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目次
#1
少女は、男に抱きかかえられて、暗い地下室に連れられていた。
「着いたよ。ここ、僕ん家だから」
男は少女をソファの上に降ろし、そう笑いかける。
「……あ。え、っと」
何か喋らなければと思い口を開きかけるが、
「おいツキ、お前何連れてきてんの? この子誰?」
別の男の鋭い声に遮られた。
少女は肩を跳ねさせるが、その男の顔を見て力を抜いた。
「あはは、ごめんね、うちの同居人が」
「……あのっ!」
少女は、なんとかまた口を開く。今度は遮られなかった。
「わ、わたし、カラって言います。空っぽの能なしだから、カラ。えっと、家事とかできます。体も丈夫です。風邪、引いたことありません!」
まるで商品のプレゼンをするように、少女__カラは言った。
男ふたりは表情を曇らせる。
が、それをすぐに隠し、
「うん、そっか。カラちゃんね。今日からここが君の家だよ。僕、ツキ。そっちの湯沸かし器はヒナだよ。よろしくね」
と男__ツキが笑いかける。
「誰が湯沸かし器だゴラ。カラ、お前ぜってえ俺のことをヒナなんて呼ぶなよ」
もうひとりの男__ヒナは、怒ったような顔つきでそう言った。
「あ__よ、よろしくお願いします」
カラはおずおずと頭を下げる。
ツキはにこっと微笑んで、
「ひとまず、お風呂入ってきな。あ、お風呂、あそこね。服は僕らのになっちゃうけど」
「大丈夫です。ありがとうございます」
もう一度深く頭を下げて、カラは風呂場へと駆けていった。
---
「お、お風呂、あがりました……」
カラはリビングに戻ってきて、改めてふたりを観察する。
ツキ。垂れ目。アイボリーの襟足の長い髪。眼鏡をかけている。常に柔らかい笑みを浮かべている。
ヒナ。吊り目。赤みがかった短い茶髪。ピアスをいくつも開けている。常に怒っているように見える。
見た目より広い、地下室。リビングにはソファひとつ、テーブルひとつ、観葉植物がひとつ、消臭剤がひとつ、テレビはない。大きな絨毯が敷かれている。キッチンが繋がっている。靴箱にはいくつかの靴が、半分は奇麗に並べられて、残りの半分は雑に置かれている。消臭剤がひとつ。廊下の奥にはいくつか部屋が見える。掃除ロッカーらしきものが設置されている。
「おかえりなさい。ふふっ、やっぱりちょっとブカブカかな?」
ソファに座ったツキが、や、と軽く手を振っている。
隣には、人ひとり分の間を空けてヒナが座っていた。
ツキがぽんぽんとその間を叩く。
カラはその意図をなんとか察して、ふたりの間に座った。つまり、大男に挟まれるような絵面になる。自然と圧が生まれ、カラは肩を縮こまらせる。
「ごめんね、いきなりむさ苦しい男と同居することにしちゃって」
「いえ、わたしなんか、別に」
「なぁ。お前さ」
またしてもカラの言葉をヒナが遮った。けれど、カラは続ける言葉を見失っていたので、むしろ救われたような気持ちになる。
「なんで俺にビビんねえの?」
次に投げかけられた問いに、カラは首を傾げた。
「……ごめんなさい、意図がわかりません」
「あははっ、えっとね、ほら、ヒナってこんなヤツだから怖がられがちなんだよ。でも、君はむしろ気を抜いているまであるように見えてね。なんでかなあって、気になったんだ」
ツキの説明で伝わったらしく、カラは逡巡してから、
「だって……怒ってないから。優しい人なんだなって、その、上手く言えないんですけど、そう思ったから」
しどろもどろにそう言った。
ヒナは痛いところを突かれたように固まる。
「……うるっせえな」
見え透いた棘は少しだけ、薄れていた。
#2
これは、カラがお風呂に入っている間にリビングで行われた会話である。
「おいツキ、なんか訳ありっぽかったから許容したけどよ、あいつ、結局なんなの?」
眉をひそめているヒナに、ツキは「やー、僕にもよくわかんないんだけど」と説明し始める。
「《《ターゲット》》の家で下僕扱い受けてたみたいでね。保護施設に横流ししても、あの子の生活レベルが上がんないことは目に見えたから。せっかくならここで暮らさせてあげようと思ってね」
そう締めて微笑むと、ヒナは「チッ、慈善事業かよ。キッショ」とだけ毒づいた。否定する気はないようだった。
「でも、男ふたりで家事回すの限界あるでしょ?」
「……しゃあねえ。それは確かにありがてえしな」
言い訳するような呟きが、虚空に落ちた。
---
「わ、私なんかが一番風呂をいただいちゃって……ごめんなさい……」
「いや、いいってそんなん。つかお前、一人称『私なんか』かなんかか?」
漫才のような会話を繰り広げるふたりに、
「それじゃあ、もう寝る?」
とツキが笑みを向ける。
「俺はこれから仕事。だから先寝てろ」
立ち上がり上着を羽織るヒナに、ツキは「あれ、そうだったっけ。オッケー」と軽く手を振る。
「……あ、だからヒナさんだけお風呂まだなんですか。汚れちゃうから。服も、安物で」
「ヒナさんて呼ぶな。あと安物って言うな、量産品と言え」
「今大事なのって本当にそこかな?」
ひとり納得したように呟くカラに、ヒナがツッコみ、それにツキがツッコむ。
「……本当、君って恐ろしい子だね。気づいてたんだ__僕らの仕事」
ツキとヒナは、いわゆる殺し屋だ。
命令された人を、命令された通りに殺す。他にも裏社会の便利屋みたいなこともしている。
カラの家にはもう誰もいないこと、出かけたツキは風呂に入ったこと、消臭剤が部屋にいくつも置かれていること、フローリングの隙間に赤黒い何かがこびりついていること__とっかかりならいくらでもあったが、それにこの短時間で気づくのか。
この子__観察力がべらぼうに高い。
「え。あ、い、言い触らしたりなんてしませんよ!?」
カラはそんなツキの思考なんて察しもせずに、場違いな弁明をする。
「別に気にしてねえよ。んじゃ、行ってくるから」
「行ってらっしゃい~」
「お、お気をつけて」
バタン、ガチャ。
ヒナが出かけて、部屋にしばらく沈黙が流れた。
「あははっ、緊張してる?」
「え? あ、まぁ……はい」
突然の問いに、カラは気まずそうに答える。
「だよね。いきなり知らない男とふたりきりなんてさ」
人のよさそうな笑み__完璧な笑み。
カラは少し、背筋が凍る心地がする。
「もう寝よう。ここ、地下だからわかりにくいけど、だいぶ夜遅いと思うから」
「……そういえば、わたしはどこで寝るんですか? ソファ?」
「ん? 僕と同じベッド」
硬直するカラ。にこっと微笑むツキ。
「……ん?」
「僕と同じベッド」
「……ごめんなさい、ありえない幻聴が……今日はもう寝たほうがいいかも。移動する時間も惜しいからこのままソファで寝ま__」
「それは大変だ!」
芝居がかった焦り方で叫んで、ツキはカラをひょいっと抱き上げた__お姫様抱っこ。
本日二回目である。
カラに伝わる振動を極限まで減らして、寝室にダッシュで運び込むツキ。
「…………」
「ふう。それじゃあ、おやすみ」
そして至って自然な動きで、カラを寝かせたすぐ隣に寝転び、肩に腕を回し目を瞑る。
流れるような抱き枕扱い。
カラは『寝られるかあ!!』という絶叫を喉頭蓋の手前で飲み込み、
「……おやすみなさい」
と呟いた。