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Ⅱ「病」Ⅱ
男はほっと顔を綻ばせたのも束の間、すぐに真剣な表情へと戻った。
「まずは一刻も早く、ここから出ましょう。私の手を取っていただけますか」
その言葉に促されるようにして、私の霞んだ目は、ようやく相手の姿をはっきりと捉えた。
短く整えられた黒髪に、すっと通った鼻筋。その素朴な顔立ちには、育ちの良さと実直さがそのまま表れているようだった。
外套を私に貸したせいで、動きやすそうな暗色の衣服一枚になっている。軍人のような恐ろしさや、威圧感のある体躯ではない。けれど、格子を掴む彼の手をよく見れば、その掌や指の節々には、武具を握り込んできたであろう硬い跡が刻まれていた。
私は、落ち着いた声で返した。
「ここへは、誰も来ません。もう少し、お話をしてから決めてもよろしいですか」
男は怪訝そうに眉をひそめた。
「誰も来ない、とは?」
「ええ。おそらく三年以上は。鬼人の女王たる私の身体は特殊ですから、普通の武器では傷つけられませんし、飲まず食わずでも数十年は生き長らえます。大半の同胞は処刑されましたが、私に関しては、とりあえず放置することにしたのでしょう」
気にしていない風を装い、平然と言ってのけた私に対し、男は重苦しい沈黙に陥った。
その静寂の間で、私はまだ聞くべきことを聞いていないと気づく。
「申し訳ありません。あなたのお名前を、もう一度お尋ねしても?」
男はすぐに、居住まいを正して応えた。
「ナナヤと申します」
「そう、ナナヤさん……私が捕まってから、もう何年になりますか」
「……十年になります」
やはりそうか、と思った。十年という歳月を耳にしても、予想通りというべきか、特に感慨は湧いてこない。
「こんなことなら、もっと早くお助けすべきだった。貴女がまだここに囚われていると、知っていれば……」
ナナヤは悔しそうに拳を握りしめる。
そこにある嘘偽りのない痛ましさを前にして、私は思わず苦笑した。けれど、悪い気はしなかった。
「ここの警備員も、まさか私がまだ平気で生きているとは、夢にも思っていないでしょうね」
あれほど激しく降りしきっていた雪は、いつの間にか止んでいた。外の陽光が、暗い牢の内側にまで光の筋を伸ばそうとしている。
「あなたはどうして、私の元へ?」
それは、心の底からの問いだった。私は幾分か穏やかな心持ちで、彼を見つめる。
「病にかかっている、私の家族を診ていただきたいのです。ただの風邪のようですが、一向に治る気配がなく……」
意外な返答だった。
病人を救うために、私のような医療の知識もない鬼人を頼る。そのためだけに、わざわざこの牢獄まで忍び込んできたというのか。