公開中
第一章 第二話 硝子の帰着点
誰かさんのサブアカウント
「ターゲットの反応消滅。ふぅ、お疲れ様。
紬、時雨様、結衣。撤退ルートを送信したから、気をつけて戻ってきてね」
耳の奥で神楽の気の抜けた声が響き、張り詰めていた空気が一気に弛緩する。
秋葉原の路地裏。
魔獣が消え去った後の静寂の中に、小雨の音だけが戻っていた。
「……紬。怪我、本当にない?」
結衣が僕の体に触れ、衣服の上から傷がないかを確かめる。
その手つきは、まるで壊れやすい硝細工を検品するかのように丁寧で、どこか強迫観念めいていた。
「大丈夫だよ、結衣。時雨さんがすぐにカバーしてくれたから」
「そう、よかった……。本当に、よかった……」
結衣は僕の胸に額を預け、深く安堵の息を漏らす。
その瞳の奥にある、僕には決して見せない暗い揺らぎに、僕はまだ気づく由もなかった。
「ガハハ! 相変わらずアツアツだな。若者が元気なのは良いことだ!」
アサルトライフルを肩に担ぎ、時雨さんが豪快に笑いながら僕たちの肩を叩いた。
その大きな手のひらから伝わる熱が、僕の体内の微かな魔力の乱れをすっと鎮めていく。
時雨さんの触球(肉体接触)による魔力同調。
これがあるから、僕は戦場でも理性を保っていられる。
「さあ、帰るぞ。局長(オヤジ)への報告が待ってる」
◇
魔術管理局・東京本部の地下ドックは、無機質なコンクリートと電子サーバーの重低音に満ちていた。
報告を終えた僕たちを待っていたのは、管理局の副局長であり、この組織の実質的なトップである|千歳《ちとせ》さんだった。
「見事な手際でした、時雨。それに紬、結衣も。あなたたちのおかげで、現世の平穏は今日も守られました」
高級なスーツを隙なく着こなした千歳さんは、冷徹な美貌に微かな笑みを浮かべて僕たちを迎えた。
「もったいないお言葉です、副局長」
時雨さんが敬礼する。
その横で、特務隊長の|天馬《てんま》さんが腕を組んで壁に寄りかかっていた。
天馬さんは、千歳さんの背後から僕たちを、いや、正確には僕の隣にいる結衣を、射殺さんばかりの鋭い目で見つめている。
「……結衣」
天馬さんが、低く、押し殺した声で呟いた。
「また、その『クローン』の真似事のようなガキに付き合っているのか。お前の序列なら、もっと上の任務があるだろう」
「天馬隊長。紬は私の大切なバディです。公の場で不適切な発言は控えてください」
結衣の声から、一瞬にして温度が消える。
天馬さんは不愉快そうに顔を歪め、一歩踏み出そうとしたが、それを千歳さんが制した。
「そこまでにしなさい、天馬」
千歳さんは天馬さんの前に立ち、彼の歪んだネクタイに細い指先を伸ばした。
流れるような動作で結び目を直す。
その指先が天馬さんの胸元に触れた瞬間、天馬さんの身体が微かに強張った。
「公私の弁えを失っては、特務隊長の名が泣きますよ」
千歳さんの声は優しかったが、その瞳は完全に天馬さんを精神的に支配していた。
天馬さんは苦虫を噛み潰したような顔で視線を逸らし、それ以上何も言わなくなった。
千歳さんは僕たちに向き直ると、上品に微笑む。
「今夜はもう解散です。時雨、子供たちを労ってあげなさい」
◇
「——かんぱーい!!」
本部の重苦しい空気から解放され、僕たちは時雨さんに連れられて、新宿のガード下にある大衆居酒屋の暖簾をくぐっていた。
ジョッキがぶつかり合い、琥珀色の液体が泡立つ。
「ぷはぁー! やっぱり戦いの後のビールは最高だな!」
時雨さんは豪快に喉を鳴らし、焼き鳥を口に運ぶ。
その対面に座る神楽は、自分のカシスオレンジには目もくれず、時雨さんが口をつけたジョッキの縁を、じっと、貪るような目で見つめていた。
時雨さんが席を外した一瞬の隙に、彼女はそのグラスにそっと自分の指先を這わせ、恍惚とした表情を浮かべる。
その視線は、もはや純粋な憧れを超えた「狂信」の色を帯びていた。
「紬。お前は本当に俺の自慢の弟だ」
戻ってきた時雨さんが、僕のグラスにウーロン茶を注ぎながら、真剣な目で言った。
「10年前、お前がすべてを失ったあの日に、俺がお前を見つけた。だからこそ、お前がこうして立派な魔術師になってくれたことが、俺は何より嬉しいんだよ」
「時雨さん……」
胸の奥が熱くなる。
身寄りのない僕にとって、時雨さんは本当の兄だった。
この人のために戦いたい。この人が誇れるヒーローになりたい。心からそう思った。
「結衣、お前もだ。紬を支えてくれて、本当に感謝している。これからも、この馬鹿な弟をよろしく頼むな」
「……はい。時雨様」
結衣はグラスを見つめたまま、小さく微笑んだ。
しかし、彼女が握りしめるおしぼりは、白くなるほどに強く、歪にねじ切られんばかりに指が食い込んでいた。
「時雨様……何も知らない、あなたに……そんな風に言われるのが、一番……」
結衣が蚊の鳴くような声で 呟いた言葉は、居酒屋の喧騒と、時雨さんの高笑いにかき消されて、誰の耳にも届かなかった。
なんかコメディ書いたあとにこれ書くと変な感じがする((
うん。
テスト一日前でワーク終わってないよ。
うん。
では!