相違点もあれば相対的に共通点もある。では、何が共通点だろうか。
あの世界とこちらの世界を繋ぐ次元板。
次元板は、路地裏に落ちている。
しかし、誰かの手に渡ればそれは。
どこにでも現れるようになる。
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目次
どこかの会社
「ああ…また会社でミスをしてしまった…クソッ、俺はいつまでもこのままだ…一体どうすればいいんだ…」
1人の男が路地裏を歩いている。人気がなく、苔が生えている。彼は|足糸《たりし》|雛《めん》。スーツを着てメガネを着けて生気のない目と深い隈がある中年男性。まさに疲れた人間である。
「家賃どうしようか…」
カチャッ。
ライターが小さく薄い火を出す。紙タバコにその火をつける。路地裏にいるやつなんて大体そういう業者か不審者だろう。…同一と言えるだろうか。
「…」
雛が横を見ると、そこには黒のタンクトップで肌が白く、黒髪ウルフヘアに赤いインナーカラーで黒い軍用手袋を着けており血まみれの黒いジャケットを腰に巻いたジト目で赤眼の女性がいた。
「…」
雛は知っている。この世界ではああいう怪しいやつがそこら中におり、堂々と誘拐やら殺人やらをする。犯罪都市ではそれが日常的なのだ。
雛は黙ってただタバコを吸っている。この世界じゃ好奇心は人を殺す。いくら気になっても、むやみに近づいてはいけない。タバコに向けていた視線が、女性に少し移る。よく見ると、古傷が全身に、それもかなりの量あり、全て手当できてるわけではなかった。しかし、最近の傷と見れるものは一つもなかった。頬に鋭い古傷が入っている。恐らくあれが一番昔の傷だろう…雛はついついこのように分析してしまう。
女性はこちらを見ずに同じように壁に寄りかかってタバコを吸っている。喫煙所は一応あるにはあるが、路地裏は危険なイメージがあり誰も近づかないからか、安全な喫煙所だった。
雛はいつの間にか煙がすぐそこにあるのに気づき、タバコをなぜかゴミ箱の蓋に置かれていた灰皿に置く。どうやら安全な喫煙所を路地裏と考える人間は大量にいたようだ。
そしてもう一本の紙タバコを箱から取り出し、ライターで火を
ライターに、歯車の模様が刻まれている。
手が止まった。先ほどまでは普通の金属のライターだった。光沢はあるが、歯車の模様は現実を受け入れろと言わんばかりにそこにある。歯車の模様が刻まれていた、なんて話は聞いたことはない。次元板なら聞いたことはあるが…
手が震えた。
手が止まった。
視線は移った。
タバコが落ちる。
そこに在った。
そこに落ちていた。
謎の黒い薄い縦長の板が。
液晶のような質感…いや、液晶だろう。それはさておき…これは。くわばらくわばら。
次元板じゃないか。
次元板とは、別世界に繋がるとされている謎の黒い板である。都市伝説として酒場では肴にされることが多い。いや、それよりも。なんで普通に落ちてる。女性は相変わらずそこでタバコを吸っており、気づいているのか気づいていないのかはわからなかった。
次元板が突如白黒に点滅し始める。そして、点滅する度に歯を剥き出しにして笑った口が現れていく。笑い声を上げそうになる程濃くなった直後、暗転した。
カチャッ。
ライターを見る。まだ歯車の模様はある。そして紙タバコを拾い、火をつけ、吸う。
味は変わらず、苦い。
次元板に何か白い画面が映っている。見てみると、そこには左上に「連絡先」とあり、中央上から三つ文字が並んでいる。
連絡先
管理者
代理人
執行者
「あの…」
思わず声が出てしまった。女性はこちらを見る。黙っている。
「えっと…これってあれですよね?次元板…」
「赤の他人に間違えて話しかけるなんて聞いたことねえさ、人と言葉で話したことが少ないからだろうか?」
女性は低く落ち着いた声だった。
「人と言葉で話したことが少ない…どういう意味ですか?」
「こんな世界じゃ金稼いでるだけで生きてけるわきゃねえ、あんたも無意識にわかってんだろ?その目、絶対抑えてる目だぞ」
意識してみれば、確かにそう思っていた。
「えっすごい、心理学者でもやってい」
「タバコ吸ってる赤の他人に話しかけるにしては軽いな、警戒心あんのか?」
「え…えっと…」
「はっ、わかってるさ、会社員として働いてるあたり、日の光と水を普通に吸って育ったんだろう。」
「もしかして、あなたって…その…なんか、怪しい人です?」
「路地裏でタバコ吸ってるやつが怪しくないわけねえだろ…あ、これは俺のことだ。」
「あ…それで次元板なんですけど…」
「あれは次元板だ、間違いない。」
それは、口が笑っていた。
「とりあえず適当に電話でもしてみたらどうだ?」
よく見ると、右下に「電話」とある。
「え、でも、もしなんか害があったら…」
「この世界は害だらけだ、1匹いたら100匹いる。それに、生命である以上いつかは死ぬ。ならば、今死んで楽になろうじゃないか?」
「面白いですね」
「へっ、タバコ吸って肺を黒く染めても気にせずタバコ吸うような輩だぞ、俺は。」
「死を享楽的に見るのが面白いです。」
電話という文字を押す。なぜ押したかのかはわからないが、その後暗転し、電話の音が鳴る。
「…あんた、その銘柄どこのだ?」
「インコの爪切りっていうとこのやつです」
「…知らないな、どの世界も変な名前してるやつが多い。」
「たとえばなんです?」
「|楠木《くすき》…なんだったっけ、楠…楠木麻…思い出せねえ」
「『くすのき』じゃなくて『くすき』なんですね」
「…お、なんか声流れてないか?」
「ドチラサマ デス」
生気を感じられず、機械的な音声だが確かにそこには心が宿っていた。…なんでそう思ったんだろうか。
「あ…あの、えっと…次元板っていうのから…」
「ジゲンバン スコシ オマチヲ」
「…」
女性はタバコを吸っている。
「ジゲンバン ガイトウスル NAME ノバケモノ ガ カクニンサレマセンデシタ」
「バケモノ…?まさか別世界に繋がるのって本当だったのか…?」
「ベツセカイ トハ キミハ ナニヲシッテイル」
「何も知りませ」
「コノ ウンソウガイシャ ハ ソンナ カンタンニ デンワデキルヨウナ トコロデハナイ ナニヲシッテイル」
「運送会社…」
女性は上を見ている。雲の密度が高い灰色の曇り空。小さく舌打ちをしている。
「まだ潰れてないのか」
「?どういうことですか?」
「キミ サキホドノ マ ハ ナンダ ソシテ キミハ イマ ダレカト イッショニイルナ?」
「え、いやその」
「アマリ アナドルナ ワタシハ バンノウ トイウワケデハナイガ ドクシンジュツニハ ジシンガアル」
「へい、あんた覚えてるか?」
女性がいきなり次元板に話しかける
「オイ ソノコエ オマエ オボエテルゾ」
「へっ、覚えてくれて光栄だよ」
「オマエ マタ ブラブラ ダラシナク タイダニ アルイテルノカ?」
「路地裏でタバコ吸ってる」
「オフィス ニ センコウ トイッショニ デテキテ タバコスッタノ イマダネニモッテルゾ」
「うっせえ、俺の当事者は俺だからな、んじゃ」
「オイ マテ キr」
電話が切れた。
「えっと…今の誰ですか?」
「俺の知り合い。営業スマイルしてるつもりらしいけど顔面にエラー表示しか出ねえんだよなあいつ…」
「顔面にエラー表示…?まあいいや…あの、お名前はなんていうんですか?あなたの…」
「死にたがりとでも呼んどきな」
「じゃあ…死にたがり…にたがり…ニタさんって呼ばせてもらいます」
「ニタか、面白え、樽巻よりはマシじゃねえか」
---
一応言うけどニタさんは一人称が俺の女性です。つまり~~喫煙者俺っ娘ダウナーウルフヘアお姉さん~~
ゲホッゴホッ
丁寧な感じの口調のが雛、やけに享楽的な口調のがニタさんって覚えてください
どこかの奏者
残業を終え、震える手で路地裏に向かう。手が震えているのは、きっとまたタバコを吸えるからだろうか。それとも、残業を終えたことで若干吹っ切れているのか。それとも、次元板に興味が湧いているか。そして路地裏へ入ろうとすると、横から老人がやってくる。大きな薙刀を背負ってカラスの羽が大量にべったりと貼り付いている薄汚れた狩人服を着ている。
「よお、あんたここら辺で働いてんのか?」
「え、あ、はいそうですが…なんでしょうか」
「俺は…まあどこの奴かは言わなくても察せるだろ、こんな世界で真面目に社会人として生きられてんのは天才だけだぜ」
「ありがとうございます、とりあえず要件は?」
「似ている奴でもいい、ここら辺で黒い中折れハットに黒スーツ、黒いズボンに黒いビジネスシューズ、黒い手袋で白髪一つ結びでずっと笑って目ぇ閉じてショットガン背負ってる野郎を見かけなかったか」
「ひたすらに真っ黒ですね…特に見かけませんでしたが」
「ああ、そうか、すまんな時間奪っちまって、んじゃ」
老人が遠くへ移動する。
…
老人が倒れる。
プラスチックをプレス機の圧縮で潰していると、突然破裂したような。そんな音と一緒に。
老人が赤を作る。
アスファルトの|皺《しわ》に|遍《あまね》く。そして奥にはそれがいた。
それは持っていた。
それはこちらを見つめると、静かに口を開く。
ノイズとも信号とも、はたまた森羅万象の一つにも定義が難しい、そんな音が出る。
口を閉じるとそれは警告を囁き始める。
近いうちにまた会える、と。
その時は、その印として今回のようなものにしようと。
それは声を上げずに笑い、黒い霧に包まれて消えていった。
路地裏に入る。
「よ、真面目野郎サン。」
ニタがいた。
「えっと…今の見てましたか?」
「もちろんさ、あれも十の一つか千の一つか兆の一つになるって考えるととんでもねえな、まあ日常茶飯事に今更驚いたってなんもねえけどよ。」
「…」
ニタが寄りかかっている壁の対岸の壁に寄りかかり、タバコを取り出す。ライターで火をつけ、吸い始める。
紫煙が二つ、空に上がった。それに何気なく息を吹きかけてみる。
それは何かのゲームによくあるような、滝が割れるように二つに分かれた。そして、紫煙として存在している。では、私が紫煙と定義しなかったらどうなるのだろう。紫煙と定義できる根拠、タバコから発生している。…他にあるだろうが、私にはこれが限界だった。しかし、そう考えていてもしょうがない。
紫煙を何気なく見上げる。上には建物が二つ。左右に並んでいる。一瞬空に浮かんでいるのかと思えば、横を見ると地上に建っている。また見上げると、刀を持った人影が二つ、追いかけっこをしているようにビルの間を跳躍し、斬撃の音が微かに聞こえる。
「人が死ぬなんてのは誰でも慣れてるもんさ、子供の頃に曾祖なんたらが死ぬなんてのは普通だろうな、俺ん場合は殺されたがな、はは。」
「それを笑い飛ばせるほどの治安なんですよね、ここは。」
静かに、しかし哀しげに呟く。哀愁と記憶の想起がぐちゃぐちゃに混ざり合って溶ける。そして不快な闇鍋が脳内で完成し、それをストローで啜っている。ゆっくりと、わざわざ咽せないように、針をゆっくりと刺すように。結局、喉から閉め出してしまった。反芻をしたくなった。それを反芻すれば、何かがあると思ったから。目の前で人が死んでも耐えていたのに、なぜだろうか。
「おい、顔青いぞ」
「ああ…すみません、少し思い出してしまって。」
「ふーん…無いとは思うが、何を思い出した?」
「…」
一泊置く。
風が静かに髪を揺らす。
風はカウントダウンをするように紫煙を押す。
空に上がった紫煙が不完全な操作をしているように、くねったり歪んだりする。
「さて?」
満面の笑みだった。ただそれだけ。鳩尾に入ったようなものが消える。何も感じなかった。心臓の鼓動も、呼吸も。
だって、彼は満面の笑みだったのだから。
「趣味が悪いな。」
ニタはまるで「俺は詮索はしないぞ」と言うような笑みを口に浮かべた。しかし、相変わらずタバコは吸っている。
「んじゃ、次元板今日も見てみるか?とっておいたんだ、タバコの肴にはなるだろ。」
ニタが次元板を乗せた片手を軽く伸ばす。
「タバコの肴ってなんでしょうかね。」
次元板を取る。そして連絡先のは相変わらずだ。
「今日はどんな人に繋がるんでしょうか。」
電話の音が路地裏に鳴る。
「面白えやつだといいな、昨日のは面白く無いやつだったし」
「うーん、私としては面白かったですね、感性の違いだと思いますが」
「あ〜…でもあいつ罵詈雑言のセンスだけはあるんだよなあ…まあでも初対面のやつは面白いと思うのもしゃーないか」
電話が繋がる。
「…もしもし、誰だい?こんな時間に電話してきて」
中性的な声が聞こえる。
「えーっと…次元板から電話しました」
「次元板…なんだい?思春期は中学生の時点で出し切っておけ、声からして君は成人だろう」
「いや、次元板っていうのが存在して」
「今僕は忙しいんだ、後でならかけてもいいから今はやめてくれるかい?」
「忙しい」と言う言葉に若干何かの勘が過った。そして、次元板を耳に近づける。電話の向こうからは、微かにヴァイオリンのような音色が聞こえる。不協和音だが、どこか美しく。短調だがそれは関係ないのだろうか。
「…切ってもいいかい?」
「おい待てガキ、俺を覚えているか」
「…」
まるで納得したかのような沈黙が降りる。
「あー、君がいるっていうだけで十分推測できる。またタバコ吸ってるよな?」
「へっ、そうだよなんでみんなわかるんだ」
「みんなって…別のとこも巡ってんだね君は」
「とりあえず、忙しいって何がだ?遺跡にt」
「ああっと、それ以上は言ってはいけないよ、いくら別のとこの人間でも聞かれるのは嫌だし」
「…ああ〜なんか察しついたぞ」
「怠惰のくせに理解は早いんだね、じゃあ切るね。」
電話が切れる。
「…えっと、どういう知り合いの方で…?」
「あんガキは…まあなんと言ったらいいんだ、なんか…あれだな、ナンカスゴイパワー持ってるやつだ。」
「ナンカ…スゴイ……パワー…?」
「あ、すまん、あいつらのクセが移ってたらしい」
「よくわかりませんけど、とりあえず知り合いの方が多いんですね」
「…ん?」
「え、どうしました?」
「おい、次元板になんか付箋付いてるぞ、裏」
次元板の裏を見てみると、「67 2 0 u」と書かれた付箋があった。
「え、なんですかこれ…」
「おっかしいな、ちゃんと誰にもバレねえとこに隠したが…」
「え、隠してるのが見られたとかじゃ」
「確かにそうじゃん、俺ってバカか」
「…まあまあ、とりあえず私は帰りますね」
「おう、また今度。」