ひとりの探偵と、過去の事件全てを記憶している男。
そして、どちらかというと犯罪者側の男。
そんな3人が手を組み、おかしな依頼を解決していく。
※この作品はオムニバス形式の小説です。
プロローグを最初に読んでおけば、
その後はどこから読み始めても理解が可能です。
多分。
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目次
【櫛河町私立探偵:プロローグ】謎っていうのは群れたがる
私立探偵とは、個人や法人からの依頼を受けて、
法律の範囲内で、事実調査や証拠収集を行う民間業者のことだ。
だが、法律の範囲外で好き勝手する探偵はなんと呼ぶのだろうか。
「それはただのトンチキ野郎だ」
「...お前、心でも読んだか」
「お前がぶつくさ独り言言ってたんだろ」
そうか、口に出てしまっていたか。
トンチキ野郎、というのは的を射ている。
そもそも法律を守っていないんなら、それは犯罪者だ。
大真面目に探偵の真似事をしている犯罪者、ということになる。
はたから見れば頭がおかしいだろう。
なら、私はどうだろうか。
法律の範囲外にはまだ出ていない。
だが、法律を守っているかと言われれば怪しいところだ。
「お前はトンチキなりかけ野郎だな」
「また口に出ていたか?」
「いや、思っただけだ」
「...心外だな、失礼なやつだ」
さっきから私の考え事を遮ってくるこの男は、二階堂という。
少々抜けてるところがあったりするが、場の盛り上げがうまい。
兄貴分という言葉を人の形にするのなら、恐らくこいつになる。
ただ、こいつはただ場の盛り上げがうまいムードメーカーではない。
過去に起きた事件、その全てを記憶している驚異的な記憶能力。
そして、その事件を簡潔に説明することが出来る語彙力と知識力。
奇跡的なバランスが噛み合っている、奇跡のような男だ。
「それでどうだ?依頼の方は」
「いや、まだ目ぼしいのは。電球交換の依頼なら来ているが」
「そりゃあ...やっこさんに教えてやるんだな、何でも屋の電話番号を」
「うちは探偵だって言ったさ、でもこのざまだ」
うちの探偵事務所は、まだ知名度がない。
それも当然だ...うちは公安委員会に探偵業をやると届け出をしていないのだ。
それを伝えると、二階堂は豆鉄砲をくったように目をぱちぱちさせた。
「えっ、そんじゃ法律破ってるじゃないか」
「でもそこまで派手に破ってるわけではないだろ」
「黙れトンチキ野郎」
恐らく、電球交換の依頼は冷やかしなどではなく
本当にうちを何でも屋だと思っている人間の仕業だ。
うちに依頼をするときには、複雑な裏ルートを通る必要があるのだ。
だが、ごくたまに何も知らない人間が入り込んでしまう。
それは裏ルートが複雑ではないからじゃないのか?というツッコミは
とりあえず頭の隅の重箱の片隅にでも置いておこう。
私は椅子から立ち上がり、壁にかけてあるコートと帽子を手に取った。
そんな私を見て、二階堂がどこかに行くのかと尋ねた。
「依頼がないなら、捕まえに行くだけだ」
「依頼を捕まえに行く探偵は...あー、その。新感覚だな?」
「無理にフォローしなくてもいいんだぞ」
「ならそういう意味不明な行動は控えるんだな!」
二階堂の言葉に耳が痛くなりながら、私は事務所の扉を開いた。
すると、扉の前にいた男に真正面からぶつかりそうになった。
北朝鮮から見た日本列島くらい、邪魔な位置にいてくれるものだ。
私は顔を上げて、そいつの顔を確認した。
顔を確認してすぐ、その男が三ツ谷だと分かった。
「お前、良いご身分だな。しばらくサボっていたくせに」
「ちょっと用事があったんですよ。そもそもここは
僕らに給料を出してくれていないんだから、いつ休むかは僕らの勝手です」
「よく言った三ツ谷!」
「黙れ二階堂」
三ツ谷という男は、素性が知れないやつだ。
だが外出するときはよく顔を隠したがるし、
しょっちゅう二階堂に、ある事件の時効について聞いている。
そのある事件というのは、パソコンから口座情報が抜き取られたというもの。
ここまで聞いただけだとありふれているが、被害者は100人以上。
それも、たったひとりの犯行だと予想されているものだ。
「ちなみにだ、時効は最近廃止された」
「えっ!?」
「ははは、今のは嘘だ。廃止されたのは殺人だけだ」
「からかわないでくださいよ、心臓に悪い...」
あそこまで動揺するということは、
やはりあの事件はこいつが犯人か...
だが、こいつの犯罪に対する視点は面白いものだ。
今思うと、犯罪者側の視点だったから面白かった、ということなのだろう。
どっちにしろ、貴重な従業員だから通報はしない。
「それで一ノ瀬さん、依頼は来ているんです?」
「今その話をしていたんだ。ちゃんとした依頼の方は
あまり来ていないから、こっちから捕まえに行こうと思ってな」
「なんですかその豊臣秀吉みたいなマインドは?」
「変な喩えをするな」
そうして今度こそ事務所を出ようとした瞬間、
電話がジリジリと甲高い音を立てて鳴り響いた。
その音に耐えられないといった様子で、二階堂が電話を取る。
「はい二階堂です。はい、はい...ええ合ってます。
一ノ瀬の...ああそれです。それで...はあ、では今からでもどうぞ。住所は...」
話が終わったようで、二階堂が受話器を置く。
久しぶりの依頼だな、と二階堂は目を輝かせていた。
こいつは簡単に言うなら、事件マニアだからだ。
でないと数々の事件を全て記憶だなんて、
手間も時間も、脳に負担がかかることもしないだろう。
だが、この日からだ。
おかしな依頼が相次ぐようになったのは。
キャラ説明【一ノ瀬】
色々危ないというか、結構危ない人。
法律は派手に破らなければ大体セーフだと思っている。
推理力や人の能力などの見極めはピカイチだが、
若干価値観が普通の人間とはズレている。
かなりの方向音痴。噛んだあとのガムは飲み込むタイプ。
身長:178cm
体重:58kg
性別:男性
年齢:27歳
性格:ややドライな性格。少し天然。
【櫛河町私立探偵:第一話】人間が消える山
コンテスト用ジャンル表記:ミステリー
コンテスト用キャラ情報表記&あらすじ
【一ノ瀬】私立探偵を営む。公安委員会に探偵業についての届け出をしていない。
【二階堂】今まで日本で起きた事件、事故をすべて記憶している青年。
【三ツ谷】多分犯罪者。ある事件の時効を気にする。
この3人が、ひょんなことから手を組んで
ちょっとおかしな依頼を解決していく話です。
その日舞い込んできた依頼は、少々おかしなものだった。
スピリチュアルというか、探偵に頼むにしては
現実味がなく、規模も大きいものであった。
「八迷山って、知っていますか?」
「ここらへんにある山ですね。知っていますが」
「その山について調べてほしいんです、けどぉ」
その女性は天然石のブレスレットを右腕につけており、
首には何かの模様が描かれたスカーフを巻いていた。
一言で、本当に言葉を選ばずに言うのなら…
このおばはんは、確実に頭がおっぺけぺだ。
えぇと、なんて言ったらいいんでしょうね。など
適当に話をしながら、女性は甲高い声で笑った。
「その山では、ですねぇ。ひとが10人以上失踪しているんですよ。
わたくしの知人も、ひとりいなくなってしまったんです」
「それで、失踪者の捜索を依頼したと?」
「いえ、あくまで調べてほしいのは”山”の方でして」
「地質調査ならプロにでも頼んでください」
「そういうことでは、なくてねぇ…」
おばはんは、口をもごもごさせながら何かを言っていた。
だがその声は全てくぐもっており、何を言ったのかは分からない。
それでも、電球交換やら美味しいカレーのレシピを教えろやら、
我が家のわんこを散歩してほしいだのの依頼よりは、
よほどまともな依頼ではある。
「分かりました、依頼をお受けします。
カタがつき次第お電話しますので、電話番号を」
私が渡した小さい紙切れに、
女性は丁寧に電話番号を書いてから去っていった。
近くで一緒に話を聞いていた二階堂が、
女性が去ったあとでぶつくさと文句を言い始めた。
普段はそういうやつではないのだが、どうも態度が気に食わなかったらしい。
「あのおばはんはもうボケてるわけなのか?
探偵に依頼する割には、話を濁したりで感心できないな」
「ああ、冷やかしかと思ったがそうでもなさそうなのが面倒だ」
「まあ、行くだけ行ってみてはいかがでしょう?」
三ツ谷が、お気楽そうな声色でそう言った。
簡単に言ってくれる…失踪がどうたらの話抜きにしても、
山というのは元々失踪者が多いものだ。
私たちまでその10人以上の失踪者の中に加わってしまっては、
見る目も当てられない。だから今回の調査は慎重に行いたいのだが。
それを伝えたが、三ツ谷は”大丈夫”を
馬鹿みたいに連呼するだけで、まったくもって話にならない。
二階堂はどうだろう。山の怖さは、彼がよく知っているはずだが。
期待するように彼のことを見つめると、察したのか口を開いてくれた。
「山での死者、結局見つからなかった人は283人だったはずだ」
「ほら、危険だ」
「まあまあいいじゃないですか、僕らがそうならないように
気をつければいいだけですよ。簡単な博打です」
「自分の命だけならともかく、人の命まで巻き込んで博打を打つな」
結局、私たちは三ツ谷の押しに負けてしまい、
準備を整えてすぐ八迷山に行くことになってしまった。
もちろん、そこまで行くために車を出すのは私の仕事だ。
:
:
:
:
:
:
:
:
:
:
八迷山に行くまでのドライブの道中、車内に流れているのは
フジファブリックの”若者のすべて”だった。
特にこれを流した理由はない。
本当にたまたま、車内にCDが放置されていたのだ。
実を言えば、この車は私のものではないから、よく分からないのだが。
「最後の花火にー、今年もなったなー…いい曲だなぁこれ。
歌ってる人って誰なんだ?」
「志村正彦さんはもう死んでますよ」
「あちゃー、またか。俺が好きになるバンドのボーカルって、
大体死んでるんだよな。呪いか?」
そう言いながら、二階堂が指をくるくると回転させているのがミラーに映った。
これはこいつの癖だった。暇になると、
よくこのハンドサインにも似た手の動きをする。
人の癖というのは面白くて、時にはその癖ひとつで
難事件の犯人を暴き出すことが出来るのだ。
私は腐っても探偵である。こういう心理的なものには、
多少なりとも興味があったりするのだ。
まあ、そんなことは今回関係ない…
気になるのは、八迷山についてだ。
登山ガイドがあったりしないか?と三ツ谷に聞いてみた。
三ツ谷はスマホを取り出し、軽快に指を動かす。
少しすると、登山ガイドを見つけたと言って読み上げ始めた。
「八迷山、カッコ標高 1,188m、カッコ閉じ…は、
豊かなブナの原生林と四季折々の美しい渓谷美を楽しめる、
中級者向けの本格的な登山山域です、らしいですよ。続きもありますけど」
「読み上げてくれ」
「古くから霊山としても知られ、山中には多くの古い祠が残されています。
近年はスマートフォンの電波が届きにくい、
ディープネイチャーを体験できるスポットとしても人気です。だそうです」
「電波が届かないのか?厄介だな」
「へぇ、先に知れてよかったな」
そうなってくると、遭難の可能性はぐんと高まってしまう。
引き返すなら今のうちだが、どうせ三ツ谷にうまく丸め込まれるだろう。
なら、無駄に言い争って体力を消耗するべきではない。
そうしている間にも、”若者のすべて”は最後のサビに突入し、
二階堂は音楽に合わせて軽く身体を揺らしていた。
そんな二階堂を尻目に、三ツ谷は何やら険しい表情で
スマホの画面をスクロールしているようだった。
「どうした?老眼か?」
「そんなわけないじゃないですか、この登山の際の注意事項っていうのが」
「一ノ瀬前見ろ!!鹿だ鹿!!避けろ!!」
「はぁ…!?同時に喋るな!!」
前に飛び出してきた鹿を避けようとし、ハンドルを勢いよく切った。
そのおかげで鹿を避けることはできたが、問題はその後だ。
ハンドルを勢いよく切ったということは、
車体も勢いよくその方向に引っ張られるということだ。
これは一般常識であり、覆ることのない事象である。
だから、私たちが乗った車のタイヤが溝に嵌ってしまい、
身動きが取れない状態になった、という現実も決して覆らない。
「これどうすんだよ!レッカー呼ぶか?」
「いや、誰のかも分からない車のために、わざわざレッカーは呼ばないな」
「お前のじゃないのか?」
「これは盗難車の届け出が出ている車だ」
二階堂の問いに私が答えると、
返ってきた言葉は”トンチキ野郎”という6文字だった。
それより今深刻なのは、車という文明が生んだ万能移動手段を失ったことである。
我々人間は、車がないと長距離の移動が困難なほどに
貧弱な生物であるため、これはかなりの痛手となった。
私たちは誰のとも知れぬ盗難車をそのままにし、
歩いて八迷山まで向かうことにした。
歩き出した瞬間、二階堂がぽつりと呟く。
「鹿にやられたんじゃ、シカたないよな」
「面白くありませんよそれ」
「同感だな」
私と三ツ谷に熱いブーイングをくらった二階堂は、
頬を膨らませながらすたすたと先に行ってしまった。
八迷山まではあとどれくらいなのだろうか。
スマホは持っていなかったため、三ツ谷に聞いてみた。
三ツ谷はスマホを取り出し、またしても軽快な指遣いで
画面を叩いていたようだったが、すぐに「うぇ」と奇声を発した。
落胆したような表情の三ツ谷に見せられたスマホの画面には、
”圏外”という文字が、疲れ切った我々を嘲るかのように浮かび上がっていた。
「最悪ですよ、まだ八迷山じゃないはずなのに」
「ここら辺は高い山が多いから、それが邪魔をしているのかもな。
あと単純に電波塔が少ない。あそこら辺には、
電波塔が建つ予定があるそうだけどな」
「事件だけじゃ飽き足らず、そんなことまで覚えているのか」
要するに、八迷山周辺は基本的に電波が届きづらいということだ。
その情報を知っているのなら早めに言ってほしかったものだが、
それに関して言及すると、返ってきた言い訳は
”志村正彦さんのせいだ、「若者のすべて」がいい曲だったからな”という
素っ頓狂なものであった。要するに、曲を聞いてて
伝えるのを忘れていたらしい。
こいつの驚異的な記憶能力は、こういうここぞという場面では
うまく発揮されないどころか退化することが多い。
仕方ないので、まだ電波があるときに三ツ谷が地図を見ていたようなので、
その記憶だけを頼りに八迷山へと歩みを進めていった。
歩けど歩けど進まないように思えて、重い足取りにため息が漏れる。
それは他のふたりも例外ではないようで、
歩きながらの会話はいまいち弾まなかった。
唯一この状況で弾むものといえば、息だ。
息だけは、まるで弾んでいるかのように上がり切り、
一定のリズムで浅く繰り返されていた。
それも当然だ…まだ夏が残っているような、嫌な暑さ。
そこに季節外れの服装の男がふたり、
季節外れの服装ではないが、ただ単に体力がない男がひとりだ。
そのうち、私たちはトンネルに差し掛かった。
真っ暗なトンネルは、生身で入るには
少しの抵抗感を感じさせる出で立ちをしていた。
だが、ここを通る以外にこのルートで八迷山へ向かう方法はない。
全員渋々といった様子で、トンネル内に足を踏み入れた。
トンネル内はやはり暗くて、暗闇に目が慣れていないのもあるだろうが、
お互いの顔はとてもではないが視認できない。
視認する必要もあまりないと言われれば、それはまったくもって正論だ。
お互いの足音だけが、無駄に大きいトンネル内を反響して気味が悪かった。
なにか幽霊でも出そうだな、と私は思う。
幽霊は信じていないが、いたら面白そうだとはよく考える。
だがその時だった、すすり泣きのような声が聞こえてきたのだ。
それは二階堂にも聞こえているようで、
二階堂は私の腕にぴったりくっつきながら、
震える今にも泣き出しそうな声で、弱音を吐き始めた。
「俺はもう無理かもしれない。多分俺が昔好きになったバンドの
ボーカルの幽霊だと思うんだ。入水自殺と見せかけて他殺だったやつだよ。
俺が好きになったから死んだと思うんだ、きっと恨まれている」
「なら、自分を殺したやつを恨むんじゃないのか。普通はな」
「…あっ!それもそうだな」
「馬鹿かお前は」
この話のオチとしては、すすり泣くような声は三ツ谷が鼻をすする音だった。
無駄に反響するせいで、音の位置関係がめちゃくちゃになってしまって
勘違いをしていたようだった。
そのうちトンネルを抜けて、またもや変わり映えのしない
こじんまりとした道を歩き始めた。
だが、真っ暗よりはマシだということが痛いほど分かった。
暇になってしまったようで、あの指をくるくると回す仕草をしながら
二階堂が八迷山について話し始めた。
「八迷山って、山の名前を聞いたときに思い出したんだよ。
人間が人生を歩むうえで、大きな選択に直面して迷う回数が8回らしいぞ」
「ここの山は古い歴史があるそうなので、
そういう話とも関係しているのかもしれませんね」
「まあ、今の話は今俺が考えた作り話なんだけどな」
二階堂の言葉に、大真面目にまともな返事を返していた三ツ谷が
面食らったような表情をする。二階堂は相変わらずだ。
嘘を本当のように話すのがうまい。
実際人生で大きな選択に直面する回数は…などといった話は
ネット上にごろごろ転がっているため、
回数が12回でも8回でも46回でも違和感はあまりない。
っと、何を考えているのやら…
二階堂のリズムに上手く乗せられ、ついつい関係ないことを考えてしまう。
今問題とすべきは八迷山がまだなのか、そして自販機はどこにあるのかだ。
乾いた喉は、もはや”水分なら何でもいい”と叫びだしてしまいそうなほどだ。
喉から手が出るほど水分が欲しい。でないと八迷山で、その名の通り
8回迷っている間に野垂れ死んでしまうかもしれない。
「あっ、あの看板。八迷山って書いてあるぞ」
二階堂の言葉に、私と三ツ谷は重い頭を上げた。
確かに、大きな看板には”八迷山”とでかでか書かれている。
身体というのは、果たしてここまで重いものだっただろうか。
特に頭なんて、ぼろのぬいぐるみにも引けを取らないほどに不安定だ。
自販機は見えるか?と二階堂に尋ねてみたが、返答はあまり良いものではなかった。
「ううん、見えないな。死ぬかお前」
「この程度じゃ死なないが」
「僕は死にます」
まだ少しは余裕のある私とは違い、三ツ谷は今にも消えかかりそうな
か細い声でそう言った。しばらくすると三ツ谷の声が聞こえなくなり、
やっと死んだかと思ったが、なにか別の場所を見ているようだった。
三ツ谷が見ていた方に目線をやると、木が生い茂る森の奥に
鹿が佇んでいた。三ツ谷は、それを見ながら震える声で言った。
「血液は、水分代わりになりますかね」
鹿を殺して水分代わりに血液を飲み干すぞ、という意味合いなのだろうか。
それがただ本当に水分を求めているだけなのか、
はたまたあの時の鹿を思い出して、恨みをつのらせた結果なのかは分からない。
:
:
:
:
:
:
:
:
:
:
なんとか近くに自販機を見つけ、我々は水分補給を済ませることができた。
文字通り、出来るだけ万全の状態を整えたつもりだ。
元気を取り戻した三ツ谷が、早く行こうなどとうるさい。
確かに身体の方はもう万全で、怖いものなしに思えるかもしれない。
だが、そういうときほど足を掬われるものだ。
「だから、出来るだけ慎重に」
「じゃ、僕先に行ってますね」
「は?」
私の忠告には全く耳を傾けず、
三ツ谷は勝手に山の中へと行ってしまった。
正直、どうでもいいといえばどうでもいい。
二階堂も同じような感想を抱いているようだ。
ただ、明日ここから見知ったやつの死体が出てきたら
少し目覚めが悪いというだけで、大した問題ではない。
そもそもやつは犯罪者だ。天罰がくだったとでも思うだろう。
「私らはあの馬鹿みたいにならないように、ちゃんとふたりで行動しよう」
「そうだな。でもどうせ、こんな状況だったらひとりでいてもふたりでいても、
あんまり変わりはないと思うんだ」
確かに、遭難してしまったときひとりで野垂れ死ぬか
ふたりで野垂れ死ぬかの、微々たる違いかもしれない。
だが、片方が死んだときに、もう片方がその死体を足場に使って
元いたルートに戻ったりとか、そういうことが出来る可能性もある。
ひとりは助け合えないが、ふたりは助け合えるということだ。
「死体になってまで助け合いだぁ?
いいか、俺の死体でそんなことしてみろ。許さないぞ」
「死体がどうやって喋るんだ?」
「……」
二階堂は、そのまま黙り込んでしまった。
そんな二階堂に、早く行こうと促すと渋々着いてくる。
早く行きたい理由は、三ツ谷が言いかけていたことが気になったからだ。
三ツ谷は、登山の際の注意事項を言いかけていた。
だがタイミングが悪く、鹿が飛び出してきて車がダメになった。
その印象に全てをかっさらわれ、忘れてしまっていた。
あの三ツ谷があんなに険しい表情で読むなんて、
なにかとんでもないことが書かれている気しかしなかったからだ。
その注意事項も読まずに、失踪者多数の山に踏み込むとは。
一見無謀な行為だし、十見くらいしても馬鹿がやることとしか思えない。
大きな木のそばに落とし穴があると注意事項にあったとしても、
何も知らない私たちは落っこちてしまうに違いない。
「それで、その落とし穴を探すって?」
「落とし穴の件は物の喩えだ。探したいのは注意事項の方だ。
もっと詳しく言うのなら、注意事項を知っているはずの三ツ谷だ」
「あいつもはた迷惑な野郎だ、超重要な情報抱えたままオサラバとはな」
二階堂が、そう悪態をつきながら舌打ちをした。
それについては、私も全くの同感だ。
あいつはこうも馬鹿なのに、何故あんなに大きい事件を起こせたのだか。
その馬鹿を捜すためにも、早く山中を捜索しなくては。
山の中に足を踏み入れ、そのまま一歩一歩歩みを進めた。
山は意外にも道が整備されており、遭難するような雰囲気はなかった。
だが道の途中には、何やら不審な小物が置かれている。
もう使い終わったであろうキャンドルが、不審なほど廃棄されているのだ。
他にも、手作りされたと思われる衣服が廃棄されていた。
その衣服の模様に違和感を覚え、私は近づきそれを手に取った。
「この模様、見覚えないか?」
「うちの実家の座布団の模様に似てる」
「違う、あのおばはんのスカーフの模様と同じだ」
「でも、うちの実家の座布団の模様にも似てる」
「黙れ二階堂」
私が言わんということは、この山には何かとんでもないものが
隠されているのではないか、ということ。
あのおばはんは、そのとんでもないものに我々を巻き込むために、
わざわざ”山自体を調べろ”なんて言ったのではないのだろうか。
なら、私たちはまんまとそれに嵌められたいいカモだ。
こうしている間にも、あそこの木の間から
様子のおかしい男が出てきて、殴りかかられたっておかしくない。
「じゃあ、もう帰るか?」
「ああ、そうしよう。三ツ谷は置いていこう」
「誰を置いていくって言いました?」
三ツ谷の声が聞こえ、私と二階堂は辺りを見渡してみる。
ここだ、と示す声は下の方から聞こえてきた。
下を見てみると、正規の山道からはだいぶ外れた場所にいる三ツ谷の姿が見えた。
どうやら、投棄されたキャンドルや衣服に気を取られて、
足元がお留守になってしまっていたようだ。
そのままバランスを崩して滑り落ちて、あそこにいるというわけらしい。
「大丈夫か?骨は折れていないか?烏口骨は大丈夫か?」
「人間にそんな骨は存在しません!」
「いや、肩甲骨の一部として、名残は残ってるさ」
「そんなことはどうでもいいんです。尻餅をついただけなので」
「じゃ折れたのは尾骨だな」
「僕は馬じゃありませんよ!」
憤慨した様子で、三ツ谷はそう言い返してきた。
実を言うなら、尾骨も人間の身体に名残として残ってはいるのだが。
そして、滑落した三ツ谷をなんとか引き上げようとしてみたが、
これがまた大変だった。近くに長い植物のツルが落ちていたため、
それを投げ入れて登ってもらおうとしたが、
ツルは成人男性の比重に耐えきれずちぎれてしまった。
そして登っている最中にツルがちぎれたせいで、
三ツ谷はまたしても下の方に転がり落ちて、尻餅をついた。
もう一度似たような方法で救出を試みるも、三ツ谷はそれを拒否した。
「僕はもう無理です。置いていってください。
全てカタがついたあとに、救助を呼んでくれればいいですから」
「それじゃ、達者でな」
三ツ谷の言葉の通り、ひとまず三ツ谷を置いて先に進もうとしたが...
そうだ、大切なことを思い出した。
登山の際の注意事項、何があったのか聞かなければならない。
三ツ谷にそれを聞いてみるも、もうあまり
覚えていないという返答が返ってきた。
そこをなんとか思い出せ、と凄むと、三ツ谷はぽんと手を叩いた。
「”私設の標識”にご注意ください、ってあった気がします。
白い布が巻き付けられた、私設の看板が散見しているそうですよ。
一般の登山道を示すものではないみたいなので、
視認しても決して従うな、と書いてあった気がします」
私は、妙な違和感を覚えた。
依頼者はスピったおばはん、山道に投棄された使用済みのキャンドル、
そして同じく投棄された、おばはんのスカーフと同じ模様をした
手作りの衣服。そして、謎の私設看板。
明らかに、何らかの宗教的な何かが絡んでいるとしか思えない。
なら、あのおばはんは私たちを嵌めには嵌めたはずだが、
嘘は言っていない可能性も出てきた。
変な新興宗教でもあるとしたら、その周辺で人が失踪するのは
なんら不自然なことではない。一般人が、そういう宗教の信者に
拉致される事案は、まだ少ないものの発生していないわけではない。
「えっとつまり、その私設看板を辿ったら、やばい新興宗教の
総本山にたどり着くかもってことか?」
「そうかもしれない。証拠を掴んで警察を呼ぼう」
「俺は行きたかねぇよ」
「私も行きたくないさ。でも、これが仕事だ」
「そりゃごもっともだが」
二階堂を、あまり危険な場所には連れて行きたくないのだが...
ひとりで行くよりも、ふたりで行ったほうがいい。
万が一片方に危険が及んだ際、大丈夫な方が逃げて助けを呼びに行けるからだ。
少し歩くと、例の私設看板だと思われる看板が見えてきた。
周辺を見てみると、明らかに何度も人が通ったように
草が踏み潰されている場所があった。けもの道のような感じで、
よく見るとその道は奥へ続いていっているようだ。
何も知らない人が見たら、近道のルートだと勘違いしてしまうだろう。
そう考えながら、そのけもの道じみた危険な道を進み始めた。
「やっぱ...戻らないか?日を改めようぜ。
三ツ谷だってあんなざまだろ。今日はあいつの救助を呼ぼう」
「いや、救助を呼んだらなぜここにいるのか聞かれるはずだ。
それは少々都合が悪い。登山の道具も持っていないから、登山者には見えない。
探偵だとも名乗れないな、届け出をしていないからだ。
なら新興宗教を見つけて通報して、駆けつけた警察に
ついでに三ツ谷を助けてもらって、混乱に乗じて逃げるのが一番だ」
「なるほどなぁ...でもなぁ」
二階堂は何かをぶつぶつ呟いていたが、無駄だと気がついたのかすぐ黙り込んだ。
そして、少ししてあることを聞いてきた。それは、警察側はここに
新興宗教があるということを知っていたりはしないのか?というものだった。
私も、それについて少し考えはしていた。
だが知っているにしては、不審点が多いのだ。
そしてその不審点よりも何よりも、警察が新興宗教のことを
知らないと言い切れる確固たる証拠があった。
「宗教があるのなら、とっくにこの山は立入禁止になっているはずだ」
「確かにな、言う通りだ」
納得した様子で、二階堂がこくこくと頷いた。
警察も、ここまで来たなら察してほしいものだが。
私設看板も、大量のキャンドルや衣服も、ある程度察せるような気がするのだが。
そんな事を考えていると、ついにけもの道を抜けて、開けた場所に着いた。
そこには、やはりといった感じだろうか。
いかにもという雰囲気をこれでもかと醸し出す、異質な建物。
近くの看板には、小さく”八迷山 帰一尊会”と書かれている。
これはマジのやつだな...と呟きながら、二階堂が建物の写真を撮る。
これだけ怪しければ、通報すればある程度の捜査はしてくれるだろう。
そこで宗教側がぼろを出してくれれば、カタがつく。
だが、物事というのはそう円滑に進むものではない。
後ろから、あの謎の模様の布を首にかけた男が迫っていることに気がついたが、
気がついたときにはもう、かなり近くまで迫られていた。
しかも、よく見ると刃物まで持っている。
「二階堂!お前は逃げろ!」
「えっ!?お、おう!」
二階堂は、こういうときの思い切りの良さがいい。
俺を置いて先に行け、なんて言ったら
普通の人間は”お前を置いてなんて行けないさ”とか、
正義のヒーローじみたことを言うだろう。
もっとも、そんなヒーローごっこをする人間よりも、二階堂のほうがよほど正しい。
身の程を知れということだ。本物のヒーローならまだしも、
普通の人間がそんなことを言ったって、死体がひとつ増えるだけだ。
なら、二階堂のようにすぐ言葉に従い、
助けを呼びに行ったほうが正しい判断だと言える。
まあ、今はそんなことどうでもいい。
刃物を持った男ふたりと対峙して、
私が生き残れるかどうかが今一番の問題だ。
男のうちのひとりが、がむしゃらに刃物を構えて突進してきた。
周りがあまり見えていない状態のように思える。
まず初撃を避け、避けられたことにより足元がふらついた男を後ろから蹴り飛ばす。
そして、横からもうひとりの男が突進してくる。
こいつも似たような感じか。初撃をしゃがんで回避し、
そのまま腹にグーパンチを入れてやった。
「ぐお...!?」
「知っているか?メリケンサックは探偵の基本装備だ」
もちろんこれは嘘だが、私の基本装備であることは本当だ。
私が腹を殴った男は、腹を抑えてうずくまってしまった。
男の手から、刃物が滑り落ちた。
私はそれをすかさず確保し、最初に突進してきた男の方に向けた。
男は情けない叫び声を上げてから、刃物を地面に落として
降参の意思表明に両手を上げた。
まいったな、警察が来る前に制圧してしまった。
正当防衛だから捕まることはないだろうが...派手な動きをしてしまった。
私は警察が来る前に、そそくさと下山しておくことにした。
下山するとき、特に道に迷うなんてことはなかった。
八迷山という名前の割に、山道はしっかり整備されているため
迷うことはなかったのだ。そうして下山してから気がついた。
「帰り道は...どうするんだ」
車は壊れてしまったが、歩きで帰れる距離ではない。
その後、電波が届く場所まで行っていた二階堂が戻ってきて、
まもなくやってきた警察に、三ツ谷も救助された。
そして、依頼を受けるにあたり先んじて受け取っておいた依頼料は、
3人分のタクシー代に全てが溶かされた。
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そして、後日のニュースに”八迷山 帰一尊会”の名前が出た。
あれはやはり新興宗教の類のものだったらしく、それもかなり悪質。
ここ最近八迷山近辺で相次いでいた失踪事件は、
全て”八迷山 帰一尊会”の犯行だと断定されたようだった。
「それにしても、お前はあの男ふたりをたったひとりで倒しちまったのか?」
「そうだが」
「探偵じゃなくて格闘家になるんだな」
「格闘家の世界は、そう甘くないさ」
まったく、ひどい依頼だった。
口から零れ落ちたのは、その一言に尽きた。
依頼料が全額溶けたどころか、財布からも少し持っていかれた。
これではプラマイゼロどころか、プラマイマイナスだ。
要するに、我々が金を出して、好き好んであそこの調査に行ったのと
ほとんど同じような状態になってしまったのだ。
次からは依頼は選ぼう...と呟くと、その通りだと二階堂が返した。
「少なくとも、頭おっぺけぺのおばはんからの依頼はもう受けないことだ」
「言われなくても、もう受ける気にはなれないな」
だが、これよりひどい依頼が来ることを...
このときの私たちは、まだ知る由もなかった。
キャラ説明【二階堂】
高い記憶能力と語彙力、知識力を有する青年。
だが、はたから見れば普通の青年にしか見えない。
実際普通の青年。25歳だと嘘をついているが、
実はまだ21歳で大学生。
身長:172cm
体重:53kg
性別:男性
年齢:21歳(公表:25歳)
性格:兄貴分的な感じ。ムードメーカー。
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櫛河町私立探偵の人気投票を行います。
荒らし騒動が片付いたっぽいので、リンク載せます。