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#4 事件の予兆
「チッ、うぜぇ……。俺は俺のやり方でやるって言ってんだろ!」
体育館に京谷の怒鳴り声が響く。戻ってくるなり、
チームの決め事を無視して突っ走る京谷に、岩泉の堪忍袋の緒が切れた。
「チームの和を乱す奴は、コートに立つ資格ねぇって言ってんだよ!」
一触即発。及川ですら割って入るタイミングを計るような、凄まじい威圧感。
その時、震える小さな影が、二人の間にトテトテと割り込んだ。
「あ、あのっ……! 喧嘩は……だめ、です……っ。京谷くんも、岩泉さんも……」
#名前#だった。涙で目を潤ませながらも、必死に手を広げて二人を止めようとする。
けれど、頭に血が上っていた京谷には、その存在が目に入っていなかった。
「どけっ……!」
京谷が岩泉を振り切ろうと、思い切り右肘を引いた瞬間。
**――ゴッ**
鈍い音がして、#名前#の小さな体が床に弾き飛ばされた。
「……あ、……っ」
あまりの衝撃に、声も出ない。#名前#は口元を押さえてへたり込む。
指の間からは、真っ赤な血がポタポタと床にこぼれ落ちる
「おい、#苗字#!?」「#名前#ちゃん!」
全員が凍りつく中、岩泉が真っ先に駆け寄る。京谷も自分が何をしたか気づき、目を見開いて固まった。
「あ、うぅ……っ。ごめんな、さい……ごめんな……」
泣きながら謝り続ける詩を、岩泉が支えようと肩を抱き寄せた、
その時。
激しい動きに耐えきれず、ずっと彼女を守っていたブカブカの黒いパーカーの袖が、
肩からずるりと大きく捲れ落ちた。
「…………っ!!」
それを見た及川が、息を呑む。国見は目を見開き、金田一は絶句して一歩後退りした。
白すぎるほど白い詩の腕。そこには、新しいものから古くなって変色したものまで、
無数の「傷跡」が刻まれていた。
切り傷、痣、何かが擦れたような痕――。とても、ただの不注意でつくような量じゃない。
「……#苗字#。お前、これ……」
岩泉の声が震える。#名前#はハッとして、
血のついた手で慌ててパーカーを手繰り寄せ、傷を隠そうとした。
「ち、ちがうんです……! これは、その、わたしが……っ!」
ガタガタと震えながら、詩は誰の目も見れずにただ俯く。
練習中の活気は消え失せ、体育館は重苦しい沈黙に包まれた。
及川は、いつもの余裕のある笑みを完全に消していた。
国見は、さっき床ドンの時に見た「違和感」の正体がこれだったのかと、拳をぎゅっと握りしめる。
彼女がなぜ、自分を隠し続けていたのか。なぜ、泣き虫なほどに怯えていたのか。
その片鱗が見えた瞬間だった。