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明日のおやすみ
駅の構内にあるタリーズでレポートを片付けていたら、隣のテーブル席に人が座る気配がした。
ラテの入ったマグを取るふりをしてさりげなく視線をあげると、同年輩と思しき若い女の子が席についている。私同様、連れはおらず一人だ。
水色と紺と白のジャージにデニムパンツというラフな格好で、彼女は生成色のトレーを机に置いた。うす紫のスムージーと、ミルクっぽいパスタがのっている。
彼女の目はやや小さめで、丸い。くすみピンクのアイシャドウで目元がいろづいている。アイラインは引いていない。鼻は高く、独特の曲線をえがいていた。肌が白い。ファンデーションを塗っているようだが、下にうっすらとそばかすが浮いていた。唇はほのかに赤い。黒髪を高く一つに結い上げている。
ふしぎな人だった。オシャレではないけれどダサくもないし、しっかりメイクをしているようでいてかなり気が抜けている。ジャージの袖から覗く手指が綺麗だった。骨の形がしっかりしている。
彼女は手を合わせるそぶりもなくスムージーを取ると、音を立てずにのんだ。
もったりとしたスムージーが彼女の吸引でずるずると移動するのがわかる。彼女は無表情のまま瞬きした。どこも見ていないような目。まつ毛が短いが、多い。
スムージーを置くと、フォークを手に取った。乳白色のソースがかかったパスタをくるくると巻き取り、口に運ぶ。きゅ、きゅ、と麺が歯にこすれる音がくぐもって聞こえた。途端に自分が彼女の観察に集中していた現実が戻ってきて、目を逸らす。
しばらくレポートに意識を注いだ。喋り声、フォークが皿に当たる音、BGM、足音。構内の騒音は鼓膜に侵入しても脳まで届かない。
大半を書き終えてふと顔をあげると、隣の彼女はすでに食べ終わってスマホをいじっていた。パスタの皿にいじらしくソースがまつわりついている。スムージーは三分の一ほど残されていた。好みの味でなかったのだろうか。
いけないと思いつつも、無防備に画面を晒して見ている彼女のスマホをそれとなく覗いてしまう。インスタ、X、チャットGPT。大量の文字や絵や画像が現れては消えてゆく。
彼女の指がメモアプリを押した。一番上に出ていたメモに、目が釘付けになる。
「明日のおやすみ」。黒字ゴシックのタイトルで、確かにそう書かれていた。
なにかの歌だろうか。小説だろうか。詩だろうか。「おやすみ」というのは休暇のことを指しているのか、それとも寝る前の挨拶としての「おやすみ」か。後者の方が私好みだ。たちまち思考がふくらんでいく。
タイトルの下には、半分の大きさの細字で綿々と文章がつづられていた。内容までは読み取れなかったが、行間や句点から察するに、小説の類であるらしい。
彼女は数秒画面を見つめたのち、メモアプリを閉じてスマホの電源を消した。東京ディズニーランドの白いトートバッグをスマホにしまい、トレーを持って立ち上がる。
「彼女がレジで会計を済ませて出ていってから、Googleで「明日のおやすみ」と検索してみたが、ヒットしない。ということは、あれは彼女のオリジナルな造語だったのだろうか。しかし、どうも小説やタイトルであるように見えた。
もし小説ならどこかで読んでみたい、と思いながら店を出た。