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知らなかった兄の存在。⑶
「その人はあなたのお兄ちゃんじゃない!」
母の叫び声が、スマートフォン越しに響いた。
蒼は言葉を失った。
目の前には雷。
写真と同じ顔。
自分とそっくりな顔。
初対面なのに自分の名前を知っていた人。
そんな人が兄じゃない?
「どういうことだよ、母さん」
『お願いだから帰ってきて!』
「説明して!」
『帰ってきたら全部話す!』
電話は切れた。
重い沈黙が流れる。
先に口を開いたのは雷だった。
「母さん、そう言ったんだな」
不思議なほど落ち着いた声だった。
驚いている様子もない。
まるで予想していたように。
「知ってたのか?」
蒼が尋ねる。
雷は小さくうなずいた。
「たぶん、こうなると思ってた」
「何を隠してるんだよ」
「……まだ言えない」
「なんでだ!」
蒼は立ち上がった。
頭の中がぐちゃぐちゃだった。
兄弟だと言われたと思ったら違うと言われる。
いったい何が本当なのか。
雷は封筒を見つめた。
「その手紙を読めば分かるはずだ」
「父さんの手紙……」
「読め」
静かな声だった。
「全部」
蒼は封筒を開いた。
中には一枚の便箋。
少し黄ばんでいる。
父の字だった。
蒼へ。
もしこの手紙を読んでいるなら、私はもういないだろう。
まず謝らなければならない。
私はお前に、大切なことを隠している。
蒼の手が震えた。
雷は、お前の兄として育つはずだった子だ。
だが血のつながった兄ではない。
蒼の心臓が大きく鳴る。
十五年前のある夜。
病院で大きな事故が起きた。
その混乱の中で、生まれたばかりの子どもが行方不明になった。
その子が雷だ。
蒼は目を見開いた。
雷も黙って聞いている。
私はその子を見つけた。
しかし事情があった。
雷は家族の元へ戻れなかった。
だから私は、自分の息子として育てようと決めた。
蒼の頭が真っ白になる。
私は蒼と雷を同じように愛していた。
だが雷の本当の家族が見つかった。
そこで二人は離れ離れになった。
いつか真実を伝えるつもりだった。
しかし私は臆病だった。
便箋に小さな涙の跡が残っていた。
父が書いたものなのか。
それとも誰か別の人なのか。
最後の一文を見て、蒼は息を止めた。
雷は血のつながりがなくても、間違いなくお前の兄だ。
どうか兄弟でいてほしい。
蒼はゆっくり顔を上げた。
夕日が沈みかけている。
目の前の雷は泣いていた。
「知ってたのか……?」
蒼の声は震えていた。
雷は笑った。
「高校生になってから知った」
「じゃあ本当の家族は」
「見つかったよ」
「会ったのか?」
雷は首を横に振った。
「会えなかった」
それはあまりにも悲しい言葉だった。
「どうして?」
蒼が尋ねる。
雷は空を見上げる。
しばらくして答えた。
「もう、いないんだ」
風が止まった気がした。
「探し当てた時には、父親も母親も亡くなってた」
雷は笑おうとした。
でも笑えなかった。
「だから俺にとって家族は、おじさんとおばさんだけだった」
おじさん。
おばさん。
つまり蒼の両親だ。
「俺、本当は怒ってたんだ」
雷が言う。
「なんで離されたんだろうって」
「……」
「でも大人になって分かった」
雷は涙をぬぐった。
「育ててもらった十五年間は本物だった」
蒼は何も言えなかった。
血がつながっていない。
だけど一緒に遊んだ。
一緒に笑った。
一緒に育った。
その時間まで嘘になるわけじゃない。
すると雷は突然立ち上がった。
そして少し照れくさそうに笑う。
「蒼」
「なんだよ」
「一個だけ夢があったんだ」
「夢?」
「お前とまた兄弟になりたかった」
その言葉を聞いた瞬間。
蒼の目から涙がこぼれた。
血なんてどうでもよかった。
本当の兄かどうかなんて関係なかった。
目の前にいるのは。
ずっと会えなかった大切な家族だった。
蒼は立ち上がる。
そして雷を強く抱きしめた。
「おかえり、兄ちゃん」
雷の肩が震える。
何年も我慢してきた涙があふれ出していた。
夕焼け空の下で。
離れ離れだった兄弟は、ようやく再会した。
しかし二人はまだ知らない。
父が命を懸けて隠したもう一つの真実を。
その真実が、二人の運命を大きく変えることを。
読んでくれてThank you.