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目次
出席番号一番 相生彩未
窓から少し曇った空が見えた。あの雲はどこから来たんだろう、なんてことをぼんやり考えながら、私は歩みを進める。
遠くのほうから声が聞こえる。テニス部だろうか__私は意味もなく、斜め下、テニスコートがある方向を見つめてみる。もちろん透視なんてできないから、見つけられたのは誰かが落としたのであろう紙切れだけだったけれど。
私はとりとめのない思考を、頭を軽く振って打ち切り、階段を登り始めた。コツコツと、ひとりぶんの足音が小さく響く。
そして三階に辿り着いた。階段のすぐそばにある第二音楽室から、音楽が聞こえてくる。吹奏楽部が部活中なのだろう。私は少し立ち止まって耳を傾けてから、廊下の奥のほう、屋上への階段があるところへ向かう。そこが目的地だ。
〈彼女〉はもうそこにいた。明後日の方向を見て、ショートカットの髪を弄っている。
「あ、いた、|相生《あいおい》さん。おーい」
「……あ! き、来てくださったんですか。ありがとうございます」
よかった、と声を漏らし、彼女は胸を撫で下ろした。
私は微笑んでから、「見たよ、これ」とポケットから丁寧に折り畳まれた紙を取り出す。
『放課後、空いてますか? 相談したいことがあります。
もし時間があれば、放課後に屋上の入口まで来てください。
相生|彩未《あやみ》』
「もしかしたらわかりにくいところに入れちゃったかなって思って、ちょっと焦ってたんですけど、気づいてくれたんですね」
「うん。私、帰る前には必ず机の中とかチェックしてるから。課題入れ忘れて大変な目に遭ってから、習慣になっててさ」
私の台詞に、相生さんは曖昧な笑みを浮かべた。自虐ネタにどう反応すればいいかわからないといった感じだ。私は気まずい空気にならないよう、早速、本題へ入ることにする。
「それで、相談したいことって何? わざわざ手紙で言ってくるなんて、すごい念の入れようだけど」
しかも吹奏楽部の演奏で声がかき消される、音楽室の近くで、かつ立ち入り禁止で誰も近寄らない屋上の入口、廊下の奥という場所を指定してきたのだから、これは相当な内緒話なんじゃないか?
私がそう訊ねると、彼女は
「い、いえ、それはその、私が、周りに人がいる状況で話すのが苦手っていうのも、ありますが」
うん、それは伝わってる。このひとつの鉤括弧の中でも、めちゃくちゃ読点使ってるもんね。
「じ、実は私、__とある男の子に、告白されまして」
私は目を見開きつつも、「へえ、そうなんだ」と、控えめな反応をする。まだ『おめでとう』と言っていいのかがわからない。
「その人のことは、私も、好きで、片想いしてるんですけど……その、なんていうか、彼すっごいモテるから、『本当にわたしのこと好きなのかな?』って、ちょっと疑っちゃって」
よくないってわかってるんですけど、と相生さんは俯いたまま続ける。
「彼が本当にわたしのことを好きなのか、確かめたいんです。それで、きちんとオーケーしたい」
そこで彼女はやっと私の目を見て、切実そうに言った。
「……なるほどねえ」
私は吟味するようにうんうんと唸る。
「委細承知したよ。そういうことなら力になれるはず」
私のあまりの呆気なさにか、彼女は「へ?」と間抜けな声を漏らす。
「い、いいんですか……! お、お願いします!」
安堵のため息を吐く相生さんに、私は強気に微笑む。
「うん。私、そういうの、得意だからね」
出席番号六番 香取浬
|相生《あいおい》さんが告白された男子の名は、|香取《かとり》くんだそうだ__香取|浬《かいり》。
この人と一緒にいると変な男が絶対に寄ってこないという、誰もが認める爽やかイケメン、巷では〈持ち運ぶタイプの蚊取り線香〉と囁かれている、あの香取くんだ。
対して相生さんは、ヒエラルキーで言うと三軍と二軍の中間くらいに位置している、ショートカットに長めの前髪、眼鏡という、〈おとなしい女子代表〉みたいな子だ。
確かに、謎だな……。彼女には失礼だが、香取くんと相生さんの間には天と地ほどの差がある。
いや、それはいくらなんでも失礼すぎるか__もうちょっとオブラートに包もう。
実際は香取くんが高嶺の花だとしたら、彼女は底辺の苔くらいだろう。いや、それでも流石に言い過ぎ? ではヒカリゴケくらいにしておこう__なんの話だ。
「いわゆる恋に落ちたのは、去年の体育祭です__見てわかる通り、わたし、運動音痴で、リレーでもすっごい足引っ張っちゃうんですが、彼、そんな私を見かねてアドバイスをいくつかしてくれて……。それきり会話はできなかったんですが、それから、好きだなって思うようになって」
と、彼女は拙く語った。
「ふうん。それじゃあ、彼もそのとき恋に落ちたのかなぁ」
「どうでしょう……。人が人を好きになるタイミングって、それぞれですから」
わかったような口を利きおる。
まあ、その通りだろう__一目惚れだって、よく考えれば相当な暴挙だからな。
『この人の性格も声も考え方も何ひとつ知らないけどビジュいいから好きです!』ってことでしょ、つまり?
私がそう言うと、彼女は
「言われてみれば……それで内面知ったら『ガッカリ』なんて、確かに身勝手かもしれないですね」
と苦笑した。やけに切なげな笑みだったので、もしかしたら経験があるのかもしれない、と勝手に推察する。
彼女、結構顔は可愛いからね。
閑話休題。
「人脈が広い彼なら、魅力的な人と出会う機会はそう少なくないだろうし、その中でも接点の少ない相生さんただひとりにフォーリンラブっていうのは、確かにちょっと疑問だよね」
もし何か〈裏〉があったら相生さんはそれを知ったうえで振るかどうか考える。なければ気持ちよくお付き合いできる。
「よし、それじゃあ」
いつでもどこでも聖人君子なあの彼の化けの皮、剥いでやろうか。
出席番号十三番 小々高好葉
|香取《かとり》くんについて色々調べていると、とある女子の存在が浮かび上がってきた。
実際はそんな大層なものではなく、〈そういう噂がある〉というだけだが。
「ねー香取、今日暇?」
噂をすればとは言うが、それは口に出さなくても適用されるのだろうか__
時は放課後。そのとある女子こと、|小々高《ここだか》|好葉《このは》が、香取くんに話しかけていた。
__小々高好葉。一軍に属している、陽キャ女子。意外と優しくて気が利く。まさに令和のギャル。
「いや、俺今日は部活あるんだわ。ゴメンな」
「マジでー? うわ、みんなでスポッチャ行こうと思ったのに」
「ゴメンて。でもそれは俺も行きたいな」
「はあ、今日せっかく|潮野《しおの》も来れるのになー……。でもそだね、あんたいたほうが盛り上がるし。また今度にするか。そんじゃ、あとでLINEで空いてるとこ教え__いや、無理なんだっけ。じゃあま、また近いうち声かけるから」
「オッケ。わりーな」
見た感じ、普通に異性の友達同士っぽいけれど……。
__『香取って、彼、小々高さんと付き合ってるって噂あるよね』
学年にひとりはいるやたらと恋愛事情に詳しい女子生徒からの情報だ。
もし本当なら、相生さんへの告白の真偽、及び真剣さが疑われるため、それを確かめたい。
---
数時間後、私は小々高さんとキャラメルマキアートをすすっていた。
何してんだろ私……。
私は遠い目で数時間前を振り返る。あのあと、
『あれっ、あんた、どうしたの? 物欲しそうな顔してこっちじぃっと見て』
『へ? いえ、じっと見ていたのはすみませんが、物欲しそうな顔は断じてしていません』
『……うわマジか、今日みんな部活あんだけど! 潮野もみんながいないと無理って! 嘘でしょ!』
『あの小々高さん、学校でスマホを弄るのは校則違反ですよ……?』
『最悪ー、うちだけ暇じゃん。……あ、そだ。あんた、放課後空いてる?』
『えっと、はい、空いてますが』
『スタバ行かね?』
『は?』
__ということがあったのだ。
ズズズズ…と、品の欠片もない吸入音が響く。
「ぷはっ、うまー」
ビールか。
「……で、あんた、うちになんか訊きたいことでも?」
「え、いや、別に」
急な質問に、私はたじろぐ。
「遠慮しなくていいって。むしろそっちのが嫌だから」
「はあ……、えっと、小々高さん」
「好葉でいいよ。噛みそうじゃん、ココダカって」
「……好葉さん、失礼を承知で聞きますが、香取くんと付き合ってるんですか?」
私が思い切ってそう訊くと、「ぶはっ」と小々高さん__好葉さんは吹き出した。
「うっ、はははは! あはっ、ぶははははっ、はははっ__」
……いや、そんな面白かったですか。今の。
「っは、はあ、ごめんごめん、ちょっと意外すぎて。いや、誰が付き合うかよ、あいつと」
彼女はひいひいと肩を震わせながら続ける。
「もしかしてあんた、香取のこと好きなの?」
「いや、そういうワケではないんですが」
「え、そうなん? ……はー、ほんとおもしろ、今の録音して送ってあげたかったわ。__じゃあ言っちゃうけど、」
__あいつ、好きな人いるらしいよ。誰かはわかんないけど、ショートカットの子だって言ってた。
相当ぞっこんみたい。あいつ最近、部活って言ってうちらと遊ぶのやめてんの。
もしかしたらだけど__ワンチャン、もう付き合ってるんじゃないかな。
出席番号十九番 潮野詩音
私はその日の夜、部屋に籠もって考え込んでいた。
__|香取《かとり》|浬《かいり》は|相生《あいおい》|彩未《あやみ》に告白した。偽ることは可能。相生彩未はそのことについて私に相談してきた。事実。香取浬はショートカットの人が好きである。何人かが言っていた噂、あくまでも周りから聞いた話。|小々高《ここだか》|好葉《このは》彼女説。根も葉もあるかもしれない、噂話。
相生彩未。出席番号一番。引っ込み思案の人見知り。幸薄そうな美少女。ショートカット、丸メガネ。
香取浬。出席番号六番。学年一のモテ男。男女問わず広い人脈。運動部、爽やかイケメン。
小々高好葉。出席番号十三番。香取浬とは仲がいい。いつも複数人でいる。ポニーテール。
あとは__
---
「え? |潮野《しおの》さんが、どうしたの?」
翌日、私は学級委員の|飯束《いいづか》さんに、潮野さんについて訊ねていた。
「いや、別に大したことじゃないんだけど」
相生さんに『相談したことについてはなるべく内緒にしてほしい』と頼まれているので、私は言葉を濁す。
「ふうん……? ……ま、私も大した情報知ってるわけじゃないから、いっか」
彼女はそうは言ったものの、大袈裟に内緒話の雰囲気を作って、
「潮野|詩音《しおん》。出席番号十九番。名前について色々言われるのが地雷で、『《《しお》》の《《しお》》ん』でギャグっぽいことをイジると激昂する。だから極力フルネームで呼んじゃ駄目。今のも聞かれてたらヤバかった。最近、長かった髪の毛をばっさり切って、今は短い。いわゆる一軍女子。香取くん、小々高さん、|北薗《きたぞの》さん、あと何人かでつるんでる。文系。得意教科は体育。右足を骨折した経験アリ。好きなアーティストはヨルシカ。嫌いな食べ物はナス。初恋の相手は、」
「ごめんもういいありがとう」
怖っ! 戦々恐々だよ! めちゃくちゃ怖かった、なんだコイツ!
「……なんでそんなに詳しいワケ?」
「別に、知ろうと思って知ったわけじゃないのよ。ほら、ああいう明るい子って、よく話すし声が大きいし、目立つでしょ。だからちょっと耳に入ってきちゃっただけで」
「それにしたってすごい情報量だったけどね」
「幼稚園から一緒だから。一応ね」
へえ、それは初めて聞いた。
関係ないと思うからスルーするけれど、気になる話だな、クラスメイトの幼少期。
またいつか、機会があったら訊こう。
今訊くべきは、それじゃないのだ。
「もうひとつ、教えて。__その、潮野さんたちのグループについて、そしてそのメンバーについて。詳しく」
「……? 別に、構わないけれど」
「具体的には__香取浬は、スマホを持っている?」