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さよなら、幽霊さん(第二章)12
「ねぇ、この【映える三種のスペシャルチョコクリーム&ホイップの季節のイチゴパフェ♡】を頼みなさい!」
麗が学校に付いてくるようになってから一週間が経過したこの日、放課後になっていきなり僕を街の方に連れ出したかと思えば、やってきたのは女子高生御用達の映えるスイーツが人気のカフェだった。
「にっ……二千八百円!?」
彼女が僕の目の前に突き出したメニュー表に書かれた値段を見て思わず声が出た。高い、高すぎる。一体何を使ったらこんなに高額な食べ物が出来上がるのか。念のためいつも持ち歩いている財布を開くと、三枚の千円札と五百円玉が二枚寂しげに鎮座している。普段祖父から不定期に貰っている小遣いを特に使い道もなく貯めていたが、まさかこんな形で使い果たすことになろうとは思わなかった。麗のこちらを見る期待に溢れた目に抗えずに渋々店員さんを呼んだ。
「ご注文を伺います」
「え~っと……」
いきなり連れてこられて気づかなかったが、よく見ると店の内装は濃いピンク色に染め上げられたもので、辺りを見渡してもケーキやパフェにカメラを向ける若い女性客しかいない。普段こんな場所とは縁遠い僕がこのメニューの名前を口にするのにかなり抵抗がある。周りの人からは麗の姿は視えないため、陰気臭い男が一人このパフェを注文しているようにしか見えないのだ。それを認識してから、急に恥ずかしくなってきた。
「……これ一つください」
「かしこまりました」
メニュー表を指さして注文した。
「ご一緒にドリンクはいかがですか?」
そう言われてメニュー表のドリンク一覧の値段を見て絶句した。
「いや……結構です」
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「うーん、ちょっと甘ったるすぎるわねこれ」
「人の三千円を溶かしておいてその感想なのか」
「しかたないじゃない、物珍しさに初めて食べるものの感想なんてそんなものよ」
目の前には少し微妙そうな表情の麗と、値段の割には小さすぎる空になったパフェグラス。先程の彼女の言葉通りずいぶん甘ったるかったのか、かなりの時間をかけてパフェを少しずつ食べていた。
「そういえば、お前が何かを食べている様子って普通の人にはどう見えるんだろうな。ひとりでにスプーンが浮いてパフェが減ってるように見えるのか」
「さぁ?けど他の人に怪しまれているような目で見られたわけじゃないし、どちらかと言えばあなたが今虚空に向かって独り言を呟いているように見える可能性の方を心配した方がいいんじゃない?」
そう言われて反射的に周りを見渡したが特に僕を不審そうに見る人はいなかった。
「はぁ……幽霊に付き合うのも骨が折れるな」
僕の呟きを気にも留めずに麗は店の外に向かっていく。仕方なく財布を持ってレジへと向かった。
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「一名でお待ちの城崎様ぁ!!テーブル席ご案内でーす!!」
「いらっしゃい」
活気の良い声が響き、接客係の店員に店内の左端のテーブル席に案内される。見渡すと、四卓のテーブルと、六台のカウンター席がこじんまりと並ぶ木造建築の店内。厨房から響く油の|撥《は》ねる音が少し心地いい。
「へい、おまちどおさん」
しばらくすると不意に不愛想な店主が現れ、テーブルの中心に|丼《どんぶり》を置いた。
「………まだ食うのかよ……」
鼻腔を突き抜ける独特な獣臭とそれを含んだ白い湯気が視界を覆う。僕はそれを麗の目の前に差し出した。
「わぁ…おいしそう!」
目を輝かせる麗の前には豚骨ラーメンがあった。彼女は慣れない手つきで白濁したスープをレンゲで口に運び、ちびちび飲む。
「……!!おいしい!!」
先程食べたパフェと違って食べる手が止まらないようで、美味しそうに麺を|啜《すす》ってはメンマと|叉焼《チャーシュー》に|齧《かぶ》り付きながら握った箸で面を|掬《すく》い上げるように必死に食べている。
「……なぁ、麗」
「……ん?なに?」
上機嫌な麗を見ていると、今聞きたかったことを本当に今この時聞くべきなのか迷ってしまって質問を変えた。
「…麗の未練って、あと何個あるんだ?」
「うーん、そういわれても具体的に何個かは自分でもわからないわ。ただ生前にやりたかったことを思い出してはあんたに手伝ってもらってるだけだから」
「……今のところ《《手伝う》》よりも《《奢る》》ほうが多い気がするんだが」
「それは仕方ないじゃない」
丼をもって豪快にスープを飲み干すと、麗は僕の方をじっと上目遣いで見つめる。
「はぁ…わかってるよ」
「ありがとう、私お金持ってないから……」
僕がレジの方へ向かうと、麗は満足げな表情で|暖簾《のれん》の下をくぐっていた。
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「ねぇ、じいちゃん」
「?なんかね」
ラーメン屋の前で麗と別れてから帰宅し、祖父と夕飯を食べている。祖父が先ほど捕えてきた穴熊の角煮を噛み終えたのを見計らってから僕から話しかけた。
「いっつも僕お小遣い不定期にもらってるけど、それを月毎にしてもう少しだけ金額上げてほしくてさ……駄目……かな?」
「それはええが、なんに使うんかね。最近遅ぉ帰りよるけど、それと関係あるんかね」
「うん、最近よく遊ぶ友達ができてさ。そいつと付き合ってるとちょっとお金使うことが多くなってさ……。別に無駄遣いしてるわけじゃないから……」
「三千」
ぶっきらぼうに祖父がそう言った。
「え?」
「月、三千円でええかね?」
「そ、そんなにいいの?」
今まで不定期に買いたいものがある際に五百円を貰ったり、誕生日に千円を渡されたりすることがほとんどだったため、その金額を聞いて驚いた。
「最近の高校生は金がよぉけ要るってテレビで言うちょったけぇ。心配せんでも稼ぎはあるけぇ」
「うん……ありがとう、じいちゃん」
その後は特に会話はなかったが、祖父の表情はいつもよりも少し柔らかい気がした。
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「ありがとうございましたぁ!!」
威勢のいい声で店を後にする最後の客に頭を下げた男は、頭に巻いたタオルを外しながら厨房に向かう。
「おやっさん、最後のお客さんお帰りになりやした!!」
「おう、おつかれ」
そう不愛想に店主が叉焼を斬りながらぼそりと呟く。
「そういえばおやっさん、今日のお客さん不思議な子いましたね~」
「……?不思議っちゃ誰かね」
「ほら、夕方五時くらいに来た高校生の男の子っすよ。お一人様だったからカウンター席案内しようとしたんすけど、どうしてもテーブル席がいいっていうもんだから変わってるなーって。ほら、おやっさんにもそん時言ったじゃないですか!!」
「……今日一人でテーブル席使うちょる高校生のお客さんなんておったかいのぉ、小学生くらいの小さい白い服着た女の子連れちょる高校生の男の子は見たけど」
「……え?今日小さい女の子のお客さんなんていないっすよ?」
「おったよ。左端のテーブルにおったお客さんじゃろ?一人分しかラーメン頼まんと、男の子は全く食べずに女の子が美味しそうにラーメン全部食うちょったわ」
「えぇ!?男の子が一人で全部平らげてたじゃないっすか!おやっさん疲れて何かと見間違えてたんじゃないっすか?」
「………そうかいね」
「そうっすよ!湯気か何かと見間違えたんすよきっと!」
「それかね……」
店主は叉焼を冷蔵庫にしまいながら接客係の店員を見送ると、件のテーブルを見やった。
「《《おらんかった》》、か」