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【曲パロ】ロウワー
原曲様に感謝です。
https://m.youtube.com/watch?v=3sEptl-psU0&pp=ygUM44Ot44Km44Ov44O8
そう、簡単な祈りだった。
「彼女の1番になりたい」
それだけだった。
パチパチと爆ぜる火花が、肌に張り付く熱が、可憐な少女が紅く紅く染まっていく姿が。私を占領していく。
広場は今、熱狂に包まれていた。
「魔女にはお似合いの末路だな」
「早く消えろ」
「卑しい女ね」
今まで愛してきた人々に心無い言葉をかけられる少女は、虚な瞳でただ1人を見つめている。
私を、見つめている。
意識した途端、私は今までの人生の中で1番の高揚感に襲われた。
ああ、やっぱ私はあの人だけを愛している。
やがて人々は去ってゆく。「魔女狩り」の現場を見たという、簡単に得られた感嘆が消え去っていく。
私たちだけが残される。
彼らの「非日常」は終わった。今からまた、彼らの緞帳は上がる。いつも通り暮らしていく。
袋から取り出して握った金の冷たさと、彼女の熱が飽和して、くらりとした。
私は微笑んだ。
誰もいない、その|狂宴《パーティー》の主役であった少女の魂すらない、静かな会場にて私は微笑んだ。
言いかけていたことが消えて、また増える。
今日も魔女様はあの男にご執心だ。
彼はただ魔女様に救ってもらっているだけだ。病を治療してもらっているだけ。私は分かっているのに。
私は、満たされない。
背中に重くのしかかる後ろめたさとともに溜まっていたゴミを捨てた。
土砂降りの雨が窓ガラスに映っている。ぽとり、とゴミは落ちた。背中の気持ち悪さは取れない。それどころかより気分は悪くなった。
重い足を動かして掃除を続けようと思って、私は声を拾う。
「ロウナ?もうそろそろ食事の時間だから戻ってきなさい!」
パッと振り返った。
きっちりと結んだ三つ編みが揺れる。
橙色の灯りの下、きらりと艶めく白髪。輝く緋の双眸。
魔女様だ。
「せっかくのお料理が冷めちゃうわ。もしあなたが食べないのなら私が全部食べるわよ?」そう言って、魔女様はお茶目にウィンクする。
「申し訳ありません。今参ります。」
小走りで駆けて魔女様の所へ行く。その健康的な白い肌が、その色彩の美麗さがより鮮明になるたびに震えるような喜びが心を満たしていく。
その度に、蝕まれる。
お前のものにしてしまえよ。お前しか見られないようにしろよ。
自己中心的な、それでいて甘美なそのささやきが聴こえた気がした。
従いたい。
それでも、その心根に絶対に従わないように、今日も澱のように淀んだ心を振り払って魔女様に接する。
きっと、明日からも。
「今日も美味しかったわね!ロウナもシチュー、好きでしょう?」
「ええ、私も好きです。今日はキノコも入っていましたね。」
にこやかに会話しながら廊下を2人で歩く。今夜の魔女様のお世話係は私だ。自然と足取りも軽やかになる。
「そうだわ。少し言いたいことがあったのよね。」
「どうされましたか?」
もしかしたら、愛の告白…なんてね。そんなことあるわけない。魔女様が私のような矮小な人間を愛することはない。身の程はわきまえている。
「私、____様を旅に連れて行きたいの。どうかしら?」
声が遠ざかって、霞んでいく。
突然地面が崩れ落ちたような、重力のことわりが壊れたような感覚。
確かに魔女様はアイツを気に入っていた。病が治ったあとも頻繁に彼の所に通っていたし、楽しげに談笑していた。
まあこの街にいるのもあと数日だ。あと数日経ったらまた救済の旅に出る。あと数日。
そう思っていた。
なぜ。
私がいるのに。
私が出来ることならなんでもするのに。
恋する乙女のような、その愛らしい表情がぼやけた視界に映った。憎いことに、その顔は一目惚れしてしまいそうなほどに美しかった。
「…ロウナ!?顔色が悪いわよ?『治療』、必要かしら?」
急いで駆け寄ってきた魔女様を私は静止する。
「大丈夫です!少し、立ちくらみがしただけなので。それよりも、その…。い、いいですよ。私は賛成です。」
そこまで言うのが精一杯だった。口角を必死に上げて、にっこりと笑った。きっと酷い顔だろう。
本当は受け止められなかった。もし受け入れたのなら、私という存在が薄れてしまう気がしたから。
持て余した|嫉妬《それ》を守るものが消えてしまう気がしたから。
そこからゆっくりと他愛もない話をしながら部屋まで歩いた。いつもは絶対に適当に魔女様と話すことなんてないのに。
何を言えばいいのか分からなくて、戸惑う。
「おはようございます。旅に同行させて頂きます、____です。よろしくお願いします。」
拍手が聞こえる。私たちの中では魔女様が絶対で、ルールで、太陽だから逆らえない。魔女様なら許してくれるだろうと分かっていても逆らえない。
だから本心を隠して拍手をしなければならないという義務感に襲われる。私もそうだった。
本当はアイツの名前すら聞きたくない。私は魔女様の名前と私の名前さえ知っていられればそれでいいのに。
今までの感じていた暖かさが遠く放たれていく。
そこからはいつも通りだった。いつも通り、魔術で行き先を決めて、そこで病に苦しんでいる村人たちを救うために村で準備をする。
いや、違う。アイツがいる。同じようで微妙に違う。
この気持ち悪い、言い表せない違和感は|何処《どこ》まで続くのだろうか。いったい、|何時《いつ》までこのままで旅をするのだろう。
私が魔女様だったら、私は私を離さないのに。
魔女様。あなたは、何を想うの?
「…やっぱりロウナ、顔色が悪いわ。」
星がきらきらとまたたく夜、そう声をかけられた。こういうところで目敏く気づくのが魔女様だ。
「そんなことはありませんよ。まあ、少し寝不足ではありますが…。」
「違うわ。あなたのその顔は、嘘をついている時の顔。」
図星だった。
「…魔女様の言う通りです。私は嘘をついていました。」
困ったような、寂しそうな顔をする魔女様。その姿を見ていられなくて、ふいと顔を逸らしてしまった。
なんであなたがそんな顔をするんですか。なんでアイツを連れて行こうとしたんですか。
言葉を無理やり飲み込んで、押し黙る。
「やっぱり、____様のことよね。ごめんなさい。村を出る前に、お断りするわね。」
そっと数秒瞳を閉じて、開いてゆっくりと微笑んだその顔は切なくも美しく、目を奪われてしまう。
「わたしには、貴女たちが居たのにね。」
自嘲するような笑みをただ見ていることしか私は出来なかった。心の奥から湧き出す、昏い喜びに浸りながら。
今いる村からは遠く離れた、それなりの街で私は生まれた。
どうやら私は生まれてすぐ捨てられたようで、物心ついたころには孤児院にいた。
決して裕福ではなかったけれど、たくさんの義兄弟に囲まれて充実した暮らしを出来ていた。
12歳の時までは。
みんな眠っていた、真夜中のことだった。
雇っていた料理人が火の始末を疎かにして、孤児院は燃えた。
なんとか十数人の義兄弟たちは先に抜け出せたようだったが、まだ中には幼い義妹、義弟や先生方、それから私がいる。
恐怖と不安で動けなくなっていた、その時。
「大丈夫!?」
最初は、天使の幻覚を見たのかと思った。
「今、火を消し止めるから。他に人は?」
「…あ、あっちに、先生やみんなが…。」
震える喉で必死に紡ぎ出した声ごと、優しく包まれる。
「大丈夫、わたしがいるからね。」
抱きしめられたと分かったのは数秒後のことだった。
水をその杖から吐き出させて火を消しとめながら、天使は通り過ぎていく。
私はその姿が忘れられなくて、ずっとそこで立ち止まっていた。
あの火事から、数日経った。
残念ながら、全員無事とまでは行かなかったが、魔女様が来てくれたことで私たちは助かった。
ふらふらと、現実味もなく街の海辺を歩いていた私を魔女様は見つけてくれた。
「…どうしたの?」
ただ俯いて、じっと立つだけの私を見て魔女様はこう呟いた。
「わたしたちが離れても、例え迷ったとしても、絶対にわたしが見つけ出してみせる。繋ぎ直してみせるから。だからもう、大丈夫よ?」
その天女のような優しい微笑みと腕の温もりの中で安らぎを感じる。
確証もないのに信じてしまう。
あなたがここに居てくれるなら。私を離さずいてくれたら。救ってくれるのなら。
私はきっと、大丈夫だ。
ふわふわするような、心臓に熱が集まり続けるような。甘酸っぱくとろける、幸せな感覚。まだ知らない感覚。
雫はとどまることを知らず、純白の髪に滴り落ちた。
呼びかけられる声で我に返る。
「ロウナ、早く準備しなよ。何ぼけっとしてるの?」
「あっ、ごめんなさい。義姉さん。」
すぐに食材の調達に戻る。
あれから、魔女様はアイツと話し合ってアイツを村に置いてきた。
平穏な日々だ。そうなのだが。
確かに、それには消耗がある。
日々強くなっていく欲。不安定になる土台。
結果的に、私はどうも変わりはない。ただ、ただ、私は魔女様を…。
自分勝手にしたいだけだ。
逃げるように隠れ家を出て見つかるポスター。
『魔女はいらない』
告げる蛍光色。
急いで八百屋に入って、一息つく。
教会は不思議な力で民を救う魔女たちを忌み嫌っている。
ついに魔女保守派の力が弱まったのをいいことに、魔女狩りを始めたのだ。
この街はあまり教会の影響力がないようだが、それでも危険に変わりはない。
幸せとは嘘で成される。そのことが強く意識された。
「綻ぶ前にこの街を出ていきましょう。2人で。」
そう、声をかけられることを私は心のどこかで願っている。都合の良い願いを、魔女様のように、あなたと同じように呟く。
「…雨、降ってきた。」
パラパラと落ちてくる冷たい雫は頬を濡らし、やがて黄色い袖の色を濃くしていく。
緩くした三つ編みから雨を滴らせながら、私はその場から動かなかった。どうせ傘は持っていない。
別の買い出しをしていた義姉さんたちも、青いお揃いの傘を差して、あるいは傘に入れられて急いでどこかに向かう。
私はひたすらその姿を見つめる。私だけがどこにもいないような。ぼうっと演劇を見つめているような。
そんな私の瞳に、突然鮮烈な赤が加わった。
「…今日は向こうのホールで舞踏会があるらしいわよ?」
「舞踏会?」
赤色の傘を持って舞うように私の前に現れた魔女様は、歌うようにそう言う。
「ええ。雨宿りがてら、踊りましょう?」
その傘も魔女帽も投げ捨てて、私の手を取った。
「魔女様!?風邪を引いてしまいますよ!」
「ロウナと一緒に風邪を引けるのなら!」
靴で水たまりを蹴り飛ばしながら、満面の笑みで走り出す魔女様に苦笑しつつ、心が柔らかくなった気がした。
優雅なリズムに合わせてくるりと舞う。
その濡れた純白の服は私の濡れたメイド服なんかとは比べようがないほど輝いていた。
「私でいいのですか?」
と何度訊いたことだろう。それでも魔女様は一緒に踊ることを許してくれた。
たどたどしい足取りで懸命に踊る。魔女様に似合うように。
すると突然、優雅なメロディーは陽気なものに変わる。
「わたしたちがこれ以上ないほどに疲れたら、その度に逃げ出せば良いの。何度でも。」
蝶のようにふわりと洗練された動きで舞いながら、無邪気な微笑みを見せる魔女様に影響されて、私もつい笑顔になってしまう。
私は魔女様のこういうところに惚れたのだ。
やっと分かった。あの時の感覚は、崇拝ではなく恋だったのだ。
今はただこの時間が続くように、貪るように踊ろう。
私の中にいる魔物から心を奪われないように守るために。
私の愛する魔女様を守るために。
互いに預けて、託す。
あの時の決意は、簡単に壊れた。
最初は単なる金欠だった。
魔女様が活動できる場所はこの国の中ではごく僅かで、隣国に行くにはその分の渡航費が必要で、日々の生活費でもう金はなくなって。
今まで村人たちからもらった金ももう底をついていた。
魔女様と喧嘩して泣いて、怒って、他愛もないことで笑い合って。舞踏会で歌って踊って、夕食を食べながらゆっくり話す。
そんな些細な幸せが壊れるのが怖くて怖くてしょうがなかった。
だから、つい従ってしまった。今まで守って隠してきた本心に。
「神官たちに魔女を見つけたと言って魔女様を突き出すフリをしろ。金だけ奪え。すぐに逃げればバレない。」
そう思って神官に告げた。
でも、心の奥底ではこう思ってたんだ。
もう一緒に暮らせないのなら、私の存在を刻みつけてから、私の手で…。
なんで、簡単なことも分からなかったんだろう。
なんで、私は幸せを、守りたかった人を自分で壊したんだろう。
「ロウナ、嘘でしょう?その本は、魔女狩りの…。」
「嘘ではありませんよ。私が全てやりました。ねぇ、魔女様。私はおかしいでしょうか。私は間違えましたか?」
魔女様は瞳を揺らしながら私を見つめている。
ねぇ、間違えたって言ってよ。私のことをせめて罵ってほしい。何も言わないのはやめてよ。
「魔女、リリィ・ソルシエールを捕縛する!」
神官は縄で魔女様を拘束する。魔女様も火魔法で対抗するが、人数利が教会側にあるためすぐに捕まってしまった。
その炎が、服に飛び火する。
「!ロウナ!」
その炎が痛く、熱く、そしてこの空気に耐えきれず、私は逃げる。
「はははっ。あははははっ!」
暗い森の中、私は行くあてもなく走る。
魔法の炎はまだ、消えない。
何時間動き回っただろうか。
まさに足が棒になったような感覚。つい倒れてしまった。
「…いったい、|何時《いつ》までこのままで旅をするのだろう。」
|アイツが入ってこようとした時《あの時》と同じように呟く。
処刑は神官によると明日の午前中には行うようだった。大魔女であった魔女様は早めに始末しなくては、と言っていた。
今から戻って間に合うだろうか?
いや。
「戻らなくちゃ。」
絶対に。
私が私の幸せに、1番大切な人に、別れを告げるために。
ああ、私はこれから起こることをきっと何度も思い出すのだろう。
この風を切る感覚を、ぴりぴりとひりつく空気を、私は脳に刻みつけるように、走る。
開けた広場についに出た。もうそこには魔女様が神官たちに繋がれて立っていた。
「あの!最後に一つだけ、やりたいことがあって。」
ぜぇぜぇと息を吐きながら必死に声を張り上げる。
「……まあ、魔女狩りに協力したあなたの願いなら。」
「魔女様と踊りたいです。」
カッと目を見開き、ゆっくりと神官は言った。
その瞳に小さな同情を宿らせて。
「……いいだろう。一曲だけだぞ。」
そう言って鎖を解かれた魔女様。綺麗だったその手には痛々しい何かの痕がある。
「……また繋げ直してみせますよ。何度でも。」
いつかのセリフで、魔女様と同じように呟く。
「始めましょう。」
私たちだけが踊る、舞踏会を。
観客たちがじっとこちらを見つめる中、無音の中、メロディーを口ずさんで踊る。泣きながら踊る。私が泣く資格なんてないのに。
ただ何も言わず、手首を掴まれてされるがままの魔女様…いや、もうただの女性なのかもしれない…はこちらを空虚に見つめてくる。
「魔女様が魔女様でなくなっても、私は大好きです。リリィ様。だから私を元に戻してください。正しくしてください。あなたに出会う前の私に…。」
大笑いして、立ち止まる。曲は終わった。
最低のエピローグが始まる。
風に舞った魔女帽を拾い上げて、被る。
その白はくすみ、ところどころ焦げていた。
もう何も無い。
大切な人も、私の恋も、あの大切な日々も。
今更義姉さんたちのところには行けないし。
ふらふらとどこだって行こう。うん、そうしよう。
そうでもしないと私はどうにかなってしまう気がした。
それはそれでいいかもしれないけど。
そっと彼女がかつて居た場所に向かってお辞儀をした。焦げた匂いが鼻腔に入っていく。
「大好きですよ。」
あなたがここに居なくても。
さよなら。