編集者:徳
小説です。普通の。
オリキャラ紹介のキャラ中心です。
続きを読む
読み方
1話ずつ表示します。
閲覧設定
名前変換設定
この小説には名前変換が設定されています。以下の単語を変換することができます。空白の場合は変換されません。入力した単語はブラウザに保存され次回から選択できるようになります
1 /
目次
萩沙は何を見たのか
夕暮れの公園。少し肌寒くなってきたから、上着の袖をぎゅっと握って二人の後ろを歩いていた。
私の視界には、160cmの二人の背中。148cmの私から見れば、それは少しだけ高い壁みたいで。
「紺、あっちのベンチ座る?」
「ん、萩花が隣ならどこでもいいよ」
そんな、いつもの甘い会話。そこまでは良かった。
二人がベンチに腰を下ろして、ふっと空気が変わった瞬間、私は足を止めた。
紺ちゃんが、萩花ちゃんの頬を包み込む。
萩花ちゃんは、拒絶するどころか、とろんとした目でそれを受け入れている。
夕陽が二人の輪郭をオレンジ色に縁取って、まるで映画のワンシーンみたいに綺麗で……。
(……あ、待って。これ、見ていいやつ?)
そう思ったときには、もう遅かった。
吸い寄せられるように二人の距離がゼロになる。
重なった唇から、小さく「ちゅっ」て、甘くて、柔らかくて、心臓に直接響くような音がした。
「……っ!」
心臓が跳ねた。
情緒が、一気に崖から突き落とされる。
16歳。私より年下の二人が、あんなに迷いなく、お互いの体温を確かめ合ってる。
萩花ちゃんの作るお菓子より、ずっと、ずっと甘い匂いがそこから漂ってきそうで。
胸が苦しい。尊いのか、羨ましいのか、それとも中気したのか分からない。
視界がちかちかする。私は震える手で、ポケットから使い古したメモ帳をひり出した。
【メモ:17時14分。公園のベンチ。散歩とは、魂を混ぜ合わせる儀式だった。無理。】
「……はぁ、はぁ……。に、二人とも……まだ、終わらないの……?」
私は顔を真っ赤にして、メモ帳で顔を半分隠しながら、溶けそうな情緒を必死に繋ぎ止めていた。
奥一と夜空の某日
「……おい、そこ座ると汚れるぞ」
奥一が土のついた軍手で顔の汗を拭いながら、背後に声をかける。
そこには、農作業用のコンテナを勝手に椅子代わりにして、最新のファッション誌を広げている夜空がいた。
「大丈夫だよ、これ奥くんのジャージ借りてるし。汚れたら洗ってね?」
夜空は小さな体を丸め、ページをめくりながらケラケラと笑う。
奥一は「チッ、勝手に持ち出しやがって……」と毒づくが、彼女が自分のぶかぶかのジャージの袖を折って着ている姿を見て、それ以上は何も言えなくなる。
「それより見てよ奥くん。今年のトレンドは『ボタニカル』だって。ほら、このモデルさんが持ってる葉っぱ、奥くんがさっき引っこ抜いた雑草に似てない?」
「……一緒にするな。それはただのペンペン草だ。こっちは食用だ」
奥一は溜息をつきながら、収穫したばかりの完熟トマトをバケツの水でジャブジャブと洗う。
そして、一番形のいい、真っ赤な実を一つ、無造作に夜空の鼻先に突き出した。
「ほら。……食うだろ」
「えー、洗いたて? 冷たーい! ……ん、甘い! 奥くんのトマト、見た目は地味なのに味だけはいいよね」
「『だけ』は余計だ。……っていうか、お前、口の端に種ついてるぞ」
「取って」
夜空が当然のように顔を突き出すと、奥一は「……手、汚れてるから無理だ」と顔を背ける。
だが、結局は綺麗なタオルを持ってきて、ぶつぶつ文句を言いながらも、壊れ物を扱うような手つきで彼女の頬を拭ってやるのだった。
「奥くんってさ、口は悪いけど手は優しいよね。そういうとこ、嫌いじゃないよ?」
上目遣いで、確信犯的に笑みを浮かべる夜空。
奥一は耳を少し赤くして、逃げるように再び鍬を握り直した。
「……うるさい。雑誌読んでるなら黙ってろ」
「はーい。じゃあ次は、この服に合う野菜、収穫してきてね?」
「……分かったよ」
親子(?)の日
親子の日なので。2歳差?関係ねぇ!
五月晴れの強い日差しの中、上坂凪は少しだけ窮屈さを感じていた。世間は「親子の日」らしい。
「仲の良い姉妹ですね。お姉さん、新作のサンダルいかがですか?」
駅ビルの入り口で声をかけられ、凪は足を止めることなく、銀縁の眼鏡を指先で押し上げた。
「……いえ、親子です。行こう、奈希」
短くそれだけ告げて、凪は歩を速める。背後で店員が「えっ」と絶句する気配がしたが、振り返る必要はない。隣を歩く奈希は、眠たげな半眼のまま「……ん」とだけ返し、気怠そうに凪の後に続いた。
18歳の母と、16歳の娘。
誰に説明しても、好奇の目か、同情の視線が返ってくる。それが分かっているから、凪は群れるのを避け、たった一人で歩くことを好んできた。
「ねえ、奈希」
「……なに」
「やっぱり、その……『お母さん』って呼ばれた方が、外聞はいいのかな」
不意に口を突いて出た言葉に、凪自身が驚いた。自由人でいることに誇りを持っているはずなのに、世間の「普通」という波に、一瞬だけ足元を掬われたのかもしれない。
奈希は足を止め、無機質な瞳でじっと凪を見上げた。
凪は居心地が悪くなり、視線を逸らそうとする。その瞬間、奈希の手が、凪の脇腹を不意にツンと突いた。
「ぴゃ…!」
静かな通路に、似つかわしくない可愛らしい悲鳴が響く。
凪は両手で口を押さえ、顔を真っ赤にして硬直した。
「……何、今の」
「な、奈希……いきなり何をするの。驚くじゃん……」
「凪は、凪。お母さんごっこなんて、似合わない」
奈希は突き放すような口調で言ったが、その手は凪のシャツの裾を、所在なげに少しだけ握っていた。
「呼び方なんて、記号でしかないでしょ。私は、凪がいい」
無気力な声の中に、確かな拒絶と、それ以上の信頼が混じっている。
凪は眼鏡の奥の瞳を和らげ、ふっと息を吐いた。クールな仮面の下で、娘の言葉が何よりの「癒し」として染み渡っていく。
「……そうだね。奈希にそう呼ばれるのが、私も一番落ち着く」
凪は奈希の頭に軽く手を置こうとして、恥ずかしくなって自分のポケットに突っ込んだ。
「帰ろう。……帰りに、少し遠回りして散歩していかない?」
「……暑い。けど、凪が一緒なら、いいよ」
歩幅を合わせることはしない。けれど、二人の影はアスファルトの上で、かずかな距離を保ったまま並んで伸びていた。