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目次
夢に向かって飛び出そう!
私の名前は美緒。服を見るのも、選ぶのも大好きな中学2年生。でも、このときの私はまだ、自分で服を作ったことなんて一度もない、ただの女の子でした。ある土曜日の午後。親友のユミが、今にも泣きそうな顔で私の家にやってきました。「ねえ、明日、憧れの先輩がいるお誕生会に誘われたんだけど……。私、おしゃれな服なんて持ってないし、体型もぽっちゃりしてるから、何を着ても似合わないの。行くのをやめようかな」下を向いて、ギュッと自分のスカートをにぎりしめるユミ。私はユミのことが大好きだし、絶対に楽しんできてほしい!と強く思いました。「待ってて、ユミ。私がなんとかする!」私は自分の部屋のクローゼットを勢いよく開けました。奥から取り出したのは、私が昔着ていた水色のシンプルなワンピース。そして、お気に入りの白いレースのリボンです。「ユミ、これをリメイクして、ユミに一番似合う服に変身させるよ!」「えっ? でもこれ、ちょっと地味じゃない……? それに私、お腹まわりが気になるし……」心配そうなユミのために、私はハサミと安全ピン、そしてお母さんから借りたミシンを準備しました。ここから、私とユミの「服作り」の大奮闘(だいふんとう)が始まったのです。🧵 はじめての失敗と、あきらめない心「よし、まずはこのすそを短くして、元気に動ける形にしよう!」私はハサミで思い切ってワンピースのすそをカットしました。ここまでは順調です。しかし、問題はミシンでした。「カタカタカタ……ガガガッ!」いきなり鈍い音がして、ミシンが止まってしまいました。「うそっ! 糸がからまっちゃった!」あわてて布を引っ張ると、ワンピースの横側にグチャグチャのしわが寄ってしまいました。「どうしよう、ユミの大事な服になるはずなのに、台無しにしちゃった……」頭が真っ白になり、涙が出そうになります。でも、あきらめるわけにはいきません。私はリビングに走り、お母さんに泣きつきました。「お母さん、ミシンの糸がからまっちゃった! どうすればいいの!?」お母さんは優しく笑って、「落ち着いて。糸を一度全部外して、ゆっくりかけ直してごらん。布を引っ張らないで、ミシンの進む速さに合わせるのがコツだよ」と教えてくれました。部屋に戻った私は、針とハサミを使って、からまった糸を一本一本、丁寧(ていねい)にほどいていきました。時間はかかったけれど、もう一度ミシンに糸を通し、お母さんに言われた通りにゆっくりとペダルを踏みます。「カタカタカタカタ……」今度はきれいに、まっすぐな縫い目が現れました!「やった……! できた!」私とユミは、思わず顔を見合わせてハイタッチをしました。✨ スタイルがよく見える、デザインのひみつ次は、ユミが気にしていた「体型」をカバーする工夫です。私は、白いレースのリボンを胸元の高い位置に縫い付けました。「ユミ、ここがポイントだよ。リボンを上の方につけることで、みんなの目線が上にいくんだ。それに、ウエストの切り返しの位置を少し高くして、ピンク色のベルトでキュッと締めるとね……ほら! 足が長く見えて、お腹まわりがすっきり隠れるでしょ?」「わあ……! 本当だ! 全然太って見えない!」ユミの目が、キラキラと輝き始めました。仕上げに、アイロンをきれいにあてて、シワを伸ばします。時計を見ると、もう外は夕方になっていました。何度もやり直して、指には小さな傷ができていたけれど、疲れなんて全く感じませんでした。「できた! ユミ、鏡を見てみて!」ユミがゆっくりと目を開けました。鏡に映っていたのは、まるでお店のショーウインドウに飾ってあるような、とっても素敵なお出かけドレスを着た、大人っぽいユミの姿でした。「わあ……! これ、本当に私!? すごい、お姫様みたい!」ユミの顔が、パッとひまわりのように明るい笑顔に変わりました。その笑顔を見た瞬間、私の胸の奥が、ドクン!と熱くなりました。言葉にできないくらいの感動が、全身に広がっていきます。(私のアイデアと工夫で、人がこんなに笑顔になるんだ……!)「ありがとう! 私、明日これでお誕生会にいくね! 自分に自信が持てたよ!」うれしそうに部屋の中でくるくると回るユミを見ながら、私は心の中で、一生忘れない決意をしました。『私は将来、ファッションデザイナーになる。服の力で、たくさんの人を幸せにするんだ』これが、私の長くて熱い、夢への旅のはじまりでした.
夢に向かって飛び出そう②
ユミのお誕生会が大成功してから、私の毎日はガラリと変わりました。「美緒、あの服本当にすごかったよ!」学校の廊下でユミが嬉しそうに話すたび、私の胸の奥は、あのときと同じようにドクンと熱くなります。(私のアイデアで、人があんなに笑顔になるんだ……。私、もっと服を作りたい!)そう決意した私は、それまで入っていた帰宅部をやめて、放課後に「家庭科部」の部室へと向かっていました。トントン、と少し緊張しながら木製のドアをノックします。「失礼します! 中学2年の、一ノ瀬美緒(いちのせ みお)です。入部したくてきました!」元気よくトビラを開けた瞬間、部屋の中に「カタカタカタカタ……!」と、ものすごい速さのミシンの音が響き渡っていました。部屋の奥の窓際。そこに、私と同じ2年生の女の子が座っていました。サラサラの黒い髪をポニーテールに結んだ、キリッとした目の綺麗な女の子です。彼女は私の方をチラリとも見ず、恐ろしいほどのスピードで、ミシンの針の間に真っ赤な布を滑らせていきます。その手つきは、まるでお店で働くプロの職人さんのようでした。「あら、見学希望の生徒さん?」奥から優しそうな顧問の先生が出てきて、入部届を受け取ってくれました。「一ノ瀬さんね、大歓迎よ。ちょうどあそこにいる新谷(しんや)さんも2年生だから、仲良くしてね」先生に紹介されて、ミシンの音がピタッと止まりました。ポニーテールの女の子――新谷 凛(しんや りん)ちゃんが、ゆっくりとこちらを振り向きます。私はドキドキしながら、「あ、新谷さん、よろしくね!」と手を振りました。しかし、凛ちゃんはにこりともしません。それどころか、私の「手」をじっと見つめてきました。何度もミシンの糸をほどいたり、安全ピンを触ったりして、小さな傷や絆創膏(ばんそうこう)だらけの手です。凛ちゃんは小さくため息をつくと、冷たい声で言いました。「……傷だらけの手。素人の無茶な縫い方をしてきた証拠ね」「えっ……?」言葉に詰まる私に、凛ちゃんは自分の真っ白で綺麗な手をすっと見せながら、さらに続けました。「私はプロのデザイナーの教室に通って、小学生のときから基礎を習っているの。家庭科部は、おしゃべりしながらおままごとをする場所じゃないわよ。本気じゃないなら、帰宅部のままでいればよかったのに」ガーン!と頭を殴られたような衝撃でした。入部初日、まさかこんなにキビしいライバルに出会うなんて、このときの私は思ってもみなかったのです。
夢に向かって飛び出そう③
入部初日に凛ちゃんから「おままごとじゃない」と厳しい言葉をぶつけられ、私の心は少しズキズキ痛んでいました。でも、あきらめて帰るわけにはいきません。「あのね、新谷さん。私はまだ素人だけど、本気で服を作りたいの!」私が拳をギュッと握って言い返すと、凛ちゃんはフン、と鼻を鳴らして、またミシンに向き直ってしまいました。そのとき、家庭科部の顧問の先生が、パンフレットを2冊持って私たちの前にやってきました。「2人とも、ちょっといいかしら? 実は、今年もこの季節がやってきたのよ」先生が机の上に広げたのは、カラフルでかっこいい文字が書かれたポスターでした。そこには大きく、こう書かれていました。『全国中学生ジュニア・ファッション・コンテスト開催!――テーマ:身近な人を輝かせる服』「全国の、中学生……!」ポスターに載っている去年の入賞作品の写真を見て、私は息をのみました。どれもお店のショーウインドウに飾ってあるような、おしゃれで本格的な服ばかりです。先生は優しく微笑みながら言いました。「このコンテストは、デザインから自分で考えて、実際に服を作ってステージで発表するの。家庭科部からは毎年、希望者が出場しているのよ。一ノ瀬さんも、新谷さんも、挑戦してみない?」「私、出ます!」私の隣で、凛ちゃんが迷いのない声で即座に手を挙げました。凛ちゃんは私をチラリと見ると、挑戦するような目で言いました。「私の技術が、全国の同世代にどこまで通用するか試したい。もちろん、狙うのはグランプリ(1位)だけです。お下がりのリメイクしかできない人には、ちょっとレベルが高すぎると思うけど」またチクリと言われてしまいました。でも、ポスターに書かれた「身近な人を輝かせる服」という言葉を見た瞬間、私の頭には真っ先にユミの笑顔が浮かんだのです。(ユミをモデルにして、もっと輝く服を作りたい。たくさんの人を幸せにするデザイナーになるために、私も挑戦したい!)「先生、私も出たいです! ユミをモデルにして、エントリーさせてください!」私が大きな声で言うと、先生は「いい返事ね! 2人とも頑張って」と嬉しそうに頷いてくれました。でも、部活が終わって家に帰る途中、私の心にはどんどん不安が広がっていきました。凛ちゃんはもう、高級なシルクの生地を準備して、大人っぽいドレスのデザイン画をサラサラと描き始めています。それに比べて、私はまだ何を作ればいいのかさえ思い浮かびません。「困ったなぁ……。凛ちゃん、本当にすごい。私なんかじゃ、絶対に勝てるわけないよ……」帰り道、夕焼けで赤く染まったトボトボとした自分の影を見つめながら、私は初めて感じる「ライバルへの焦り」に、すっかり押しつぶされそうになっていました。
夢に向かって飛び出そう④
「ジュニア・ファッション・コンテスト」の締め切りが、だんだんと近づいていました。放課後の家庭科室では、凛ちゃんがミシンをカタカタと鳴らし、完璧な手つきで高級なシルクの生地を縫い進めています。その無駄のない動きを見るたび、私の胸は焦りで押しつぶされそうになっていました。(凛ちゃんはあんなにすごいドレスを作っているのに、私の「リメイク」なんかで太刀打ちできるのかな……。もっと大人っぽくて、誰が見ても『すごい』って驚くようなデザインにしなきゃ!)私は、自分の「いつも通りのやり方」が急に恥ずかしくなっていました。だから、コンテスト用のドレスは、わざと難しいデザインにしたのです。お母さんに無理を言って買ってもらった、ツルツルしてうまく縫えないサテンの生地。大人っぽいけれど、体を締め付けるようなタイトなシルエット。何度もミシンの糸をからませ、指を針で刺しながら、徹夜寸前でなんとか形にしました。「ユミ、お待たせ! コンテスト用のドレス、できたから着てみて!」週末、私の部屋にやってきたユミに、完成したばかりのドレスを渡しました。ユミは「わあ、大人っぽい!」と目を輝かせて、着替えてくれました。でも、クローゼットの鏡の前に立ったユミを見た瞬間、私の胸がヒヤリと冷たくなりました。「……どうかな、美緒?」振り返ったユミの顔は、ちっとも笑っていませんでした。それどころか、お腹まわりを気にして、窮屈(きゅうくつ)そうに体をモジモジさせています。すそがタイトすぎて、歩くのも大変そうです。1巻のあのとき、お誕生会に行く前に泣きそうになっていたユミの姿が、一瞬、頭をよぎりました。「あ、ううん! すっごく綺麗だよ! でも……ちょっと苦しい、かな?」ユミは無理にニコッと笑おうとしましたが、その笑顔は引きつっていました。ユミを綺麗にするためのドレスなのに、ユミを苦しめている。ユミが着替えたあと、私はベッドの上にポツンと置かれたドレスを見つめながら、ポロポロと涙をこぼしました。「私、何のために服を作っているんだろう……。凛ちゃんに勝ちたいからって、無理な服作って、ユミを困らせて……。私、デザイナーに向いてないのかも」うつむく私の肩を、ユミが優しくポンポンと叩いてくれました。そして、私の目をまっすぐ見つめて、こう言ってくれたのです。「美緒、泣かないで。私ね、このドレスも美緒が一生懸命作ってくれたから嬉しいよ。でもね……私が前のリメイクドレスで一番嬉しかったのは、綺麗だったからだけじゃないんだよ」ユミはしゃがみこんで、私の傷だらけの手をそっと握りました。「美緒が、私の『体型が気になる』っていう悩みを真剣に聞いてくれて、私に一番似合う服を一生懸命考えてくれたからだよ。あのときの服は、着ているだけで心がポカポカして、自分が大好きになれたの」ユミの言葉が、私の胸の奥にストンと落ちていきました。頭が真っ白だった世界に、パッと光が差し込んだような気がしました。(そうだ……! 大事なのは、凛ちゃんに勝つことじゃない。高級な材料を使って、無理に大人っぽく見せることでもないんだ……!)服作りで一番大切なのは、「着る人を笑顔にしたいという気持ち」。私はその一番大切な原点を、凛ちゃんへの焦りのせいで、すっかり忘れてしまっていたのです。「ユミ、ありがとう。私、目が覚めたよ!」私は涙をゴシゴシと拭(ふ)くと、ベッドの上のドレスを片付けました。「コンテストのドレス、一から作り直す。ユミが世界で一番、自分らしくて元気に笑える服を、もう一度私のアイデアで作るからね!」私の言葉に、ユミの顔が、今度こそパッとひまわりのように明るい笑顔に変わりました。
夢に向かって飛び出そう⑤
それからの数日間は、怒涛(どとう)のようでした。私はお母さんにお願いして、家にある「もう穿かなくなった古いデニム」や「色あせたチノパン」をたくさん集めました。「美緒、またそんなボロボロの布でコンテストに出る気?」部室で私の作業を見て、凛ちゃんはあきれたように言いました。凛ちゃんの手元には、真珠のように輝く白いシルクの、完璧なドレスが仕上がっています。でも、今の私はもう迷いません。「うん。今の私にしか作れない、最高の服をユミに届けるんだ!」私は古いズボンをハサミで色々な形に切り、パッチワーク(布をモザイクのように繋ぎ合わせること)をしていきました。ユミが動きやすいように、お腹まわりには伸縮性のあるリブ素材を使い、ポケットの位置を高めにしてスタイルが良く見える工夫も施しました。何度もミシンの針を走らせ、今度は一歩ずつ、ユミの笑顔だけを思い浮かべて縫い進めました。そして迎えた、コンテスト当日。会場の舞台裏は、全国から集まったきらびやかなドレスで溢れかえっていました。「エントリーナンバー15番、家庭科部・新谷凛さん、どうぞ!」アナウンスが響き、凛ちゃんのステージが始まりました。舞台上のモデルさんがスポットライトを浴びると、その白いシルクのドレスの美しさに、会場中から「わあ……!」と大きなため息が漏れました。非の打ち所がない、完璧な美しさです。(やっぱり、凛ちゃんは本当にすごい……!)圧倒されそうになる私の手を、モデル衣装に着替えたユミが、ギュッと力強く握ってくれました。「大丈夫だよ、美緒。この服、すっごく軽くて、どこまでも走れそうなくらい動きやすいの。着ているだけで、なんだかワクワクしてきちゃう!」ユミの言葉に、私の緊張はすっと消え去りました。「続いて、エントリーナンバー16番、一ノ瀬美緒さん、どうぞ!」アップテンポで元気な音楽が流れ、ユミがステージへと一歩を踏み出しました。会場の空気が、一瞬で変わりました。他の誰もが大人っぽくて豪華なドレスを発表する中、ユミが着ていたのは、濃いブルーや薄いブルーのデニム、そしてベージュのチノパンがパッチワークされた、世界に一つだけの『アクティブ・カジュアルドレス』だったからです。胸元には、あえて切りっぱなしにしたデニムのリボンが飾られ、歩くたびにすそが軽やかに揺れます。何より、ランウェイを歩くユミの顔が、本当に楽しそうでした。窮屈さに耐える様子なんてこれっぽっちもなく、背筋をピンと伸ばして、まるでひまわりのような満面の笑顔で、ステージをくるくると回ったのです。パチパチパチパチ……!最初は驚いていた観客席から、やがて地鳴りのような拍手と歓声が沸き起こりました。すべての審査が終わり、結果発表の時間がやってきました。「それでは、栄えあるグランプリの発表です。……新谷凛さん!」会場が大きな拍手に包まれます。凛ちゃんは嬉しそうに、でもどこかホッとしたような表情で、きらきら光るトロフィーを受け取りました。さすが凛ちゃんです。私の名前は呼ばれないのかな、と思っていると、審査員長のマイクの音が響きました。「今年は、もう一つ素晴らしい作品がありました。着る人の魅力を120%引き出し、会場全体を笑顔にしてくれた作品に、特別賞を贈ります。……『アイデア笑顔賞』、一ノ瀬美緒さん!」「えっ……! 私!?」驚いて固まる私を、ユミが「美緒、やったね!」と思い切り抱きしめてくれました。表彰式のあと、舞台裏で片付けをしていると、グランプリのトロフィーを持った凛ちゃんが、すたすたと私の方へ歩いてきました。「……フン。技術の面では、私の完全勝利ね」相変わらずツンとした声でしたが、凛ちゃんは私たちが作ったデニムのドレスをじっと見つめ、少しだけ目元を緩めました。「でも……ステージの上であんなに楽しそうに笑うモデル、初めて見たわ。服のアイデアと、着る人を引き立てる力だけは、私の負けよ。認めてあげる」「凛ちゃん……!」初めて名前で呼んでくれた凛ちゃんは、恥ずかしそうにパッと後ろを向くと、「次は部活でも、もっと厳しく指導してあげるから覚悟しなさい!」と言って走り去っていきました。「あはは、これからも大変そうだね」ユミと顔を見合わせて、私たちは声を上げて笑いました。技術ではまだ凛ちゃんに敵わない。でも、私の「服の力で人を幸せにしたい」という気持ちは、確かにたくさんの人に届いたんだ。『次は部活でも、絶対に凛ちゃんに負けないくらい上手になるぞ!』トロフィーは取れなかったけれど、私の胸には、前よりもずっと大きな、デザイナーへの情熱がメラメラと燃え上がっていました。
夢に向かって飛び出そう⑥
ツツジの花が校庭をピンク色に染める4月。私は中学3年生に進級しました。家庭科部の部室の窓からは、ぽかぽかと暖かい春の光が差し込んでいます。「カタカタカタカタ……」部室に響くミシンの音は、相変わらずものすごい速さです。でも、今の私にとってその音は、心地いい刺激になっていました。隣の席でミシンを踏んでいるのは、凛ちゃん。2年生のときのコンテスト以来、私たちは「名前」で呼び合うくらいには、仲良くなっていました。……相変わらず口は厳しいけれど、私が縫い方を間違えると「そこ、糸の調子が狂ってるわよ」と、ぶっきらぼうに教えてくれるツンデレな頼れる相棒です。「みんな、集まってちょうだい。新学期早々だけど、すごいお知らせよ!」顧問の先生が、1枚の大きなポスターをパンッと机に広げました。ゴールドの文字がきらめくそのポスターには、こう書かれていました。『全国トップジュニア・ファッション・フェス開催!――テーマ:未来をひらく服』「これ、去年美緒たちが出たコンテストの上位大会よ。全国のデザインスクールからもプロを目指す子たちが集まる、中学生最高峰の舞台なの」先生の言葉に、私と凛ちゃんの目が同時にキランと光りました。「最高峰……。今度こそ、全国で私の実力を証明してみせるわ」と凛ちゃんが不敵に笑います。私も「私ももっとたくさんの人を驚かせる服を作りたい!」と胸を躍らせました。しかし、先生はいたずらっぽく微笑みながら、ポスターの隅にある「小さな文字」を指さしました。「ただしね、今回のルールはこれまでと違うの。――『デザイナー2人、モデル1人の、3人1組のチーム戦』。個人でのエントリーはできないのよ」「えっ!? 2人で1つの服を作るんですか!?」私と凛ちゃんの声が綺麗に重なりました。「そうよ。だから我が家庭科部からは……アイデア抜群の一ノ瀬さんと、技術が完璧な新谷さん。この2人でペアを組んで、モデルはいつものユミさんにお願いするのが最強だと思うの。どうかしら?」先生の提案に、部室が一瞬でシーンと静まり返りました。私と凛ちゃんは、お互いの顔をゆっくりと見合わせます。「……一ノ瀬さんと、ペア?」凛ちゃんが、信じられないものを見るような目で私を見つめます。「ちょっと先生、冗談でしょ! 私は型紙通りにミリ単位の狂いもなく仕上げたい完璧主義なのよ? この、感覚だけでハサミを入れて、いつも糸をからませてる大雑把な一ノ瀬さんと一緒に服を作るなんて、私の胃が痛くなっちゃうわ!」ひどい言われようです。私もカチンときて、思わず言い返してしまいました。「な、何よ凛ちゃん! 私だって、凛ちゃんのあのガチガチに真面目なデザインばっかり見てたら、頭がカチコチになっちゃうよ! 服はもっと、自由でワクワクするものじゃなきゃ!」「なんですって!?」「なによー!?」バチバチと火花を散らす私たち。入部初日のピリッとした空気に逆戻りです。「あはは……。2人とも、もうチームのエントリー用紙、出しちゃったからね。仲良く頑張ってね!」先生はマイペースに笑いながら、部室を出ていってしまいました。まさか、あの完璧主義の凛ちゃんと2人で1つのドレスを作るなんて。夢の最高峰ステージへの切符を手に入れた喜びも束の間、私の3年生の部活ライフは、大波乱の予感で幕を開けたのです。
夢に向かって飛び出そう⑦
「未来をひらく服」というテーマが出されてから一週間。放課後の家庭科室の机には、私と凛ちゃんがそれぞれ描いてきたデザイン画が広げられていました。でも、2人の意見はびっくりするほど真っ二つに割れていたのです。「私は絶対にこれがいいと思う! 古着のジーンズやカラフルなハギレを細かく切り取って、それをパッチワークして作る『未来のストリートドレス』! 自由で、誰も見たことがない未来っぽさがあるでしょ?」私は自分の描いたスケッチブックを凛ちゃんに突き出しました。色とりどりの布が弾けるような、ワクワクするデザインです。しかし、凛ちゃんはそれを見て、眉間に深いしわを寄せました。「却下(きゃっか)よ。そんなごちゃごちゃしたデザイン、お断りね」凛ちゃんは自分のスケッチブックをバンッ!と机に置きました。「私のデザインを見て。未来をひらくんだから、洗練(せんれん)されたスマートな美しさが必要よ。白とシルバーの生地をベースにして、計算された美しい型紙通りに仕立てるフォーマルなロングドレス。これならミリ単位の狂いもなく、完璧なシルエットで作れるわ」凛ちゃんの描いたドレスは、まるでお店に売っている高級なドレスのように綺麗で、無駄が一つもありませんでした。でも、私は首を横に振りました。「綺麗だけど、これじゃあいつもの凛ちゃんのドレスだよ! 『未来』なんだから、もっと型にハマらない、自由なワクワクがほしいよ!」「自由、自由って、一ノ瀬さんはそればかりね!」凛ちゃんがすっくと立ち上がり、声を荒らげました。「そんな不揃いのハギレを繋ぎ合わせたら、生地の厚みもバラバラで、綺麗に縫えるわけがないじゃない! 服作りは魔法じゃないの。緻密(ちみつ)な計算と技術があって初めて形になるのよ。あなたの大雑把なひらめきに、私の技術を付き合わせないで!」凛ちゃんの冷たい言葉が、胸にチクリと突き刺さりました。「大雑把ってなによ! 凛ちゃんこそ、自分の型紙通りにしか作れないなら、ロボットが服を縫うのと一緒じゃない!」「……なんですって?」凛ちゃんの目が、凍りつくように冷たくなりました。「もういいわ。あなたとは一緒に作れない。先生に言って、ペアを解消してもらう!」凛ちゃんはスケッチブックを掴むと、ものすごい勢いで部室から出ていってしまいました。バタン!と激しく閉まったドアの音が、誰もいなくなった家庭科室に虚しく響きます。「なによ、凛ちゃんの分からず屋……!」私は机に突っ伏しました。お互いのやり方が違いすぎて、一歩も前に進まない。最高のペアになるはずだった私たちは、衣装を1針も縫うことができないまま、最悪のバラバラ状態になってしまったのです。
夢に向かって飛び出そう⑧
凛ちゃんが大激怒して部室を出ていってから数日。先生が「ペア解消なんて認めないわよ」と首を振ったため、私たちはギスギスした空気のまま、部活を続けていました。お互いに一言も口をきかない、氷のような家庭科室。そこに、モデルを引き受けてくれたユミが、サイズ測りのためにやってきました。「あの……美緒、凛ちゃん。デザイン、決まった……?」ユミがオドオドしながら、2人の顔を交互に見つめます。「私はこのデザインがいいと思うんだけど、新谷さんが『技術的に無理』って頑固(がんこ)に認めないの」私がプイッと横を向いて言うと、凛ちゃんもハサミを机にドン!と置いて睨んできました。「無理なものは無理と言っているのよ。一ノ瀬さんの大雑把な思いつきに、ユミを付き合わせるわけにいかないでしょ。ユミが綺麗に見えるのは、私の完璧なドレスよ」「私のアイデアだって、ユミを笑顔にするために考えたんだから!」「そのアイデアを形にする技術がないなら、ただのワガママよ!」私と凛ちゃんがユミの目の前で、またバチバチと口論を始めてしまいました。そのときでした。「……もうやめて!!」部室に、ユミの大きな叫び声が響き渡りました。驚いて振り返ると、ユミの大きな目から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちていました。「ユミ……?」私が慌てて駆け寄ろうとすると、ユミは袖で涙をゴシゴシとしごきながら、泣きじゃくる声で言いました。「2人とも、なんでそんなに喧嘩ばかりするの……っ? 私は、美緒の誰も思いつかないワクワクするアイデアが大好き。でも、凛ちゃんが作ってくれる、トゲが一つもない、どこまでもまっすぐで綺麗な縫い目の服も、同じくらい大好きなの!」ユミはギュッと自分の胸元を握りしめ、私たちをまっすぐ見つめました。「2人がそんなに睨み合って、お互いを悪く言いながら作った服なんて……どんなに高級でも、どんなに凄くても、私、ちっともワクワクしない! そんな服、ステージで笑顔で着られないよ……!」ユミの涙ながらの言葉が、私の頭をガツンと殴りました。隣を見ると、凛ちゃんも目を見開いたまま、借りてきた猫のように固まっています。(私……またやってた……。凛ちゃんに負けたくない、自分の意見を通したいって、そればかりで……一番大切な『着る人を笑顔にする』ってことを忘れてた……!)凛ちゃんを見つめると、凛ちゃんも小さく肩を震わせて、下を向いていました。「……私の方こそ、ワガママだったわ」凛ちゃんが、蚊の鳴くような声でぽつりと言いました。「一ノ瀬さんのアイデア、本当は悔しいくらい面白いと思ってたの。でも……パッチワークなんてやったことがないから、完璧に縫い上げる自信がなくて……。自分の技術の限界を認めるのが怖くて、あなたのデザインのせいにしていたの。ごめんなさい……」プライドの高い凛ちゃんが、初めて自分の弱さを口にして、私に頭を下げました。胸の奥が、ぎゅーっと熱くなりました。「凛ちゃん……私の方こそごめん! 凛ちゃんの綺麗な縫い目があるから、私のアイデアがちゃんとした『服』になるんだよ。ロボットみたいなんて言って、本当にごめんね」私は凛ちゃんの手を、ギュッと両手で握りしめました。凛ちゃんは一瞬驚いた顔をしたけれど、今度は振り払わずに、私の手を優しく握り返してくれました。「ユミ、泣かせてごめんね。もう絶対に喧嘩しない」私が笑顔で言うと、凛ちゃんも涙をふいたユミに向かって、小さくコクンと頷きました。「約束するわ。一ノ瀬さんの最高に尖ったアイデアを、私の最高の技術で仕立てる。2人にしか作れない、ユミが世界一輝くドレスの設計図を引きましょう!」お互いのこだわりがぶつかり合っていたスケッチブックが、今、初めて机の真ん中で重なりました。美緒の「ひらめき」と、凛の「完璧な計算」。2つの才能が一つになった瞬間でした。
夢に向かって飛び出そう⑩
全国コンテストで最優秀グランプリをとってから、私と凛ちゃんは、学校でちょっとした有名人になっていました。すれ違う先生たちから「おめでとう!」と声をかけられたり、家庭科部の部室に「これ、どうやって縫うの?」と聞きにくる他クラスの友達が増えたり。でも、今日の放課後は、いつもと全く違う、心臓が口から飛び出しそうなほど緊張する場所に向かっていました。「……失礼します」トントン、と遠慮がちにドアをノックして入ったのは、重厚な革のソファと大きな机がある、あの『校長室』です。私と凛ちゃん、そしてなぜか私の隣には、一緒についてきてくれた親友のユミが並んで立っていました。「おや、一ノ瀬さんに新谷さん、それに高橋さん。よく来てくれたね。まぁ、そう硬くならずにソファーに座りなさい」白髪の優しそうな校長先生が、にこやかに私たちを迎え入れてくれました。私たちが恐る恐るソファーに腰掛けると、校長先生は机の上から、何やら厚い書類の束を持って私たちの前に座りました。(な、なんだろう……? 全国で優勝したから、お祝いでもしてくれるのかな?)ドキドキしながら待っていると、校長先生の口から、想像もしなかった言葉が飛び出したのです。「実はね、我が中学校の指定制服は、開校以来30年間、ずっと変わっていないんだ。そこで……来年度の入学生から、制服を何十年ぶりかに新しくリニューアルすることが決まってね」「制服を、新しく……?」凛ちゃんがキリッとした目を丸くしました。「そうなんだ。今、大人のデザイナーや制服メーカーの人たちと話し合いを進めているんだがね。せっかくなら、実際に毎日着る生徒たちの意見を取り入れたい。そして何より、我が校には全国コンテストで日本一になった、天才ジュニアデザイナーの2人がいる!」校長先生は、身を乗り出すようにして、私たちの目をまっすぐ見つめました。「どうだろう。来年度からの『新制服』のデザインのベースを、君たち家庭科部に任せたい。未来の後輩たちが毎日笑顔で通いたくなるような、最高の制服を、君たちの手で考えてみないかね?」「えええええっーーー!?」私とユミの声が、校長室の天井を突き破るくらい綺麗にハモりました。隣を見ると、あのいつも冷静な凛ちゃんさえも、「わ、私たちが、学校の制服を……!?」と、スケッチブックを持つ手がガタガタと震えています。学校の制服。それは、みんなが毎日着るもの。コンテストの一着とは違い、何百人、何千人の後輩たちが、これからずっと着続ける特別な一着です。「校長先生……本当に、私たちでいいんですか?」私が尋ねると、校長先生は力強く頷いてくれました。「君たちの作ったあのデニムのドレスを写真で見たよ。着ている高橋さんが、本当に幸せそうに笑っていた。服の力で人を笑顔にする君たちなら、素晴らしい制服を作ってくれると信じているよ」胸の奥が、これまでにないくらい熱く、激しくドクンドクンと脈打ち始めました。(私たちのアイデアが、学校の制服になるんだ……。大好きなこの学校の、未来の後輩たちのために、最高の服を作りたい!)「校長先生、やらせてください! 私たち、みんなが毎日学校に行きたくてたまらなくなるような、最高にかわいい制服を作ります!」私が立ち上がって元気よく宣言すると、凛ちゃんもフッと自信に満ちた笑みを浮かべ言いました。「ええ、一ノ瀬さんの大雑把なデザインを、私が毎日着ても絶対にほつれない完璧な制服に仕立ててみせます。引き受けましょう」「ちょっと、一言余計だよ凛ちゃん!」「事実でしょ?」クスクスと笑うユミと、優しく見守る校長先生の前で、私たちは新しい約束の握手を交わしました。中学生デザイナーとしての集大成、学校の歴史を塗り替える『新制服プロジェクト』が、いま始まったのです!
夢に向かって飛び出そう⑪
校長室をあとにしてから、私と凛ちゃん、そしてユミの3人は、さっそく学校中でアンケートを集め始めました。お昼休みや放課後を使って、クラスの友達や後輩たちに「どんな制服が着たい?」と聞いて回ったのです。「今の制服は、カチッとしすぎて肩が凝(こ)るんだよね」「自転車通学だから、スカートでも動きやすいのがいいな」「でも、やっぱり他の学校の生徒に自慢できるくらい、かわいくてオシャレじゃなきゃ嫌!」集まったのは、みんなのリアルすぎる本音でした。私はその声を一枚の大きなスケッチブックにまとめ、凛ちゃんと一緒に何枚もデザイン画を描き直しました。ブレザーの形を少し丸みのある可愛いシルエットにして、動きやすいように伸縮性(しんしゅくせい)のある生地を想定する。みんなが着るだけでワクワクするような、最高のデザイン画が完成しました。そして数日後。私たちは学校の会議室に呼ばれました。そこに待っていたのは、校長先生と、学校が指定する大手制服メーカーの担当者――新田(にった)さんという、スーツを着たキリッとした大人の男の人でした。「はじめまして、一ノ瀬さんに新谷さん。君たちのコンテストの活躍は聞いているよ。さっそくデザイン画を見せてもらおうか」「はい! よろしくお願いします!」私は緊張で手を震わせながら、完成したばかりのデザイン画を新田さんの前に広げました。新田さんはメガネを指で押し上げながら、じっとデザイン画を見つめました。室内に沈黙が流れ、私の心臓はバクバクと音を立てます。やがて、新田さんは小さくため息をつくと、デザイン画をパタンと閉じました。「……なるほど。中学生らしくて、とてもかわいらしくて自由なデザインだね」「本当ですか!? じゃあ……!」私が嬉しくて身を乗り出そうとした瞬間、新田さんの声が冷たく響きました。「でもね、これは『商品』としては完全に不合格だよ」ガーン、と頭を殴られたような衝撃でした。隣で凛ちゃんがハッと息をのむのが分かります。「どういうことですか……?」凛ちゃんが少し悔しそうな声で尋ねると、新田さんはデザイン画の一部分を指さしました。「まず、このブレザーの綺麗なシルエット。これを柔らかい伸縮性のある生地で作ったら、毎日洗濯機で洗ったときにすぐヨレヨレになって型崩れしてしまう。それに、この複雑なリボンのデザイン。これだと製造コストがかかりすぎて、親御さんが買うときの値段が跳ね上がってしまうんだ」新田さんは私たちの目をまっすぐ見つめ、静かに、でも重みのある声で続けました。「君たちがこれまでやってきたのは、ステージの上だけで着る『一着だけのドレス』だ。でも制服は違う。何百人もの生徒が、毎日着て、毎日汚して、3年間ずっと使い続ける『日常の服』なんだよ。丈夫さ、洗いやすさ、そして誰もが買える値段に抑えるコスト。中学生の理想の『かわいい』だけじゃ、本物の制服は作れないよ」「……っ」言葉が出ませんでした。プロの大人が突きつけてきたのは、私たちが考えてもみなかった、圧倒的でリアルな「現実の壁」でした。せっかくみんなの願いを集めて作ったデザインなのに、全否定されてしまった。会議室の窓から差し込む夕日が、今の私たちの焦りと悔しさを映し出すように、赤く沈んでいくのを、私はただ黙って見つめることしかできませんでした。
夢に向かって飛び出そう⑫
新田さんに「不合格」と言われてから、私たちの制服づくりは迷路に迷い込んでしまいました。「耐久性を上げるには、生地を硬くするしかないわ」「でも、そうすると普通の、どこにでもある地味な制服になっちゃうよ……」放課後の家庭科室で、私と凛ちゃんは何度もデザインを描き直しました。でも、コストや洗濯の手間を気にすれば気にするほど、デザインはどんどん「つまらない服」になっていってしまいます。そんなある日、私たちは新田さんに誘われて、本物の制服を作る工場を見学させてもらうことになりました。ガシャン、ガシャンと大きな機械が動く工場。そこで働く職人さんたちの手つきは、驚くほど真剣でした。「ここは、毎日重いリュックを背負っても破れないように、肩の縫い目を3回補強しているんだ」新田さんが、生地の裏側を指さして教えてくれました。「こっちは、自転車を漕いでもスカートのプリーツ(ひだ)が絶対に消えないように、特殊な熱加工を施している。私たちはね、生徒たちが3年間、何があっても怪我をせず、安心して過ごせるように服を作っているんだよ」職人さんたちの頑固なほどのこだわりに触れた瞬間、私の胸の奥がドクンと熱くなりました。(あ……大人の人たちも、私たちと同じなんだ……!)新田さんたちは、ただケチをつけたり、意地悪を言っていたんじゃありませんでした。私たちとは違うやり方で、生徒たちの毎日の生活を全力で『守りたい』って思っていたのです。「新田さん、ごめんなさい。私、見た目の『かわいい』ばかり気にして、着る人の毎日の安心を考えていませんでした」私が頭を下げると、新田さんは驚いたように目を丸くし、それから優しく微笑んでくれました。「気づいてくれたなら嬉しいよ。でも、君たちの『みんなをワクワクさせたい』って気持ちも、決して間違っていないんだ」大人の想いと、中学生の願い。その2つが頭の中で交わった瞬間、私の脳裏にパッと、1巻のときのような強烈なひらめきが舞い降りました。「……そうだ! だったら、ベースはプロの技術でガッチリ頑丈に作ってもらって、中学生が『自分で選べる工夫』をリメイクみたいに入れればいいんだ!」私は急いでスケッチブックを開き、ペンを走らせました。「凛ちゃん、新田さん、これを見て! ベースのブレザーやスカートは、メーカーの丈夫な生地でシンプルに作ります。その代わり、襟(えり)のリボンと、胸元のポケットのチーフを『何種類かのカラーや柄から、生徒が自分で好きなものを選べるカスタマイズ制』にするの!」凛ちゃんが私の手元をのぞき込み、ハッと目を見開きました。「なるほど……! それなら、毎日洗濯するブレザー本体のコストや耐久性はバッチリクリアできるわ。リボンやチーフなら簡単に取り外して洗えるし、その日の気分や個性をアピールできる!」「さらにね!」私はユミのアンケートを指さしました。「ブレザーの内側には、スマートフォンの代わりに生徒手帳や小物をサッと入れられる『隠しストレッチポケット』をつけるの。これなら見た目はスッキリ綺麗なまま、動きやすくて便利でしょ?」新田さんが私のスケッチブックをじっと見つめ、やがて、感心したように深く息を吐きました。「……参ったな。耐久性とコストを完璧に守りながら、中学生が絶対に学校に行きたくなるような遊び心を両立させるなんて。一ノ瀬さん、新谷さん、これなら本物の『商品』として、自信を持って学校に提案できるよ!」新田さんが、私たちに向かって力強く親指を立ててくれました。高すぎる大人たちの壁。それを私たちは、お互いをリスペクトする「工夫の精神」で見事に乗り越えたのです!
夢に向かって飛び出そう⑬
新田さんに「不合格」と言われてから、私たちの制服づくりは迷路に迷い込んでしまいました。「耐久性を上げるには、生地を硬くするしかないわ」「でも、そうすると普通の、どこにでもある地味な制服になっちゃうよ……」放課後の家庭科室で、私と凛ちゃんは何度もデザインを描き直しました。でも、コストや洗濯の手間を気にすれば気にするほど、デザインはどんどん「つまらない服」になっていってしまいます。そんなある日、私たちは新田さんに誘われて、本物の制服を作る工場を見学させてもらうことになりました。ガシャン、ガシャンと大きな機械が動く工場。そこで働く職人さんたちの手つきは、驚くほど真剣でした。「ここは、毎日重いリュックを背負っても破れないように、肩の縫い目を3回補強しているんだ」新田さんが、生地の裏側を指さして教えてくれました。「こっちは、自転車を漕いでもスカートのプリーツ(ひだ)が絶対に消えないように、特殊な熱加工を施している。私たちはね、生徒たちが3年間、何があっても怪我をせず、安心して過ごせるように服を作っているんだよ」職人さんたちの頑固なほどのこだわりに触れた瞬間、私の胸の奥がドクンと熱くなりました。(あ……大人の人たちも、私たちと同じなんだ……!)新田さんたちは、ただケチをつけたり、意地悪を言っていたんじゃありませんでした。私たちとは違うやり方で、生徒たちの毎日の生活を全力で『守りたい』って思っていたのです。「新田さん、ごめんなさい。私、見た目の『かわいい』ばかり気にして、着る人の毎日の安心を考えていませんでした」私が頭を下げると、新田さんは驚いたように目を丸くし、それから優しく微笑んでくれました。「気づいてくれたなら嬉しいよ。でも、君たちの『みんなをワクワクさせたい』って気持ちも、決して間違っていないんだ」大人の想いと、中学生の願い。その2つが頭の中で交わった瞬間、私の脳裏にパッと、1巻のときのような強烈なひらめきが舞い降りました。「……そうだ! だったら、ベースはプロの技術でガッチリ頑丈に作ってもらって、中学生が『自分で選べる工夫』をリメイクみたいに入れればいいんだ!」私は急いでスケッチブックを開き、ペンを走らせました。「凛ちゃん、新田さん、これを見て! ベースのブレザーやスカートは、メーカーの丈夫な生地でシンプルに作ります。その代わり、襟(えり)のリボンと、胸元のポケットのチーフを『何種類かのカラーや柄から、生徒が自分で好きなものを選べるカスタマイズ制』にするの!」凛ちゃんが私の手元をのぞき込み、ハッと目を見開きました。「なるほど……! それなら、毎日洗濯するブレザー本体のコストや耐久性はバッチリクリアできるわ。リボンやチーフなら簡単に取り外して洗えるし、その日の気分や個性をアピールできる!」「さらにね!」私はユミのアンケートを指さしました。「ブレザーの内側には、スマートフォンの代わりに生徒手帳や小物をサッと入れられる『隠しストレッチポケット』をつけるの。これなら見た目はスッキリ綺麗なまま、動きやすくて便利でしょ?」新田さんが私のスケッチブックをじっと見つめ、やがて、感心したように深く息を吐きました。「……参ったな。耐久性とコストを完璧に守りながら、中学生が絶対に学校に行きたくなるような遊び心を両立させるなんて。一ノ瀬さん、新谷さん、これなら本物の『商品』として、自信を持って学校に提案できるよ!」新田さんが、私たちに向かって力強く親指を立ててくれました。高すぎる大人たちの壁。それを私たちは、お互いをリスペクトする「工夫の精神」で見事に乗り越えたのです!
夢に向かって飛び出そう⑭
秋が過ぎ、寒い冬を乗り越えて、学校の校庭にうっすらと桜のつぼみが膨らみ始めた3月。待ちに待った「新制服発表会」の日がやってきました。全校生徒が詰めかけた体育館は、熱気とザワザワとした話し声で満ちています。ステージの袖で、私は緊張のあまり自分のスカートをギュッと握りしめていました。「大丈夫よ、一ノ瀬さん。あんなに完璧な型紙と、最高のアイデアで作った制服だもの。自信を持ちなさい」隣に立つ凛ちゃんが、私の肩をポンと叩いてくれました。その手の温かさに、私のドキドキがすっと落ち着いていきます。『それでは、来年度から新しくなる、我が中学校の「新制服」の発表です。モデル、どうぞ!』アップテンポな音楽が鳴り響き、ステージの幕が上がりました。スポットライトを浴びて、モデルを務めるユミが堂々とランウェイへ歩き出します。体育館中から、「うわああああっ……!!!」「かわいい!!!」という、地鳴り cosmic 級の大歓声が沸き起こりました。ユミが着ているのは、新田さんたちのプロの技術で仕立てられた、濃紺(のうこん)のスマートなブレザー。毎日洗濯しても絶対に型崩れしない美しさです。でも、その胸元には、ユミが自分で選んだ『ひまわり色のチェック柄リボン』が可愛く揺れていました。ユミがステージの真ん中でくるりと回ると、ポケットの端からチラリと見える同柄のチーフがアクセントになってきらめきます。さらに、ユミが「ねえ、見て!」というようにブレザーを少し開くと、内側につけられた隠しポケットから、生徒手帳をサッと取り出してみせました。「すごーい!」「便利そう!」「私もあのリボンがいい!」客席の後輩たちや同級生の目が、キラキラと輝いています。型にはまるのを嫌う中学生の「個性」と、親御さんや先生たちの「安心」が、私たちのアイデアによって完璧に一つになった瞬間でした。鳴り止まない拍手の中、校長先生から私と凛ちゃんに、特別な感謝状が手渡されました。客席の一番後ろでは、スーツ姿の新田さんが、嬉しそうに私たちに向かって何度も大きく拍手を送ってくれていました。発表会のあと、放課後の誰もいない家庭科室で、私と凛ちゃんは窓の外を見ていました。「私たちの作った制服を、4月からは新しい1年生たちが毎日着て学校に来るんだね」私がポツリと言うと、凛ちゃんも優しく微笑みました。「ええ。私たちが卒業したあとも、この学校に私たちの作った服が残り続けるのよ。デザイナーとして、これほど誇らしいことはないわね」私たちはもうすぐ、この中学校を卒業します。高校へ行けば、もっと広くて、もっと厳しいプロの世界が待っているはずです。でも、私には凛ちゃんという最高の相棒がいて、私の服で笑顔になってくれるユミがいます。「凛ちゃん、高校に行っても、私と一緒に世界一の服を作ろうね!」「フン、あなたの無茶なアイデアに付き合ってあげるのは、世界中で私だけよ。覚悟しなさいね、美緒」初めて凛ちゃんが、私のことを「一ノ瀬さん」ではなく「美緒」と名前で呼んでくれました。満開の桜に向かって羽ばたく鳥たちのように、私たちの夢への旅は、ここからさらに高く、新しく、未来へと続いていくのです。
夢に向かって飛び出そう⑮
カチッ、カチッ。まだ少し硬くて、歩くたびに音がする新しい革のローファー。私たちがデザインをお手伝いしたあの中学校の制服を脱ぎ、今日から私は、少し大人っぽいブレザーの高校生になりました。桜の花びらが舞う入学式が終わり、私は教室の窓際で、親友のユミと並んで座っていました。「美緒、高校生になっちゃったね! 席も隣だし、私すっごく嬉しい!」ユミが新しいローファーをパタパタさせながら、ひまわりのような笑顔を見せてくれます。「うん! またユミと同じ学校に通えて最高だよ。よし、クラスの様子も分かったことだし……放課後はさっそく『あの場所』に行かなきゃね!」私はカバンから、入学式の日に配られたばかりの『部活動紹介パンフレット』を机に広げました。目標はもちろん一つ。中学校のときに全国グランプリを一緒に勝ち取った、あの「家庭科部」に入部することです。ガララッと教室のドアが開き、隣のクラスになった凛ちゃんが歩いてきました。凛ちゃんの手には、私と同じパンフレットが握られています。「一ノ瀬さん、高橋さん。さっそく部室棟へ行くわよ。高校の家庭科部がどんなレベルか、早くこの目で確かめたいわ」高校生になっても相変わらずキリッとカッコいい凛ちゃんに、私は「うん、行こう!」と元気よく頷きました。私たちはパンフレットの「文化部一覧」のページを開きながら、部室棟へと続く廊下を歩きました。運動部の元気な声が響く中、私はページの上から順番に指で部活をなぞっていきます。「ええっと、茶道部、華道部、美術部、吹奏楽部……。あれ? 次のページかな。パソコン部、演劇部、ボランティア部……」おかしいな、と思いながら何度もページをめくります。でも、どこをどう探しても、お目当ての「5つの文字」が見当たらないのです。「ちょっと、一ノ瀬さん、何を探しているの? 早く家庭科部の部屋に行きま……」しびれを切らした凛ちゃんが、私のパンフレットを奪い取って目を走らせました。そして次の瞬間、凛ちゃんの動きがピタッと止まりました。メガネ(※イメージ)の奥の目が、これまでにないくらい大きく見開かれています。「……嘘でしょ? 載っていないわ」「えっ? 何が?」とユミがのぞき込みます。「家庭科部よ。この学校のパンフレットのどこにも、家庭科部なんて部活は存在していないわ!」「ええええええっーーーーー!?」私の叫び声が、静かな廊下に響き渡りました。近くを通りかかった3年生の先輩が、不思議そうに私たちを見て教えてくれました。「あ、君たち新入生? うちの高校、料理系も裁縫系も、家庭科に関する部活は一つもないよ。何年も前に部員がいなくなって、潰(つぶ)れちゃったんだって」ガーン!と頭の中にカミナリが落ちたような衝撃でした。日本一のデザイナーになるために、高校でもっとたくさんの服を作るんだと意気込んでいたのに、まさか「部活そのものがない」なんて!ショックのあまり、その場にへたり込んでしまいそうな私。隣を見ると、凛ちゃんも「私の高校3年間の計画が……」と、真っ白になって魂が抜けたようになっています。でも、ユミが優しく私の背中をトントンと叩いてくれたとき、私の胸の奥で、いつものあの「ドクン!」という熱い鼓動が跳ね上がりました。(部活がない……。だったら、ここで諦めちゃうの? ……ううん、違う!)私はゴシゴシと顔を両手で叩くと、すっくと立ち上がりました。「凛ちゃん、ユミ。部活がないなら、私たちが新しく作っちゃえばいいんだよ!」「えっ……?」驚いて私を見る2人に向かって、私は拳をギュッと握りしめて不敵に笑いました。「私たちがゼロから『家庭科部』を立ち上げるの! 誰もやったことがないなら、私たちがこの高校の歴史を新しく作っちゃおう!」私の無茶苦茶な宣言に、凛ちゃんは一瞬呆れたような顔をしましたが、すぐにフッといつもの挑戦的な笑みを浮かべました。「……フン、相変わらず無茶苦茶なひらめきね。でも、部活がないからって私の服作りを止めるわけにはいかないわ。付き合ってあげる」「私も全力で応援するよ、美緒、凛ちゃん!」とユミも笑顔で手を繋い(つな)いでくれました。こうして、最高の仲間たちとの高校生活は、まさかの「部活設立のための仲間集め」という、大波乱のゼロからのスタートで幕を開けたのです!
夢に向かって飛び出そう⑯
「家庭科部を作るぞ!」と意気込んだものの、高校のルールはそう甘くありませんでした。職員室の先生に聞きに行くと、部活(まずは同好会)を新しく作るには、「部員が最低5人必要」で、さらに「生徒会の許可」が必要だということが分かったのです。私と凛ちゃん、そしてモデルのユミ。今のままでは、あと「2人」足りません。「みんなー! 家庭科部に入って一緒に楽しい服作りをしませんかー!?」次の日から、ユミの熱血スカウト作戦が始まりました。お昼休みの廊下や放課後の教室で、ユミは持ち前の明るさを活かして新入生に声をかけまくってくれたのです。そのおかげで、なんと2人の同級生が興味を持ってくれました。1人目は、ちょっとおっとりした女の子のサクラちゃん。「おばあちゃんから貰った可愛い布があるんだけど、使い道が分からなくて……」とはにかむ姿がとっても可愛い女の子です。2人目は、なんと男の子のタイガくん。背が高くて少しぶっきらぼうだけど、「俺、手先が不器用なんだけど……破れたズボンを自分でカッコよく直せるようになりたくて」と、照れくさそうに教えてくれました。「ミシンに触ったことがなくても大丈夫! 私たちが絶対に楽しくさせるから!」私の言葉に、2人は「よろしくお願いします!」と笑顔で部員になってくれました。これでついに5人です!私たちはさっそく、部活設立の申請書を持って、学校の最上階にある『生徒会室』の重いトビラを叩きました。「失礼します! 新しい部活の申請に来ました!」部屋の奥、山積みの書類の後ろからゆっくりと顔を上げたのは、キリッとした冷たい目をした3年生の生徒会長・神崎(かんざき)先輩でした。先輩は私たちが提出した申請書にチラリと目を落とすと、フンと鼻を鳴らして書類を机に放り投げました。「却下(きゃっか)だ。持っていきなさい」「ええっ!? なんでですか!?」私は思わず大声を上げてしまいました。部員はちゃんと5人集めたはずです。神崎先輩は椅子に深く背を預け、冷徹な声で言い放ちました。「学校の部室や予算はタダじゃない。実績も歴史もない新しい部活に、貴重な場所やお金をあげるわけにはいかないんだよ。ただの『仲良し5人組のおままごと』で部活を作られては困るんだ」「おままごとじゃありません! 私たち、中学のときは全国コンテストで……」凛ちゃんが悔しそうに言い返そうとすると、先輩はそれを手で制しました。「中学の実績など、高校では関係ない。……本当に部活を作りたいのなら、高校生としての『実力』をここで証明してみせろ」神崎先輩はニヤリと挑戦的な笑みを浮かべ、カレンダーの来週のページを指さしました。「来週、体育館で新入生歓迎の『部活オリエンテーション』がある。全校生徒の前で、各部活がパフォーマンスをするステージだ。そこで、新入生も、在校生も、全員をあっと驚かせるような『服作りの実績』をステージ上で発表してみせろ。それができたら、君たちの家庭科部を公式に認めてやろう」「全校生徒の前で……ステージ発表!?」ユミが顔を青くしました。本番はたったの一週間後です。「いいでしょう。その挑戦、受けますわ」私の隣で、凛ちゃんが拳を握りしめて神崎先輩を睨みつけました。「私たちの服の力がどれほどのものか、その綺麗な目でしっかり見せてあげるわ」「ちょっと凛ちゃん、言い方!」私は焦りながらも、神崎先輩に向き直りました。「神崎先輩、絶対にみんなを驚かせる最高のステージにします! 覚悟して見ていてください!」生徒会室を出た私たちの心は、激しく燃え上がっていました。あと一週間。ミシンに触ったこともないサクラちゃんとタイガくんを巻き込んで、全校生徒を感動させる「ミニ・ファッションショー」を成功させなければいけません。家庭科部設立をかけた、私たちの本当の戦いが始まったのです!
夢に向かって飛び出そう⑰
生徒会長の神崎先輩に見せる「ミニ・ファッションショー」の本番は、いよいよ明日に迫っていました。放課後の空き教室を借りて、私と凛ちゃん、そして新入部員のサクラちゃんとタイガくんの4人で、衣装の最後の仕上げをしていました。モデルのユミは、廊下でウォーキングの猛特訓中です。「タイガくん、そのジーンズのすそを、床から5センチのところで真っ直ぐカットしてもらえる? そこに、サクラちゃんのおばあちゃんから貰った可愛い和柄のハギレを繋ぎ合わせるから!」「お、おう、任せろ。……って、うわあああああ!?」ガサッ、という鈍い音と一緒に、タイガくんの絶叫が響き渡りました。慌てて振り返ると、タイガくんの手元で、衣装になるはずだった大事なジーンズの太ももの部分が、ハサミでベリッと斜めに大きく切り裂かれていました。「す、すまん……! 緊張して手が滑って、すそじゃなくて全然違うところを思い切り切っちまった……!」タイガくんは顔を真っ青にして、ガタガタと震えています。サクラちゃんも「どうしよう、替えのジーンズなんて、もうないよ……」と泣きそうになっていました。本番は明日。今から別の衣装を一から作り直す時間なんて、どこを探してもありません。一瞬、頭が真っ白になりかけました。でも、激しくドクンドクンと脈打つ胸の奥で、私は第1巻のあのときを思い出していました。ミシンに糸がからまって、頭が真っ白になって、でもお母さんの言葉を聴いて諦めずにやり直した、あの日のことを。「……大丈夫だよ、タイガくん!」私は床にしゃがみこみ、切り裂かれてしまったジーンズを拾い上げて、ニッコリと笑いました。「私、思いついちゃった! 服作りってね、失敗したからって終わりじゃないんだよ。間違えて切っちゃったなら、その傷を活かして、もっとカッコいいデザインにリメイクしちゃえばいいんだから!」「え……リメイク?」タイガくんが目を丸くします。私は凛ちゃんを振り返りました。「凛ちゃん、この破れた部分をあえて大きく広げて、中にサクラちゃんの和柄のハギレを裏から当てて縫い合わせたらどうかな? ダメージジーンズからチラリと和柄が見える、最高にクールなストリート系リメイクドレスになると思わない!?」私のひらめきを聞いて、凛ちゃんの目がキランと鋭く光りました。「……フン、相変わらず心臓に悪いひらめきね。でも、ただのジーンズより、その方がずっと『未来をひらく』デザインに見えるわ。タイガ、サクラ、落ち込んでる暇はないわよ! 針を持ちなさい!」「はいっ!」2人の顔に、一瞬でパッと明るい光が戻りました。それからは、時計の針が回るのも忘れるくらい、全員で夢中になって作業を続けました。凛ちゃんが神業のような手つきでミシンをかけ、サクラちゃんが丁寧な手つきでハギレをアイロンで整え、タイガくんが不器用ながらも一生懸命にボタンを縫い付けていきます。「みんな、ちょっと休憩にしよう! 差し入れだよ!」廊下で練習していたユミが、お小遣いで買ってきてくれたジュースを配ってくれました。冷たいジュースを飲みながら、指に小さな傷を作ったタイガくんとサクラちゃんが、「服作りって、なんかすごくドキドキして楽しいですね」と笑ってくれました。その笑顔を見た瞬間、私の胸はポカポカとした温かい感動で満たされました。技術はバラバラ。失敗だってしちゃう。でも、みんなで一つの服を完成させようと、一生懸命に針を動かすこの時間こそが、私たちが作りたかった「家庭科部」の姿なんだと、強く確信したのです。夜が明ける一歩手前。窓の外が薄明るくなってきた頃、教室の机の上には、全員の想いと、初心者のハプニングが最高の奇跡に変わった、世界に一着だけの『和柄×ダメージストリート・ドレス』が神々しく輝いていました。
夢に向かって飛び出そう⑱
「ミニ・ファッションショー」の本番当日。体育館の舞台裏は、全校生徒のザワザワとした熱気と、出番を待つ他の部活の緊張感で、押しつぶされそうになっていました。「緊張してる、タイガくん? サクラちゃん?」私が声をかけると、2人は借りてきた猫みたいにガタガタと震えていました。それもそのはずです。観客席の最前列には、あの冷徹な生徒会長・神崎先輩が、腕を組んで厳しい目をこちらに向けているのが見えたからです。「……フン、そんなに怯(おび)えてどうするのよ」凛ちゃんが、完璧にアイロンがけされた衣装を愛おしそうに撫(な)でながら、キリッとした目で言いました。「私たちは、昨日のハプニングを最高のアートに変えたの。自信を持ちなさい。一ノ瀬さんのあの無茶苦茶なひらめき、私がこの手で『完璧な技術』に仕上げたんだから」凛ちゃんの言葉に、みんなの顔にパッと気合が入りました。『続いて、部活設立をかけた特別ステージ、一ノ瀬美緒さんたちの発表です!』アナウンスが響き、体育館の照明がパッと落ちました。重低音がズンズンと響く、最高にかっこいいストリートミュージックが流れ始めます。ステージの真ん中に、スポットライトがカッと当たりました。そこに立っていたのは、モデル衣装を身にまとった親友のユミです。「わあ……!」「何、あの服!?」客席から、一瞬でどよめきが沸き起こりました。ユミが着ているのは、タイガくんが間違えて切り裂いてしまったジーンズの傷跡(きずあと)を、あえて大きく広げたダメージドレス。その破れた隙間から、サクラちゃんのおばあちゃんから貰った、鮮やかな赤や金の和柄(わがら)のハギレが、歩くたびにチラリ、チラリと妖艶(ようえん)に輝くのです。ストリート系のカッコよさと、伝統的な和の美しさが完璧に混ざり合った、誰も見たことがない『和柄×ダメージストリート・ドレス』。何より、ランウェイを歩くユミの顔が、本当に楽しそうでした。「この服、どこまでも走れそうなくらい動きやすいの!」昨日そう言って笑ったユミは、窮屈さなんてこれっぽっちも感じさせない、ダイナミックで力強いウォーキングを披露(ひろう)しました。そして、ステージの先端(せんたん)で、ひまわりのような満面の笑顔を全校生徒に向け、くるりとターンを決めたのです。バチバチバチバチ……!!一瞬の静寂のあと、体育館が揺れるほどの地鳴りのような拍手と歓声が巻き起こりました!生徒たちがみんな立ち上がって、「すげえ!」「あのドレス超欲しい!」と大騒ぎしています。ステージ裏に戻ってきたユミを、私と凛ちゃん、サクラちゃん、タイガくんの4人で思い切り抱きしめました。「やったね、ユミ! 最高だったよ!」「うん! みんなで作った服、世界で一番ワクワクした!」ショーが終わり、私たちがドキドキしながら生徒会室へ向かうと、そこには腕を組んで待っている神崎先輩の姿がありました。先輩は私たちが部屋に入るなり、フッと負けを認めるように不敵に笑いました。「……おままごとでは、なかったようだな」先輩は机の上にあった申請書を取り出すと、目の前で『承認』の赤いハンコをポン!と力強く押してくれました。「失敗した傷を、まさか和柄を合わせるデザインの魅力に変えてくるとは思わなかった。着る人間があそこまで楽しそうに笑うステージを見せられては、認めないわけにはいかない」神崎先輩から手渡された、公式な部活の証明書。それを受け取った瞬間、私の胸の奥が、あの1巻のときと同じようにドクン!と熱く跳ね上がりました。「ありがとうございます! 私たち、もっとすごい服を作ります!」放課後。夕焼けが差し込む家庭科室で、私たちは買ってきたジュースで勢いよく乾杯しました。「家庭科部、結成おめでとうーー!!」技術はまだバラバラだし、これからもたくさん失敗するかもしれない。でも、この5人なら、どんなピンチだって最高のアイデアで乗り越えられる。私の夢への旅は、ここから本当のチームとなって、さらに熱く走り出したのです!
夢に向かって飛び出そう⑲
「公式な家庭科部」としての毎日は、放課後の家庭科室に響く、にぎやかな笑い声から始まりました。「タイガくん、違うわよ! 布をそんなに強く引っ張ったら、また糸がからまっちゃうでしょ!」「うわああっ! す、すまん凛先輩! ミシンが急に生き物みたいに暴走(ぼうそう)するんだよ!」「暴走させているのはあなたの足よ! ペダルを踏む力が強すぎるの!」部室の奥では、凛ちゃんの鋭いカミナリがタイガくんに落とされていました。タイガくんは背が大きくて不器用だけど、今回は「破れた自分のデニムジャケットを、カッコよくワッペンでカスタムする」という目標に、指を絆創膏(ばんそうこう)だらけにしながら本気で挑んでいます。「ふふっ、タイガくん頑張れー。美緒ちゃん、このポーチのすそ、これで真っ直ぐ縫えてるかな……?」隣の机では、おっとりしたサクラちゃんが、おばあちゃんから貰ったお気に入りの和柄のハギレを使って、初めてのペンケースを作っていました。「うん、サクラちゃん、すっごく上手! 糸の調子もバッチリだよ。この調子でゆっくり進めていこうね」私が優しく教えると、サクラちゃんは「よかったぁ」と、ほっとしたように可愛い笑顔を咲かせました。部員それぞれが、自分の「作りたいもの」に向かって一生懸命に針を動かす時間。中学のときは私と凛ちゃんの2人だけだった部活が、こんなににぎやかになるなんて、なんだか胸の奥がじんわりと温かくなります。「みんなー! お疲れ様! 今日のジュースの差し入れだよ!」ガララッとドアを開けて入ってきたのは、モデル兼プロデューサー(?)のユミです。ユミはみんなに冷たいパックジュースを配ると、いたずらっぽく目を輝かせながら、1枚のプリントを机に広げました。「ねえみんな、部活も正式に認められたことだし、秋にある『学園祭』で、もっと大きなことをやらない?」「大きなこと……?」私がジュースを飲みながら首を傾げると、ユミは拳をグッと握って宣言しました。「体育館のステージを丸ごと貸し切って、家庭科部単独の『学園祭ファッションショー』を開催するの! 新入生歓迎会のときは1着だけだったけど、今度はみんなでたくさんの服を作って、クラスの友達もモデルにスカウトして、学校中を私たちの服の魔法でビックリさせちゃうの!」「学校中を、ファッションショーで……!」ユミの突拍子もない、でも最高にワクワクする提案に、家庭科室が一気に静まり返りました。サクラちゃんとタイガくんは「俺たちも服を作ってステージに出せるのか……?」と目を丸くしています。凛ちゃんはフンと鼻を鳴らしましたが、その目はすでにやる気でキランと光っていました。「ただの発表会じゃつまらないわね。やるからには、プロのコレクション並みの完成度を目指すわよ」みんなの視線が、一斉に部長の私に集まりました。脳裏(のうり)をよぎるのは、1巻のあのとき、ユミが笑顔になってくれた瞬間のあの感動です。(1人じゃない。今の私には、一緒に服を作る最高の仲間たちがいる。みんなの力を合わせれば、学校中……ううん、世界中だって笑顔にできるはず!)私は立ち上がり、みんなを見渡してニッコリと笑いました。「よし、決まり! 今年の学園祭は、私たち家庭科部が主役だよ! みんなで世界一ワクワクするファッションショーを作ろう!」「おおーーー!!」5人の元気な掛け声が、夕焼けに染まる家庭科室に響き渡りました。新しい仲間たちとの、さらに大きくて熱い挑戦が、ここから本格的に幕を開けたのです!
夢に向かって飛び出そう⑳
「学園祭ファッションショー」に向けて、家庭科室は毎日がお祭り騒ぎでした。今回のテーマは『十人十色(じゅうにんといろ)』。クラスの友達をたくさんスカウトして、その人たちに一番似合う服を、5人で手分けして10着も作ることになったのです。サクラちゃんはひらひらした可愛いワンピース、タイガくんは得意のストリート系のセットアップに挑戦していました。私と凛ちゃんは、ショーのフィナーレを飾る、学校の制服をアレンジした「最高にスタイリッシュなコート」の担当です。「よし……! これで10着分のデザイン画と、服の設計図(型紙)が全部完成したよ!」本番の1ヶ月前。私は徹夜で描き上げた大量の書類を、部室の大きなファイルにカチッと閉じ込めました。これさえあれば、あとはみんなで一気に縫い進めるだけです。「美緒ちゃん、本当にお疲れ様!」ユミが差し出してくれた冷たい麦茶が、体中に染み渡ります。「一ノ瀬さんにしては、実に見事な設計図ね。これなら私の技術で、完璧以上の形にしてあげるわ」凛ちゃんも珍しく素直に褒(ほ)めてくれて、私は達成感で胸がいっぱいでした。しかし――神様は、そう簡単にハッピーエンドをくれませんでした。その日の夜、学校の周りは激しい「台風」に見舞われました。ゴオゴオと窓が鳴り、激しい雨が地面を叩きつける音を聞きながら、私は家でベッドに入っていました。次の日の朝。台風が去ってピカピカに晴れた青空の下、私はいつも通り元気に家庭科室のドアを開けました。「みんな、おはよー! 今日からいよいよカットの作業に……え?」部屋に入った瞬間、私の頭の中は真っ白になりました。「うそ……でしょ……?」目の前に広がっていたのは、信じられない光景でした。昨日の台風の激しい風雨で、家庭科室の古くなった窓がガタガタと隙間(すきま)を開けてしまっていたのです。窓際に置いてあった私たちの作業机は、吹き込んだ雨で水浸し。そして、その机の上に置いてあった、私たちが命がけで作った10着分のデザイン画とファイルが……雨水を吸ってグショグショに濡(ぬ)れ、インクがドロドロに溶けて、ただの「黒い紙の塊(かたまり)」に変わってしまっていたのです。「な、なんだよこれ……俺が一生懸命考えたズボンの絵も、全部消えちまってる……」遅れてやってきたタイガくんが、濡れた書類を見てガクッと膝(ひざ)をつきました。サクラちゃんは「どうしよう……」と、その場にしゃがみ込んで泣き出してしまいました。凛ちゃんも、真っ白な顔で言葉を失っています。本番まであと1ヶ月。もう一度、10人分の体型を測り直して、デザインをゼロから考え直す時間なんて、どこをどう探してもありません。「私のせいで、みんなの努力が……」私が自分の不甲斐(ふがい)なさに涙をこぼしそうになった、そのとき。ドンッ!と、ユミが私の背中を思い切り叩きました。「美緒! 泣いてる暇はないよ! デザイン画は消えちゃったかもしれないけど、私たちの『頭の中』には、まだちゃんと残ってるでしょ!?」ユミの力強い言葉に、私はハッと顔を上げました。「高橋さんの言う通りね」凛ちゃんが、濡れたファイルをゴミ箱にバサッと捨て、キリッとしたいつもの目で私を見つめました。「一ノ瀬さん、あなたのあの無茶苦茶な記憶力(ひらめき)で、今すぐ全員分のデザインを思い出しなさい。型紙の計算なら、私が1秒でやり直してあげるわ!」「……みんな!」胸の奥の鼓動が、ドクンドクンと熱く跳ね上がります。そうだ、デザイン画が濡れたくらいで、私たちの夢まで濡れて消えるわけがない!「タイガくん、サクラちゃん、顔を上げて! 1ヶ月で間に合わないなら、みんなで2倍のスピードで動けばいいんだよ! 私たちの絆(きずな)を舐(な)めないでよね!」私の叫びに、タイガくんが「しゃあねえ、やってやるか!」と涙を拭(ふ)いて立ち上がり、サクラちゃんも「私、負けません!」と目を潤(うる)ませながらミシンの前に座りました。嵐のあとの家庭科室に、昨日よりも何倍も激しい、ものすごいスピードのミシンの音が響き渡り始めました。ハプニングなんかで、私たちの服の魔法は止められない。どん底から這(は)い上がる、家庭科部5人の本当の底力が、ここから試されることになったのです!
夢に向かって飛び出そう 22
学園祭のファッションショーが大成功に終わり、私たちの家庭科部は学校中の有名人になっていました。「次の服はいつ作るの?」なんてクラスメイトから声をかけられるたびに、私とユミは鼻高々で喜んでいました。そんなある日の放課後。部室でサクラちゃんとタイガくんの新しい作品のアイデア出しをしていたとき、ガララッと激しくドアが開きました。「……ここが、噂(うわさ)の『アイデア笑顔賞』の一ノ瀬美緒がいる部活かしら?」現れたのは、私たちの学校の制服とは違う、シックな黒いセーラー服を着た女の子でした。綺麗に切り揃(そろ)えられたボブヘアに、どこか見下すような冷たい瞳(ひとみ)。胸元には、黒いビーズで精巧(せいこう)に刺繍(ししゅう)された「薔薇(ばら)」のブローチが光っています。「あの、どちら様ですか……?」私が呆気(あっけ)にとられていると、隣にいた凛ちゃんがハッと息を呑(のむ)みました。「あなた……全国トップの服飾名門校、聖マリアンヌ女学院の『黒羽 楓(くろはば かえで)』……!?」「あら、新谷凛さんもいたのね。プロの教室を途中で辞めて、こんなお遊びの部活に逃げ込んだと聞いたけれど、本当だったのね」楓と呼ばれた女の子は、フンと冷たく微笑(ほほえ)みました。凛ちゃんが悔しそうに拳(こぶし)をギュッと握りしめます。楓さんは部室を見渡すと、机の上に置いてあった私たちの学園祭の写真を指先でツンと突つきました。「地方の学校でちょっとしたショーを成功させたからって、調子に乗らないでほしいわ。あなたの作った服、見させてもらったけれど……ただの『お学芸会の衣装』ね。着やすさだの笑顔だの、そんなのは技術がない素人の言い訳よ。本物の『芸術』としての服を、あなたたちは何も分かっていないわ」「な、なんですって……!」ユミとタイガくんが怒って前に出ようとしましたが、私はそれを手で止めました。悔しい。でも、楓さんが持っているカバンや、胸元の薔薇のブローチの圧倒的な縫製(ほうせい)の美しさを見て、私のデザイナーとしての直感が告げていたのです。この人は、今までの誰よりも「本物」の技術を持っている、と。楓さんはカバンから、一通の黒い封筒(ふうとう)を取り出して、私の前の机にパシッと置きました。「来月、高校生最高峰の大会『全国高校生ファッション・グランプリ』の予選があるわ。テーマは『至高のドレス』。そこでどちらの服が本物か、白黒ハッキリつけましょう。私に負けたら、もう二度とデザイナーなんて夢は口にしないでね」それだけ言い残すと、楓さんは黒いスカートをひらりと翻して、嵐のように去っていきました。静まり返る家庭科室。「あいつ、なんなんだよ……!」とタイガくんが壁を叩き、サクラちゃんは怖がって震えています。でも、私の隣に立つ凛ちゃんの目は、これまでにないくらい激しい闘志(とうし)でメラメラと燃え上がっていました。「一ノ瀬さん、名門の黒羽楓は本物よ。今の私たちの技術じゃ、100回戦っても100回負けるわ」凛ちゃんは私を真っ直ぐ見つめました。「でも……私たちの服が『お学芸会』なんて言われて、黙ってられる?」「……ううん、絶対に嫌!」私の胸の奥の鼓動が、ドクンドクンと今までで一番激しく跳ね上がりました。着る人を笑顔にする私たちの服が、間違っていないってことを証明したい。「凛ちゃん、ユミ、サクラちゃん、タイガくん! 大会のテーマはドレスだよ! 名門校に負けない、私たちだけの『世界一のドレス』を5人で絶対に作ろう!」「おう!!」他校の天才ライバルの登場によって、私たちのステージは一気に全国へ。夢をかけた、過去最大の厳しい戦いがここから始まったのです!
夢に向かって飛び出そう 24
全国高校生ファッション・グランプリ予選。会場の楽屋は、全国から集まった猛者(もさ)たちのドレスで、きらびやかというよりはピリピリとした緊迫(きんぱく)感に包まれていました。「……あら、本当にそんなみすぼらしい大荷物を持って現れたのね」冷たい声と共に現れたのは、黒いセーラー服から、息を呑(のむ)ほど美しい「漆黒(しっこく)のイブニングドレス」に着替えた黒羽楓さんでした。そのドレスは、一切の無駄がない完璧なシルエット。光を吸い込むような上質なベロア生地が、楓さんの歩き方に合わせて夜の海のように美しく揺れています。「相変わらず完璧な縫製(ほうせい)ね、黒羽さん」凛ちゃんがキリッとした目で楓さんを見据(みす)えました。「でも、私たちの服には、技術を超えた『魔法』がかかっているわ。よく見ておきなさい」『エントリーナンバー24番、聖マリアンヌ女学院、黒羽楓さん!』アナウンスが響き、楓さんがステージへと歩き出しました。ステージに立った瞬間、会場中から地鳴りのような拍手が沸き起こります。どこから見ても完璧な「至高のドレス」。審査員たちも、深く頷(うなず)きながら最高得点をつけていました。まさに圧倒的な女王の貫禄(かんろく)です。「……次は、私たちの番だね」私はドキドキする胸を抑(おさ)えながら、モデルのユミの手を握りました。「美緒、みんな。私、この服を着てるだけで心臓がバクバクして、早くみんなに見せたくてたまらないよ!」ユミは緊張を吹き飛ばすような、最高の笑顔を返してくれました。『続いて、エントリーナンバー25番、一ノ瀬美緒さんたちのステージです!』静かなクラシック音楽が流れ、ユミがステージへ登場しました。ユミが着ているのは、凛ちゃんが仕立てた、シックで大人っぽいネイビーの「夜のドレス」。客席からは「綺麗だけど、黒羽さんの後だと少し地味かしら?」という声が聞こえてきます。最前列の楓さんも、つまらなそうにフンと鼻を鳴らしました。でも、本当の勝負はここからです。ステージの先端(せんたん)、審査員たちの目の前にたどり着いた瞬間、音楽がアップテンポなストリートミュージックへと激変しました。ユミが背筋をピンと伸ばし、不敵な笑みを浮かべて、思い切りランウェイの真ん中でターンを決めました。その回転の遠心力で、タイガくんが仕込んだ特殊なスナップボタンが、パパパパン!と小気味いい音を立てて外れます。「え……っ!?」審査員席が身を乗り出しました。ユミがドレスの肩口をパッと翻(ひるがえ)すと、ネイビーの布地が生き物のように裏返り、中から鮮やかな朱色(しゅいろ)と金色の和柄、そしてデニム地がパッチワークされた、最高にポップでエネルギッシュな『朝のドレス』が一瞬で姿を現したのです!「うわああああっ!!」「ドレスが変身したぞ!!」体育館がひっくり返るような、凄(すご)まじい歓声と拍手が沸き起こりました!サクラちゃんが丁寧にアイロンをあてた和柄がライトを浴びてキラキラと輝き、タイガくんが夜通し縫い付けたパーツが、ユミの激しい動きを完璧に支えていました。何より、大人びた表情から一瞬でいつもの「ひまわりのような満面の笑顔」に変わったユミが、ステージの上で本当に楽しそうに踊るように笑っています。最初は呆気(あっけ)にとられていた審査員たちも、全員が立ち上がって割れんばかりの拍手を送っていました。ステージ裏に戻ってきた瞬間、私たちは5人で抱き合って涙を流しました。「やった……! やったよみんな!!」「信じられない……本当に一瞬で裏返ったわ……!」凛ちゃんも目元を真っ赤にしています。片付けをしていると、ドレスの裾(すそ)をギュッと握りしめた楓さんが、信じられないものを見たという顔でこちらへ歩いてきました。そのプライドの高かった綺麗な瞳(ひとみ)が、微(かす)かに震えています。「……なにあれ。あんなの、ドレスの歴史にはないわ。服が、ステージの上で生きているみたいだった……」楓さんは私を真っ直ぐ見つめると、悔しそうに唇を噛(か)み締めました。「今回は……私の負けよ。でも、全国大会の本戦はこんなものじゃないわ。次こそは、私の完璧な技術で、あなたのその生意気なひらめきを完全に叩き潰してあげる!」「黒羽さん……!」背中を向けて走り去っていく楓さんを見送りながら、私は自分の傷だらけの手をぎゅっと握りしめました。胸の奥の鼓動が、前よりもずっと大きく、熱く燃え上がっています。名門校の天才ライバルにも、私たちの「人を笑顔にする服の魔法」は届いたんだ。最高の仲間たちと掴(つか)み取った、全国大会への切符(きっぷ)。私たちの夢のステージは、いよいよ日本一を決める、本物の全国の舞台へと続いていくのです!
夢に向かって飛び出そう25
黒羽楓さんを破って掴(つか)み取った、全国大会の本戦の切符(きっぷ)。東京の巨大なドームで開催されるその大会は、これまでの地区予選とは比べものにならないほどの熱気とプレッシャーに包まれていました。今回の本戦のテーマは、究極のシンプル――『未来(みらい)』。「一ノ瀬さん、デザイン画はこれで本当に決定ね?」前夜のホテルで、凛ちゃんが真剣な目で私を見つめました。机の上に広げられているのは、私たちが3年間、そしてこの高校生活で培(つちか)ってきたすべてのアイデアを詰め込んだ、最後のドレスの設計図です。「うん。私たちの『未来』は、この5人で始まった家庭科部そのもの。だから、みんなの得意なところを全部、一つの服に融合(ゆうごう)させるんだ」サクラちゃんが染めた、朝焼けのように美しいグラデーションの生地。タイガくんが何度もやり直して完成させた、細部までカッコいいストリート風の刺繍(ししゅう)。凛ちゃんの、1ミリの狂いもない完璧な縫製技術。そして、私の「人を笑顔にしたい」というひらめき。「美緒、私は準備万端(ばんたん)だよ。明日は世界中の誰よりも、美緒たちの服を輝かせてみせるからね!」ユミが私の傷だらけの手をぎゅっと握りしめて、あの1巻のときと同じ、心がポカポカするような笑顔をくれました。そして迎えた、運命の本番ステージ。客席には、なんとあのツンデレな神崎先輩や、私たちの服の力を認めてくれた黒羽楓さんの姿もありました。みんなが私たちの『未来』に注目しています。『エントリーナンバー1番、一ノ瀬美緒さんたちのステージです!』暗転した巨大なステージに、まばゆいばかりの白い光が差し込みました。アップテンポだけど、どこか切なくて温かい、私たちのこれまでの歩みを表すような音楽が響き渡ります。ステージの奥から、ユミが一歩を踏み出しました。「わあぁ……っ!!」会場中から、地鳴り(じなり)のような歓声と拍手が沸き起こりました。ユミが着ているのは、これまでのカジュアルドレスとも、変身ドレスとも違う、全く新しいスタイルのドレス。伝統的な和の美しさと、現代のストリート系のかっこよさが、近未来的な美しいシルエットの中で完璧に一つに溶け合っている、まさに『世界を繋(つな)ぐ未来のドレス』。ランウェイを歩くユミの姿は、まるで光の妖精(ようせい)のようでした。背筋をピンと伸ばし、一歩進むたびにドレスのグラデーションがキラキラと揺れます。配送や照明の光を浴びて、ステージの最先端にたどり着いたとき、ユミは会場にいるすべての人に向かって、ひまわりのような満面の笑顔を咲かせ、これ以上ないほど美しい、最高のターンを決めたのです!パチパチパチパチパチ……!!!一瞬の静寂のあと、巨大なドームが割れんばかりの、スタンディングオベーション(総立ちの拍手)が巻き起こりました。審査員たちも、涙を流しながら拍手を送っています。ステージ裏に戻ってきた瞬間、私たちは5人で声を上げて泣きながら、お互いをきつく抱きしめ合いました。「やった……! やったよみんな!!」「最高だったわ、一ノ瀬さん。私たちの服が、世界を笑顔にしたわ……!」技術も性格もバラバラだった5人が、一つのミシンの音で繋がって、ついに世界の頂点(ちょうてん)に立った瞬間でした。私たちの作った服の魔法は、確かに、会場にいるすべての人の心に届いたのです。
夢に向かって飛び出そう 26
全国大会でグランプリを獲(と)った私たちの家庭科部は、学校に戻ると大歓迎を受けました。神崎先輩からは「よくやった。我が校の誇りだ」と珍しく満面の笑顔で褒(ほ)められ、部室にはお祝いのジュースやケーキがたくさん並んでいました。「いやー! マジで日本一になっちまったな!」タイガくんがトロフィーを掲げて大はしゃぎし、ユミも「次は世界進出(しんしゅつ)だね!」とコーラで乾杯しています。凛ちゃんも「本戦の縫製(ほうせい)は我ながら完璧だったわ」と嬉しそうに胸を張っていました。みんなが次の大きな夢に向かって大盛り上がりしている中、私はふと、部屋の隅(すみ)に座っているサクラちゃんに目をやりました。サクラちゃんは、お祝いのケーキにほとんど手をつけず、自分の膝(ひざ)の上で手をぎゅっと握りしめて、うつむいています。「サクラちゃん、どうしたの? 具合悪いの?」私が心配になって声をかけると、部室が一瞬でシーンと静まり返りました。サクラちゃんはゆっくりと顔を上げました。その綺麗な目には、今にもこぼれ落ちそうなほどの涙がいっぱいに溜(た)まっていました。「……美緒先輩。みなさん……本当に、ありがとうございました」震える声でサクラちゃんが言いました。「私……家庭科部を、辞めさせてください」「え……っ!?」ユミの手から、ジュースの紙コップがポロリと床に落ちました。タイガくんも凍りついたように動きを止めます。凛ちゃんが「どういうことよ、サクラ」と真剣な声で問い詰めました。サクラちゃんはポロポロと涙を流しながら、胸の内を絞(しぼ)り出すように話し始めました。「全国大会のステージを見て……私、気づいちゃったんです。美緒先輩の天才的なひらめきも、凛先輩のプロみたいな技術も、タイガくんのストリートのかっこいいセンスも……みんな、本当にすごくて。でも、私には何もありません。おばあちゃんから貰った布がなかったら、私、自分一人の力じゃ何一つデザインもできないんです……」サクラちゃんは自分の真っ白な手をじっと見つめました。「今回の『未来のドレス』だって、私が染めた布をみんなが素敵に使ってくれただけで、私はみんなの足を引っ張ってばかりでした。日本一の部活に、私みたいな素人がいたら迷惑(めいわく)です。みんなの邪魔(じゃま)になりたくないから……だから、私、部活を辞めます……!」そう言うと、サクラちゃんは花束を机に置いたまま、泣きながら部室を飛び出していってしまいました。「サクラ!!」タイガくんが追いかけようとしましたが、ドアの前で立ちすくんでしまいました。最高の日本一を掴(つか)んだはずの家庭科室。お祝いのケーキが寂しく置かれた部屋で、私たちは誰も言葉を発することができませんでした。サクラちゃんが一人でそんなに深く悩んでいたなんて、私は部長なのに、全然気づいてあげられなかった。(サクラちゃんは、足を引っ張ってなんかいない。サクラちゃんの優しいお花の色があったからこそ、私たちのドレスは世界一になれたのに……!)胸の奥の鼓動が、悲しさと悔しさでドクンドクンと激しく跳ね上がります。ここでサクラちゃんを失ったら、私たちの家庭科部はバラバラになってしまう。「みんな……サクラちゃんを、連れ戻しにいこう。サクラちゃんに、サクラちゃんの服がどれだけ大切か、もう一度私たちの言葉で伝えなきゃ!」私の言葉に、ユミも凛ちゃんも、そしてタイガくんも、力強く頷(うなず)きました。日本一になった家庭科部に訪れた、過去最大の『心の危機(ピンチ)』。サクラちゃんを救うための、私たちの新しい戦いが、ここから始まったのです。
夢に向かって飛び出そう 27
サクラちゃんが泣きながら部室を飛び出していった次の日の放課後。私とユミ、凛ちゃん、そしてタイガくんの4人は、サクラちゃんの実家である、古い日本家屋(にほんかや)の前に立っていました。「……ここが、サクラの家か」タイガくんが緊張(きんちょう)した顔で拳(こぶし)を握(にぎ)りしめています。トントン、と私が静かにインターホンを押すと、ガラガラと重いトビラが開きました。そこに立っていたのは、サクラちゃん……ではなく、上品な着物を着た、白髪の優しそうなおばあちゃんでした。「あらあら、もしかして家庭科部のみなさんかい? サクラからいつもお話を聞いているよ。さあ、中へお入り」おばあちゃんは優しく微笑(ほほえ)んで、私たちを畳(たたみ)の部屋へと通してくれました。温かいお茶と美味しそうなお団子を出してくれて、私たちの緊張(きんちょう)がすうっと解(ほぐ)れていきます。サクラちゃんは、自分の部屋に閉じこもって出てこられないみたいでした。「おばあちゃん、あの……サクラちゃん、部活を辞めたいって言っていまして……」私が申し訳なさそうに切り出すと、おばあちゃんは優しく頷(うなず)きました。「知っているよ。あの子、昨日の夜も部屋で一人で泣いていたからね。……みなさん、あの子はね、自分が不器用(ぶきよう)で、みんなの足手まといになっていると思い込んでいるけれど、それは大間違いなんだよ」おばあちゃんはお茶を一口すすると、愛おしそうに奥のタンスを見つめました。「あの子がみんなに見せたあの和柄(わがら)の布ね、ただの古いハギレじゃないんだよ。サクラが『みんなの役に立ちたい』って、毎日毎日、自分で草花を摘(つ)んできて、一生懸命に自分の手で染(そ)め直した布なんだよ」「え……っ!?」凛ちゃんが驚(おどろ)いて目を見開きました。「あの子はね、美緒さんのひらめきや、凛さんの綺麗な技術、タイガさんのカッコいいセンスに、心から憧(あこが)れていたんだよ。自分にはそんなすごい才能はないからって、せめてみんなの服を一番綺麗に彩(いろど)る『色』を作りたいって、指を植物の汁で真っ黒にしながら、裏でずっと頑張っていたんだよ」おばあちゃんの言葉が、私の胸の奥にストンと落ちていきました。(そうだったんだ……。サクラちゃん、私たちのために、そんなに裏で努力してくれていたんだ……!)「サクラはね、みなさんと出会ってから、毎日家で『服作りが本当に楽しい』って、ひまわりみたいなお顔で笑っていたんだよ。あの子に服の楽しさを教えてくれて、本当にありがとうね」おばあちゃんが深々とお辞儀(じぎ)をした、そのときでした。ふすまの隙間(すきま)から、ポロポロと大きな涙を流したサクラちゃんが、顔を出しました。全部、話を聞いていたのです。「サクラちゃん……!」私が立ち上がると、サクラちゃんは首を振って泣きじゃくりました。「ごめんなさい……! 私、みんなが凄(すご)すぎて、怖くなっちゃって……。でも、本当は、私もみんなと一緒に、もっと服を作りたいです……!」「サクラ!!」タイガくんが前に出て、大きな声で言いました。「お前が作ったあの色がなきゃ、俺たちのドレスは日本一になれなかったんだよ! 足手まといなんかじゃねえ、お前は俺たちの自慢(じまん)の仲間だ!」「そうよ、サクラ」凛ちゃんも優しく微笑(ほほえ)みました。「型紙や縫製(ほうせい)の技術なら、私がいくらでも教えてあげるわ。だから、あなたのあの美しい『色』を、もう一度私に触(さわ)らせて」ユミもサクラちゃんの手をぎゅっと握(にぎ)りしめました。「サクラちゃんの笑顔がない家庭科部なんて、寂(さび)しすぎるよ。一緒に戻ろう?」みんなの言葉を聞いて、サクラちゃんは涙をゴシゴシと拭(ふ)くと、今度こそパッと、ひまわりのような満面の笑顔を咲かせました。「はい……! 私、もっと練習して、みんなを世界一輝かせる『色』をたくさん作ります! これからも、よろしくお願いします!」サクラちゃんのその言葉を聞いた瞬間、私の胸の奥が、ドクン!と熱く跳ね上がりました。どん底のピンチを乗り越えて、私たちの絆(きずな)は前よりもずっと、何倍も強くなった。5人の心が再び一つになって、家庭科部のミシンは、未来(みらい)に向かってまた新しく、力強い音を立てて回り始めたのです!