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5章 4話 共闘
時を少しだけ進め、迷宮探索準決勝。
この時期には魔法競技祭という大イベントがあるが、それ以外に語るべき事は無い。
予選をサッと済ませて、魔法競技祭を楽しむ。それだけだ。
メア達と特訓する、なんて事も無い。やった所で結果は変わらないからだ。
説明は前回と同じ。違うのはルールだけ。
今回探すのは、この階層――第一階層のボスだ。
ボスを探して討伐し、第二階層へ降りる事で決勝進出となる。
なお、ボス討伐の人数は問われていないが、決勝進出は上位五名のみ。協力して欲しい意図と、仲間割れして欲しい願望が透けて見える。
先生からの合図が出ると同時に、僕はダンジョンに足を踏み入れた。
第一階層のボスは弱い。雑魚だ。見つけるのは容易い。
「見つけた」
ちょっと気合を入れて『魔力探知』を使うと、ボスはすぐに見つかった。
が、僕はボスの方に向かわない。
十数名の参加者の内、僕ともう一人を抜いた全員。彼らが、それぞれの得物に手をかけて、僕の方へゆっくりと歩いてきていた。
迎撃するか、否か。もう一人がすぐにボスを倒してしまいそうなら、振り切るしかない。
――魔術の気配。彼らからではなく、唯一得物に手をかけていない人からだ。
属性は雷――僕も魔術を使わないと、追いつけない。
「『|雷纏《らいてん》』」
彼の魔術発動とほぼ同時。
「『|雷霆《らいてい》』」
僕も魔術を発動させ、ボスのもとへ――彼を追った。
僕との戦いを避け、雷属性の魔術でボスのもとへ向かう。もしかしたら、同じクラスの人かもしれない。
雷を纏って駆けていると、前に居る人の背中が見えてきた。
紫がかった黒い髪が、後ろに流れている。
どこかで――具体的に言えば、入試の時の模擬戦で見た事のある相手だ。
相手も僕に気付いたのか、速度が少しだけ上がった。
彼の手がボスを指差すと、差された部分に魔力が集中する。魔素を持っているのはボス自身。
|瞬《まばた》きの後、雷が現れた。
雷がボスを焼く寸前、僕の魔術が割り込み、彼の魔術を打ち消す。
彼が振り向き、その紅い瞳に鋭い光を宿した。
「何のつもりだ?」
明確に「敵」として認識された気がする。
その視線の険しさに冷や汗を流しながら、僕は慎重に言葉を選んだ。
「僕も、予選を通過したいんだ。どうせ五人通れるんだから、一人増えた所で変わらないだろう?」
「変わるさ。お前は強い。ここで協力してお前も決勝に進めば厄介だ」
彼は武器を構えた。
まずいな。ここで僕達が争っている間に、他の参加者にボスを倒されるかもしれない。こうなるんなら、迎撃すれば良かった。
「まあ待ってよ。僕達が戦っている間にボスが倒されたらどうするんだ」
「ボ……? 言われてみれば、確かにそうだな」
「でしょ? だから、ここは戦わずに――」
「良いぞ。二人で、向かってくる雑魚どもを蹴散らそうじゃねーか」
この言い方だと、後で戦うというように聞こえるのだが。
僕は抗議しようとして――出来なかった。
既に、他の参加者の姿が見え始めていたからだ。
じゃあ、共闘する前に一つ。
「名前は?」
「ルアイ」
「トーマ」
お互いの名前を知っておかないと、戦う時に不便だからね。
二人しか居ないから、名前を知らなくて困る事は無いけれど。やっぱり、はっきりと自分に向けられたと分かる言葉の方が、耳に入ってきやすい。
武器を握った参加者が、ぞろぞろと群れを成して現れた。群れは僕達を取り囲むように広がる。
「いち、に、さん――」
僕達を囲む集団の、頭の数を数える。
参加者全員から二を引いた数と、ぴったり同じだった。
数の上では、圧倒的不利。戦力の上では、評価は逆転するか。
僕とルアイは拳を握り締めて、構えた。
剣なんて使うと、やりすぎてしまう。制圧するだけなら、これで十分だ。
じり、と土を踏みしめる音がした。
緊張が高まる。
お互いがお互いに集中する。
僕はルアイに目配せした。ルアイが目で頷いたのを見て、
ザッ! と、僕達は容易に危ない均衡を打ち破った。
初めに、それぞれの正面の相手を狙った。
誰でも良かったので、狙いやすい相手を狙った形だ。
相手は慌てて剣を動かすが、遅い。その間に、僕はもう懐に入っている。
懐に入りこまれたら、剣の有用性は半減する。近くですばしっこく動き回る相手には当てづらいだろう、ソレ。
拳を一発、急所に叩き込む。
相手が大きく吹っ飛ぶ――が、逃がしはしない。相手はうめき声を上げながらも、受け身を取ろうとしている。
僕は相手に追いつき、もう一度殴った。
今度こそ、相手は動かなくなる。
顔を上げると、人影が二つ、僕を挟み込むようにして飛びかかってくるのが見えた。
タイミングが合った動き。なかなか上手い。
だが。
僕は少しだけ後ろに動いた。相手の攻撃は不発に終わる。
互いの攻撃が互いに当たる、なんて間抜けな事は無い、か。
目の前に、着地直後の隙を見せる二人が居る。
僕は容赦なく、雷属性の魔術を使って二人の意識を奪った。
――たとえ息ぴったりな動きだったとしても、僕には及ばない。
横目でルアイを見る。彼は雷を纏って戦場を縦横無尽に駆け回り、敵を感電させているようだった。
負けていられないな。
「『魔弾』」
魔素を固めて、撃ち出す。ただそれだけの簡単な魔術。シンプル故に、使い手の練度が大きく表れる。
込める魔素の量で、威力の調整もしやすい。
今回は、ちょうど意識を奪うぐらいの威力を発揮するように調整した。
込める魔素の量は均一。これで倒せなかった人は、少しだけ強い。
「発射」
魔弾が一斉に他の参加者に向かう。
為す|術《すべ》もなく攻撃を受けた人も居たが、一部は防いだり回避したりしていた。
魔弾を回避し、大きく体勢を崩した人に、狙いを定める。
停止状態から、一気に加速。腰を捻って、勢いを乗せる。
蹴りが相手にクリーンヒット。
顔を上げれば、残っているのは一人だけ。
僕がのんびり近接戦をしている間に、ルアイは雷で痺れさせていたらしい。
さっきの『魔弾』が無ければ、倒した数では大きく負けていただろう。
そんな事をつらつらと考えながら、
「『風よ』」
風を操り、相手の剣を切り刻む。
ただの風で、鋼を切り刻めるか? 出来ると思えば出来るんだよ。現に今、切り刻んだのだから。
ルアイが雷を纏って一気に肉薄する。
ルアイの体が触れる寸前、雷が残った一人の体を駆け抜けた。
膝を突き、崩れ落ちる。
立っているのは、僕と、ルアイ、それからボスだけ。
「続き、やる?」
|空間収納袋《アイテムバッグ》に手を伸ばし、戦う準備を整えているというアピールをする。
ルアイは少し考え、
「いや、やめておこう。今思い出したが、模擬戦で戦って敗れた相手だ。今やっても勝てる気がしない」
ルアイはボスに体を向け、人差し指でボスをまっすぐ指差した。
ボスに魔力が集中し、雷が弾ける。
僕達を中心として広がる、敵が転がった空間。
僕達以外に動くものは何も無く、ただ風が吹くだけ。土を踏む音が、やけに大きく聞こえた。
僕達は、肩を並べて階段へ向かう。今は味方だけれど、次に会う時は敵同士。
交えた視線からは、そんな思いが読み取れた。
階段の最後の段を降りて、互いに一歩踏み出す。タイミングがバラバラなら、音もバラバラ。
揃わない、でもそれが相応しい。この先、敵として競技に参加する僕達には。
階段を越えて、第二階層へ。
第二階層に入ってすぐ、人形の影が僕達を出迎えた。
「トーマ。ルアイ。よくここまで来た。二人は、決勝進出だ」
先生の声は淡々としている。けれど、それを受け取った僕の中には、確かな熱が広がっていった。
決勝進出。僕にとって、そこまで難しい事ではない。
だけど。やっぱり、嬉しいものだな。勝って、先に進むというのは。
「申し訳ないけれど、時間まで――他の人が来るまで待機してもらいたい」
他の人が来る事は無い。全員気絶させたから。
となると――ああ、まずいかも。
「他の人は全員気絶しています」
気絶している間にモンスターに襲われても、反撃できない。
僕は出来るだけ他の人を傷付けたくなかったのに、これでは本末転倒だ。
そんな僕の不安を、この先生は先程の一言だけで読み取ったらしい。
「心配はいらない。今頃、他の教員が救出に動いているだろう」
「……良かった」
体の力が抜けるのを感じる。
「他の奴らは来ない。なら、俺達ももう上に戻っても良いんじゃないか?」
隣から、低く冷たい声が聞こえた。
ルアイが、鋭い光を宿した|双眸《そうぼう》を更に細める。
「……ふむ。確かにその通りだけど、せめて他の生徒を運び出すまでは待ちなさい」
先生は顎に手を当てて考え、結論を弾き出す。
すぐに走り出そうとしたルアイの前に回り込み、走るのをやめさせた。
速い。ルアイの速さを上回った。
「それと――」
先生がルアイの方へずいと歩み寄り、ルアイを第二階層まで押し戻す。
「ちゃんと、他の人の事も考えて物を言いなさい。彼らだって、一生懸命やろうとしていたのだから」
僕の言いたかった事そのままだった。
そうだよな。僕は僕の目からしか世界を見られないが、他の人はその人の目から世界を見ているのだ。
相手の立場で物を考えなさいと、前世で何回言われたことか。
だが、初対面の相手にこういう事を言うのは気が引ける。
ルアイはまだ何か言いたいようだったが、
「ん。確かに配慮が足りなかった」
小さく頷いて、自分の非を認めた。
先生は頷き、耳に手を当てた。
「救出が終わった。戻ろう」
先生が前に進み出て、階段に足をかける。
先生の小さな背中に、ルアイ、僕の順で続いた。
靴が石を打つ音が、少しバラバラに、しかし心地良いリズムで響く。
しばらく階段を上れば、馴染みのある空気に触れた。
第一階層到着だ。
「決勝について説明しよう」
魔術でモンスターを|屠《ほふ》った先生が、振り向いて僕達に声を掛けた。
僕とルアイは、目線を下げて先生の目を見る。
「一年生の決勝は、一日目の午前十時開始。開始三十分前に、ダンジョンの入口前に集合だ。ルールの説明をする」
先生に、ゴブリンの影が落ちる。
僕は剣を抜こうとして――それよりも早く、先生の魔術がゴブリンを消し飛ばした。
「質問はあるか?」
先生が足を止める。僕達も、先生と同じように足を止めた。いつの間にか、出口の前だ。
「無い」
「ありません」
僕達の返答に先生は首を縦に振り、
「決勝での勝者は一人だけ。今まで味方だった者が、敵になる。そんな状況の中で、どう戦い抜くのか。期待しているよ」
口角を上げて、外への道を踏みしめた。