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I got you!
学パロ 太中
「太宰は嘆息した。必ず、かの理想愛づる副会長から逃げなければならぬと決意した。太宰には規律がわからぬ──」
「太宰! 貴様何をぶつぶつ言っている!」
「一寸、国木田くん。大作が台無しじゃないか」
私は、口にしていたモノローグを台無しにした声の方を見た。
外では春らしい陽光が木々に差し込み、昼寝に良さげな木漏れ日を作っている──
──今は朝だけど。
彼処の木は若いから、首を吊れるほどの頑丈さを持ち合わせていないので、サボりくらいにしか使えない。
私は詰まらなさに、また溜息を吐いた。
理想愛づる副会長さんに怒られぬように足だけは動かす。
その副会長さんは私を見やると鼻を鳴らして言った。
「貴様は仕事をしていないも同然なのだから、朝の見廻り程度するべきだ」
「酷いなぁ、全く。そんなにキリキリしてると、足が攣りやすくなるよ?」
「何!? それは本当か!」
「ウソダケド」
「貴様!」
何時ものように揶揄って楽しむ。
高校に入ってから出来た楽しみの一つだ。
以前までの“楽しみ”のない生活では、少しの退屈も恐ろしくなる。
そうこうしているうちに、見るべきポイントは全て終わったようだった。
ぼんやりと窓から外を眺めていると、突然声を掛けられる。
「太宰」
「? 何?」
予定好きな彼のことだから、既に帰っているかと思ったのだが。
どうしたのだろう。
「其方のクラスに今日から転入生が来るそうだ。生徒会としての責任を以て──」
「あー、うん。はーい」
「聞け!」
「聞いてるよぉ」
何だ、そんなことか。
責任感の強い彼らしい注意である。
興味も大して無いので、半分くらい聞いてあとは聞き流した。
返ってくる怒声に間延びした返事を返しながら、窓から身を引く。
(転入生ねえ)
春という始まりの季節には珍しくも何ともない。
私が見たいものはどうせ此処には居ないのだし。
国木田くんを躱しつつ、教室への廊下を歩く。
そのときだった。
私は窓辺に目をやって、捉えたものに刮目する。
「、 」
「? 何かあったか?」
「……いや──」
突然立ち止まった私に、訝しげに国木田くんが声を掛けるが、何でもないと返した。
校門辺りにちらりと見えたあれは、気のせいだろう。
だって──
──あのマリーゴールドを見れることは先ず、無いのだから。
頭を過った其れを振り払いながら、私は再び足を動かした。
──なんて、思っていたけれど。
こんなこと、予想なんてしていなかった。
HRの時間、私は先生の呼んだ苗字に耳を疑う。
ガラリ、と戸を開けて入ってきた転入生の姿に、クラスは騒めいた。
其の容姿故か、雰囲気故か。
興奮したような空気の中、私だけが静かな衝撃の中に居た。
そう。
《《私だけ》》が。
「初めまして。俺の名前は──」
嗚呼、知ってるよ。嫌って言うくらいに。
君の名前は──
「中原中也だ。宜しくな」
そう言って、マリーゴールドは今世も変わらぬ笑みを浮かべた。
---
突然だが、私には所謂前世の記憶、なるものがある。
違う世界を生きる私の記憶があるのだ。
記憶を持ったのは小6の頃。
私は、近くに越してきた大学生、織田作之助と仲良くなった。
育ての親である森さんが医者であったのもあって、一人のことが多かった私にとって最初の友人だった。
彼は文芸サークルに所属していて、今度の学園祭で発行するという文芸雑誌を、嬉しいことに一部貰ったのだが。
彼が書いた小説の一行目を読んだとき、其れは起こった。
見知らぬ世界の、私の一生。
読めなかった小説。
違えた道。
黒い龍と白い虎。
倒すべき魔人。
目にした、圧倒的な力の行く末。
そして私の終わり──。
雪崩が起こるようにして頭へと入ってきた其れらの情報に、私は衝撃を受けた。
そうしてもう一度雑誌に目を落としたとき、私は涙を落としていることを知った。
見たかった名前が、本に刻まれていることが嬉しくて。
懐かしい人と、会えたことが喜ばしくて。
──皆に、会いたくて。
涙が収まった後、私は貪るように小説を読んだ。
彼らしい、天然なお茶目さのある物語は、素敵なものだった。
そして、私は新たな予感を察していた。
織田作と逢えたように、森さんが近くに居たように、また。
皆に逢えるのではないかと。
私には、逢いたい人物がいた。
もう一人の親友でも、大切だった二人の後輩でも、尊敬する上司でもない。
嘗て、隣に立った一人の朱。
マリーゴールド色の髪を持つ、彼に。
私は彼に置いて行かれた。
私は置いて行かれる積もりはさらさらなかった。
けれど、其れは現実となったのだ。
──私が、遅れた所為で。
森さんでさえ、私の所為では無いと繰り返した。
けれど、そんな訳が無い。
私が、敵に足止めされたからと言っても、彼が、既に其の時が近かったとしても。
私のサポートが遅れた故の、犠牲だったことは確かだった。
其れでも、私に責任を追及しなかったのは私を知る由縁だろう。
私を、どうにか死なせないように。
其れを皆、気にしていたことは明らかだった。
(申し訳ない事をしたなぁ)
そんなことしなくたって、私は死なないのに。
『死ぬんじゃ、ねェぞ……太宰。ッハハ……最期の、厭、がらせだ……』
抱き抱えた腕の中でそう笑った彼の子の|呪い《ことば》を踏み躙るなんて、誰が出来ようか。
惚れた弱みというものだ。重すぎるけれど。
私は確かに、彼の子を愛していたと言えるのだろう。
其れを律儀に守って、人として最期を迎えるくらいには。
そうしてやってきた十五歳。
けれど、前世で出会った年になっても、私は逢うことは無かった。
十三歳になって入った中高一貫校で、前世の幾人かに会ったというのに。
其れに失望を覚えながらも、のらりくらりと過ごして現在十七歳。
其の年になって逢おうとは、誰が思っただろう。
「ありがとう、中原さん。じゃあ、そうね。彼処席が空いているから其処にお願い」
「えっ」
担任教師の言った言葉に、私は小さく声を漏らした。
(私の隣なんて聞いてない!)
私の心境など知らず、中也は此方へ歩いてきた。
前世で向けられるはずの無かった、外行の微笑みを向けられ、指先がすっと冷える。
「隣か? 宜しくな」
「──宜しく、中原さん」
嗚呼、矢張り。
君は何も知らないのだね。
---
「中也は部活何処にしたの?」
「帰宅部」
「え、意外。其の小さい背で長距離とか走るのかと」
「あ゛? ……手前は?」
「私? 帰宅だけど、ほら。生徒会に入ってるから」
「うわ、なんかイラつく。ってか手前みたいなのが生徒会出来んのが不思議だわ」
「んふ」
気持ち悪い笑い方すんなよ、と呆れたように中也が言った。
次の授業の教師が教室へ入ってきたことにより、お喋りは止まる。
あのHRから早くも数週間。
良くも悪くも“隣”というステータスのお陰で、私と彼は良く喋る間柄となっていた。
けれど、今の中也が私の中で台頭していく度に、前世の中也が強く、鮮やかになっていくのも事実だった。
例えば、体育で軽やかに走っていったときだとか。
ちょっかいを掛けた後に此方を悔しげに見る目だとか。
そう言ったものが、ふと、彼の子に被さるのだ。
(ほんっと気に食わない。死んでも尚私を絡め取るなんて)
イライラしすぎて、七日間のうちに3回ほど入水しに行ってしまった。
其れもまた、驚きながらも助けた彼にあの子が重なってしまって、悪手だったのだけれど。
私はシャーペンを弄びながら思った。
けれども、私はどうして彼に記憶がないことに、あれ程の衝撃を受けたのだろう。
他の人に対しては、其処迄思わなかったのに。
(否、違うか。私が、期待しすぎていたんだ)
いつまでも私たちは“双つ”だと、思い込んでいた。
嗚呼、馬鹿らしい。全く厭になる。
ちらり、と隣を見ると、中也は真剣な表情で教師の言った言葉を書き写していた。
真面目だ、本当に。
素直で、悪く言えば愚直。
こんなに前とそっくりなのに、記憶は無い。
そんなことを考えてしまう私も厭なものだ。
私は机に突っ伏した。
あの教師なら、煩く言わないタイプだから、寝ても平気だろう。
寝ていようがなんだろうが、テスト点だけは良いのだし。
私は目を瞑った。
隣の人が何やら呆れた視線を送っているようだが、今の私はそんなことを気にしてはいなかった。
---
俺、中原中也には、気になる人物がいた。
其れは、隣の太宰治。
成績だけは良い、自殺嗜好の、生徒会書記長。
女にモテる癖にこっ酷くフリまくる女の敵だ。
……これらの肩書きだけでも変人としか言いようがない。
転入初日、担任の気まぐれで隣になった此奴は、非常に苛つくものの、喋る程度には連むという不思議な関係に至っていた。
けれども、俺が気になるのは其れらの肩書きでは無い。
此奴の目だ。
『中也、って呼んでいい?』
最初に向けられた、細められた瞳。
俺を見る目が、ふとした瞬間に合う目線が。
俺を確かに見ているけれど、俺を通して違うものを見ている。
予感では無い。断言だ。
何故だろう。確信してしまうのだ。
俺を見る時に心を占めるのは、自分ではない誰かなのだと。
じっとりとした、厄介なものは太宰の目線には感じられない。
けれど、まるで子供のような、手に入らない玩具を眺めるようなそんな目をされては、俺はどうしたら良いのだろう。
(そんな目で、見るな)
そんな目をされる度に、ざわざわと落ち着かなくなる。
慣れ親しんだものであるはずなのに、何処か違うものを手にしたような気分になる。
もっと揶揄え。笑え。
物足りない、と心が叫ぶように感じる。
些細な言葉を交わす度に、懐かしさに喘ぎたくなる。
(俺は此奴と会ったことなんて無いはずなんだが)
前のめりになるような焦りと、それを立ち止まらせる重い悔やみのような感情。
全く、何なんだか。
俺は横を眺めた。
机に突っ伏し、腕を枕にして眠っている太宰。
背が微かに上下しているから、眠っていることがわかった。
(此奴の夢には、何が出てくるんだろうな)
其れこそ、俺に重ねる何かが登場するのかもしれない。
関係ない他人に重ねてまで、其の息吹を感じたい人物は、きっと強烈で、大切な人なのだろうから。
其れにもやもやとしたものを感じながら、俺は目をスクリーンに映るスライドに移した。
---
「あ、やだー」
「大雨じゃん、傘ある?」
「無いわ」
「天気予報のばかぁ」
下校時間直前。
気まぐれに起こった土砂降りにクラスはある意味阿鼻叫喚だった。
もう季節は早くも夏。
私の隣も違う人物になった──けれど。
「おわ、凄い雨だな」
「如何しよう。私傘ない」
「ざまぁ」
目の前には相変わらず彼が居た。
(何でだろうなぁ)
精神年齢も肉体年齢に引っ張られるものなのか。
其れとも純粋に離したくないのか。
私たちは未だに共に居た。
私も傘に入れてよー、などと駄弁りながら、頭では違うことを考える。
私が離したくないのは、どちらの中也だろうかと。
今の中也と、前の中也は違う。
死を、血を知らない。
けれど、今の彼も、前の彼も、穢れることのない清さと、真っ直ぐさを持っている。
其れが、余計に前に似通わせるのだ。
彼と話したいと思うたびに、私が誰と話したいのか分からなくなる。
──いっそのこと、彼があの子の記憶を得たのなら。
そう思うたびに嫌気がさす。
私は小6まで、人を遥かに超える頭脳を持っては居たが、其れ以外は普通の子供だった。
……ちょっとだけ、死に興味があったことは認めるけど。
でも確かに、育ての親が某幼女趣味なことは除いて、普通の少年だった。
中也だって、そうなのだ。
親がいて、親戚がいて、自らが人がどうかなんて悩んでいない、一人の少年だ。
これまでの経験があって、今の中也がいる。
其れに、前世という後付けを願うのは、彼に対する冒涜だ。
でも。
(中也に、逢いたい)
(中也に、幸せでいて欲しい)
よくわからない。
あー、水に飛び込んで整理したい。
そう思っていた矢先。
「……一緒に帰るか?」
「へ」
何が。
誰と。
一瞬フリーズしたが、私の言った言葉に対する返答だと理解するのに、そう時間は掛からなかった。
傘を貸すついでに共に帰らないか、ということか。
(無防備すぎやしないか)
下心ある人に捕まったら如何するつもりなのだ。
否、若干下心ある人がここに居ますが。
……いや、待て。私は誰を心配しているのだろう。
(あー、もう。まどろっこしい!)
頭の中のもう一人の私が自分を叱咤する。
なるようになれ。
「……いいの?」
「おう」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
そんなこんなで、私は彼と共に帰路についていた。
勿論のこと、私の方が背が高いので傘を持つのは私だ。
中也はかなり悔しげにしていたけれど、背の違いは残酷である。
彼が持ったら私の腰が疲れて死にそうだ。
帰り始めて最初の方はそれで散々揶揄ったけれど、今はそれも辞めて普通に話している。
簡単な折り畳み傘なので、中也側でない方の肩が少し濡れるが、気にせず歩いた。
「それで、──」
簡単な手振りを交えながら話す中也。
小動物のような行動に、小さく笑いを溢す。
昔からそうだった。
こんな可愛らしいところが好きなのだ。
(──え?)
今、私はなんと思った?
私ははたと立ち止まる。
曲がり角の水たまりに、ぽたりと傘の滴が落ちた。
『昔からそうだった』
『好きなのだ』
(最ッ低……)
矢張り、私は、重ねていたのか。
気持ち悪い。
反吐が出そうだ。
「お、雨上がったな──太宰?」
前へ少し歩いていた中也が振り返る。
「太宰?」
やめて。
そんな純粋な目に、私を映さないで欲しい。
私みたいな、最低な人間を。
「……ごめん」
私には其れしか言うことができなかった。
彼は、押し付けられた傘と謝罪に困惑した表情を見せる。
「どうした? 何かしたか──」
「ごめん」
私、此方だから。
そう絞り出して踵を返す。
私の家は此方の方では無いと言うのに。
今の私には、其の声が震えていなかったかと言うことしか、気にすることができなかった。
---
「あー、チッ」
「中也、どうした?」
「……否、何でも」
と言うか、勝手に部屋に入ってくんなよ、兄貴、と其の人物に返す。
ポール・ヴェルレエヌ。
苗字は違うが、確かに俺の兄だった。
長い金髪を揺らしてくすくすと笑うと、兄はドア付近で立ち止まる。
「弟が何やら思い悩んでいる様だったからな。なに、一つお兄ちゃんに──」
「言うか阿呆」
高二男子に言うには少々幼すぎる言葉に軽口を返しながら、俺はベッドに寝転ぶ。
視界の端で、肩をすくめてドアを閉めた兄の姿を捉えた。
『ごめん』
そう言って目を伏せた彼奴の姿が離れない。
苛立ちと、寂しさと。
様々な感情が剥き出しの姿。
何時ものらりくらりとして、揶揄ってくる彼奴にしては珍しいことだった。
(何なんだ、あれは)
何をぐるぐる考えてやがる。
俺にそんな目を向けるな、と、去る背に言いたくなった。
気まぐれな雨に降られ、びしょ濡れになった傘を思う。
──手前は何を思ったんだ?
何かしたのか、とあの時自分の行動を振り返ったが、彼奴に彼処までの顔をさせる様なことには見覚えが無かった。
(無自覚ならどうしようも無いが……)
せめて、示唆くらいくれても良いのに。
若しかしたら。
──また、俺に“誰か”が重なったのか?
だとしたら。
どうしたら、重ねないでいてくれるのだろう。
どうしたら、あの孤独な背に、寂しさ以外を与えられるだろう。
(分かんねェ)
自分のことも、太宰のことも。
ただ、あの時思ったのは。
(『俺を、置いて行くな』──)
傘を押し付けた指の冷たさを、俺は確かに知っていた。
背に、頬に感じていた。
先ほどの光景がフラッシュバックする。
雨が上がったばかりの、薄暗い中で向けられた背。
其の影が、砂色の外套を纏った背に重なった。
『ごめん。ごめんね、中也』
ああ、そう言って笑っていた。
目に映る言葉は、謝罪の一色。
彼奴は、そんな挨拶を言ったことがなかった──
(待て)
何の話だ? これは。
映画の切り取りの様に、様々な光景が浮かんでは消える。
(違う。置いて逝くなと縋ったのは太宰だった)
俺は、其れに──
──嗚呼、如何して忘れていられたのだろう。
それと同時に、太宰が誰を重ねていたのかを悟った。
『死ぬんじゃ、ねェぞ……太宰。ッハハ……最期の、厭、がらせだ……』
(ごめん)
謝罪の思いが頭を駆け巡る。
俺は、彼奴にどんな酷い呪いを掛けたんだ。
けれど、最後に見た彼奴の顔が、今にも崩れそうな蝋のようで。
(泣くな、前を向いて)
其の一心で、俺は其の呪いを紡いだ。
どうか、此奴が現世に絡め取られたままでいるように、と。
そしてあわよくば──
俺を忘れることがないようにと。
俺と言う存在が、太宰の中で消えることがないように。
結局は、自分のためなのだ。
自分の、身勝手な想いの。
(最低すぎんだろ……)
それを忘れていたことも、そんな事を言ったことも。
最低で、幼稚で。
其の時、ふと思った。
今、彼奴は如何しているだろう。
頭が警鐘を鳴らす。
あの表情は。
消えてゆきそうなあの顔は。
今日の夕方、共に帰ることが決まった時に交わした言葉が思い起こされる。
『嘘、私の家に近い!
私の家は、んー、君の家、近くに川あるでしょ? 彼処の川にすぐ飛び込めるとこ』
あの時は、此奴らしいと呆れつつも笑ったけれど。
今の彼奴は。
(ッ──)
急がなくては。
俺はベッドから飛び起きる。
服は制服のままだったのが救いだ。
部屋を飛び出し、声をかけてくる兄を振り切る。
「中也!?」
「すまねぇ! 少し出掛けてくる!」
ヴェルレエヌが今世は血のつながった兄なのは驚きだが、今は其処に構っている時間はない。
靴を履く時間も勿体無い。
暗い外を急いで駆ける。
行き先は、川。
彼奴には養父がいるそうだが、医者で留守がちなのだと言っていた。
其の肩書きに若干既視感があるのはさておき、彼奴なら。
(飛び込みかねない……ッ)
大雨で増水した川に飛び込めば、いくら彼奴でもただでは済まないだろう。
彼奴があんな顔をする時は、大抵本気で死のうとしていた時だった。
寂しさに、寒さに耐えかねて。
(寒いよな)
俺だって、あの時寒かった。
でもそれ以上に、俺を抱き抱える指が、震える瞳が、凍えていた。
(まだ、許してくれるのなら)
俺は走って行った中に、見知った黒い背を見つける。
水魔に魅入られたような其奴の左手を、強く、強く握った。
「なん、で」
なあ太宰。
一つだけ、我儘を言わせてくれ。
其の瞳に、火を灯させて。
呪いではない言葉で。
どうか。
---
自分の醜さに嫌気がさして、つい、飛び込んでしまおうかと川を見つめていた時。
左手に現れた痛みに私は目を見開いた。
「なん、で」
「太宰」
何で君がここに居るの。
何でそんなに泣きそうなの。
君にそんな顔をさせるのは誰。
様々な問いが浮かんでは消える。
そんな私を、中也は確りと抱き留めた。
「、 」
「済まない。ごめん。ごめんな」
「置いて逝って。呪いを掛けて。忘れて。ごめんな」
其の言葉に私は体を固まらせる。
「ッ君──!」
「思い出したよ、全部な」
真逆。
そう思うも、目の前のマリーゴールドを見て本当なのだと悟る。
目の前の彼は、確かに、“中也”だった。
なぁ太宰、と目の前のマリーゴールドは言う。
驚いて声も出せない私の頬にふれた。
私の目に彼が映る。
彼の目にもまた、私が映った。
「手前は、手前だ。前がどうだろうが、手前は、手前だ」
「ッ何で」
何で、そんなことを言うの。
私は、君を殺したも同然なのに──
私の思いを汲み取ったように、彼は笑った。
全てを払拭するように。
「俺は、太宰に笑っていて欲しいよ」
だって、愛してるからな。
そう言って笑う。
けれど、其の笑みは僅かに陰る。
「だから──」
「忘れない」
続けようとした中也に私は声を被せた。
続く言葉を悟ったから。
死ぬ直前に、死なないようにと願うほど、お人好しな彼が言うことなど分かりきっているから。
そうでなくとも、相棒だもの。
驚く彼に、私は頭を振って続ける。
「君の言葉は呪いかもしれない。けれど、私はそれを受け入れた。だって──」
私だって、愛してるんだから。
私の言葉に、中也は瞳を震わせる。
どこか空虚だった瞳に、光が灯り始める。
「どうしてもって言うなら、私からも呪いを掛けさせてよ。中也」
たった17歳、人生はこれから。
そんな歳でこんなことを言うのは、重すぎるものだと思うけれど。
「私は、君を忘れない。君だって、忘れないで。そして──」
私の、隣にいて。
こんな重さは、私たちにお似合いだ。
(でしょう? 中也)
其の返答は、私に抱きつく重さと暖かさが語っていた。
Fin
眠り姫です。
また性懲りも無く腐ったものを書いたのですが。
学パロにまで手を出したよ……私……
もう末期だ。
pixivで見てたら描きたくなっちゃって。
というか、I got you っていう単語を見て、これが思いついたんですもん。
捕まえた! 私がいる 理解した って意味なんです。
流れがちょっとおかしいので、リメイクして上げ直すかも。
ここまで読んでくれたあなたに、心からの感謝と祝福を!
追記
コメントくださっている方、ありがとうございます! 励みになります
コメントの有無に関わらず、気ままに読んでくださると嬉しいです!