公開中
二頁 トアル友人。
「………で、婚約者様とは如何なの?」
翌日の女学校帰り。私は親友の弥生とハイカラなカフェーに来ていた。
弥生は、私の数少ない友人だ。その容姿はあまりにも浮世離れしていた。
緩やかに波打つ漆黒の長髪を後ろで低く一つに束ね、女学校の制服である袴を穿いているものの、その立ち姿はどこか凛々しい青年を思わせる。そんな美貌に、校内には彼女を男と勘違いして恋い焦がれる下級生が後を絶たなかった。
「元気がないね、唯音。あの柊木家の若当主に、また何か言われたかい」
弥生は長い指先で自身の前髪を払いながら、私の顔を覗き込んできた。その声は、女性にしては少し低い。喋り方も男の子のような感じ。
「……ううん、そんなことない。千歳様は、とてもお忙しい方だから」
「様、ね。昔はあんなに仲睦まじいようだったのに。本当に、チトセ?は君のことを忘れてしまったのかな」
弥生のどこか見透かすような冷ややかな瞳に見つめられ、私は言葉に詰まる。彼女は、私と千歳の過去を唯一知る人物だった。
「期待は、していないの。ただ、こうして柊木家に置いていただけるだけで、ありがたいと思わなくちゃ」
作り笑いを浮かべる私を、弥生はひどく痛ましそうな、それでいて少し呆れたような目で見つめ、それ以上は何も追及しなかった。そして、|杯《かっぷ》を差し出す。中には黒いようで茶がかかった液体が入っていた。さっき女給さんに注文した「|珈琲《こーひー》」というものらしい。雑誌で連載されている小説「大正浪漫食」に出てきたからずっと憧れてた。
「珈琲でも飲みなよ。雑誌の連載小説で憧れてたんだろ?」
「うん、そうそう!いただきます」
私は弥生から差し出された珈琲を一口、口に含んだ。
「がふっっ…?!」
滅茶苦茶苦かった。これを美味しいと言いながら飲んでいる小説の|伽羅《きゃら》は一体……
---
その頃。僕・千歳は帝都を歩いていた。学校の帰りだ。
視界の隅に、ハイカラなカフェーが目に入った。窓越しに、唯音が珈琲を飲んでいる姿が見える。その顔につい笑……いそうになったが堪えた。
冷酷無慈悲の噂が剥がれてはいけない。そう気を引き締める。
しかし——唯音の隣に座っている“男”に心の奥底がもやっとした。
緩やかに波打つ漆黒の長髪を後ろで低く一つに束ねている、凛々しい見た目の。
(なんだ、あの男は)
この感情は……なんだろうか。“どうでもいい”のに。もやもやする。
唯音は千歳の前では地の文が「千歳様」になりいないときは「千歳」になります。