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目次
喪服
茹るような真夏の日差しが開けっぱなしにしていた遮光カーテンの隙間からこの部屋の空気をムワッと、電子レンジの中みたいにじっくり閉じこめるようにして温めている。
「あつい」
いつから目が覚めたのかわからない。気づけば、ただ茫然と硬い床の上で天井に反射する日の光りを見つめていた。ああ、よくみれば日焼けして傷んでいる。退去費用は嵩むのだろうか、なんて上の空で考えては、ゆっくりと呼吸をすればもうそんな瑣末なことは頭の中にはなかった。
辺りを手探りで掴まりどころがないか探す。眠りにつくまでは大して寝心地の良くないソファか何年もつかってガタがきている座椅子だったと思うのだが、目が覚めた後には床の上で大の字になっていた。まあ、今日のような朝はまだいい方で酷い時には、知らない寝室やら知らない土地の公園、24時間営業のコンビニのイートインなどなどがあった。それに比べれば今日はまだ、いい朝だ。
「っゔ」
そう思っていた矢先、近くにあったローテーブルに手をついて身体をおこすと、おそらく寝相が悪く勢いよく床に落ちたせいか、途端に背中に激痛が走った。打ちどころが悪かったのか、腰に響く。ああ、もうやってられん!と何くそ根性でその辺にあった煙草を拾い、電子機器に差し込んで、深く吸い込んだ。
「ふぅ〜〜〜………」
長く、じっくりと肺をくぐらせて口から吐き出す。勢いよく大量にとりこめば、むせてしまう。
最近、煙草を吸うようになって未だに美味いかどうかはわからんが、この感覚はきっと忘れられない。だからまた、吸いたくなる。
ゆっくりと一服していると、視界に黒いかたまりのようなものがチラついた。
「あ、喪服……」
連日、葬式やら何やらでここ最近はずっと喪服を着ていた。このスーツも今日が終われば当分、役目はないだろうに昨日は随分飲んだからかソファの背に乱雑に掛けてあった。
「どっこいしょっ」
重い腰を上げ、散らばったジャケットにネクタイやスラックスを咥え煙草に丁寧にかき集める。クリーニングは明日に出そう。そう決めて、一本すいきるとそのまま脱衣所へと急いだ。
---
夏場になると風呂が苦痛になる。暑苦しい。
だが、そうも言ってられないので早々に暑苦しい真っ黒なスーツを身に纏い、身支度を済ませ玄関のドアを開けた。開けた瞬間に何処からか蝉の鳴き声が聞こえてくる。ああ、風呂上がりだというのにもう背中はじっとりと汗ばんできていた。
適当にまとめた長い艶のない髪も、直射日光に晒されれば、キラキラと汗とまじって光るようになる。これ以上汗をかくのも忍びないので、ワイシャツにはりつきそうな、ジャケットを脱いで傍に持つ。手持ちの鞄がなくてよかった。これ以上荷物が増えればキツくてしょうがなかった。黒いネクタイを緩めて、腕をまくる。この家から葬儀場までは徒歩で十分もかからない、なんとかそう自分を鼓舞して行くしかなかった。
#2
短編なのに続きました^^;
短短短くらい短い
作業用BGM 幽霊東京-Ayase
「嘘だろ、」
葬儀場には無事着いた。途中、コンビニやファミレスの駐車場でタバコ休憩もしたけれど予定より早く着いたぐらいだった。
だが、どうやら私はお払い箱だったようだ。
半歩も進めば自動ドアが開く程に近い距離に棒立ちになってしまった。
そこには『閉館』と書かれていた。
ああ、そうか
あの子は私と死んでもなお会いたくないのか。
会わせたくないと思われているのか、
私はあの子の死に顔すら見れないのか
そのままあの子は燃えかすに、
「ああークソがっ」
気がつけば、ずっとデカい声で悪態ついて蹲っていた。ああ、こういう私が嫌で会わせたくないのか、と半ば嘲笑気味になった。懐から煙草を取り出し、長い道をまた歩きはじめた。
---
私は今この腐るほどの人混みの中どれほどの異物として捉えられているのだろう。
たゆ・む
作業用BGM 命日-おいしくなるメロンパン
ぼやけていく視界にはっきりと写る裸体。
窓からの白くて青い逆光に晒されて、彼女の白い肌が余計に白く、柔らかくみえた。
仰向けになった私のうえで、器用に腰をくねらしている。前にはらはらと汗で滲む前髪で顔がはっきりとはみえない。
「はぁはっはっぁ!___」
息を荒げて、唇から唾液が溢れている。
彼女の身体は、まっさらな白紙のようだ。
黒子も殆どなくて、ただ、落ちてくる汗に目をひくだけだ。
ぼーっとしている間にも、胎の上でとめどなく、私と彼女は深く突き合う。
前後、左右に揺れてくねらせて、掻き回していく。その動きにまるで私の脳みそや内臓すらぐちゃぐちゃにされているようだった。
はぁあ!
はた、と彼女の黒くて艶のある髪が顔にかかる。
頭を浮かせて、唇をこう。
「許して、」
涙が溢れた。
---
幻覚、錯覚、夢だった。
顔や全身に寝汗をかいて、目が覚めた。
不快指数が朝から絶好調だった。
冷静になろうと着ていた寝巻きを脱いで、適当に脱衣所へとほおる。
寝巻きといっても、外に出ていくにはボロくて派手なTシャツのみだった。
じっとりとした全身の熱が、いくらかマシになった。
煙草を一本、吸う事でバクバクと胸の中で暴れまわる心臓を落ち着かせる。
すぅ、と浅く吸って灰皿とライターを乱雑に置いた。
壁に手をついて、ゆっくりと頭を働かせると気づいた。
私は女だ。いくらなんでも、女と女のセックスにあの行為は不可能だった。
冷静にならなくても、これは一目瞭然なのでは?
「はは!馬鹿みたい……」
先ほどまでの強迫的なほどの思考など、振り払うように、側の換気扇に電源をつける。
「ふぅ___」
ゆっくりと振り返ると、窓から朝焼けの日が差していた。
青白いそれは、まだ朝とよぶには欺瞞のようで、でもあれが朝だという事が救いに思えた。
今日はもう、風呂に入って着替えて、出て、
このまま家に帰らない。
ただそれだけ、その一つだけの予定を立てて過ごす事とした。
「ふぅーー」
ジュゥと炭がカサリと火が巡って、灰になっていく音が、いつもの何倍も心地よかった。
心を食い止めるために、紙煙草のこの火の馴染んでいく音は最適で、電子タバコにはない身体を巡る毒々しい空気に何故か、癒される。
ようやく煙草の良さを感じた。
今の私は、電子タバコも併用して使う事で心の安寧を保っているといっても過言ではない。
感傷そして慰め
劣っている、何もかも。最近、前よりもその差を感じる。煩わしくて悔しくて心底自分が惨めでならない、なのに幾度も思い知らされる。やはり決定的に違うのだと。それはきっと目標の地として目指す場所すらも。ダメだ。これ以上はあの子の事を忘れないと、見てはいけない。
傷つく。折れてしまう、心が
---
それは、繊細とか脆いとかそういう儚いモノとして形容するにはあまりにも、見窄らしくて、恥ずべきものだった。
「ふーっ」
「おわらせたい、ぜんぶぜんぶ………」
死んで、死んで逃げてしまおうかな
そうすれば、もうアンタに会うこともないのかな。
死んじまえよ、なんもかんも。
もう消えて、
ああ。そうだ、もう終わっちゃったんだ___
そう言葉にしてはいけない本音をはっきりと言葉として脳内変換されてしまった所で、己の中ですでに大きく膨れあがった嫉妬心の行き場もなく、罪悪感も迷子になった。
伸ばしっぱなしの痛みきった明るい髪を適当に縛る。今はどうやら早朝らしい、窓を見ずとも、家具に反射して明るい日差しが差していた。辺りを見れば、我が家でない事に気づく。「…ふ、はぁあ」自然に欠伸が漏れた。
そういえば、葬式も行けなくて、"悪夢"を見てプラプラ、飲み歩いたんだ。そうして、このモノトーン調の家具に揃えられた見知らぬ部屋に泊まったといういきさつ______だろうな。
起き抜けになっても、ネガティヴ思考の働きを怠らない脳で記憶を辿るが、わかったのはそこまでで、いまいち泊まらせてくれた家主の顔を思い出せない。無能。部屋の様子をパッと見て、知り合いでない事はわかるのに。もしかすると、、いや考えたくない。考えてはダメだ。でも、確かにこの所それどころじゃなかったし、
「だからといってそこまで男に困っている訳でも、」……ああ煙草、たばこ、吸いたい。
節操なし。一言で、今の私をいうならばそうなるだろう。未遂におわったか、どうかさえも記憶にない。でも、今までこうして寝ていたベッドにはその跡もなさそうだ。風呂にも入ったのだろうか。ああ、よく見ればあそこのソファに大きめのブランケットや枕がある。人が寝ていた形跡だ。ほっとして、また欠伸をしてしまった。些か、心地よい眠気に反する、状況の変化はあれど、家主の顔が全く思い出せない現実に焦り始めた時だった。
よく通る声で名前を背後から呼ばれた。思いの外、高く澄んだ声だった。まさか、血迷って、女と。でも、そんな跡は………浴室か?!ああきっと、夢に引きずられたんだ。我ながら、最低。そう自責の念に駆られていても、お構いなしに声の主は、より声をはって私の名前を呼んでいる。
ああ怖い。目があえば、きっと思い出してしまう!!過ぎ去れと絶対に叶わないそれを切に願った。それでも当然に叶わない。
返事もないので不審に思ったのか、裸足の足音が遠いフローリングから段々と近づいてきた。
ただ、予想外にゴチンッと頭上に突発的な痛みと音が降ってきた。
「ぃっ!?」
「おい!何度も呼んだのに!…まだ、酔いが覚めてないのか?」
その透明度の高い声の割には、口調が荒く、手も出るような女の顔をそっと涙目になった顔を庇いながら、見上げると長い前髪を殴らなかった方の手でかきあげ、眉を挟ませ、迷惑そうな表情をしていた。ここで、はっきりとただ悪酔いした所を親切にも介抱してもらい、泊まらせてもらった"立場"に自分はあるのだと自覚した。と同時にしくじった、と心底思った。
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<しくじった 前日譚>
「死ぬはおわりって事なんだよ」
酔っ払いが言った。今まで見た、酔っ払いの中でも酷いほうだった。ただ、彼女の話を聞いてしまえば、そうなるのも無理はないと同情した。
彼女の親友は死んだらしい。そしてその葬儀にも彼女は参列できなかったそうだ。親族の葬儀と被ってしまったとか。彼女の話す"親友"の話はとても面白い。豪快で根は明るいが性格が拗れているので、変な所で気をつかってパンクする不器用な人だった、らしい。
久しぶりに会って、呑んで過ごした一週間後に亡くなったそうだ。
「わるいねー!はは!こんなくらぁい話きかして」
「気になりませんよ?」
これは本当の言葉だった。酒の席で確かなのは、酔いが覚めれば日常があるという現実だけだから。
「……ふぅん?、___」
「あ、寝ちゃダメですよ〜お姉さん!飲みすぎちゃったら帰れませんよ?」
「終電まだでも!駅からここ遠いんですよー?」
反応が薄い。まずいぞ、このまま介抱するにしても、今日会ったばかりの赤の他人だ。どうしろと?放置するにしても、、
そうぐるぐると疲労困憊の中、唸るほど考えていた時に、
「ぅーん、、にぁ……死ぬってのは死んだらおわるから願ってんじゃない?救いがないから死ぬんじゃない?それをさ、おわらせないで生き地獄の中突き落とし続けてるのも大変だねぇ?社会ってのはぁああ〜」
「……………」
気づけば、既に終電はすぎていてもう今日は、タクシーをつかまえて連れて帰るしかない。と選択の余地もなかったのに、どうしてか心地よかった彼女のその柔らかいのに冷たい雰囲気の隙に一瞬、心の底から寂しいと言わんばかりの表情がみえた事に免じて介抱してやる事にした。
代金もまだ頂いてないことだし。
今は、とりあえず店じまいの支度をはやく済ませよう。と外にあった「すみれ」と大きく書かれた看板のあかりを落として、暖簾を下げた。
『___ってさ!どっかで本音言うたび思ってた。だから思っても言えなくなった。あんたのせいかもね、死にたくても死ねないの、あははは!こうなりゃ、このまま世紀末まで生きてやる!』
もう、思い出になるのか。
過去が続くんだ、きっとずっと。
霞む記憶を慈しむ
親友へ
今でも時々、思い出す。あんたの事は特に
数年前のあの日、悪酔いして介抱された時に出会った|菫《すみれ》さんとは今でもよく会って、酒を呑む。
最初のうちはあんたの事しか、話せなかった。
あんたはいつも、ヘラヘラしてどこか冷めてて、わたし、あん時あんたの気持ちが本当の意味でわかる日なんて一生こないって思ったんだ。
でもさ、それがわかってもわたしはあんたから離れたくなかったよ。あんたもそうだったといいな
あたしはもう、あんたの事思い出してあげる事しかできない。どこにも連れてやってやれないし、あんたの話を聞いてもやれない。
あたし、あんたと友達になれてよかった
---
頭の中で、あの子に送る手紙を書く。いつも違う内容になる。伝えたい言葉も伝わりたくない本音も、何から何まで違う。
もう、あたしはあの子と同じ場所にはいない
ライターも紙煙草も、もう持ち歩かなくなった。
今では1人で毎日、毎日、仕事に明け暮れてる。
学生の時は、自分がまさかこんなに立派に社会人として生きてるなんて思わなかった。
「はぁあああああ〜〜〜………」
カチッカチャカチャ
電子タバコの電源を入れて、口に咥える。
「すうぅ」
鼻で思い切り、酸素をとりこんで吐き出す。
「すぅぅうう、ふぅ」
タバコは今じゃ、前よりあまり吸わなくなった。
おかげで、財布が潤ってるよ。
「………過去が続いていくことはなかったよ」
「あんたがどんどん、遠のいてくのは日に日に理解ってたけど、ね」
タバコを機械から抜いて、灰皿へ放り込む。
「あたしも、そろそろ進んでいいでしょ?」
---
追伸
ごめんね
こんな弔い方になって
クローゼットの奥にある、随分前にクリーニングに出した喪服はきっと今頃埃を被っているのかも、