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朝顔の夜
夢咲てぃあ。
日向が廊下の向こうから走ってくる少し前、美優は静まり返った暗闇の廊下で、壁に背中を預けて立ち尽くしていた。心配そうについてきてくれた碧、晴人、恵麻の気配を感じながらも、美優の頭の中には、さっき日向にぶつけられた言葉がずっと冷たく響き続けていた。 『お前は誰のことも好きじゃないから、そんな風に人事みたいに笑っていられるんだろ!』 ――あー、またこれか。 その瞬間、美優の脳裏に、かつて学校の誰かが泣きながら叫んでいた言葉が鮮明に蘇った。 「ずっと2年生の頃から我慢してたんだよっ!! 気づけよ!!」 あの時は他人事のように聞いていたその友達の声。けれど今なら、その叫びの痛みが嫌というほど理解できた。美優自身、ずっと昔から「我慢」という言葉を聞くたびに、胸の奥にどうしようもない苛立ちを覚えていたからだ。我慢。そんなの、自分が一番、二年生の頃からずっと重ねてきたものだった。 あの頃から、美優の視線の先にはいつも日向がいた。ちっちゃな背中で、一生懸命で、どこか放っておけない幼馴染。日向が月を「好きだ」と気づいたあの日から、美優の心は、ずっと静かに壊れそうだった。 報われないのなら、もういっそ、嫌われてもいいよね。……なんて。 そんな投げやりな諦めすら、日向に放たれた「お前にはわからない」という言葉の前では、何の意味もなさなかった。本当は、誰より日向を思っている自分がいる。痛いほどにあいつを愛している自分がいる。 そうだよ。私は、ずっと嫉妬してたんだ。日向の笑顔が一番大切だから、傷つく心を必死に我慢して、サバサバとしたお調子者を演じて、彼の月への恋を応援し続けてきた。なのに、当の日向から投げつけられた言葉が、我慢してきた胸の傷に容赦なく滲んで、もっと、もっと痛く感じられた。 「美優……っ!!」 バタバタという激しい足音とともに、日向が廊下の突き当たりに飛び込んできた。ちっちゃな体を精一杯に震わせ、胸の前に強く拳を握りしめている。 「美優、本当にごめんなさい……っ!!」 日向の涙ながらの絶交の叫びが、廊下に響き渡る。すべてをぶちまけて、大好きな日向を困らせてしまうくらいなら、もう。 「……ごめん……日向」 美優の口から、掠れた声でそれだけがこぼれ落ちた。あんなに胸の中で溢れていた本音の後に、どうしてもそれしか思い浮かばなかった。美優は涙を隠すように、また俯いて肩を震わせる。 日向は、美優のその深く傷ついた様子に、そして自分がどれほど彼女に「我慢」を強いていたのかを察し、激しい衝撃を受けていた。日向は涙を腕で力一杯に拭うと、美優の目の前に一歩踏み出し、今度は男の子として真っ直ぐに彼女の目を見つめた。 「美優……っ、本当に、本当にごめんなさい……っ!! 僕、最低だ……! 美優がいつも隣で笑ってくれてたのが、本当はどれだけ苦しいことだったのか、何も気付けなかった……っ! お前は冷めてるなんて言って、本当にごめんなさい……っ!!」 日向の魂の謝罪。美優は驚いたように目を見開いたまま、涙を流して自分を真っ直ぐに見つめてくる幼馴染の姿を見つめていた。そして、ゆっくりと一歩近づき、日向の肩を優しく、けれど少しだけぶっきらぼうに小突いた。 「……もう、バカ日向。急に大声で叫ぶから、マジ意味分かんないんだけど……。これじゃ私、余計にサバサバいじれなくなっちゃうじゃん……」 美優の声はまだ震えていたが、そこには最高の笑顔が浮かんでいた。 「あおくん、ひなたくん……なかよしさんに戻れて……よかったねぇ……」 そこへ、おっとりとした足取りで水色のブカブカジャージが近づいてきた。月が、ツーサイドアップの髪を揺らしながら、いつもの笑顔でみんなの輪に加わる。月はジャージの襟元に顔をうずめ、心臓をバックバクにさせながらも、さりげなく碧の隣のポジションをキープして嬉しそうに微笑んだ。
みんなの葛藤が現れた
「朝顔の夜も」
ようやく花を開かせる。
廊下の窓の外では、旅館の庭に植えられたアサガオのしおれた花が、夜の雨に打たれて静かに揺れていた。 アサガオの花言葉の一つには、「叶わない恋」という切ない意味がある。 まるで、これまでの美優(みゆ)のようだった。二年生の頃からずっと、一番近くにいる日向(ひなた)だけを見つめて、自分の気持ちを我慢して、届かない想いに一人で嫉沓(しっと)して。報われないのなら嫌われてもいいとさえ思ったその恋は、まさに夜の闇に沈むアサガオそのものだった。 けれど、アサガオは夜の闇の中だけで終わる花ではない。どんなに冷たい雨に打たれても、朝になれば、光を求めて力強くその蔓(つる)を伸ばしていく。 涙を流し、すべてを分かち合った6人は、それぞれの部屋へと戻っていった。