください」
ヘテプヘレスはユキの膝枕から起きようとした。横になったまま話すのは失礼だろうと思ったのだろうが、青白い腕がそれを阻止させた。
「いいよ、このままで」
「でも」と呟きながらも、ヘテプヘレスは言われるがままにユキの膝に頭を置く。まるで吸いよせられるように。
それだけユキという少女の膝の上には不思議な魅力があった。ユキ自身がそれに気づいてるかは分からないが、気づいてるとしたらなんて魔性な女だろう。
スルーッと、ユキはヘテプヘレスの包帯だらけの身体に視線を滑らせた。
「ねえ、名前、なんていうの?」
「……ヘテプヘレスです」
「へてぷへれす? 変わった名前だね」
「そうですか? でも、ユキさんも変わった名前ですね。まるで異国の方みたいな……」
ユキが「そうそう!」と声を跳ね上げた。ヘテプヘレスが目をパチクリさせる。
「実はあたし、日本って国から来たんだ。ここから遠いところ」
「……にほん。やっぱり、異国の人なんですね。エジプト語、とてもお上手です」
曇りなき目で褒めるヘテプヘレス。
「ふふ」とユキが笑みをこぼした。
「ありがとね。数百年も生きた甲斐があったわ」
「……数百年?」ヘテプヘレスは聞き逃さなかった。
自分の聞き間違いでなければ、今、確かにユキは数百年と言った。これが何を意味するのか、ヘテプヘレスの乾ききった脳みそじゃ何も考えられないが、このユキという少女はなにか重いものを背負っているように見えた。それも長い間。
ヘテプヘレスの鼻の奥を自分と同じ匂いが駆け抜けた。
「失礼かもしれませんけど、ユキさんって何歳なんですか?」
「あら、聞いちゃう?」
はぁ、よく冷えた吐息が皮膚をなぞる。
「17……って言いたいところだけど、ほんとはね、今年で526歳」
「人ってそんなに生きられるんですか!?」
想定外の数字にあわあわするヘテプヘレスの口に、人さし指がそっと置かれた。
「……実はあたし、人じゃないんだ。大昔の話だけど、あたし、結核にかかっちゃって死んじゃったの。それでいつの間にか『一反木綿』って妖怪に生まれ変わっちゃってね。それからずーっと、この世界を飛び回ってるの」
何気なさそうにユキは空間を見つめた。独特な空気が漂う。
へテプヘレスがその空気をぶち壊すかのように呟く。
「いったんもめん?」
「そう。木綿が好きな怪物で、自由に空を飛べるの」
「空をですか? ……羨ましいです」
「空、飛んでみたいの? へテプちゃん、そういうタイプに見えなかったなー」
「そうですか? 私、こう見えても鳥に憧れてるんです。ホルス様みたいな」
ヘテプヘレスが両腕を斜め上に伸ばしてパタパタする。
ふふ、とユキは穏やかな笑みをこぼした。
気づけば、目の前のミイラの少女の|幼《いとけな》さに心にへばりついていた闇が洗われていた。
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今より約500年前、普通の少女ユキが結核で死に、もとい一反木綿の少女ユキが生まれた。
一反木綿といえば思いつくのは木綿みたいな姿だが、少なくともユキはただ白い木綿の着物を着ているだけだった。
しかし、この頃のユキは自分が一反木綿に生まれ変わったなんて知る由もない、ましてや一反木綿という存在さえ知らない。自分が今どういう状態なのか分からないのは、この時のユキにとって少し苦痛だった。
それでもユキはひとりぼっちで村に残り続けた。自分が結核で死んだ日からずっと、両親が早くに死んでも、とっくに老いた友達が一人ひとり死んでいっても。寂しさに日々襲われながらも。
妖怪になったユキは生きている人間、そこにある物に干渉することができない。これはユキにとってかなり苦痛だった。この時に生まれた闇はユキの心を徐々に蝕んでいき、自分の存在価値を疑わざるを得なかった。
どうして自分が妖怪に生まれ変わってしまったのかと思い悩むこともあった。毎日、毎日、どれだけ死にたいと考えたか。
しかし、人間と違って妖怪は自殺できない。この紛れもなく高い壁のような事実が何度もユキに立ち塞がる。
壁に見下ろされる日々を送り続け、自分が限りなくちっぽけで情けなくてどうしようもない親不孝者だと毎日毎日毎日毎日、絶望の水たまりに身をずっぽり漬かっているうち、ついにユキは吹っ切れた。
そのとき、絶望の水たまりがあっさりと渇いた。
ある日、ユキは決心をした。この村から出るという決心だ。妖怪になっても一度も村から出たことがないユキにとって、この決心は並々ならぬもの。
自分は誰にも見えない。自分を知る者はもうこの世界にいない。そして自分は空を飛べる。空を飛べるなら高い壁を越えられる。ユキは初めて故郷の村から飛び立った。妖怪に生まれ変わってから実に400年経っていた。
故郷を出発したユキは、日本中を旅した。
北海道から沖縄まで、隅々まで旅した。
自分が一反木綿という妖怪なのかもしれないと知った。
全ての絶景を巡って、日本中の美味しい食べ物を食べた。しかし妖怪の食事は舐めるだけで済むので、味はするが味気ない。
長い時間をかけて日本中を隅々まで飛び回り、日本のほとんどを知り尽くしたユキは、ついに外国に手を伸ばした。
田舎の村で外界を知らぬまま死んだ少女は、いつの間にか妖怪となって世界を旅しようとしていたのだ。
最初の旅先は大韓帝国だった。一年ぐらい旅しまくったら、次はお隣の清。そんなお手軽世界旅行を何度何度も繰り返しているうちに、ユキはエジプトに辿り着き、そこでへテプへレス四世に出会ったのだ。
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「ねえ、へテプちゃんって何歳なの? そもそも覚えてる?」
「わかりません……」
「そうだよね。でもあたしが見た感じ、へテプちゃんは古代エジプトぐらいの人なのかなって思った」
「つまり、何歳なんですか?」
一瞬、ユキは顎に手を当てたかと思えば、へテプへレスの耳に口を近づけていた。
「5000歳以上……」
「え……!?」
「歳だけ見たら、へテプちゃんはあたしの大先輩なんだよねー。でもこんなに可愛いんだもん、羨ましいのはあたしの方だよ」
木綿のようにサラサラとした指がへテプの頬を撫でた。くすぐったさに背筋がピクンと跳ねる。太ももその感触が伝わったのか、ユキは妖しげに笑った。
「くすぐったい?」
「は、はい……」
「じゃあ、もっとしてあげる」
「や、やめてください……」
ベンチの上で繰り広げられる甘々な光景。まるで永遠に続きそうだった。いや、本当に永遠にやるかもしれない。死という概念をそこらへんに捨て去ってしまった二人なら。
「私がここまで歩いたのは……この子と会うためだったのかな」なんて、陽に目を細めながらヘテプヘレスが思う。
丸みのある日差しが、時間をかけて二人に覆いかぶさった。
しばらくして、二人は眠りについた。この上ないような、安心しきったような顔を浮かべて。
おやすみ、ミイラと一反木綿。
次に目を覚ます時は、いつだろうか。
前編から読んでくれた方は本当にありがとう!
後編から読んでくれた方はちょっと休憩してから前編も見てね!!
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