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1.迷子の風船
ちりり・・・
ドアに吊られた小ぶりな鈴が、客の存在を知らせた。
「いらっしゃいませぇ」
間伸びした声が宿の受付から響き渡る。
女将の声はいつだってよく通るのだ。
「あの、えっと、予約、は・・・してないんですけれど・・・」
どもりがちな、頼りない声がポツリと落とされる。
完全に女将の声に気圧され、すっかり縮み込んでいるようだ。
今日のお客は、赤い風船だった。
「はい、何日お泊まりになりますかぁ」
「えっと、泊まるつもりじゃなくて、その、道を聞きたくて」
「うんうん、1泊2日ですねぇ」
「話聞いてました・・・?」
一方女将は、聞いてますよぉ、と適当にすら聞こえる返事を返す。
風船は不安だった。主人とはぐれて彷徨っていたら、なぜかここに来てしまった。
だから道を聞こうと思ってドアを開けたらこれだ。
全く話を聞かずに、勝手に泊まる方向で話を進める女将しか居ない。
こんなに広い宿なら、もう何人かは人が居たって良いはずだ。
助けを求める視線が右往左往し、他のまともな人間を探す。が。
全く人の気配がしない。本当に目の前のこの人以外に人間が居ない。
自分はもしや、とんでもない所まで来てしまったのではないかと思った時、
風船は自分の目の前に女将が立っていることに気づいた。
「もしもしぃ?」
「ヒィ・・・」
全くもって生きた心地がしない。なんだこのバケモンは。
「じゃあ2階のこのお部屋があなたの泊まる部屋ですからねぇ〜」
「えっ、いや、だから泊まらないって・・・!」
しかも、考えている最中にも話は進んでいた。
「鍵はこちらでぇす。夕飯は部屋にお運びしますねぇ」
「あっ」
居ない。反論の余地も与えずに居なくなった。本当になんなんだ。
掌に残された部屋鍵を握り締めて、風船は立ち尽くすほかなかった。