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最期に贈る鼓動
My Story
病院の白い天井を見上げるたび、いつ止まるか分からない自分の心臓の音がうるさかった。
「いつか、健康になったら一緒に海を見に行こうね」
そう言っていつも隣で笑ってくれたのは、彼氏のINI・木村柾哉だった。アイドルという忙しい立場でありながら、柾哉は私の体を一番に考え、どんなに疲れていても病院に通ってくれた。私にとって彼は、生きるための唯一の光だった。
ある日の夜遅く、病院の電話が鳴った。
「……ドナーが見つかりました」
医師のその言葉に、胸が跳ねた。これでやっと、苦しみから解放される。柾哉と、本当の意味で未来を歩ける。すぐに柾哉に連絡を入れたけれど、なぜかその日に限って既読がつかなかった。「きっと仕事が忙しいんだな」と思いながら、私は手術室へと運ばれていった。
麻酔の意識が薄れ、長い闇から引き戻されるように目を覚ましたのは、それから何時間後だったか。
喉の渇きと、胸のあたりに鈍い痛みを感じながら目を開けると、病室の窓際にメンバーの西洸人が立っていた。
「……洸人くん?」
かすれた声で呼ぶと、洸人はハッとした顔をして近づいてきた。
「美穂、目が覚めたか。……よかった」
その顔は、手術が無事に終わったという安堵の表情というよりも、何か重いものを飲み込んでいるような、ひどく切なげな顔だった。
「ねえ、柾哉は? 今日、手術だって知ってるはずなのに……来てないの?」
あたりを見回しても、柾哉の姿はどこにもない。忙しい人だから、仕事で遅れているんだろう。そう思って尋ねた私に、洸人は言いにくそうに小さく息を吐いた。そして、バッグから一通の封筒と、一台のビデオカメラを取り出した。
「これ……柾哉から預かってる」
「……え?」
手渡されたビデオカメラの重みが、やけにずっしりと手に響いた。胸のざわめきを抑えられないまま、私は震える指で再生ボタンを押した。
画面に映し出されたのは、いつもの見慣れた、少し照れくさそうに笑う柾哉の顔だった。
『美穂、この動画を見てるってことは、手術も終わってるし、この世に俺はいないってことだよね、笑。』
最初から何を言っているのか分からなかった。鼓動が急に早くなる。
『本当にごめん。実は、心臓移植のドナーは俺でした。隠しててごめん。今日で付き合って3年だったね。こんな大切な日にごめんね。』
「……嘘……」
『俺は美穂に長生きして欲しくて、俺の心臓を移植しました。俺がどうなっても、美穂が守れればよかったからさ。これが俺の出した答えです。もう俺は美穂と楽しいことできないけど、俺以外のメンバーたちが幸せにしてくれるよ。俺は美穂の体の中にいるから、ずっと一緒だよ。愛してる。』
動画の柾哉は、最後まで泣き叫ぶことなく、いつも通りの優しい笑顔でカメラを見つめていた。
画面がプツリと暗転する。
「やだ……嘘だ……嘘だよ、柾哉……っ!」
私の胸のなかで、ドクン、ドクンと、力強い音が響いていた。それが、彼が命を削って私に託してくれた心臓の音なのだと気づいた瞬間、涙がとめどなく溢れ出た。私は新しい胸を抱きしめるようにして、ベッドの上で崩れ落ちた。大声で泣き叫ぶ私を、洸人はただ黙って、優しく背中をさすり続けることしかできなかった。
涙が枯れ果てたころ、洸人が静かに言った。
「……これも、一緒に預かったんだ」
そう言って、先ほどの封筒をそっと私の膝の上に置いた。
震える手で封筒を開けると、中から出てきたのは、ピカピカに輝く二つの結婚指輪と、すでに出発地や名前が丁寧に書かれた「婚姻届」だった。
そして、その上に添えられた小さなメモ帳。
そこには、柾哉のきれいな字で、たった一言こう書かれていた。
「結婚しよう」
その文字を見た瞬間、涙の堰が再び切れた。
私の新しい胸の中で、柾哉の心臓が熱く、温かく脈打っている。彼が私にくれた未来を、彼の温もりを感じながら生きていく。
「……する、だよ……馬鹿だなぁ、柾哉……っ」
誰もいない病室で、私はそのメモ帳を胸に強く押し当て、彼の名前を何度も泣きながら呼び続けた。