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Ⅲ「政変」Ⅲ
「人間の病など分かりませんよ」
「承知の上です。ただ、鬼人の貴女が来てくだされば、治る手がかりを掴めるかも知れない。そういう病なのです。詳しいことは、無事に我が家へ辿り着くまで、お伝えできませんが」
どうも判然としない。
これは何かの罠か、もしくは彼の勘違いによるものだと推測せざるを得なかった。
「なぜ? 昔、人間の間で『鬼人の血を飲むと、不死の身体が手に入る』などという噂が流れたようですが、あれは迷信ですよ」
そう告げると、ナナヤは私の懐疑心を受け取って眉を寄せ、思案顔になった。優しい人が本気で困っている様子に見えなくもない。
「申し訳ございません、ラヴ殿。決して、そのような理由ではないのです。……そうですね、貴女がここに閉じ込められている間に起きた、五年前の出来事からお話しすべきでしょう。トゥグル王が崩御された年のことです」
ナナヤの声が、耳鳴りのように私の頭の中で鳴り響く。
「……崩御?」
呟いた私の声は、狭い牢獄の壁に反響し、暗い通路の奥へと吸い込まれて消えた。
トゥグル王。『鬼狩り令』で鬼人を地獄に追いやった男。
だが、あの男が踏みにじったのは、我ら鬼人だけではない。かつて目にした人間界の光景が、不意に脳裏をよぎる。重税と飢えに喘ぎ、生気を失った平民たち。王の不興を買うことを恐れ、怯えきっていた哀れな家臣たち。
同族の命すら、ただの使い捨ての道具としか思っていなかった、あの暴虐王。
復讐などどうでもいい、と自分に言い聞かせていたはずだった。だが、あれほど憎み、恐れ、私のすべてを奪った男の終わりが、これほど呆気なく、冷え切った石畳の上で告げられるとは。
「……急逝、でした」
私の動揺を察してか、ナナヤは静かに言葉を継いだ。約五年前にそのトゥグルが世を去った際、国は大混乱に陥ったという。
「長男のヒューガ王子が、これを機に次の独裁者として君臨せんと兵を動かしたそうです。それを第二王子であるリューキ様が、命がけで止められた。実の兄を国家反逆罪として処刑せねばならぬほど、壮絶なものだったと聞いています」
ナナヤは、当時の街の動揺を思い出すように言った。どこか気まずそうな表情だ。
病の話をしていたはずなのに、なぜ急に政変の話などし始めたのだろう。
「……現在の王国は、リューキ国王の采配によって、かつてない平和を享受しています。我々平民にとっても、それは同じです。偏見や暴力が完全に無くなったとは言いきれませんが、『鬼狩り令』が廃棄された今、率先して鬼人を痛めつけるような輩は、むしろ白い目で見られるでしょう」