「お前の価値は、何点だ?」
——全員が嘘をつくこの箱庭で、僕だけが『真実の醜さ』を知っている。
【あらすじ】生徒の容姿、学力、人脈——あらゆる人間性をAIが数値化し、格付けする超エリート校・私立栄華学園。
そこは、スコア上位の「貴族」が下位の「家畜」を合法的に支配する、歪んだディクトピアだった。スコア『0』の最底辺として泥水をすする少年・御堂 綾(みどう りょう)。
しかし彼には、他人の微細な表情から「嘘」を100%見抜く、恐るべき狂気の観察眼があった。
ある日、親友の裏切りで全てを失った元・女王、神代玲奈(かみしろ れいな)と手を組んだ綾は、学園の頂点に君臨する絶対的な『偽神(生徒会長)』を引きずり下ろすため、命がけの心理欺瞞戦(カースト・ゲーム)に身を投じる。
ルールをハックせよ。
勝てば天国、負ければ奴隷。
嘘つきたちの最高峰を決める、冷徹な頭脳戦が
——今、幕を開ける。
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目次
1話「査定開始」
じっとりと首筋にへばりつく汗が、酷く生温かかった。
西日の差し込む放課後の教室。充満するのは、埃と、使い古された畳のような安っぽいワックスの匂い。
そして、人間の剥き出しの悪意だ。
「おい、|家畜《ゼロ》。耳が聴こえねえのか?」
品性のない声が、鼓膜を不快に揺らす。
声の主は、クラスのカースト最上位に君臨する男——
新道 拓海。
その胸元にあるデジタルバッジには、眩い緑色で【学園スコア:742】の数字が明滅している。
対して、俺——
御堂綾(みどう りょう)のバッジが示すのは、完全な無光。
**【0】**
この学園において、スコアを持たない者は人間ではない。
ただの奴隷。システムが家畜と認めた、ただの排泄物だ。
「おい、早くしろよ。次の授業までに購買の限定パン買ってこいって言ってんだよ。……それとも、また『公式決闘』でその汚い顔、床に擦り付けられたいか?」
新道がニヤニヤと笑いながら、ポケットから1枚のコインを取り出す。学園公認の、決闘用コイン。
周囲の生徒たちは、巻き添えを喰らうのを恐れて一斉に目を逸らした。教室全体が、冷酷な沈黙の繭に包まれる。
誰も助けない。それがこの学校の正しい「査定」だからだ。
「……わかりました。行ってきます、新道さん」
俺は消え入りそうな声で言い、ペコペコと頭を下げた。視線は床に落としたまま。だが、俺の意識は新道の「全て」を限界までスキャンしていた。
呼吸、1分間に24回。浅い。机を叩く指のフェザータッチは3ミリ。焦っている。声のトーンは普段より2オクターブ高い。——なるほど
新道は笑っている。威張り散らしている。
だが、彼の皮膚の微細な痙攣、瞳孔のわずかな収縮が、俺の脳内に鮮明な『真実』を弾き出していた。
新道拓海。お前、今日のスマホゲームの賭け戦で、上位ランカーにスコアを300近く毟り取られたな?だから格下の俺をイジめて、減ったプライドを必死に補填しようとしている。
お前の嘘も、虚栄も、その薄汚い内面の全てが、俺には透けて見えている。
俺のスコアは『0』だ。
だが、それは能力がないからじゃない。この学園の、AIの、全てのルールをハックして、根底から叩き潰すために、あえて『無』の怪物として潜伏しているだけだ。
「おい、何ボサッとしてんだ!」
「すみません。……ただ、新道さん」
俺はゆっくりと顔を上げた。
その瞬間、俺の顔から「怯え」の仮面が完全に剥がれ落ちる。
「購買に行く前に、少しゲームをしませんか?あなたのその、減りすぎたスコアを賭けて」
新道の顔から、一瞬で余裕の笑みが消えた。
「……あぁ?ゲームだぁ?」
新道の声が、驚きから侮蔑へと変わる。教室の空気が目に見えて凍りついた。
「スコア0のゴミが、俺にゲームを挑む? |公式決闘の最低賭け金《ミニマム・ベット》はスコア10だ。お前には賭けるチップすらねえだろ」
「ありますよ」
俺は制服のポケットから、1枚の古びた、黒く変色したコインを取り出した。学園が発行したものではない。
「僕の『|人生の保有権《アカウント》』です。もし僕が負けたら、学園を自主退学し、あなたの完全な『奴隷』として一生無償で働きます。AIのシステムに『誓約書』は先ほど送信しました」
教室中が息を呑んだ。新道の胸のバッジが青く点滅する。
学園AIが、俺の提示した超高リスクな賭け金を「等価」と査定し、決闘を承認した合図だ。
「面白いじゃねえか……! 身の程を教えてやるよ。ゲームは何にする?」
「簡単です。新道さん、あなたが今ポケットに入れた『そのコインの裏表』を、僕が当てます」
一発勝負のコイントス。確率二分の一。知略の介入する余地のない、ただの運否天賦——。
周囲の生徒が冷ややかな視線を送る。新道もまた、勝ちを確信して下卑た笑みを浮かべた。
「いいぜ。じゃあ、今から俺が手の中でコインを弾く。お前が当てろ」
カラン、と新道の親指がコインを弾いた。 放物線を描き、新道の左手の甲に落ちたコインを、右手の手のひらが遮る。
「さあ、どっちだ、綾?」
新道は勝ち誇っている。
---
——白い、あまりにも白くて清潔な部屋。
——冷徹な機械音と、あの時、俺の全てを奪って嘲笑った『神』の顔。
『君の価値は、今日から0だ。……悲しいね、綾くん』
……あの日から、俺の心は死んだ。だが、引き換えに手に入れたんだ。人間の形をした醜い生き物たちの、呼吸、脈拍、筋肉の弛緩から、すべての『数値』を割り出すこの冷徹な眼を。
---
「……『表』です」
俺は静かに告げた。新道が口角を釣り上げる。
「ブブー、ハズレだ!裏だよ。さあ、お前の人生は——」
「新道さん。あなたの右手の親指、第一関節が0.5ミリ浮いています」
「……は?」
「コインを確認する前、あなたの視線は右斜め下——つまり『自分の想定と違ったとき』の拒絶反応を示していた。弾いた瞬間は確かに『裏』だった。でも、あなたは今、僕を確実にハメるために、右手の手のひらの中でコインを滑らせて『表』にひっくり返した」
新道の顔から、血の気が一瞬で引いていく。 呼吸が止まり、額からドロリとした大粒の汗が流れた。
「い、イカサマだって言うのかよ! 証拠が——」
「公式決闘のルール第14条。ゲーム中のイカサマは、対戦相手がその『手法』を正確に指摘した時点で失格となり、全賭け金は相手に移動する」
俺は一歩、新道に近づき、耳元で囁いた。
「この教室の監視カメラの映像を、僕のスマホでスロー再生しましょうか? あなたがコインを弄った瞬間、バッチリ映ってますよ」
「あ、あ……」
新道の足がガタガタと震え出す。
彼は知らなかったのだ。この教室のカメラの死角も、AIの判定アルゴリズムも、俺がすべて事前に『ハック』していたことを。
**ピピッ——**
無機質な電子音が教室に響く。新道のバッジの数字が高速で減少し、俺の胸元のバッジに吸い込まれていく。
**【新道拓海:スコア 742→0】【御堂綾:スコア0→742】**
光を失い、灰色に染まった新道のバッジ。昨日まで家畜だった俺が、一瞬でこの教室の「貴族」に成り代わった。
「ヒッ……、う、嘘だろ……」
崩れ落ちる新道を、俺はもう見向きもしない。
周囲の生徒たちの、怯え、羨望、嫉妬が混ざり合った視線が突き刺さる。そのすべてが、最高に心地よく、そして最高にくだらない。
査定完了。被検体:新道拓海。価値、ゼロ
脳内のAIが、冷酷に事実を告げる。
これはほんの序章だ。俺の人生を壊した、あの頂点にいる『偽神』を引きずり下ろすまで、この格付けの破壊は終わらない。
—— 本日の観測終了。被検体:御堂綾のスコアを更新します
次回、2話「共犯の境界線」
2話「共犯の境界線」
放課後の喧騒が去った、夕暮れの旧校舎。錆びついた水道の蛇口から、
**…トツ…トツ…**
と不規則に落ちる水音が、静まり返った廊下に響いていた。
「見事なハメ技だったわね、御堂くん。いえ——スコア『742』の新しい貴族様、と言うべきかしら」
背後からかけられた声は、鈴の音のように澄んでいたが、同時に凍りつくような冷たさを孕んでいた。
振り返ると、そこにいたのは神代玲奈。
ほんの1週間前まで、その圧倒的な美貌と財力で学園の頂点近くに君臨していた、元・女王だ。現在の彼女のバッジは、俺と同じく完全な無光——スコア【0】を示している。
「……何の用ですか、神代さん。家畜同士、傷の舐め合いでもしに来たんですか?」
俺は冷淡に突き放す。だが、俺の眼はすでに彼女の細部を捉えていた。
呼吸、1分間に16回。完璧な深呼吸。制服の裾を握る指先が微かに白い。——怯えている。でも、逃げるための恐怖じゃない。獲物を前にした捕食者の緊張だ。
彼女は、新道を壊した俺の『狂気』に怯えながらも、同時にそれを利用しようと近づいてきている。
「舐め合い?まさか。私は私のモノを全部奪い返しに来ただけよ」
神代玲奈が、ゆっくりと俺との距離を詰める。夕日の赤が、彼女の鋭い瞳を血のように染めていた。
「あなた、新道のコインの動きをスロー映像で確認するなんて言ったけれど、あれはハッタリね。あの教室の監視カメラは、先月のシステム更新でフレームレートが下がっているわ。スローにしても、指先の細かな小細工なんて映るはずがない」
俺の口角が、自然と上がった。
「気づいていましたか」
「当然よ。でも、新道は怯えて自滅した。あなたはカメラの仕様ではなく、彼の『罪悪感』と『恐怖』を完璧にハックして、自白させたのよ。……おぞましい男」
神代玲奈はそう言いながら、俺の胸元にそっと手を置いた。
細い指先から、彼女の狂おしいほどの憎悪の体温が伝わってくる。
「私を裏切って、私のスコアをすべて奪った男がいるの。現在の生徒会書記——一ノ瀬。来週、あの男が主催する『|学園オークション《ブラック・マーケット》』があるわ。……私と組みなさい、御堂綾。あなたのその悪魔のような眼を、私に貸して」
裏切り。そうだ、この学園はそれだけで出来ている。
---
かつて俺を『0』に査定したあの『神』も、俺の最も信じていた存在だった。
『ごめんね、綾。君が優秀すぎるから、私は怖かったんだ』
---
胃の奥からせり上がる黒い記憶を、強引に飲み干す。
目の前の元・女王も、俺をただの便利な道具としか思っていない。
いつでも裏切る準備はできているはずだ。
「いいですよ、神代さん。組みましょう」
俺は彼女の手を、少し強めに握り返した。
「ただし、僕を裏切ろうとした瞬間、あなたのその綺麗な顔が絶望でクシャクシャに歪むことになる。……それでもいいなら、僕の共犯者にしてあげます」
神代玲奈は一瞬、息を呑んだが、すぐに妖艶な笑みを浮かべた。
「ええ、望むところよ。地獄の底まで付き合ってあげる」
ピピッ——
二人のバッジが、微かに共鳴するように青く光る。学園AIが、俺たちの『共犯契約』を、歪んだ最適解として処理したのだ。
査定更新。被検体:神代玲奈。危険度、上昇。——共犯関係、成立。
元・女王という最強のパーツを手に入れた。
次の標的は、生徒会書記・一ノ瀬。学園を統べる『偽神』への階段を、俺たちは一段ずつ、血と嘘で塗り潰しながら登り始める。
—— 本日の観測終了。共犯者の獲得を確認。次なる査定の舞台へ移行します。
次回、3話「学園オークション」
3話「学園オークション」
学園の地下に存在する、使われていない円形講堂。
そこは週に一度、生徒会書記・一ノ瀬蓮が主催する闇の競り市——
**『|学園オークション《ブラック・マーケット》』**
の会場へと変貌する。
「皆さん、今週もよく集まってくれました。さあ、本日最初の|出品《アイテム》です」
ステージ中央、スポットライトを浴びる一ノ瀬は、モデルのような端正な顔立ちに爽やかな笑みを浮かべていた。
だが、彼の胸元に光る【学園スコア:3200】の数字は、彼がこれまでにどれだけの生徒を合法的に剥ぎ取ってきたかを示す血の証拠だ。
今回のオークションに出品されているのは、スコアだけではない。
「借金で首の回らなくなった女子生徒の『一週間の所有権』」
や、
「優等生の『期末テストのカンニングデータ』」。
人間のプライドや秘密が、品性のない声とともに競り落とされていく。
「エグい趣味ね。相変わらず反吐が出るわ」
仮面で顔を隠した神代が、俺の隣で低く呪詛を吐いた。
「あの男はそうやって他人の弱みを買い叩き、自分のスコアを増やしてきた。……神代さん、あなたのスコアを奪ったのも、あのステージの上ですね?」
「ええ。私のプライベートな『音声データ』を買い取ったと脅されて、公式決闘で全スコアを譲渡させられたのよ。中身はただの捏造だったのに、当時の私は怯えてしまった」
神代の指先が、悔しさで小刻みに震えている。
だが、その歪んだ怒りの熱量こそが、俺たちを動かす最高のエンジンだ。
「安心してください。あの男の『嘘』は、すでに僕の眼が捉えています」
俺はステージ上の一ノ瀬をじっと見据えた。
呼吸、1分間に18回。安定している。だが、彼がオークションハンマーを振り下ろす瞬間、右の眉がわずかに1ミリ上がる。——彼は、出品物の価値を自分で決めていない。裏で誰かから指示を受けている。
その時、一ノ瀬の鋭い視線が、観客席の俺たちへと向けられた。
「おや……。珍しいお客様ですね。今週、新道からスコアを全額強奪して一躍有名になった、スコア『742』の御堂綾くん。そして——元・女王の神代玲奈さんだ」
会場のすべての視線が、一斉に俺たちに集中する。
「せっかくの勝者が、そんなはした金で何をしに来たのかな? ここは最低入札額がスコア1000からの、選ばれた貴族の遊び場だよ」
一ノ瀬の口元が、クズを見るような歪んだ三日月形に変形する。
「一ノ瀬さん。貴族の遊びに、俺たちも混ぜてください」
俺は仮面を外し、冷徹な笑みを浮かべてステージへと歩き出した。
「僕が今から競りにかけるのは、スコアではありません。学園AIですら測定不能な、僕の『過去の特級秘密』。これを一ノ瀬さん、あなたのスコア3200すべてと競らせてもらう」
一ノ瀬の目が、欲望と警戒でギラリと光った。
これが、破滅へのカウントダウンとも知らずに。
「ふ、ふざけるな……!こんなポイント、バグに決まっている!おい、システムを強制終了しろ!」
ステージの上で、一ノ瀬が声を荒らげる。かつての爽やかなエリートの面影はどこにもない。
だが、巨大モニターの数字は消えなかった。それどころか、俺の投下した『秘密』の毒があまりにも濃すぎたせいで、学園オークションのシステム全体が悲鳴を上げ始めていた。
**バチバチッ**
と火花が散る。
「何が起きているの……?」
神代が目を見開く。
「システムをハックしたんですよ。一ノ瀬の管理するサーバーに、AIが処理しきれない『国家機密級のバグ(僕の過去)』を流し込んだ。……ほら、決壊しますよ」
次の瞬間、会場の全モニターが真っ赤に染まり、警告音が鳴り響いた。
**【システム異常:管理者の秘匿データを全開示します】**
「なっ……やめろ! 遮断しろ!!」
一ノ瀬が狂ったように叫ぶが、もう遅い。
画面に映し出されたのは、一ノ瀬がこれまでに他の生徒から脅し取ったスコアの裏帳簿、そして——神代玲奈を陥れるために、彼が自ら仕組んだ『捏造スキャンダル』の音声データだった。
『神代のやつ、俺を信じ切ってて笑えるよな。適当にデータを偽造して家畜に落とせば、あの利権は全部俺のモノだ』
スピーカーから流れる一ノ瀬の嘲笑混じりの声。
会場の生徒たちの視線が、一瞬で「軽蔑」へと変わる。一ノ瀬の築き上げた絶対的な信頼が、ドミノ倒しのように崩壊していく。
「あ、あ、違う、これは俺の声じゃ——」
言い訳をしようとした一ノ瀬の胸元で、電子音が鳴った。
**ピピッ——**
【一ノ瀬蓮:スコア3200→0】【神代玲奈:スコア0→3200】
システムがイカサマと不正を検知し、一ノ瀬のスコアを全没収、本来の持ち主である神代へと強制返還したのだ。
灰色に染まったバッジを掴み、ステージにへたり込む一ノ瀬。
「査定完了。被検体:一ノ瀬蓮。価値、ゼロ」
俺は冷酷に告げ、神代の手元に戻ったスマホを指差した。
「約束通り、取り戻しましたよ。元・女王様」
「ええ……ありがとう、綾くん」
神代は一ノ瀬を一瞥(すら設定せず、俺を見て妖しく微笑んだ。その目には、感謝以上の、俺という「怪物」への深い執着が宿っていた。
パチ、パチ、パチ。
その時、ホールの暗闇から、ゆっくりと拍手をする音が聞こえた。生徒たちが恐怖に満ちた表情で道を開ける。現れたのは、黒い生徒会腕章を巻いた長い黒髪の少女。
「素晴らしいわ、スコア0のハッカー。一ノ瀬のような小悪党を、まさかシステムごと叩き潰すなんてね」
彼女の胸元で怪しく光るバッジの数字は——【学園スコア:8500】。 生徒会副会長、如月院 夜空。
学園の『偽神(会長)』のすぐ右隣に座る、本物の絶対強者だった。
「御堂綾。あなたのその『秘密』、今度は私と賭けてみない?」
彼女の冷徹な笑みが、次なる地獄の幕開けを告げていた。
——本日の観測終了。一ノ瀬蓮の失脚を確認。上位個体:如月院夜空の介入を感知しました。
次回、5話「黒い副会長」