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第一話
王国と帝国との和平同意が締結されて十周年を記念した煌びやかなパーティー会場。
そんなパーティー会場の壁と化している男がいた。この国の宰相―――ルークである。
ルークは国王陛下に「胡散臭い」と評された笑みを貼り付けつつ、冷めた目で貴族たちの顔を見渡す。
駆け引き。騙し合い。嫌味。情報の行き交い。足の引っ張り合い。蹴落とし合い。
豪華な空間や綺麗な服で着飾っても、人間の醜さは隠せはしない。
ルークはこの貴族間の腹の探り合いが飛び交うような場所があまり好きではない。それはルークの生まれが貴族ではないからなのか。
しかし、主催者の手前、我先にと下がるわけにもいかない。
「これはこれは〜!このパーティーの主役様じゃないですか〜!や〜っほ♡」
不意に隣から聞こえた嫌な笑みを孕んだ小声にルークは内心嫌気が差しつつも、薄っぺらい笑みをより深めて目線をそちらに移す。
そこにはこの国の隠密部隊総隊長―――キリスが立っていた。
隠密部隊とはこの国の情報や、他国の情報などを潜入などで集める部隊のことである。
当然社交の場には出ることはない、影の部隊だ。が、この男はそのことをわかっていないのかもしれないと思うほどよく公の場でルークに絡みに来た。
「おや。貴族でもないあなたがどうしてこの場所に?」
「ん〜。仲良くなった貴族の令嬢と一緒に来ちゃった♡」
来ちゃった、ではない。ルークはひっそりため息を吐いた。
一応、向き合ってはいないが、この二人が会話をしていることがバレると困るのはキリスの方だ。
表向き、宰相とキリスとの間になんの関係性もないのだ。感のいい者がこの会話を聞いたらどうなることか。
「それで?そのご令嬢はどちらに?」
「お化粧直しだって〜暇だからルークちゃんに話しかけよっかな〜って!」
「左様ですか。で?いつまでここにいるつもりですか?」
「それって早く帰れってこと?ひっどー。モテないよ?」
「あなたのような節操のない人にはなりたくないので結構です。」
「ひどー」
ルークの棘を隠さない態度にキリスは膨れる。それはそうと事実、キリスはよく女を取っ替え引っ替えしていた。その割には女性問題が少ないのが不思議である。
「でもまだ帰れないかな〜?興味を惹かれるような話を小耳に挟んだからね〜」
「それはどのような話で?」
「ん〜っと。な・い・しょ♡」
そう言い残してキリスは微笑みながら去っていった。
キリスが興味を惹かれるような話題。色恋沙汰だろうか?
ルークに話さないということは誰かしらの損にはなり得ないと判断したのだろう。
ルークはキリスの仕事だけは評価している。仕事だけは。なので、変なことは起こらないはずだ。
しかし、何が起こるのかは気になる。
(後で調べてみましょうか)
そんなことを考えていると一人の使用人が近づいてきてルークに耳打ちする。
「執務室で陛下がお待ちです」
「⋯ありがとうございます」
国王陛下直々の呼び出し。それ自体はルークの立場上珍しくはないのだが、今は来賓客が大勢いる。そして来賓客の問題ごとを担うのは大体ルークの仕事である。
このタイミングは忙しいと陛下はわかっているはずなのだが⋯。
(⋯緊急の案件でしょうか?)
ルークは優雅に、しかし少し早足でパーティー会場を後にした。
***
国王陛下の執務室。そのドアの前でササッと身だしなみをチェックした後、ノックする。
「ルーク、ただいま参りました。」
『入れ』
ドア越しに少々無愛想な声が聞こえたのを確認して、ドアを開ける。
部屋は国王が使うとだけあって高級なものばかりだ。しかし、前国王とは違って無駄な贅沢を嫌う陛下らしいシンプルでどこか品のある空間となっていた。
その部屋にいるのは二名、ルークを呼んだこの国の国王陛下―――ザイン・フォ・ミリダス。
そしてもう一人は―――
「宰相様。わたくし、イリーネ・ロア・サンチェスと申します。」
「えぇ。もちろん存じておりますよ。」
嘘っぽい笑顔の下で、ルークは密かに疑問を抱いた。
イリーネ・ロア・サンチェス。この国の公爵家のご令嬢である彼女が、どうしてこの場にいるのか。
ルークはチラリとザインの様子を伺う。ザインはその視線に気づいたのかわざとらしさすら感じるほど深々とため息を吐いた。
「ルーク、とりあえず座れ。話が始まらん」
「⋯失礼致します」
ザインの指した席はイリーネと向き合う形となる。そしてザインはその二人を取り持つかのように間に座った。
裁判官、検察、弁護士のような位置だが、ルークはなぜだか被告人にでもなったような気分になった。
「して、どのような理由で私は呼ばれたのでしょうか?」
「それはだな⋯」
「陛下、わたくしから申し上げてもよろしくて?」
ザインの言葉を遮ったイリーネにルークは視線を移す。
イリーネのよくサファイアと称される深い青色の目がルークを貫く。
「宰相様。わたくしと交渉いたしませんか?」
凛とした佇まいで穏やかに微笑んだイリーネ。
―――これが、この物語の始まりである。