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ロウワー
晴瀬です。
ヤナギ様にリクエストして頂きました。
ありがとうございます。
離れない、信じ合う少女達の話です。
そう、簡単な祈りだった。
それなのに端から段々と消える感嘆。
音は聞こえなくなって、会場は静かになる。
今から緞帳が上がって物語が始まるから。
静まり返った会場を後に。
さよなら。
――――――――――――――――――――
言いかけていた事が一つ消えてまた増えて、自分が怖がっていることを実感する。
だめだと分かっているのに、言うことが出来ない。次の、標的になってしまう。
“いい子ぶる女子”こそ彼女たちの最大のカモだ。
そういうのを分かっているからそれを何度となく繰り返した。
いつも帰り道、あの子の泣き声を聞いて背中に後ろめたさが残る。
彼女たちに従って味方になって楽になりたいという心根を吐き出さないように込めて胸の中が澱のように濁る。
そんな日々を過ごしていた。
「そういうの、よくないんじゃない」
いつの間にか私はそんなことを言っていた。
いつの間にか立ち上がって、一人の女生徒を囲んで苛める彼女たちに向かって控え目ではあったけれど確かにそう言った。
私は馬鹿だ。
でも不思議と悪い気はしなかった。
助けている、と実感があったのかもしれない。
「えぇ?何?なんて言ったのお?聞こえなかったあ」
わざとらしく甘ったるい声を出して彼女は私の目を見た。
主犯格の、その子は大きな目をしている。
私はその目をじっと見つめて。
「そういうの、よくないと思う」
クラス中が私のことを私達を注目していた。
ある生徒は私を馬鹿だと思い、ある生徒は私を英雄だと思っただろう。
でも私は双方、なったつもりはない。
「えぇ!?やっばぁ。いい子ぶってんの?そういうのめっちゃめんどいんだけど。
えー、じゃあ明日から、覚悟しなよ?」
その言葉を最後に、私は今日一日を終えた。
その出来事は朝休みのことだったんだけど、座学ばっかの一日の話は一切聞かないと決めている。
だからはっきり覚えている言葉は、それ。
寝て。
そして朝起きる。
昨日の出来事を反芻して一人で笑った。
なんて馬鹿なことしちゃったんだろって。
学校に行く。
自分の机にまっすぐ歩みを進めると、机に落書きが書かれているのが見える。
私の机。
典型的な、いじめじゃないか。
おっと、と強がろうとしている自分に気付く。
受け止めたいけれど、分かっていると思っていたけれど、自分には抱えられず持て余した「あの子を助けてあげた」という自尊が私を守っている。
霞んだ声はからからに喉を焼いて埋め尽くす。
何を言えばいいか、分からずにその場に立ち尽くす。
感じていたものが遠く放たれていく。
私は何を思って何をしていたのだろうか。
同じようで違う。何かが違う。
おかしい。何かがおかしい。
その正体を私は知っているはずなのに考えることを放棄していた。
分からなくなって、思考がとまる。
私は、私は――
立ち尽くす。
誰かが、駆け出す音が聞こえた。
タッ、と軽やかで速そうな気配を感じた。
刹那、私のぶら下がった右手に誰かの指が絡まりそれに引っ張られる。
私はなすがままで、その手に引っ張られ教室を後にした。
さようならと言う間もなく。
引っ張られながら、私は手の主を見る。
そして息を呑む。
「なんで」
と声が漏れた。
その声は私が出したものだと気付くのに時間が掛かった。
走りながら答える。
「昨日、助けてくれたから」
あの子だった。
昨日まで彼女たちに苛められていたあの子。
名前は、
「サユリ?」
ポロリとこぼした私の言葉に走りながらあの子は頷いた。
「私はサユリ」
まともに喋ったのはこれが初めてか。
よく彼女らに泣かされていたはずなのに、私が見るサユリはとても強く見えた。
「なんで、私、昨日まで、何もしなかったのに」
校舎の外まで出てもなお走り続けるサユリに追い付きながら私は尋ねる。
「だって、昨日、助けてくれたから」
息を切らしながら走り答えるサユリ。
よく見ると彼女はとても綺麗な顔をしていた。
サユリは急に立ち止まり言う。
「私の家」
小さく短く呟いていた。
「入って」
どこまで走ったか分からなかった。
とにかく私は、助かったのだと思った。
あの空気から、あの雰囲気から、あの視線から、あの音から、全てから逃げ出せたのだと。
家に踏み込んで周りを見回しても普通の家にしか見えなかった。
誰もいない。
サユリはリビングと思しき部屋のソファに座って伸びをした。
私がリビングのドアの前で立ち尽くしているとサユリが手招きする。
私はサユリの真向かいの椅子に座る。
サユリは突然言った。
「私達が離れるなら、私達が迷うなら、それなら助け合おう。
迷ってしまったなら、離れてしまったなら何度でも繋がれるように、ここに居てくれたなら私は守る。
あなたも、カナタも私を守って。
守り合おう。助け合おう。
離さずいられたら、私たちは幸せであれる。
嫌な学校からも抜け出して、私たちは助け合えるから」
私の名前を呼んだ。
誰も知らない感覚で助けられているような気がした。
私はすんなり頷いた。
ただサユリとは生きていけると直感的に思った。
サユリの方が辛いのは分かっているのに、私が助けられていた。
私の家庭環境を、学校生活を、何も知らないと思っていたサユリがはにかんだように笑った。
「平穏は、消耗品なんだよ。
永遠の平穏なんて絶対ない。そんなの偶像だ。
全部嘘ばっか」
サユリはそう吐き捨てるように言って私を見た。
「すべてが綻ぶ前に、ここを出ていこう」
私は小さく笑った。
サユリは薄く、安心したように笑った。
少し時間が経ったとき私は都合のいい願いを都合のいいように呟いてしまう。
「死んでしまいたいな」
「どこから聞こうか」
「話したいところから話して。話を急かすと大事なところを見失うから」
定かじゃないから私はこのポジションを動けない。
真面目で正しくて勉強ができて、ただの陰キャで。
勉強ができるのは親の喧嘩を聞いていたくないからずっと机に向かって気付かないふりをし続けたせいだし、そのせいで私は大事なものを失ったし。
真面目なのはそれが楽だからだし。
正しいのはそっちが勝手につけたレッテルでしかない。
死んでしまいたい。
「私たちが疲れるなら」
私は顔を上げてサユリを見る。
サユリは強い意志の見える瞳で私を見た。
その瞳には優しさが混ざっていた。
「私たちが疲れるなら、これ以上がないなら、そのたびに何回も逃げ出せるように、心を守れるように、奪われないように、お互いに託してさ」
「それで、身体を預けてよ。頼って、二人で心から笑えるようにさ」
私はふっ、と何かが緩んだような気になった。
目が熱いのを分かっていた。
サユリも一緒に。
君と泣く。
君と笑う。
君と怒る。
君と歌う。
君と踊る。
君と話す。
楽になるのが分かった。
「こんな世界、いつまで続くんだろうね」
同じように二人で呟く。
今の時を忘れないように刻むこの空気を何度思い出し何度励ましにするだろう。
私たちだけが
「私たちが離れるなら私たちが迷うならその度に何回も繋がれるようにここにいてくれるなら離さずいられたら、まだ誰も知らない感覚で、私たちの生きてる全てを確かめて、それで正しくして」
こんな短時間で人を信じることができるなんて思いもしなかった。
私は、私とサユリは二人で生きていく。
もう一人じゃない。
二人なら、きっと助け合えるから。
ロウワー/ぬゆり
https://m.youtube.com/watch?v=3sEptl-psU0
ヤナギ様
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