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1−3 別れ
ほんっとに終わらない。
これ、100話に入るかな。どうにかしよう。
ひっと声にならない息が漏れる。振り向くことができずに、アクアは立ち止まっていた。
見つかった。
よりにもよって、一番見つかりたくない人に。
「......アクア......」
名前を呼ばれる。
ルーナの声があまりにも弱々しくて、悲しげで、アクアは胸がきゅっと締め付けられる感覚がした。振り向いていいのか分からない。振り向いてしまえば、ついさっきアクアがやったことも、アクアの決意も、その全てが壊れてしまう。大切な主のために。
このまま残れば、中央神殿に入れられ、アクアは主を失う。このまま振り向かず出ていっても、ルーナを失うのは変わらない。
ルーナを失いたくない。
ルーナ様、と呟いたとき、頭の中を色々な場面が駆け巡った。
「まぁ、貴女がアクアね。とても素敵な髪」
「無理しなくていいのよ。貴女が元気なだけで、わたしも元気が出るの」
「アクアに手を出さないで。彼女はわたしの筆頭側仕えであり友人です。弁えなさい」
初めて会ったとき。
病気になったとき。
他の上級巫女の側近に虐げられていたとき。
一言一言がアクアの頭の中でぐるぐると回る。
神官たちの命令で仕えることになったアクアのことを、ルーナは友人だと言った。主従関係だけではないと、家族同然だと言ってくれた。
(......そのルーナ様を、置いていくの?)
アクアは迷わず振り向き、ルーナに駆け寄った。
ルーナは泣いていた。
「ルーナ様っ......!」
ルーナはしゃくり上げることもなく、ただ静かにほたほたと涙を流していた。月明かりに照らされる白い頬を、しずくが伝う。慌てて自分のハンカチを取り出そうとしたアクアを、ルーナはそっと止めた。窓の外にそっと手を置いて、潤った庭園を眺める。
「そう......やっぱり、アクアが」
そっと目を伏せた彼女は、水の使い手? とアクアに尋ねる。アクアはこくんと頷いた。
「やっぱり」
「気づいていたのですか?」
「少し、ね。アクアがよく泉に行っているのを見ていただけよ」
驚いた。ルーナはずっと前から感づいていたのだ。
でも、言わなければならない。
神殿を出ていくと。
ルーナから離れると。
喉の奥で引っかかったままの言葉を言えずにただ立っていると、彼女は寂しげに微笑んだ。
「またわたしは失ってしまうのね」
その言葉にひゅっと息を呑む。
ルーナは10歳の時に家族と離れ、失った。そしてアクアに出会い、家族同然として生きてきた。それなのに、また失いかけているのだ。ルーナがアクアを引き止めようとするのは当たり前だ。
アクアは何もできず、ただおろおろしながら主を見つめる。
旅人として生きると、ルーナから離れると決めた。
けれど。
(本当に、それでよかったの?)
置いていけない。
泣いている主を残して出ていくなんてできない。
中央神殿に入れば、ルーナに会えなくても、支えることはできるかもしれない。
このまま神殿に残ろう、と思った時、ルーナはアクアの目を見つめ、言った。
「行きなさい、アクア」
──え。
反論すら出てこなくて、アクアはぽかんとしてルーナを見る。
真っ赤に泣き腫らした目は、力強くて、優しくて。
ルーナはするりと小指からリングを外した。
「これを渡すわ。お守りよ」
水晶がはめこまれた、銀色のリング。ルーナはそっとアクアの手を取り、左手の小指にはめる。ルーナの指輪は驚くほどぴったりで、暗闇の中月明かりを反射してきらりと光った。
「見送って......くださるのですか?」
「アクアの選んだことよ。止めるわけがないわ」
ほんの少しだけ、ルーナは微笑んだ。旅立つ決心がつかないまま、アクアは指にはまったリングを反対の手で包む。
「ずっと、大切にします」
ルーナはまた泣いていた。笑って泣いていた。
「わたしには分からないけれど、きっとこれから大変なこともあると思う。それでも、どんなことがあったとしても......」
貴女の無事を祈る人がいることを、忘れないで。
アクアは泣き崩れた。
離れたくない。こんな風に言ってくれる人を、ルーナ以外に知らない。二度と会えないなんて嫌だ。
ルーナはアクアの手を握った。
「さぁ、もう行かないと見つかってしまうわ。アクアの行く先には新しい世界が待っているのよ」
そうだ。
ルーナの言葉を守るために、神殿を出ると決めたのだ。
今更それを変えてはならない。
アクアは立ち上がった。まだ溢れてきそうな涙をこらえて、少し後ろに下がる。そっと跪いてルーナの手を取り、そっと頬に当てた。ルーナが目を見開く。
尊敬の意味だ。
幸運の女神ラルフレッテ様のご加護がありますように。
心から祈る。小さく呟いてから、また立った。
涙が溢れるのは止めようがなくて、ぐしゃぐしゃの顔のままルーナの目を見た。ルーナの頬にもまだしずくが伝っている。
ルーナは下町の言葉に慣れているけれど、神殿で生粋の貴族と接するうちに覚えた挨拶だ。声が震えないように、精一杯言う。
「別れの女神レイトミリエ様がおいでなさったようです。時の女神グラストノーラ様に導かれることはなくても、神々の御加護とともに健やかに過ごされますよう」
「えぇ、貴女にも神々の御加護がありますように」
ルーナの微笑みに、アクアは精一杯の微笑みを返した。
振り返らずに、神殿を出た。
冒頭にも書いた通り。
終わりません。
完結の未来は思い描いてるのですが、一生終わらない気がします。
皆さんは何話ぐらいならいいか教えてください。