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【第二部】第五戦区「絶体絶命」
「……っ!?」
突如アースは背筋が凍りつくような殺気を感じて背後を勢いよく振り向くが、そこに敵の姿はない。
「?アース、どうしたんだ?」
アースが呆然としたまま固まっていると、フェイがそのアースの様子に気づき、心配そうにしながらそう尋ねる。
「あっ…いえ、何でもないです。ただ、何かすごい寒気がして…。」
アースはハッとして首を横に振り、作り笑いを浮かべて、何もないよとそういうが、両腕をさすり、背中を丸めて体を震わせた。
「何でもなくはねぇだろ…寒気?んなもん何も感じないぞ。」
イーサンがその様子を不機嫌そうに眉を顰めたまま、鼻で笑ってそう返した。だが本人も多少の違和感は覚えているようで、すぐに口を閉じて無言で、ルミナスがある方角を見つめた。
「………っ!イーサン後ろ!!」
フェイが突然何かに気付いたようで、声を荒げ、焦った形相でイーサンに声をかけた。
「っ!?」
イーサンはすぐ気づき、後ろを振り向き、そのままの勢いを利用し後方へと素早く飛び退いた。そして、敵がいる方向をじっと鋭い目つきで睨みつける。
「貴様らに俺個人の恨みはないが…生かしておくと面倒になりそうなのでな。今ここで全員殺す。」
砂埃の中から現れたのは、ルミナスにいたはずのアルヴァレックだった。セシルの遺体を運んだ後、いずれ脅威となりうる帝国軍を完全に潰しにかかろうとしているのだろう。
無表情で淡々とした口調のまま恐ろしいことを言い放つその姿は、帝国軍よりも「悪魔」に思えた。
「だ、れこの人っ、威圧感すごいんですけどっ…!!」
ナディールは冷や汗を流しながら、その場に縫い付けられたように動けずにいた。
「僕があなたを倒して、みんなを守って強くなるんだ!!」
アースは刀剣を抜き、アルヴァレックの方へと刃先を向けて、覚悟を決めた声でそう叫ぶ。
「…死ね。」
アルヴァレックはそう言った途端、アースの前から姿を消したかのように見えたが、実際は目に止まらぬ速さでアースの懐に潜り込み、その切先をアースの喉元へと突き出していた。
「っと!危ないなぁ!大事な後輩を死なせるわけにはいかないよ!!」
絶体絶命と思われたその瞬間、フェリックスは間一髪のところでアースとアルヴァレックの間に入り、アルヴァレックのその重い一撃を"片手で"受け止めていた。手袋をはめているおかげで、ダメージは少ない。
フェリックスは明るい笑顔を崩さぬまま、片手で受け止めてアルヴァレックの刀を離さず、足を振り上げてアルヴァレックの腹につま先で強烈な蹴りを入れる。
「っ!?」
予想外の攻撃にアルヴァレックは一瞬目を見開き、無表情のポーカーフェイスを崩して顔を歪めながら、片手は刀の鞘から離さないまま、体を捻じ曲げるようにしてひねり、その勢いでフェリックスの顔の横から回し蹴りを入れる。
「おっとぉ!?痛いねぇ…!!」
フェリックスも衝撃でわずかに体勢を崩し、アルヴァレックはその一瞬の隙をついて、フェリックスの手を刀から話して後方へとバックステップをして距離を取る。
「オラァッ!!」
すかさずその背後からイーサンが低い姿勢から腕を振り上げ、持っていた大剣でアルヴァレックの刀を弾き飛ばした。
刀は空中で円を描くようにクルクルと回り、息を切らして立っているナディールの目の前へと突き刺さった。
「ナディール!それを持って遠くへ行け!」
イーサンは必死の形相でナディールへと叫びかける。
「っ!!わかりましたっ!!」
ナディール羽目に涙を溜め、ポロポロと涙を流しながら、突き刺さったアルヴァレックの刀を抜き、誤って自分の体を傷つけないように気を付けて持ちながら、背を向けて遠くへと走っていった。
「この下等生物どもが…。」
アルヴァレックが小さく舌打ちをし、背後にいるイーサンを殴ろうと拳を強く握って力を込め、イーサンの方へと突き出す。
「そうはさせないよ!!」
フェイが割り込み、その拳を自身の腕を顔の前でクロスさせるように組んで受け止める。
「っ、あんた、化け物かい…!?」
その重すぎる威力にフェイは冷や汗を流し、腕を折れかけさせながらも足に力をこめてその場にとどまった状態で踏ん張り続ける。
「僕はもうっ、あの時の弱いやつじゃないんだああぁぁ!!」
アースがアルヴァレックの背後から、刀剣の持ち手を両手でしっかりと握ったまま、アルヴァレックの首元目掛けて振りおろす。
「次から次へと…!!」
アルヴァレックは拳を引っ込め、地面を強く蹴ってその場から脱出し、数メートル離れたところで息を整えた。アースの振り下ろした刀剣は空を切るも、アースはアルヴァレックの方向を見据え、再び構えた。
だが、アルヴァレックはアースたちの方は見ず、遥か遠くに見えるナディールの姿の方を一瞥すると、アースたちを無視して踏み込んで地面を再度強く蹴って、ナディールを追いかけた。
「まずい……!!ナディール!!!」
フェリックスがアルヴァレックは"刀を取り戻すために"向かったのだとすぐに察して、ナディールの遠くにある背中に向けて叫んだ。イーサンは素早くその場から離れ、アルヴァレックの後を追った。
「はぁっ、はぁっ…!」
ナディールは息を切らせながら、距離を取ろうと必死に足を動かし続ける。だが、背後からはアルヴァレックが、ナディールを捉え、追いかけてくる。
「いやっ、!あっ!」
ナディールは振り返り、恐怖で涙を流し、必死に走り続けるが、途中あった石につまづいて転んでしまい、足を怪我してしまう。刀もその反動で前へカランと音を立てて落ちる。
「いった……。」
擦りむいてしまったのか、足に血が滲んでいた。と、座り込むナディールの周りに影が刺す。
ハッとして顔を上げれば、そこにはいつの間にか追いついてきたアルヴァレックが、ナディールを冷酷な眼差しで見下ろしていた。
「っあ………。」
恐怖で顔が引き攣り、言葉が出ないナディールに対し、アルヴァレックはその横を通り過ぎたかと思えば、落ちた刀を拾い上げ、土を落とすため軽く一振りすると、ナディールの方を振り返った。
「…雑魚か、俺の刀に気安く触るな。」
そう冷たく吐き捨てると、アルヴァレックは剣をナディールの心臓がある左胸へと突き出す。ナディールは咄嗟に身構えた。
グサッ。
鉄が肉を貫くいやな音が聞こえる。だが、いつまで経っても痛みは感じない。
ナディールは呆然として顔を上げた。そこには、信じられない光景があった。イーサンが、ナディールの目の前に立ち、その剣を自身の肉体で受け止めていたのだ。
剣の刀身がイーサンの左胸を深く突き刺し、貫通していた。イーサンの胸付近が血に染まり、ボタボタと地面へ流れ落ちていく。
「いやっ、あああぁぁぁ!!」
ナディールは突然の出来事に耳を両手で塞ぎ、現実から目を背けるように目を閉じて高い悲鳴をあげた。
「くっ、…ガハッ、!」
イーサンは歯を食いしばりながらも、血を口から吐き、軍服を赤く染めていく。
「………弱い者を庇うのか…全く、お前らはそうするのが好きだな。」
アルヴァレックはそれを見て呆れたようにため息を一つつくと、イーサンの胸を貫いていた剣を一気に引き抜いた。イーサンの胸から血が吹き出し、激痛がイーサンの全身に走るが、イーサンは膝を地面に突こうとはしなかった。
「早くっ、行けッ、、!!」
イーサンは血が混じった少し掠れた声で背後にいるナディールへと怒鳴り、促した。
「っ、でも…!!」
「いいから行け!!」
ナディールはイーサンを置いていけないと逃げるのを躊躇したが、イーサンの2回目の怒号に言葉を飲み込み、後ろへと駆け出した。
「(…あの時の"あいつ"みたいだな…。)」
イーサンは振り返り、その後ろ姿を見て、珍しく、ほんの数ミリだけ口角を上げて微笑んだ。
「フェイ、あとは頼んだぞ。」
無線の通信機へとそう言い渡す。無線の向こうからはフェイの叫びが聞こえるが、イーサンは通信機のスイッチを切り、力無く俯いて、腕もダラリとたらし目を閉じて、動かなくなる。
火炎を操る能力を持つ者の命の灯火は消え失せ、その場に直立したままぴたりと静止して死んでいた。
自身の命よりも後輩の命を優先した、不器用なイーサンの最期であった。
アルヴァレックはイーサンが死んだのを確認すると、剣を腰の鞘へと納め、イーサンの死体に背を向けて立ち去った。
「…まぁ、お前のその勇敢な心だけは認めよう」
同じ軍人として、アルヴァレックは振り返らないまま、ポツリと、敬意を示したようにそう呟いた。
(第五戦区:絶体絶命 終)
【今回の死亡者】
帝国軍 第零特殊異能連隊上等兵:レオナルド・イーサン
ー【次回予告】ー
第六戦区「覚醒」