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髪、失恋、消しカス、
長編にする予定だったんだけど諦めたよ。わらららららららら
2026/06/19 髪、失恋、消しカス、
「髪、切ったの!」朝学校に登校すると、昨日まで腰くらいまであったはずのさくらの髪の毛が肩より上の長さになっていて、それを見た美空が大きな声を上げた。さくらは口の運動のようにくちびるを尖らせて自身の毛先に触れた。「あーこれねそーだよ切った。」どうして、と思った。「なんでっ?」私が口を開く前に美空が訊いてくれるので、私はいつも話すチャンスを逃す。それにもいい加減慣れた。
「失恋?」
お節介な言葉も添える美空にさくらは苦笑を返す。いつも美空と一緒に馬鹿げたことではしゃいでいるさくらは、それでも時折家柄の良さというか精神年齢の高さというか、が、垣間見える。私はその度に少し嫌な気持ちになるけれど、たぶん美空はそんな気持ちにはならない。
「そーだよ失恋したの。」さくらは自分の机に通学カバンを落とすように置きあっさりと言った。「え!好きな人いたの。」ほとんど冗談で失恋なんて言葉を放った美空は、まさか本当にそうだとは想像していなかったようで、目を見開いてさくらの席に駆け寄る。私もあまり深く追求しない方がいいんじゃないかと美空を横目で見ながら同じようにした。通学カバンから筆箱と英単語帳とノートを取り出したさくらは、「今日の英単語テストって朝礼じゃないよね?」とようやく顔を上げて私と目を合わせ、次に美空と目を合わせる。
「いや、そんなことよりさっ好きな人いたの!」
「あー今日は授業中だよ金曜だから。」
デリカシーのかけらもないような美空を牽制するように私は少し声を張り上げて答えた。さくらの失恋うんたらかんたらの説明が欲しいことは欲しいが、知ったところでどうにもならないしそんなことで私たちの仲が壊れれば損でしかないし、美空を抑制する優しさを持ち合わせている自分に価値を感じたりもしていたから、私から訊くことは絶対にないだろうなと思った。
「そーか勉強しなきゃ、美空はしなくていいの?早紀はしなくても大丈夫そーだけどねてか、もうしてるだろうし。」どことなく早口なのはいつものことだったっけなどと考えるが昨日までのさくらの口調なんてそう覚えていない。美空は数秒うーんと首を左右に捻って「まあ勉強しよー。」と思いの外あっさりと踵を返し自分の机から英単語帳を撮ってきた。「問題出してー範囲の。159ページから。」なんだそんなにフツーに引き下がれるんだ、しばらく気になり続けるのって私だけじゃん、なんていう不満が出てきて、それを肺の底に沈めて、美空の単語帳を受け取り日本語を読み上げ始める。
「私も切ろっかなー髪。」
1時間目が終わった10分休み、美空が自分の胸あたりまである髪を手でときながらぼんやりとつぶやくように言った。「いいんじゃない、長いし。」邪魔そう、とは口にしなかった。
「さくらどこで切ったの?美容院。」
「え、自分で切ったよーあとお母さんに整えてもらって。」
「まじ?今時のJKがそれする?てか、それにしてはうますぎでしょーお母さん神じゃん。」
からからと笑った後で美空はふと何かに気づいたような顔をする。どうせ確かに原因が失恋ならその切り方も王道だ、などと至ったのだろうが、その考え自体が古臭い。失恋で美容院に行くことだってある。そもそもあんなのドラマの中のもので実際は美容院に行くことの方が多いはずだ。いくら失恋したとはいえ、後ろ髪を自分で切るのは失敗する可能性が高すぎて怖いだろう。やっぱりどれも口にはしないまま、私は2時間目の理科Aのノートに、前回の授業で貼り損ねたプリントを貼っていた。
さくらの散髪の理由は本当は失恋ではないかもしれないか、と気づいたのは3時間目の家庭科の授業中だった。あれはただの冗談だったり、あるいは失恋以外の言いにくい理由があって、突っ込まれにくいような失恋という理由にして誤魔化したり。どれも根拠なんてないただの推測だけど、さくらが恋していたなんて言われてもよくわからない。そんな素ぶり今まで見たことがない。先生が何か話しているのを無心でノートだけとりつつ聞き流し、斜め前の席に座るさくらに視線を投げる。昨日までは髪に隠れて首なんてのぞいていなかったのに今は白いそれが視界に入った。副科目なのに先生の言うことをいちいちメモして、蛍光ペンまで取り出しているさくらは真面目というか生真面目で、斜め後ろから見ているこっちの胃がもたれそうになる。
それから私は、私のふたつ前、ふたつ左に座る美空に瞳をずらした。こっそりと4時間目の英語で行われる英単語テストの勉強をしているらしい美空は、真面目とも、もちろん生真面目とも程遠い。進級初日、出席番号が1、2、3だったから仲良くなっただけの私たちの関係はいつ崩れてもおかしくない。そんな気持ちで過ごしてもう半年が経つのに、そろそろ安定してきたし大丈夫だろうなんて気持ちにはならない。
きっと来年、私たちのクラスが別々になれば、私たちは普通に離れる。私にはさくらや美空より気が合う人間がいるし、それはさくらでも美空でも同じことだと思うからだ。
私はまた視線をさくらに戻す。彼女のノートの端にある落書きに意識が向く。さっきはなかった。なんの絵だあれは。私は目を凝らす。首を傾げたりしてみる。数十秒集中したけれど結局、芯が薄いこともありどうもわからずに諦めた。しばらくつっかえていた。授業が終わる直前にまた見てみたが、その時には落書きはもうなかった。無性に勿体無いような感覚になった。
昼休み、隣のクラスの女子生徒たちがお弁当を片手に教室にズカズカと入ってきて、さくらを見てえーっと甲高い声を出した。あ、絶対失恋って訊くよこれ、と私はカウントダウンを始める。5、4、3、2、1…、なんていう適当なものは当たらなかったけれど、「えー失恋でもした?」という質問が1人の口から出てきたので、ほら訊いた、とカウントダウンが外れたことは棚に上げて内心で得意げになる。朝と同じようにさくらは肩をすくめて「そー、そーだよー。」と面倒くさいから肯定しているだけとも取れるような返事をした。「まじー!?」「かわいそー!」「てかさくらって恋愛とかするの?」そりゃするだろ人間なんだから、と頭ではわかっていても心がどうにもしっくりこない。伊藤さくらという人間と恋愛が結びつかない。そんな感じなんだろうなと私は相槌を打って共感を示す。女子生徒たちの視界には入っていなくても。
購買から戻ってきた美空が「なんのはなしー?」と会話に入ってきた。さくらはとうとう本日2度目の苦笑を浮かべ「なんでもないよ。」と言った。女子生徒たちもいつのまにか目的の友人たちと机を囲んでいたので、私も慌てて自分たちの机をくっつけて、お弁当を置いた。さくらと美空と食べる昼食は、うるさくはないけれど静かでもないし、つまらなくはないけどとても面白いわけでもない、ちょうどいいんだろうが退屈な気もするもので、決して憂鬱ではない、と言ってこれを目的に学校に来れるほどでもない、とにかく私は、授業中に消しゴムのカスを練っているときのような気分になる。
5時間目の予鈴が鳴り響き、とっくに昼食を食べ終え机も元の通りに戻していた私は、自分の席でぼんやりと黒板を眺めていた。日直が時間をかけずに消したであろう黒板にはうっすらと英文が見える。膝の上に置いていた腕を、熱がこもってきたからという理由で曖昧に自分の首元に動かし、それからなんとなく行き場を失い耳たぶや前髪に行かせたが、最終的にはひんやりとした素材の机の中におさまった。
授業が始まる3分前になって、不意に斜め前のさくらがこちらを振り返って「理科Bって宿題あったよね?ごめん見せて!」と言ってきた。珍しいことだった。断る意味もなかったので頷いてファイルからプリントを取り出しさくらに渡すと、ありがとーと情けない笑顔が返ってきた。私はまた黒板を向き、失恋のせいかな、と唐突に、でも自然に浮かんだ。直後に関係ないだろうと打ち消した。どうにもならないことをぐるぐる思考してももちろんどうにもならない。練りすぎた消しゴムのカスを捨てるみたいに、私はさくらの髪のことも失恋のことも考えるのをやめて、斜め前から差し出されたプリントに手を伸ばした。プリントの端には「ありがとー!」と書かれていた。提出する宿題のプリントに書かれても困るのに、ばかなんじゃないか。私は消しゴムを手に取り、1回擦り付けて消した。消しカスは出ない。それで私はさくらの失恋をようやく確信した。ふ、と吐いた息は教師がドアを開ける音に引き裂かれていった。
何点かわかんね。でもまあ…とりあえず60行っとく……。