帝国と王国との戦争が締結した十年後―――。
十周年目となった両国の和平同意パーティーの会場にて、二人は出会う。
「宰相様。わたくしと交渉いたしませんか?」
―――これは交渉から始まる二人の恋の物語。
注意:色々書いていますが、作者の頭の性能上難しい話は書けませんのでご了承願います。
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目次
第一話
王国と帝国との和平同意が締結されて十周年を記念した煌びやかなパーティー会場。
そんなパーティー会場の壁と化している男がいた。この国の宰相―――ルークである。
ルークは国王陛下に「胡散臭い」と評された笑みを貼り付けつつ、冷めた目で貴族たちの顔を見渡す。
駆け引き。騙し合い。嫌味。情報の行き交い。足の引っ張り合い。蹴落とし合い。
豪華な空間や綺麗な服で着飾っても、人間の醜さは隠せはしない。
ルークはこの貴族間の腹の探り合いが飛び交うような場所があまり好きではない。それはルークの生まれが貴族ではないからなのか。
しかし、主催者の手前、我先にと下がるわけにもいかない。
「これはこれは〜!このパーティーの主役様じゃないですか〜!や〜っほ♡」
不意に隣から聞こえた嫌な笑みを孕んだ小声にルークは内心嫌気が差しつつも、薄っぺらい笑みをより深めて目線をそちらに移す。
そこにはこの国の隠密部隊総隊長―――キリスが立っていた。
隠密部隊とはこの国の情報や、他国の情報などを潜入などで集める部隊のことである。
当然社交の場には出ることはない、影の部隊だ。が、この男はそのことをわかっていないのかもしれないと思うほどよく公の場でルークに絡みに来た。
「おや。貴族でもないあなたがどうしてこの場所に?」
「ん〜。仲良くなった貴族の令嬢と一緒に来ちゃった♡」
来ちゃった、ではない。ルークはひっそりため息を吐いた。
一応、向き合ってはいないが、この二人が会話をしていることがバレると困るのはキリスの方だ。
表向き、宰相とキリスとの間になんの関係性もないのだ。感のいい者がこの会話を聞いたらどうなることか。
「それで?そのご令嬢はどちらに?」
「お化粧直しだって〜暇だからルークちゃんに話しかけよっかな〜って!」
「左様ですか。で?いつまでここにいるつもりですか?」
「それって早く帰れってこと?ひっどー。モテないよ?」
「あなたのような節操のない人にはなりたくないので結構です。」
「ひどー」
ルークの棘を隠さない態度にキリスは膨れる。それはそうと事実、キリスはよく女を取っ替え引っ替えしていた。その割には女性問題が少ないのが不思議である。
「でもまだ帰れないかな〜?興味を惹かれるような話を小耳に挟んだからね〜」
「それはどのような話で?」
「ん〜っと。な・い・しょ♡」
そう言い残してキリスは微笑みながら去っていった。
キリスが興味を惹かれるような話題。色恋沙汰だろうか?
ルークに話さないということは誰かしらの損にはなり得ないと判断したのだろう。
ルークはキリスの仕事だけは評価している。仕事だけは。なので、変なことは起こらないはずだ。
しかし、何が起こるのかは気になる。
(後で調べてみましょうか)
そんなことを考えていると一人の使用人が近づいてきてルークに耳打ちする。
「執務室で陛下がお待ちです」
「⋯ありがとうございます」
国王陛下直々の呼び出し。それ自体はルークの立場上珍しくはないのだが、今は来賓客が大勢いる。そして来賓客の問題ごとを担うのは大体ルークの仕事である。
このタイミングは忙しいと陛下はわかっているはずなのだが⋯。
(⋯緊急の案件でしょうか?)
ルークは優雅に、しかし少し早足でパーティー会場を後にした。
***
国王陛下の執務室。そのドアの前でササッと身だしなみをチェックした後、ノックする。
「ルーク、ただいま参りました。」
『入れ』
ドア越しに少々無愛想な声が聞こえたのを確認して、ドアを開ける。
部屋は国王が使うとだけあって高級なものばかりだ。しかし、前国王とは違って無駄な贅沢を嫌う陛下らしいシンプルでどこか品のある空間となっていた。
その部屋にいるのは二名、ルークを呼んだこの国の国王陛下―――ザイン・フォ・ミリダス。
そしてもう一人は―――
「宰相様。わたくし、イリーネ・ロア・サンチェスと申します。」
「えぇ。もちろん存じておりますよ。」
嘘っぽい笑顔の下で、ルークは密かに疑問を抱いた。
イリーネ・ロア・サンチェス。この国の公爵家のご令嬢である彼女が、どうしてこの場にいるのか。
ルークはチラリとザインの様子を伺う。ザインはその視線に気づいたのかわざとらしさすら感じるほど深々とため息を吐いた。
「ルーク、とりあえず座れ。話が始まらん」
「⋯失礼致します」
ザインの指した席はイリーネと向き合う形となる。そしてザインはその二人を取り持つかのように間に座った。
裁判官、検察、弁護士のような位置だが、ルークはなぜだか被告人にでもなったような気分になった。
「して、どのような理由で私は呼ばれたのでしょうか?」
「それはだな⋯」
「陛下、わたくしから申し上げてもよろしくて?」
ザインの言葉を遮ったイリーネにルークは視線を移す。
イリーネのよくサファイアと称される深い青色の目がルークを貫く。
「宰相様。わたくしと交渉いたしませんか?」
凛とした佇まいで穏やかに微笑んだイリーネ。
―――これが、この物語の始まりである。
第二話
「交渉⋯ですか。」
長い沈黙の後、ルークの口から出たのはそんならしくもない間の抜けた声色を孕んだ言葉だった。
正直、交渉なら色々な貴族から何度も持ちかけられたことはある。
しかし、今の状況。イリーネとルークとの交渉ならザインがいる必要性は皆無だ。
ルークは笑みの裏で困惑しつつ、自然な動きでザインに視線を向ける。
しかし、ザインは何もすることはないと言わんばかりにだんまりを決め込んでいる。
ルークは仕方なくザインから目線を外し、イリーネに向き合う。
「それはどのような内容ですか?」
「ふふっ。ではお話いたしますわ。宰相様、わたくしと婚約していただけませんか?」
このご令嬢は何を言い出すのか。あまりの唐突さに目眩すら感じ始めたルーク。
それを知ってか知らずかイリーネは淑女らしく上品にクスクスと笑う。
「宰相様は戦争中のわたくしの容姿についてのお噂をご存知でしょうか?」
知っているか知らないかと問われると、知っていると答えられる。
イリーネの容姿は星の輝きのような長い銀髪に深い泉のような青い目だ。
そしてそれはルージェス帝国。つまりは戦争中の国で信仰されている女神の御姿に酷似していた。
そのため、戦争中から締結されて数年は彼女は魔女と呼ばれ民衆に蔑まれていた。
ルークはこの戦争にいい思い出がないので曖昧に微笑みつつイリーネの言葉に頷く。
「ご存知ですのね。では現在のわたくしの二つ名はご存知かしら?」
それも知っている。
現在、イリーネの容姿は帝国と王国の和平の形、【聖女】として民衆に持ち上げられている。
民衆のあまりの変わりように流石のルークも呆れ果てたのを覚えている。
まぁ、そうなるように仕向けたのは―――
ルークはちらりとザインを見る。ザインは知らぬ存ぜぬ顔でソファに腰掛けていた。
「えぇ。もちろんですよ。美しいイリーネ嬢に相応しい二つ名だと思っています。」
ルークが嘘っぽい笑いを貼り付けつつイリーネを称えると、イリーネの眉がピクリと動いた。
「まぁ。そう言っていただけるのは嬉しいですわ。ですが、わたくしはこの二つ名をあまり好ましく思っておりませんの」
ほんのちょっぴり棘の混じったイリーネの声色に、ルークは言葉を間違えたことを悟った。
ルークは胡散臭い笑みをほんの少し申し訳なさげに作り変える。
「そうだったんですね。そうとは知らず⋯申し訳ありません。」
「いいえ。話を戻しますが、この二つ名が付いてから手のひらを返したかのようにあらゆる貴族から求婚されるようになりましたの。前までどこからも嫁いできてほしくないと言われてきたのに⋯。」
イリーネは憂いげな表情を浮かべる。
なるほど。イメージが悪いと大変だが、イメージが良くなることも大変なのだな。
ルークは密かに同情した。
「それは災難ですね⋯。」
「えぇ。それに⋯わたくしには想い人がおりますの⋯。ですから、こういうことが困るのですの。」
「!?。ゴホゴホッ」
「?陛下、大丈夫ですか?」
想い人、その言葉を聞いてザインがゴホゴホとむせ始めた。
紅茶を飲んでなんとか落ち着いたザインは信じられないものを見る目でイリーネを見た。
が、当の本人はどこ吹く風といった様子で優雅に紅茶を飲んでいた。
(陛下も、イリーネ嬢が誰かを想っていることを知らなかったのでしょうか?)
イリーネが誰かを想っている、そんな話は全く聞かなかった。
ただ、貴族たちの求婚をことごとく断っているという話だったので、想い人がいるのなら納得がいく。
ルークは考える。最初に言われた「婚約してほしい」という言葉と「想い人」そして「絶えず求婚してくる貴族たち」。なるほど。
「つまり、虫よけが欲しい。そういうことですか?」
「えぇ。」
貴族の求婚が嫌なイリーネは仮の婚約者をつけてしつこい求婚を振り払いたいのだろう。
そこで貴族にものが言える程の地位で独り身のルークに目をつけた。そういうことなのだろう。
そこまで考えたルーク。しかし―――
「それを私がする理由がありません。」
キッパリと言い放ったルークを前にしてもイリーネの笑顔は消えない。
むしろ、ザインの方が苦々しい顔になっていた。
「ですから、交渉なのですわ。」
交渉。正直ルークにはイリーネがこの交渉で勝てるカードを持っているとは思えなかった。
ルークには望むものが何もない。地位も、名誉も、金も。何もかもが今の自分にとってどうでもいい。
昔は必死に集めた。必要だったからだ。けど、今はもう―――。
ぼんやりとがむしゃらに生きていた過去を振り返っていると、イリーネはザインの手を取った。
「この交渉に乗ってくれないと、陛下を殺しますわ。」
このご令嬢は本当に何を言い出すのか。というか、不敬罪が怖くないのか。
ルークが笑顔の裏で困惑しつつザインの様子を伺うも、こうなることを知っていたのか、まるで地蔵のように一切動じずに座っていた。
(なるほど。このために陛下はこの場にいたんですね⋯)
正直、イリーネの細腕でザインを簡単に殺せるとは思えないし、殺される前に守れる自信がルークにはあった。しかし、イリーネが本気で陛下を殺そうとしているようには見えない⋯。
よってルークはどう動くべきか困っていた。イリーネはニコリと笑って動かないし、ザインに至ってはほぼ置き物になっていた。
一切誰も指一本すら動かないという奇妙な時間が数分続いた後、ようやく動いたのは|置き物《ザイン》だった。
「ルーク、交渉して我を助けろ。王命だ。」
ルークはこんなに緊張感のない王命を初めて聞いた。合理主義な陛下はあまり無意味な王命を下さない。
が、果たしてこれは意味のある王命だろうか⋯。茶番じみた交渉に、段々気力が削がれていく。
「よろしければ、イリーネ嬢を無力化しますが⋯。」
「いや、交渉しろ。早くしろ。」
ザインは何やらうんざりした様子だ。なんだかルークよりも疲れているように見える。一体どうしたというのだろうか。
「⋯そもそも、その想い人と婚約すればよろしいのでは?」
「それがわたくしには興味がないご様子で、今頑張って気を引こうアピールしている所なのですわ。ですから、想い人がわたくしに振り向くまで宰相様に婚約していただきたいのですわ。」
「そうですか⋯。」
イリーネになびかない男がこの国にいようとは⋯。妙なところで関心しているのはひどく疲れているからなのか。
もう一度ザインの様子を伺った後、ルークはヘラリとした笑みを貼り付け、
「では。交渉成立ということで」
そうイリーネに告げた。
イリーネは心底嬉しそうに「ありがとうございますわ。」と礼の言葉を述べた。
ルークは、早く寝たい。そう思った。