ミュージックちゃがまの伝説
編集者:L・L・マーシャ
沖縄県のズタボロ鍾乳洞には不思議な伝説がある。むかしむかし天竜族が未来から降臨して飲めや歌えのどんちゃん騒ぎをしたというのだ。竹田プオと勇者タケヒト。祖先と子孫ふたつの視点を通じて、人間はどうやって生きればいいのか。人生の選択肢を間違ったと感じたとき、どう立ち直ればいいのか。力づよい人間賛歌で人生の悲哀をバラ色に歌い上げていく。
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目次
レジェンドライブ!ミュージックちゃがま速報
「レジェンドライブ!ミュージックちゃがま速報」この番組は世界でもっともオールディーズな沖縄県ズタボロ鍾乳洞からじじむさいミュージックをガンガン逝っちゃうコンテンツです。「ミュージックちゃがま速報!では、さっそく本日のお悔やみです」アップビートな木魚がポクポク鳴る。グラサンダンディーな坊主が「チェゲラ!」と叫ぶと檀家ガールズがラップで般若心経を唱え始めた
音楽茶釜速報は、様々な楽器と様々な曲の短い映像のシリーズに加え、茶釜の曲のシリーズもある日本の音響番組です。番組は生放送で、多くのインターネットサイトで視聴することができる。
音楽茶釜速報は、様々な楽器や様々な歌の一連の短いビデオに加えて、茶釜(詠唱)の歌のシリーズでもある日本のサウンドプログラムです。番組は生放送で、多くのインターネットサイトで視聴することができます。音楽茶釜速報は、音楽ファンやミュージシャンが、日本の伝統的・現代的な楽器や音楽、踊りの演奏方法を、楽しく学べる番組です。
Music Chagama Bulletinは、音楽ファンやミュージシャンが、楽しく教育的な方法で、日本の伝統的および現代的な楽器、音楽、ダンスの演奏やパフォーマンスを学ぶことができるプログラムです。ミュージック・チャガマ・ブルテンは、生放送で、インターネットでも視聴できる番組です。1985年7月に日本の沖縄で始まりました。これまで、日本、アメリカ、日本、カナダ、アメリカ、ヨーロッパ、中東の世界各地で放送されてきました。音楽茶釜速報は、テレビ、ラジオ、雑誌、インターネットなどで紹介されています。多くの国で、テレビ局 "安日放送" で放送されています。
ミュージック・チャガマ・ブルティン」は、生放送で、インターネットでも視聴できる番組です。1985年7月、日本の沖縄で始まりました。これまで、日本、アメリカ、日本、カナダ、アメリカ、ヨーロッパ、中東など、世界各地で放送されてきました。音楽茶釜速報は、テレビ、ラジオ、雑誌、インターネットなどで紹介されています。多くの国で、テレビ局 "安日放送" で放送されています。音楽茶釜速報!」は、沖縄で有名な「音楽茶釜速報」の音楽を 世界各地で生放送されています。
インターネットでも放送されています。これまで、アメリカ、イギリス、オーストラリア、イギリス、カナダ、イスラエル、ギリシャ、ポルトガル、トルコ、イタリア、イタリア、トルコ、ドイツ、イスラエル、スウェーデン、スイスなどで放送され来ました。
音楽茶釜速報に加えて、ミュージック・チャガマ・ブルティンというものは、1988年 10月 に日本に生放送されている番組で、 「ミュージック・チャガマ・ブルティン」という番組名で放送されています。 音楽茶釜速報とブルティンは、毎年毎年違う世界で放送されているコンサートプロモーターズが、毎週放送されています。 日本でも多くのアーティストが、同じ国で放送されています。
日本の放送局(NHK BS2・HBC・BShi) のCAMです。ミュージック・チャガマ・ブルティン で生放送されています。 (Music Chagama Bulletinの番組)
ミュージック・チャガマ・ブルティン(音楽茶釜速報)は、番組の中の曲を、長い映像に変換して、放送する音楽シリーズです。これまで音楽茶釜速報でも放送されてきました。
※楽曲は、長いほど綺麗です
「音楽茶釜速報!は、沖縄の有名な音楽茶釜速報から音楽を取り上げる番組です。世界各地で生放送されています。ミュージック・チャガマ・ブルティン!は、英国BBCで放送されている音楽番組です。1994年に始まり、現在はニール・フィンが司会を務めています。Music Chagama Bulletin!は、木曜日の夜22:00 CESTに以下の番組で放送されています。」
「お、おう…」
バンブーレコード営業部の竹田プオは仰け反った。目が回るほど忙しい。ズタボロ鍾乳洞は6万人のファンで埋め尽くされツララが解け落ちるほどだ。
「あーもう無理っすよー」
「諦めるな! 今日中にあと100万部刷れ!!」
部長の怒鳴り声が飛ぶ。
「いやそんなこと言われても……」
「いいか竹田君。君はこれから印刷所に行くんだ。そこで担当さんに会う。話を聞いてくるだけでいいから」
「えっ? 僕がですか?」
「そうだ。行け!」
「はい!」
竹田は立ち上がった。
「あのう……
すいません。この企画書なんですけどね。ちょっとよく分からないところがあるんですよ」
「もうレコードショップに入荷が始まってるんだ。何を今さら言っている!? グダグダ言ってないで早くしろ!」
「はいっ!」
「あ、どうもこんにちは。私、株式会社竹屋と申します。よろしくお願いします」
「こちらこそ宜しくお願いいたします。それでですね、弊社ではこういったものを扱っておりまして」
「ほう、これは凄いですね。ところでこの『伝説の』というのは何のことでしょうか? このレコードがどうかしたのですか?」
「いえその……
実はこの商品なんですが、ウチのオリジナル商品ではないんですよ。ですからそういう風に言われると困るというかなんといいましょうか」
「へぇ、そうなんですか。それは失礼しました。しかし、それにしてもすごいですねぇ。一体どこでこんなものを見つけたんでしょう」
「それがその、我々にもさっぱり分かりません。ただ一つ言えることは、これを販売すれば必ず売れるということだけなのですが」
「そうでしょうねえ。まぁでも私はこのCDに賭けているわけですし、頑張ってみますよ」
「ありがとうございます。それじゃあ宜しくお願い致します」
「はい、頑張ります」
「ダメでした~」
竹田は泣きながら帰ってきた。
「お前なぁ、たった10分しか話してないだろうが。いったいどれだけの時間がかかるんだよ」
「すみません。なんか、全然理解していただけなくて」
「ああもう仕方がない。こうなったら奥の手を使うしかないようだ」
「え、奥の手って?」
「これだよ」
部長は一冊の本を取り出した。表紙にはデカデカと「月刊竹屋」と書かれている。
「編集長、これは?」
「見ろ」
そこには「幻の原子力廃盤解放同盟」というタイトルが書いてあった。原子力の力を借りて無理やり埋もれたヒット曲を紹介するという趣旨らしい。
「これなら絶対に売れるはずだ」
「なるほど。これが噂の」
「よし、早速電話するぞ」
「はい」
「もしもし、突然のお電話で大変恐縮でございます。私、○○出版の××と申します。こちらは竹屋の竹田様でいらっしゃいますよね。実は今回、ご紹介したいものがありまして」
部長は一気にまくしたてる。
そして5分ほど経っただろうか。
電話口からかすかに音楽が流れてきた。
あれ? なんだこの曲は。
聞いたことのないメロディだ。どこかノスタルジックな雰囲気で、切なさを感じさせる曲……。
あっ。
気付いたときにはもう遅かった。
電話口の相手はとっくの昔に電話を切っていた。
くそぅ! また逃げられた!! それから一週間ほど経って、部長のもとに一枚の手紙が届いた。中には数枚のCD-ROMと、1ページほどの薄い冊子が入っていた。手紙には、先日お話しさせていただいたもののうち、一部サンプルとしてお送りしたものが入っております。ご興味があればぜひご連絡くださいという旨が書かれていた。
はて、一体どういうことだろう?
「ええ、例のアレなんですが、ついに見つけました。はい。これで間違いなく完売間違いなしです。ええ。本当に助かりました」
男は上機嫌で電話をかけていた。
「いや、そんな大したことじゃないですよ。だって僕たち、仲間ですもんね。お互いに協力は惜しまないということで」
彼は受話器を置いた。
そして再び、机の上の書類へと目を落とした。
「あ、もしもし。初めまして、竹屋の竹田です」
数日後の深夜。
電話が鳴った。
竹田が慌てて出ると、電話の主は言った。
「あの、先日の件ですが、もしよかったら今からお会いできませんか?」
「はあ」
竹田は訳が分からず返事をした。
数分後、竹田はある店の前に立っていた。
そこは小さなバーだった。カウンター席が二つと、テーブル席が三つ。店内は薄暗く、ジャズっぽい音楽が流れている。マスターは黒縁メガネをかけた小太りの男で、竹田をちらと見ると、「こっち」と手招きした。
竹田はカウンターに座った。目の前にグラスが置かれる。水の入った透明なコップだ。
「あ、あのう」
「とりあえずビールでいいかな」
「はあ」
竹田は生返事をする。
「すいませーん」
マスターが叫ぶと、すぐに若い女がやってきた。彼女は注文を聞くと去っていった。「それで、どうでした? 反響はありました?」
男が身を乗り出して訊ねる。
「それが、まだなんですよ」
竹田は答えた。
「えっ、まさか売れなかったんですか!?」
「いや、売ること自体はできたんですけど、あまり評判がよくないというか」
「ええっ!?」
「ほら、ここに」
竹田はCDを差し出した。ジャケットの写真を見て、男の顔が曇る。
「うわぁ、これはひどい……」
「でしょ?」
写真に写っているのは、どう見てもガラクタの山にしか見えない。
「どうしてこんなものを買っちゃったんだろう……」
男は頭を抱えた。
「いやね、実は私も最初は騙されたんだとばっかり思ってたんですよ。ところがですね、その後、他の方にも同じように頼んでみたんですけど、皆同じようなことを言うばかりで」
「なーんだ。つまり、こういうことだったのか」
竹田が説明を終えると、男は大きく息を吐いた。そして顔を上げ、言った。「いやまあ、そういうことであれば、僕たちの考えが間違っていたということになりますかね。やっぱり」
「ミュージックちゃがま速報の言うとおりだったか。あの番組はレジェンドだった。音楽業界に衝撃を与えた。檀家ガールズのプロモートはその後の売り方を変えたんだ。レジェンドのいう事を素直に効くべきだった」
「でも今更どうしようもないですからねぇ」
二人はしばらく無言になった。沈黙が流れる。時計の針の音だけが響いている。カチッ。コチコチカチッ。ボーン、ボーン、ボーーン。
その時である! 突如、彼らの前に何者かが現れた! 2人の背後に誰かがいる! 2人は振り返る! そこにいたのは! サングラスをかけた2人組であった! 黒いスーツに身を包んでいる! まるでマフィアだ!(いや違う!)しかもかなり強面の連中だ!(そうでもない!)彼らはゆっくりと近づいてくる!
「おい」
そのうちの一人が声を発した! ドスの利いた低い声で! 竹田は震え上がった! 恐怖のあまり動けない! 一方、男の方は落ち着いている!
「何だお前らは」
男は立ち上がり、彼らと対峙した!「何だ貴様は!」
「我々は……」
男たちは名乗った!
「原子力開放同盟だ!!」
「なん……だと……!」
竹田は驚愕した!
「このCDは我々が預かる」
「何を言うか!」
「黙れ!」
ピシッ。
次の瞬間、男は床に倒れていた! 何をされたんだ! 竹田には理解できない! しかし、倒れたまま動かないところを見ると、気絶しているようだ! この人たちは強い! 竹田は戦慄した! 勝てない!しかし男はごふっと血を吐いた。瀕死の重傷だ!このままでは殺られてしまう!どうすればいいんだ! 竹田は考えた! 何かないか! 何か! そうだ! 彼はCDを手に取った! そして叫んだ! それはまるで、迫り来る運命に立ち向かう勇者のように! 彼の名は竹田プオ。竹田はCDプレーヤーの電源を入れた。
ディスクが回転し、読み込まれていく。
スピーカーから音が聞こえてくる。
イントロが流れ出す。
ああ、なんて美しいメロディなんだ。
これはきっと伝説の……
竹田は感動に打ち震えた。
この世のものとは思えないような旋律が、彼の魂を揺さぶる。
涙があふれてきた。
ああ……これは…………。…………。…………。
懐かしいズタボロ鍾乳洞の子守唄だ。竹田の意識は薄れていった。そして彼は眠りに落ちた。深い眠りに。夢を見ることもなく。永遠の闇の中で。
こうして世界は救われたのだ。
終わり
花嫁姿の女性はマイクに向かって語りかけている。
結婚式場の大広間。新郎新婦と親族、仲人や上司などが集まり、談笑をしている。その表情はみな一様に晴れやかで、
* この話は実話です。
この話をマンガ化してくれた友人・藤牧義之君、イラストを描いてくれたしーくんに感謝したいと思います。そしてこの話に興味を持ってくれた全ての読者の方々に最大の感謝を。本当にありがとうございました。またどこかで会えることを楽しみにしています。さて、次回作は何を書こうかな?
龍と結婚式
「え~、本日は、このような素晴らしいお式にご招待いただきまして、誠にありがとうございます……」
花嫁姿の女性はマイクに向かって語りかけている。
結婚式場の大広間。新郎新婦と親族、仲人や上司などが集まり、談笑をしている。その表情はみな一様に晴れやかで、なかった。
「レジェンドライブ・ミュージックちゃがま速報が復活したよう…で…す…ごふっ!」
血だるまの男が飛び込んできた。全身がズタボロで生傷が絶えない。そして彼は色情の隅に転がると息も絶え絶えに言った。「沖縄ズタボロ鍾乳洞の奥に魔王が降臨しました。お供のドラゴンが…」
言い終えぬうちに男は死んだ。完
――俺はいったいどこへ行こうとしているのだろう? 夜の海は静寂に包まれている。水平線の彼方で夜空との境界線が曖昧になっていた。波打ち際から少し離れたところで、青年は佇んでいた。白いシャツとジーンズを身につけた、どこにでもいそうな風貌だ。
だが彼がただの人間でないことは明白だった。なぜなら彼の周りに漂うオーラは禍々しくどす黒く、明らかに常人のそれではなかったからだ。普通の人間はあんなふうに光ったりしない。
青年の名前は竹屋タケヒトという。竹を屋と書く。「ここか」
彼はつぶやくと、目の前に広がる真っ暗な海に目を向けた。そこには月がぽっかりと浮かび上がっている。
「魔王が封印されている場所とは」
彼はポケットに手を入れ、携帯電話を取り出した。液晶画面のバックライトが煌々と周囲を照らし、暗闇を切り裂く。メールの文面が表示されていた。『今すぐ竹屋町三丁目の海岸に来い』。
送信者の名前は、魔王だ。
「なぜ俺がこんなところに」
ため息をついたそのとき、背後で物音がした。慌てて振り返るが、何も見えない。気のせいか。いや、違う。確かに何かいる。彼は確信した。「そこか」
「ぎゃあ」という悲鳴が上がった。闇の中に二つの赤い点が見えたかと思うと、それはこちらへ向かって突進してきた。「な、なんだこいつら」現れたのは魔物たちだった。緑色の肌をして醜悪な容姿をしており、手には大きな石槍を持っている。身長はおよそ二メートル前後で、頭頂部が尖ったいわゆる魚顔。額には一本角があり、口は裂けるように大きい。手脚はなく胴体だけで這いずり回っていた。「ひい」タケヒトの口から小さな叫び声が上がる。
敵が一気に押し寄せた。「こ、こっちに来るな」逃げようとしたが足がもつれてしまい転倒する。「ぐわあ」魔物たちが襲いかかってきた。「やめろ、くるな」必死に抵抗するが無駄だった。一匹が肩に噛みつきもう一匹は腕に絡みついてくる。さらに別の奴が顔面に体当たりをしてくる。鋭い牙が頬にくい込み肉を裂き骨にまで達しようとしていた。痛い。「あがあ」激痛が走る。だがすぐに別の痛みに変わる。背中にも強烈な衝撃があった。「うわああ」息ができない。肺の中の空気がすべて押し出された。苦しい。呼吸をしようとして喘いでいると、喉の奥から鉄の味が広がる。大量の出血をしていた。視界の端から赤黒い液体が入り込んでくる。血か。血なのか。血。血。血液だ。「やめろ、放せ」手足を動かそうとするが、全く言うことを聞いてくれない。体が痙攣している。「や、やめて、助けてくれ」涙で前が霞む中、かろうじて見えたものは――。
「うおおおっ」
ベッドから飛び起きた。全身汗だくだ。「はぁ、はぁ」大きく息をつくと、自分の荒い呼吸音が耳に入ってきた。どうやら夢を見ていたらしい。
「はぁ」再び大きな溜息が出た。悪夢だ。思い出しただけでも鳥肌が立つ。まさか自分が殺される夢を見るなんて、一体どういうことだろうか。それにあの魔物たちはなんだったんだろう。
タケヒトは額の汗を拭いながら、辺りを見渡した。
「……あれ?」
違和感を覚えて首を傾げる。
いつもの部屋じゃないぞ? どうなっているんだ。
記憶を辿る。確か昨日は飲みに行ったあとタクシーに乗って帰ってきたはずなのだが……。「ここは……どこだよ」
部屋は見慣れないものだった。
「おい、誰かいねえのか」呼びかけたが返事はない。不安になり始めたその時、扉の向こうから微かに話し声のようなものが聞こえてきた。「誰か来たのか」助かったと思い安堵した直後、部屋の扉が開かれた。「おっす」「おー、やっと目覚めたのかね」
「え、誰ですかあなたたち」タケヒトは困惑した。そこに立っていたのは男女二人だったのだが、どちらも知らない人物だったのだ。男は細身で長髪、眼鏡をかけており、スーツを着ていた。女は中年くらいで小太り、
「えっと……」「あんた誰だ」
二人は同じ反応をした。
「え、ちょっと待ってくださいよ」
「何言ってんだよ、俺たちのこと忘れたのか」男は眉間にしわを寄せた。
「えっと……」そう言われてもわからないものはしょうがないじゃないか。
「おいおい冗談じゃねーぜ、一緒に飲んでたじゃねーか」
「飲んでいた」
「ああ」男は胸を張った。
「俺と」
「お前さんと」
「一緒に酒を」
「飲んでいただろ」
ああ、なるほど。ようやく合点がいった――……ん? いや待ておかしいだろ。そもそもなんで初対面の男と飲まなきゃいけないんだ? そんなことをするのは知り合い以上恋人未満の相手だけだろ?……ということはつまりそういう関係だったということに…………。……ああああ、頭が混乱してよくわからん! タケヒトが悶々と考えていると、男は怪しげな視線を向けてくるようになった。その様子は明らかに不機嫌そうに見える。どうしたものかと思案していると、今度は女のほうから質問された。「あなたはゴーストカイザー菌に感染しているとわかってて奇行を続けているの?」――……は? 意味がわからなかった。
彼女は続けて言った。
この症状は世界でもまだ数例しか報告されていないもので、感染すれば幻覚や幻聴に襲われるようになるというものだ。この病気の特徴は、その感染者は発症後まもなく発狂し自ら命を絶ってしまうということ。そして治療法は見つかっていないということだ。
しかし心配はいらない。私なら治せるかもしれない。なぜなら私は――……医者だからだ。
彼女の名前はサトミ。年齢は三十歳だそうだ。
男のほうはユイといい、タケヒトと同い年の二十五歳だった。そして彼らが所属しているのは――病院だ。
タケヒトは改めて、病室の中を見た。
清潔感のある白い壁に囲まれていて、天井からはモニターが設置されている。テレビも置いてあり、外の風景を映し出していた。タケヒトがいるのは個室で、他には誰もいない。サトミの話によると、タケヒトは自宅マンションの前で倒れていたところを発見され、救急車でこの病院に運ばれたのだという。タケヒトは意識不明の状態で、ここ数日の間ずっと眠り続けていたというのだ。
話を聞き終えたタケヒトが最初に思ったことは、どうして自分は生きているんだろう? という疑問だった。タケヒトは昨夜、海で魔物に襲われた。そのことは覚えている。
魔物の群れに襲われ絶体絶命のピンチに陥ったそのとき、突然、巨大な黒い影が現れた。その生き物が放った閃光によって魔物たちは一瞬にして灰になってしまった。その光景を目の当たりにしたタケヒトも、やがて意識を失ったのだった。
もしかしたら、あの生物が自分を助けてくれたのではないだろうか。
それともあの怪物が――魔王が自分をここに運んだのだろうか。
いずれにせよ、あれは現実に起こった出来事だったのだと、彼は認識した。
タケヒトは、自分が体験したことを彼らに話した。もちろん、魔王の存在については伏せておいたが。
二人が嘘をついているようには見えなかった。
――魔王。その存在は昔から語り継がれている。その昔、魔物を従え人類の脅威となっていた魔王だったが、ある日を境に忽然と姿を消したという。それからおよそ百年の間、魔王の存在は人々の間で伝説上のものとされていた。
だが魔王は実在した。それも今から二十年前、突如として復活したというのだ。
復活した魔王が次にしたことは、世界中の人間を殺すことだった。
魔物を率いて都市を襲い、人々を惨殺していった。
抵抗する者もいたが、圧倒的な力の前に為す術もなく殺されていった。
たった半年で世界の人口の約六割が死んだと言われている。
生き残った人々は恐怖に怯えながら日々を過ごしていた。
タケヒトは魔王に殺されたはずだった。だがなぜかこうして生きている。魔王が俺を助けたのか? 魔王とは何者なんだ? なぜ人間を殺したんだ? タケヒトは、魔王を倒すために立ち上がった勇者だという二人の話をぼんやりと聞いていた。
彼らは魔王に復讐するために、仲間を集めて旅をしているのだと話す。
タケヒトは彼らの目的に賛同し、協力することを約束した。
そして二人は、タケヒトの体調が良くなったら旅に出ると告げた。
退院した翌日、タケヒトは早速、魔王討伐の旅に出ようとしていた。だが――。
ユイが引き止めた。なぜだかはよくわからないが、とにかく危険だと言って聞かない。
結局、三日ほど滞在することになった。その間に準備を整えることにする。まずは装備の調達からだ。
サトミと相談した結果、竹屋家は防具を買うことにした。理由は、動きやすく丈夫で軽いものが欲しいからとのことだ。タケヒトにはいまいち理解できなかったが、素人の彼にはプロに任せるのが一番だろうと思った。ちなみに武器はどうしようかという話になったが、タケヒトの腰に差したナイフが唯一の攻撃手段なので、それを活用しようということになった。ただタケヒトの体力を考えると、あまり遠くまで出かけるのは厳しいとのことだった。
次の日、タケヒトとサトミは町へ繰り出した。そこで中古品の店を回ることにする。
はぁ…結婚するって大変だ
店はなかなかの数があったが、どれも同じような商品ばかりであった。
タケヒトには違いがまったくわからないが、どうやら品揃えに差があるようだ。
しばらく店内を物色していると、タケヒトはある物に目が留まった。
それは鉄製の大きな盾だった。手に取ってみる。ずっしりとした重さがあり、見た目以上に重厚感があるものだった。これならば自分の身体を守ってくれるのではないかと思う。値段は八万七千円だった。安いのか高いのかよくわからないが、まあ妥当な線だろうとタケヒトは思った。他に目ぼしいものも見つからなかったので、これに決めたと伝える。すると、サトミが驚いたような顔をした。何か問題があったのだろうかと訊ねると、彼女は首を振ったあと、問題はないと答えた。
次は防具の選定である。これは迷うことなく終わった。
というのも、ユイの提案で全身を覆い隠せるローブのようなものを買おうということになったからである。これには理由があって、まずタケヒトは顔が見えないと怪しまれないかという不安が少しあったが、彼が持っている武器はナイフ一本だけなのだから、何も持っていなければ怪しまれることもないと、サトミに説得されて購入を決めた。また、もし戦闘になったときのことを考えてできるだけ防御力の高いものを探そうという結論に至った。
その後タケヒトたちは、町の外れにある古道具屋の前までやってきた。ここは以前訪れた店で、店主のジローはサトミの知り合いだそうだ。店の中に入ると、相変わらず客の姿はなく、埃っぽい匂いが鼻を突いた。店内を見回すと、壁際の棚の上に剣と鎧が置かれていた。それらはボロい上に傷だらけで、正直なところ売れ残りのような印象を受ける。タケヒトはそのなかで最も状態のいいものを手に取った。鞘から抜く。錆び付いているのかギシギシときしみ音を立てた。刃渡り十五センチほどで厚みは四ミリほど、長さは一メートル五十くらいか、重さは八十キロほどありそうな感じだ。その剣を持って奥に行くと、そこには木製のテーブルと椅子があった。そこに座って待っているよう言われ、座ってから五分ほど経ったころ、彼女が帰ってきた。彼女は右手で大きな箱を抱えていた。左手には細長い筒を持っている。そしてその隣には――小さな女の子がいた。
少女の名はマシロといった。年齢は十二歳らしい。身長は約百四十センチメートルほど。髪の色は黒だそうだが手入れがされておらずボサついていたし、着ている衣服もかなり汚れていたので、全体的に薄汚い印象を受けた。彼女の髪は長く伸び放題になっているせいで背中まで達していて、
「……」
「……」
「……」三人の間に沈黙が流れる。なんとなく気まずかった。
「この子、私の親戚の子なんだけどね、両親を亡くしちゃって身寄りがないのよ。それで私と一緒に暮らしてるってわけ。で、この子の面倒を見るためにも、なるべく安全な場所で生活したいと思って、この町にやってきたのよ」
「……」
「……」タケヒトは黙っていた。
「……でね、この子は両親が残してくれた家に住んでるんだけど、この辺りは治安が悪いし、魔物も出るでしょ?」
「だが断る!」
タケヒトがようやく重い口を開いた。机の上には片方だけ捺印済みの婚姻届けがある。
「どうして? この子、かわいいじゃない?」
「可愛いとカブスとかそういう問題じゃない!」
タケヒトは首を振ってイヤイヤした。
「そんなこと言わないの。この子と一緒ならきっと楽しいわよ?」
「楽しくねえよ! てかお前、そんなこと言って本当は寂しいんだろう? だからこんなことをしてんだろ? この歳で親離れできないなんて恥ずかしくないか? それに子供だって、いつまでも一緒にいる大人が自分より年下だったら嫌だと思うぞ? なあ、そう思うだろ?」
タケヒトは隣の少女に同意を求めた。
だが、彼女からの返事はなかった。代わりに返ってきたのは、無言の圧力だ。
「ほら見ろ! やっぱりこういう展開になるじゃねぇか! もう勘弁してくれよぉ……。頼むからさぁ、帰ってくれよぉ……」
タケヒトは懇願した。だがサトミは帰ろうとしない。それどころか、
「でも、あなたがどうしても結婚したくないっていうなら、無理強いはできないけど――……、仕方ないわよね」
などと意味深なことを言い出した。
タケヒトは焦った。このままではサトミと結婚させられてしまうかもしれない。それだけは絶対に避けたい。だが、
「……だけど困るのよ。役所に出すはずの書類を一枚余分に書いてきてしまったから、どうしたものかしら? まさか捨てるわけにもいかないし、ずっと持ってるのも邪魔だし、できればどこかに寄付してもらいたいわ。例えば孤児院なんかはどうかしら? あ、それとも、この子が大きくなったときに結婚相手を探してあげたほうが喜ばれるのかしら? ああどうしよう、どっちがいいと思う? ねえタケヒトさんはどうすれば――……」
と、そこまで言ったところで、 バンッ!!
「おっしゃー!!」
突然、タケヒトは叫びながら勢いよく立ち上がって、そのまま外へ飛び出した。そして全力疾走で逃げた。後ろを振り向かず走った。走り続けた。息が苦しくなるまで。それでも足を止めることはしなかった。
「はあっ、はあ、はあ、はあ――……、ふぅ~、ふう、ふぅ―――、はあ、はあ――――――――……」
彼は走っていた足を止めた。呼吸を整えながら周りを見ると、そこは公園だった。ベンチと砂場があり、真ん中にドラゴンが待ち構えていた。「おい!タケヒト!結婚から逃げるのか?!」
「うるせえ!逃げて何が悪いんだよ!」
タケヒトはドラゴンに突っかかっていった。二人は激しい取っ組み合いをした。しばらく殴り合った後、タケヒトが疲れたのか、あるいは飽きたのか、とにかく決着がつかずに終了した。
「ちっくしょう、結局引き分けに終わっちゃったじゃないか」
彼は舌打ちしながら吐き捨てた。
そのとき、誰かがタケヒトの肩に手を置いた。振り向いてみるとそれはジローだった。いつの間に現れたのか、まったく気配を感じなかった。
「いや、俺の勝ちだよ」ジローが笑みを浮かべながら言う。
タケヒトは目を丸くした。
「あんた一体どこから……、ていうか勝負が終わってたってどういうことだ? そもそも俺はどうやって負けたんだ? 全然記憶に無いんだが」
タケヒトは戸惑っている様子だ。
ジローがニヤリと笑う。すると彼の姿が一瞬で変わった。
タケヒトは自分の頬を思いっきり殴ってみた。だが痛みはないし腫れてもいない。
目の前にいるのはサトミではなく、あの古道具屋の店主だった。
タケヒトは驚きと混乱が入り混じった表情で叫んだ。
魔王は言った。貴様は死んだはずだと。
魔王の顔は驚愕に染まっていたが、その目には悲しみの色もあった。
魔王は続けて、なぜ自分が生きているか知っているか、とタケヒトに訊いた。もちろんタケヒトは知らないと答えた。
魔王は語った。
あれは二千年以上前のことである。当時の私は魔王軍の四天王の一人として名を馳せていた。あるとき魔族の住む国に攻め込んだが、返り討ちに遭ってしまった。しかし、命辛々逃げ出したおかげで運良く難を逃れることができたのだ。それからというもの、我が配下の者たちは復讐のために私を捜し求めて世界中を駆け回ったが見つかることはなかった。おそらく私の生存を信じて疑わなかったのだろう。実際、私が生きていることを知る者は誰もいなかった。私自身でさえな。
そこで彼らは考えた。私を殺すには相応の力を持った人間を勇者にするしかない。そこで、私の力の欠片が宿るであろう人間を密かに捜し出し、それを殺させることで私を倒そうと計画していたようだ。だが計画は失敗に終わった。その人間があまりにも脆弱だったため、逆に殺されてしまい、しかも死体すら回収できなかったからだ。そのため、彼らは新たな作戦を考え出した。すなわち私以外の人間を勇者にして魔王を倒すというものだ。それが貴様なのである。
だがそれも失敗だな。貴様を鍛えるために時間を費やしたにも関わらず、いざという時に役に立たんとは、実に情けない奴め。
魔王はタケヒトを睨むように見つめながらそう言った。
だが、と彼は付け加える。その人間はただ者ではない。本来であれば、
「死んでもおかしくはないはずなのだが――」
タケヒトは困惑しながらも反論しようとした。だが魔王はそれを手で制して言葉を続けた。
なぜならばその人間には魔王の血が流れており、その血は我々魔族にとって非常に有害なものなのだ。
そうなのか、と驚くタケヒト。
「まあ、もうどうでもいいことだがな」
「……」タケヒトは複雑な心境だった。そんな話は聞いていませんよ神様、と心の中で愚痴る。
「ところでタケヒトよ」
「……なんだ?」
「実は頼みがあるのだが」
「……」
「照れずに早く言え」
「実は…私は女なんだ。そのぅ…まだ、結婚適齢期なのに…そのぅ…」
「は?」タケヒトは思わず呆けた声を出してしまった。「何を言っている?」
「いやその、男装している理由はいろいろあるんだけどね、一番は私自身の問題かな」
「」話がよく理解できないタケヒトは首を傾げた。
「私の父はね、魔王の側近なんだけど、昔から女であることを酷く嫌っていてね。特に、結婚するなら男の格好をしてないとダメだって言われたからずっとそうしてるのよ。それにほら、私って顔がちょっと女の子っぽいから――……」
「なるほど」
「それでさっきも言ったけどさ、できれば結婚してもらいたいなって思って」
「はあ?」タケヒトはさらに訳が分からなくなって、とうとう変なものを見るような目つきで彼女を見るようになった。
ドラゴンからお嫁さんを護るのも大変だ
「いやだからね、結婚したほうがお互いのためになるっていうかさ」
「」なんで俺に求婚してんのこの人?!
「」この人が男じゃないの?! どう見てもそうだろ?! でもどうしよう?! こうやって見ると本当に綺麗だし……、でもだからといって俺にどうしろと?!
「」どうすればいいんだ?! 誰か教えてくれ!
「」頼むから帰ってくれ!
「」頼むから帰ってくれ!
「」頼むから帰ってくれ!
「」頼むから帰ってくれ!
「」頼むから帰ってくれ!
「」
タケヒトは無意識に世界最大級の召還魔法を放った。
ドカーン。
大陸ごと未来へワープした。
ここは東京都内のコンビニ。レジで客が揉めている。
「おい! お前ふざけんなよ! なんで釣り銭間違えてんだよ!」
「すまんのう。最近、目がしょぼしょぼしててのぉ。よく見えなくてのぉ」
老人は謝りながらもヘラヘラ笑っていた。
「そういう問題じゃねぇだろ!」
男は怒鳴った。
「お前、何回同じことやれば気が済むんだ!」
「そう言われてものぅ……」
「お前がボケてるせいで、こっちは迷惑してんだよ! それに何度言えば分かるんだ! この店では店員の態度が悪いとすぐにクレームが来るんだぞ!」
「それは困ったのぉ」
「だったら少しは自覚して気をつけろよ!」
「うーむ、善処します」
「それ絶対しないやつじゃねぇか! もういい! 帰る!」
男は怒りに任せて商品を乱暴に掴んで、そのまま出て行った。
老人は男が帰って行くのをぼんやり眺めていた。
するとそこへ、もう一人の若い男性が現れた。
「どうしたんですか? 何かトラブルですか?」
「ああ、このお爺さんが会計を間違ったみたいでの」
「え? それマジっすか? でもちゃんと確認したんですよね? それなら仕方ないですよ」
「仕方ない? こんなことが何度もあっていいのか? この店が潰れたらどう責任を取るつもりだ?ええ? どうしてくれるんじゃ? おい」
「あ、はい。すみませんでした」
「ふん、まったく最近の若者は礼儀も知らんのか」
「はあ」
「これでもワシは若い頃は、それはそれはモテたものじゃ」
「」ああ、
「しかし、皆、見た目で判断しおってのぉ。中身を見てはくれんかったわい」
「」あーあ、
「ワシはの、昔は真面目で優しい性格だったのにのぅ。いつからこうなったのか……」
「」あーあ、
「あ、そうだ! おじいさん! 今から飲みに行きましょう!」
「おお! それは良い考えじゃ! 今日はとことん飲むとするか!」
二人は意気揚々と店を後にした。
タケヒトは目覚めた。
ベッドの横にはサトミがいた。
「おはようタケヒトさん。気分はどうかしら?」彼女は心配そうな表情で言った。
タケヒトは起き上がって辺りを見た。清潔感のある白い壁に囲まれていて天井からはモニターが設置されている。テレビも置いてあり外の風景を映し出していた。
「ここはどこなんだ?」
タケヒトはサトミに訊いた。
「病院よ」
「俺がどうしてここにいるのか知ってるか?」
「あなたは公園で倒れていたところを発見されて、救急車で運ばれたのよ」
「そうなのか。俺はあの後、どうやって家に帰ったのか覚えていないんだ」
「あら、そうなの?」
「ところで、あいつらはどこにいったんだ?」
「彼らなら、用事があるからって帰ったわ」
「そっか」
「それよりタケヒトさん、体調は大丈夫?今夜の収録に穴をあけられちゃ困るわ」
「」え?
「」あれ?
「」そういえば、魔王は?
「」まさか、夢だったのか?
「」もしかして、俺が見たのは全部悪夢だったとか?
「」いやいや、そんなわけがない。
「何を言ってるの? 横浜アリーナで魔王と決着をつけるんでしょ?忘れたの?」
「あ、そうだった。思い出したよ」
「もう、しっかりしてよね」
タケヒトは思った。
「(そうか、これは現実だったのか)」
タケヒトは安堵の表情を浮かべた。
そのとき、タケヒトの携帯に着信があった。電話に出ると、相手はサトミだった。
タケヒトは魔王との決戦に備えて、とある場所にやって来た。そこは都内にある廃工場である。かつてここで、タケヒトと魔王が死闘を繰り広げたのだ。
魔王はタケヒトよりも先に来ており、すでに準備万端といった様子だった。タケヒトは、その姿を確認すると彼に近づき話しかけた。
すると彼はニヤリと笑い、タケヒトを睨みつけながら言った。
ようやく来たな。待ちくたびれたぞ。
タケヒトは、まあまあと手を振り落ち着かせるように言い、 さらに続けた。
実はあんたが生きていることは知っていた。なぜなら俺は未来から来たからだ。だからこうして、この場所に来たというわけさ。まあ、俺にとっては二千年後の未来だけどな。だがそんなことを魔王には言わず、あくまでも冷静に対処することにした。魔王のペースに乗せられてはいけないと考えたからだ。魔王はタケヒトの言葉を聞くと、フンッ、と言い不機嫌そうに目を逸らしてしまった。どうやら彼のほうが落ち着きを取り戻してきたようだ。
すると今度は、タケヒトをジロリと睨むように見つめながら口を開いた。
実はな、貴様を殺せなかったことで部下どもから色々言われているのだ。魔王の座を奪われるのではないかと不安なのだ。そこで考えたのだが――……。
その前に、と魔王は話を中断させた。そして突然服を脱ぎ出した。その体は筋骨隆々であり、とてもたくましいものだった。しかも肌は青白く、目は赤く光っている。
その瞬間、タケヒトは悟った。
タケヒトはとっさに身構えた。
次の刹那、両者はぶつかり合った。その力は互角であった。両者一歩も引かず、しばらく攻防を続けた。
だがタケヒトはすぐに、このままでは不利だということに気付いた。その戦い方はまるで素人同然で、隙だらけなのだ。そのことに気づいたタケヒトはまず距離を取り体勢を立て直すことにした。
タケヒトと魔王は互いに距離を離すと、再び対峙した。タケヒトは魔王の隙を突いて魔法を放った。その威力はとても弱く牽制程度のものでしかなかったが、魔王の動きを止めることに成功した。
魔王は焦りを見せた。そして苛立った声で言った。
なぜ攻撃してこない? するとタケヒトは落ち着いた口調で話し始めた。実は、これからあんたと話す内容を伝えるために時間稼ぎをしていたんだ。本当は、もう少し後に伝えるつもりだったんだけどね。
魔王は不思議そうに顔をしかめた。そんな魔王に対し、まず最初に伝えなければならないことがあるんだ。実は、今回の一連の騒動は全て俺の勘違いから生じたものなんだよ。
「はあ?」魔王は呆気に取られたような声を出した。
タケヒトはさらに話を続ける。
俺は未来からやってきたと言ったよな。それは信じてくれなくてもいいけど、これだけは分かってほしいんだ。
俺が過去にやらかしたことは決して許されないことだ。
それは分かっているよ。
「じゃあ、なんで戻ってきたんだ?」
それは……、過去を変えるためだよ。
「どういう意味だ?」
だからつまり、こういうことなんだ。俺は過去の出来事を改変し、未来を変えようとしたんだ。
そのために俺にはある能力が与えられた。それがこの魔法なんだ。
「未来だと?」
未来では、魔物がこの世界にやって来て人々を殺戮していった。もちろん、この世界でもそういう事態になったときのために準備を進めていたけどね。でも実際に起こったことは俺の予想とは全然違っていたんだよ。俺は魔王と直接戦うことを想定して作戦を練っていた。
「ちょっと待て、話が見えないぞ」
いいか、魔王。あんたと初めて会ったときのことを覚えているか?
「……」
魔王は押し黙ってしまった。どうやら、心当たりがあるらしい。そうだ、俺とあんたが初めて会った日だ。
「」もしかして、あのときの会話で何か気付いたのか? そう、それだ。
魔王は動揺した様子を見せ始めた。どうも心当たりがありすぎるようだ。
「それで何が分かったっていうんだ?」
あの日のあの場所でのやり取りが鍵だったんだ。
「どういうことだ?!説明しろ!」
いいだろう。じゃあ順を追って説明するよ。
あの日の朝、俺はあんたの城に行くと見せかけて別の場所へ向かったんだ。その目的は、当時の仲間に事情を説明することだった。俺は仲間とともに魔王討伐の旅に出ようと思っていたんだ。
「」おい、まさかお前たちだけで行かせろって言うんじゃないだろうな?
「」いや、それは無理だ。いくらなんでも危険すぎる。せめて俺たちのうちの誰かを連れて行くべきだ。じゃないと、みんなが殺されるかもしれない。
「」でも、
「」頼む!みんなの安全を考えるならこれが最善策なんだ! タケヒトが必死になって説得すると、魔王は渋々ながらも承知してくれた。それからタケヒトたちは魔王城へ赴き、事の経緯を全て伝えた上で同行を申し出た。
「」おいおい、マジで言っているのか?!本当ならヤバいどころの話ではないぞ?!下手したら世界が滅びかねない! 魔王は驚愕の表情を浮かべた。それは当然の反応と言えるだろう。しかしタケヒトは自信に満ちた顔で応えた。ああ、マジだぜ。それに今なら分かるだろ?あんたじゃ絶対に勝てないってことがさ。
「」た、確かにそうかもしれんなぁ。でも油断はできないぞ。魔王の強さは底知れぬものがあるからな。
「」ああ、それは俺も知っている。だから、こうして対策を立てたんじゃないか。
「」どんな方法を使ったんだ? それは教えられない。ただ、安心してくれ。きっと上手くいくはずだから。
「」分かった。信じるよ。
魔王は頼りがいのある大人でいい人だったよ
魔王は少し悩んだ様子だったが、最終的には承諾した。こうしてタケヒトたちの旅が始まったのである。タケヒトは、あの日のことを鮮明に思い出していた。魔王の言動から察するに、どうやらタケヒトたちが何を企んでいるのか全く理解できていないようだ。魔王は、タケヒトたちに不信感を抱いているようである。
「」で、どうやって過去に戻るつもりなんだ?
「」
まあ見てなって。
タケヒトは右手をかざし、魔法を発動させた。すると、タケヒトの目の前に映像が現れた。そこには一人の少女が映し出されていた。その髪の色は黒で長い髪を後ろで束ねていた。服装は着物で、腰には刀を差していた。彼女は真剣な表情で前を見据えている。
「」まさか、これは貴様の記憶なのか?
「」そう、その通りだ。
タケヒトはさらに続けて、映像を早送りするように指を動かした。すると場面が次々と切り替わっていった。
やがてタケヒトは手を止めた。すると映像に映る風景に変化が見られた。そこは荒れ果てた大地だった。草木は一切生えておらず、岩が転がっていて地面はデコボコとしていた。遠くの方には巨大な山がそびえ立っていた。
魔王は息を呑んだ。その光景は、あまりにも凄惨なもので、魔王はかつて自分が行ったことを思い出したのだ。
タケヒトは映像をさらに進めた。すると、どこかの屋敷のような場所の映像に切り替わり、そこでタケヒトと魔王の戦いが繰り広げられた。
「」なるほど、そういうことか。
魔王はすべてを理解したようで、納得したように呟いた。
「」これで分かったか?
「」ああ、よくわかったよ。つまり、貴様は俺を殺すためにここに来たわけか。
タケヒトは首を振った。
違う。俺は未来を変えたいだけだ。そのために魔王の力が必要なんだ。
「」
ほう……。
そこでタケヒトの脳裏にある考えが浮かんだ。そして、それを口に出すことにした。
ところで、魔王は人間と仲良くしたいと思っているのか?
「」ふん、馬鹿にするな。そんなことできるはずがない。
タケヒトは思った。やはりな、と。そこでタケヒトは、自分の計画を話すことにした。それは実に単純なものだったが、実行するのは容易ではなかった。
まず、魔王に協力してもらう必要があった。そのために必要なことは、魔王を改心させることだ。そうすれば自然と人間と共存しようとする意識が生まれると思ったからだ。
「」
魔王は、しばらくの間黙ったままだった。そして静かに口を開いた。
もし仮に、私が協力しなかったらどうするつもりだ?
「」そのときは、力づくでも連れていくさ。
魔王はしばらく考えたあと、フッと笑みを浮かべた。
「」面白いじゃないか。やってみるがいいさ。タケヒトは、ありがとうと言って礼を言った。
こうしてタケヒトと魔王の協力関係が成立したのだった。
その後、タケヒトは魔王を連れて過去の世界へと戻った。魔王は終始不機嫌そうな顔をしていたが、タケヒトは気にせず話を進めた。
タケヒトはまず、魔王に人間のことを好きになるように仕向けることにした。そこでタケヒトは、ある人物に会いに行くことに決めていた。その人物は、タケヒトが未来から来たときに最初に出会った人物である。彼は、とある村で村長をしている。その村に行けば、魔王が興味を示すような何かがあるに違いないと考えたのだ。その道中でタケヒトは、魔王の過去について訊ねてみた。魔王は、その質問に対してあまり語りたくなさそうな態度を見せたが、渋々答えてくれた。その話は、タケヒトにとって衝撃的なものだった。
魔王は元々は普通の青年で、名前はサトルといった。彼の両親は、ある日突然魔物によって殺された。魔王は両親を殺した魔物たちを憎んだが、同時に自分も魔物になってしまうのではないかと恐れていた。だがそんなある日、魔王はある不思議な体験をしたのだという。
魔王は夢を見たという。その夢の中に出てくる場所は森で、自分は森の中にいたらしい。そしてそこに現れた奇妙な生物と一緒に行動することになったそうだ。
魔王はその生物の言葉を理解できたらしい。
魔王は、その生物からいろいろなことを教えてもらったそうだ。しかしある時を境にして、その生物は姿を消してしまったらしい。
それから魔王は自分の能力に気付いたそうだ。どうやら魔王の能力というのは、相手の心を読むことができるというものらしい。だが魔王は、この能力をずっと隠し続けてきたそうだ。
魔王は、自分が魔物になってしまったのではないかと思い込んでいたようだ。そのため、他人と深く関わることを恐れていたという。そんなときに出会ったのが、その謎の生物だったという。魔王は、その生き物に親近感を抱いたそうだ。それから魔王は、その生物を探し続けていたらしい。
魔王は、その生物のことを思い出すたびに胸を締め付けられるような痛みを感じていた。それほどまでに魔王にとっては大切な存在だったようだ。
魔王の話を聞いているうちに、タケヒトは何とも言えない気持ちになっていた。もしかすると、この男は本当に悪い奴ではないのかもしれないと感じたからである。
やがて二人は目的の村に到着した。魔王は初めて見る景色に興味津々の様子だった。タケヒトが魔王に話しかけると、魔王は素っ気ない態度で返事をしたが、どことなく嬉しそうな雰囲気を漂わせていた。
タケヒトは、その村の村長の家を訪ねた。タケヒトが用件を伝えると、しばらくして家の中から一人の老人が出てきた。その顔を見て、タケヒトは驚いた。なぜなら、タケヒトが想像していた人物像とはかけ離れた姿をしていたためだ。タケヒトは一瞬戸惑ったが、すぐに気を取り直した。そして、挨拶をして名を名乗った。
すると、その老人は目を大きく見開いた。
もしかして、君はタケヒト君かい?! タケヒトは驚いて声が出なかった。
まさか、お爺ちゃんのことを覚えているの?! その言葉を聞いた瞬間、タケヒトの頭の中で何かが弾けた。そして、次々と記憶が蘇ってきた。
そうだ、俺はこの人を知っている。俺は、この人に命を助けられたんだ。
その日、俺は一人で散歩をしていた。俺はいつものように森へ行って遊んでいた。俺は木登りが得意だったので、木の上に登って辺りを見渡していた。すると、遠くの方で何かが動いているのが見えた。俺は不思議に思って目を凝らした。すると、それが動物だということが分かった。俺はわくわくしながら、さらに観察を続けた。すると、それは大きな熊だということが分かって、俺は恐怖を感じた。
どうしよう、逃げなきゃ……! 俺は怖くなって、その場から逃げ出した。それから俺は必死になって走った。すると運良く、崖の下に落ちることができた。助かったと思いながら下を見ると、そこは谷底になっていてとても深かった。しかし、安心することはできなかった。俺は必死に上を目指したが、途中で体力の限界を迎えてしまい、そのまま意識を失ってしまった。
次に目が覚めたときには、俺はベッドの上で横たわっていた。周りを見渡すと、そこには知らない大人たちがいて俺のことを見ていた。彼らは俺が起きたことに気づくと、大喜びした。どうやら俺のことを心配してくれていたみたいだ。
そのうちの一人が俺に近づいてきて、大丈夫かと声を掛けてきた。俺がうんと答えるとその人は良かったと言って笑顔を浮かべた。その人の顔はとても優しかった。
しばらくすると、俺のお腹が鳴ったのでみんなで食事を取ることになった。その人が言うには、俺の両親は俺を庇って死んでしまい、俺だけが生き残ったのだと聞かされた。
その夜、俺の心は悲しみに包まれた。両親がいなくなってしまったという事実を受け入れることができなかったのだ。
次の日になると、俺は外に出て両親の墓を作ることに決めていた。俺の両親はどんな人たちだったのか知りたかったのだ。
穴を掘っていると、背後から誰かの視線を感じ取った。振り返ってみると、そこには昨日のあの男の人がいた。どうやら俺の後を追ってきたようだ。
こんにちは、おじさん。
俺が挨拶をすると、彼は俺を睨みつけてきた。
俺はおじさんのことが怖いと感じていた。そのせいで体が震えていた。だけど、勇気を振り絞って話しかけることにした。
ねえ、お父さんとお母さんはどんな人だったの? その質問を聞くと、彼は険しい表情になった。そして何も言わずに去って行った。
その日の夜、またあの男の人と会った。その人も両親のことを知りたいらしく、墓を作るのを手伝ってくれると言った。
二人で協力して作業を進めていると、彼が俺にこう言ってきた。
お前はどうしてそんなに泣き虫なんだ?その質問に対して、俺はうまく答えられなかった。ただ、悲しくなって泣いてしまうということを伝えた。
すると彼は優しく微笑んでくれた。そして俺の手を握ると、こう言った。
いつかきっと強くなれよ。
彼の手は温かく感じた。その手がまるで父親のようだと思い、俺は彼に抱きついた。すると、彼も抱きしめ返してくれた。
やがて墓が完成し、俺たちは両親の名前を書いた。
タケヒトは思い出したのだ。自分の本当の父親を。
タケヒトは涙を流した。その涙は止まらなかった。
俺の父親は、俺が生まれる前に病気で死んだんだ。だから俺は、一度も父さんの顔を見たことがなかったんだ。
俺には兄貴が一人いたんだが、そいつは親父が死ぬと同時にどこかに行っちまったよ。それ以来、俺はずっと独りぼっちだったんだ。
その話を聞いたタケヒトは、魔王に謝罪した。
ごめんなさい……。
魔王は何も喋らずに黙り込んだままだったが、やがて口を開いた。
もういいさ。それに今更謝られても遅いんだからな。それよりも早くここから出してくれ。
人生って何かわかったようなわからないような。でも両親に言いたい。ありがとう
魔王は苛立った様子でそう言った。タケヒトは、わかったと答えた。
その後、タケヒトは魔王を連れて過去へと戻った。そして、これから起こる出来事について話した。
まず最初に、魔王に人間と仲良くなるよう説得することにした。そうすれば、自然と人間と仲良くしようとする意識が高まると思ったからだ。魔王は最初こそ嫌そうな顔をしていたが、最終的には協力してくれると言ってくれた。
タケヒトはホッと胸を撫で下ろした。これで一歩前進することができたからだ。
魔王の説得に成功したタケヒトは、次に過去の世界で魔王と出会った場所に向かった。そこで魔王は、不思議な生物と再会することができた。魔王様は、相変わらずですね。
その生物は、魔王に向かって笑いかけた。魔王は少し照れ臭そうな顔をして笑った。
魔王は過去の世界では普通の青年として過ごしている。その生活に満足しているようで、毎日が楽しいと言っていた。
それから魔王は、未来の世界に戻ってからも頻繁に過去の世界を訪れるようになった。魔王は過去の世界が好きになり、よく遊びに行くようになっていた。そんな魔王の姿を見ているうちに、タケヒトは少しずつだが魔王に対する警戒心を解いていた。
魔王は変わったのだ。タケヒトはそう思うことにした。
そんなある日のこと、タケヒトは魔王に頼み事をされた。なんでも、未来の世界にある楽器をいくつか作ってほしいのだという。
なぜそんなことを頼むのかというと、音楽が好きなのだと魔王は語った。魔王は今までずっと孤独だったため、暇があれば音楽を聴くようにしていたそうだ。そんな時に出会ったのが、音楽茶釜速報という日本の音響番組だったらしい。最初は興味本位で聴いていたが、そのうちに夢中になっていったそうだ。魔王はすっかり音楽の虜になっていた。
それを聞いたタケヒトは嬉しくなった。なぜなら、魔王が自分のことを仲間だと認めてくれたような気がしたからである。
タケヒトは、魔王のために新しい楽器を作ることを決意した。
魔王に頼まれてから数日後、タケヒトは魔王に頼まれて新たな楽器作りに取り掛かった。魔王はどんな楽器を作りたいのかをタケヒトに伝えた。魔王は、とにかくたくさんの種類の楽器を作ってほしいと頼んできた。
タケヒトは困ってしまった。なぜなら、魔王の要望が多すぎてどれから取り掛かればいいのかわからなかったからである。
とりあえずタケヒトは、魔王に要望を聞きながら必要な材料を集め始めた。
それから数日が経った頃、タケヒトはようやく全ての準備を整えることに成功した。
魔王は完成した楽器を見て感動していた。早速試してみたいと言い出したので、タケヒトは魔王を人気のない場所に案内した。
魔王が演奏を始めると、タケヒトの予想以上に素晴らしい音色が響き渡った。
魔王の演奏が終わった後、タケヒトはその出来に満足していた。
魔王も大喜びだった。そして、この楽器の名前は『ミュージックチャガマ』にしようと決めた。
魔王がこの楽器で演奏しているところを、俺は一度見てみたいな。
タケヒトがそう呟くと、魔王も同意した。魔王が言うには、近いうちに演奏会を開く予定なのだそうだ。
その時は、ぜひ見に来てくれ。
魔王は嬉しそうにそう言った。タケヒトは笑顔で約束すると言った。
魔王が未来の世界へ帰る日が来た。タケヒトは寂しくなりながらも、別れを告げる。
じゃあな、元気で暮らせよ。
タケヒトの言葉を聞いて、魔王は複雑な表情を浮かべた。
ああ、お前もな。
魔王がそう言い残すと、その姿が消えていった。
こうして、タケヒトは無事に現代に戻ることができたのである。
―――
「……それで、タケヒト君は過去に飛ばされて戻ってきたのね」
タケヒトは、女の問いに静かにうなずいた。
「……はい。俺は、魔王と一緒に未来へ帰りました。そして、現代の世界に帰ってきたんです……」
女は何も言わなかった。ただ、真剣な表情で話を聞いていた。
「これが、俺が体験してきたことです。信じてもらえますか?」
「ええ、信じるわ」
あっさりと肯定されて、タケヒトは驚いた。「……どうして、こんな突拍子もない話を信じられるんだ?」
その質問に対して、彼女は優しい口調で答えた。
「だって、あなたが嘘をついているようには見えないもの。それに、私も同じ経験をしたことがあるからわかるのよ。私は、過去の世界に行ったことがあって、そこで出会った人に助けられたという経験があるの。その人は、私の命の恩人でもあるわ。その人がいなかったら、今の私が生きていることはなかったでしょうね……」
彼女の言葉からは、強い想いが感じられた。
「……その人には、感謝してもしきれなかったわ。でも、その人に会うことは二度と叶わなかったの。その人の名前さえ知ることができれば、どれだけ良かったか……!」
その声は震えていた。
それからしばらくの間、二人は沈黙したままだった。
先に口を開いたのは、タケヒトの方だった。
「俺は、どうすればいいのかな?どうしたら、みんなを助けることができるのかな?俺はどうすればいいのかわからないよ……」
タケヒトは、苦しげな表情で悩みを打ち明けた。
その様子を見かねた彼女は、優しく語りかける。
「あなたのやるべき事は決まっているじゃない。自分の両親を助けるのよ。そして、仲間たちを助けてあげて。それができるのは、タケヒト君だけなんだから」
タケヒトはハッとした。そして、何かに気付いたかのように目を見開いた。
俺のやることは一つしかない。俺は、みんなのためなら何でもできる! その瞬間、タケヒトから放たれていた禍々しいオーラは綺麗に霧散した。
タケヒトは決意を新たにした。そして、絶対に両親と仲間を救うと心に誓った。
その日の夜、タケヒトは夢を見た。それは、かつて自分が過ごしていた日常の夢だった。そこには、両親と兄の姿が映し出されており、とても楽しそうに暮らしていた。
翌朝、タケヒトは目を覚ましてすぐに家を出た。向かう先は、自分の実家だ。
家の前に到着すると、そこにはタケヒトの家族の姿があった。母親はタケヒトを見ると泣き崩れてしまった。父親は泣きそうになるのを必死で堪えていた。
タケヒトは、家族の元へ向かった。そして、何も言わずに抱きついた。
すると突然の出来事に、両親は驚き戸惑っていた。
タケヒトは、今までのことを全て打ち明けることにした。自分は異世界から来た存在だということ、魔王と戦ってきたこと、魔王に協力してもらって過去に行き、両親の死の運命を変えることに成功したということなどを話した。
タケヒトは、これまで自分が抱えてきた不安を吐き出した。そして、これからもずっと一緒に暮らしたいという気持ちを伝えた。
すると、父は泣きながらタケヒトを抱き締めた。母は、そんな二人を優しく見守った。
タケヒトは、父と母に本当の名前を教えた。
その名は、タケヒト・シンヤといった。
タケヒトは、両親とともに暮らすことになった。だが、いつまでも過去の世界で暮らすわけにはいかないと考えた。そのため、両親には一時的に別の世界へ移住してもらうことにした。
そこでタケヒトは、ある提案をする。
俺が過去に行って両親の死を回避できたとしても、必ずまた誰かが死ぬことになるんだ。だから、俺は両親の代わりに俺の仲間を守っていこうと思うんだ。
その意見に対して、父も賛成してくれた。タケヒトが旅立つ時がやってきた。
父さん、母さん、今まで育ててくれてありがとう。
タケヒトはそう言って、別れを告げようとした。しかし、父さんに止められる。
ちょっと待ってくれ。
父さんはそう言うと、タケヒトに小さな箱を手渡した。
これは、父さんと母さんの宝物が入っている物入れだよ。これを持っていきなさい。
タケヒトは、父からの贈り物を受け取った。
それからしばらくして、タケヒトは旅立った。
これから先、何が起きるのか誰にも分からない。それでもタケヒトは自分の道を突き進んでいくだろう。
タケヒトの旅路に幸あれ……。
※この作品はフィクションです(笑)
プロローグ 西暦二〇九五年四月某日―—東京都心部から車で一時間ほどの山奥にひっそりと佇む、