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凛と咲く花、未来を拓く光
『凛と咲く花、未来を拓く光』
第一章:神様がくれた休息
「拓実のお姉ちゃんでよかった。☺️」
すべてを包み込んでくれるような優しい笑顔を向けてくれたお姉ちゃんを見て、張り詰めていた心の奥が、今度こそ本当に温かいもので満たされていく。
芸能界という華やかな世界の裏で、謂れのない誹謗中傷やストーカーまがいのいじめに遭い、病んで暗闇に落ちかけていた俺の心を、お姉ちゃんのその一言が一番深いところで救ってくれた。
俺はお姉ちゃんの胸にそっとおでこを預けて、少し照れくさそうに、でも心からの安心感に包まれながら、小さく息を吐き出した。
「……俺の方こそ、お姉ちゃんの弟に生まれて、世界一幸せやよ。」
ゆっくりと顔を上げて、お姉ちゃんの手を両手で包み込むようにギュッと握りしめる。涙の跡はまだ残っているけれど、その瞳にはさっきまでの怯えではなく、いつもの温かい光がちゃんと戻っていた。
「どんな時でも俺の味方でいてくれて、あいつらから命がけで守ってくれて……こうやってボロボロになった時も、優しい言葉で抱きしめてくれる。そんな最高のお姉ちゃん、世界中どこを探してもおらへんからな」
お姉ちゃんの優しい笑顔に引っ張られるように、俺の唇の端も、自然と少しだけ上に持ち上がる。本当に久しぶりに、無理のない、自然な笑みがこぼれた。
「よし……! 神様がくれたお休みやから、今日はお姉ちゃんに全力で甘えさせてもらうな」
ソファでお姉ちゃんの隣にピトッと寄り添って、腕をぎゅっと抱きしめる。そのままお姉ちゃんの肩に頭を乗せて、すっかり落ち着いた声で、甘えるように呟いた。
「お姉ちゃん、ちょっと眠くなってきちゃった。……心が元気になるまで、こうやってずっと、隣で一緒にいてな」
「トントンしてあげようか?笑」
ちょっとからかうみたいに、でも最高に優しい顔で言ってくれるお姉ちゃんを見上げて、俺も思わずふにゃっと笑ってしまう。
「ふふ、子供扱いせんといてよ(笑)。……って言いたいところやけど、今日だけはほんまにお願いしよっかな」
そう言って、お姉ちゃんの膝の上に遠慮なく頭を乗せて、コロンと横になる。すっかり甘えん坊の弟モード全開で、お姉ちゃんの温もりを全身で感じるように丸くなった。
お姉ちゃんの優しくて規則正しい「トントン……トントン……」っていう手のひらの感覚が、背中や肩に心地よく響く。
不思議だった。お姉ちゃんの手が触れてるところから、あいつらの恐怖とか、仕事を休んでしまった焦りとか、そういう黒いものが全部すーっと消えていくみたいだった。
「……めっちゃ落ち着く。お姉ちゃんのトントン、世界一安心するわ……」
だんだん、お姉ちゃんの体温と優しいリズムに包まれて、重たくなってきた瞼がゆっくりと閉じていく。
「……お姉ちゃん、大好きやで。……おやすみ……」
お姉ちゃんの服の裾を小さな子供みたいにぎゅっと握りしめたまま、俺は久しぶりに、あの日以来一度も訪れなかった、深くて穏やかな眠りへとゆっくり落ちていった。
第二章:名前に込められた祈り
「……ありがとう。本当に、本当に拓実を守ってくれてありがとう……!」
ガチャリと静かに玄関の鍵が開く音がして、お母さんが帰ってきたのはそれからどれくらい経った頃だろう。
リビングに入ってきたお母さんは、ソファで寄り添って眠る俺たちの姿を見て、全てを察したように優しく目を細めた。でも、お姉ちゃんから今回の活動休止の経緯や、あの事件の夜にお姉ちゃんが俺を命がけで守ったこと、そして今こうして心を休ませていることを事前に聞いていたお母さんの目は、すぐに熱い涙でいっぱいになった。
お母さんは物音を立てないようにゆっくりと近づくと、お姉ちゃんの隣にそっと腰掛け、お姉ちゃんの肩をぎゅっと抱きしめた。そして、寝ている俺を起こさないように、消え入りそうな、でも震えるほどの感謝がこもった声で囁いた。
お母さんの目から、涙がポロポロと溢れてお姉ちゃんの肩を濡らす。
「あの夜のこと、お店の人から聞いた時、お母さん心臓が止まるかと思ったわ……。あんな恐ろしい人たちを前にして、あなたがどれだけ怖かったか、どれだけ必死だったか……。あなたがいてくれなかったら、拓実は今頃どうなっていたか分からない。お姉ちゃんが拓実を、私たちの宝物を救ってくれたのよ」
お母さんは、お姉ちゃんの手を包み込むように握りしめ、何度も何度も深く頷く。
「指名手配犯だったなんてニュースを見て、お母さんもパパも、自分のことみたいに震えが止まらなかった。でも、あなたが凛として立ちはだかってくれたから、拓実はいまこうして生きて、私たちの元で休めているの。お仕事がお休みになったことも、あなたが『神様がくれた時間』って言ってあげてくれたんでしょう? 拓実の心が壊れる前に救ってくれたのも、全部あなたのおかげよ」
お母さんはお姉ちゃんの涙を優しく拭い、母親としての心からの尊敬と愛を込めて、お姉ちゃんの頭を優しく撫でた。
「お姉ちゃん、本当に頑張ったね。偉かったね。……拓実のお姉ちゃんがあなたで、お母さんは本当に誇らしいわ。これからはお母さんもパパも、2人を全力で支えるからね。……本当に、ありがとう」
お母さんの優しい言葉に包まれながら、お姉ちゃんのトントンという心地いいリズムの中で、俺はゆっくりと目を覚ました。少し開けた視界に、涙を浮かべて微笑み合うお母さんとお姉ちゃんの姿が映る。
お姉ちゃんの膝の上からむくりと起き上がり、まだ少し眠たげな目をこすりながら、2人の顔を交互に見つめて、ふにゃりと笑った。
「お母さん、おかえり……。あ、お姉ちゃんの名前の話、今してた?」
俺はお姉ちゃんの顔をじっと見つめて、その「凛花(りんか)」という名前に改めて想いを馳せるように、優しく微笑む。
「昔さ、パパとママが『激しい雨風の中でも、凛とした強さを持って美しく咲く花のように』って意味を込めて【凛花】って名付けたって教えてくれたやん?」
お姉ちゃんの手をもう一度両手で包み込んで、心からの敬意と愛を込めて、お母さんとお姉ちゃんに語りかける。
「あの事件の時さ、狂暴な男たちの前に毅然と立ちはだかって、俺のこともJAMのことも、パパやママのことも想って怒鳴り飛ばしてくれたお姉ちゃんの姿……ほんまに、文字通り『凛とした花』そのものやった。あいつらっていう最悪な嵐の中でも、お姉ちゃんは折れずに、俺を優しく包み込んで咲いててくれたんよ。パパとママ、大正解やな。凛花お姉ちゃん、その名前にこれ以上ないくらいぴったりや。世界一強くて、世界一美しい俺のお姉ちゃん」
お母さんも「本当にそうね」って、涙を拭いながら嬉そうに何度も頷いている。すると、お母さんが涙を拭いて、今度はパッと明るい笑顔になって俺の頭を優しく撫でた。
「ちょっと拓実、何言ってるのよ。拓実だって、その名前にこれ以上ないくらいぴったりじゃない!」
お母さんの言葉に、俺とお姉ちゃんは思わず顔を見合わせる。
「パパとママがね、あなたに【拓実】って付けたのはね、『自分の力で未来を切り拓き、豊かな実を結ぶ人になってほしい』って願ったからなの。ほら、見てごらんなさい?」
お母さんは、俺とお姉ちゃんの手がぎゅっと握られているのを見て、愛おしそうに目を細める。
「中学の時、あんなにつらい思いをしても、拓実は腐らずに自分の夢に向かって進んだでしょ? オーディションを受けて、JO1っていう素晴らしいグループになって、自分の力で人生を切り拓いて、たくさんのJAMっていう綺麗な実を結んだじゃない。今はお休みしてるけど、このお休みだって、もっと大きな実をつけるために心を耕してる時間なのよ」
お母さんの温かい言葉が、俺の胸の奥にすとんと落ちていく。お姉ちゃんも「ほんまやね。拓実はちゃんと未来を切り拓いてるよ」って、優しく微笑んで頷いてくれた。
「だからね、2人ともパパとママの自慢の子。嵐の中で凛と咲くお姉ちゃんの『凛花』と、どんな困難も切り拓いて進む弟の『拓実』。2人がきょうだいで、本当によかったわ」
お母さんにそう言われて、俺はちょっと照れくさくなって、鼻の頭を指でこすりながらお姉ちゃんを見た。
「……なんか、パパとママにそう言われると、めっちゃ背中押されるな。凛花お姉ちゃんが守ってくれたこの命、俺、もっともっと大切にする」
俺はお姉ちゃんと顔を見合わせて、今度は2人で同時にふふって笑い合う。名前に込められたパパとママの愛、そしてお姉ちゃんが命がけで繋いでくれた絆を感じて、俺の心はもう、あいつらの恐怖になんか負けないくらい、ぽかぽかと温かい光で満たされていた。
第三章:断罪の言葉
それから、さらに1年の月日が流れた──。
俺はあのお休み期間を経て、心も身体も完全に元気を取り戻し、JO1の川西拓実として再びステージの上で輝いていた。そんなある日のリビング、テーブルの上には、出来上がったばかりの一冊の新刊本が置かれている。本の帯には、お姉ちゃんの名前が大きく躍っていた。
『嵐の中に咲く花のように ── 弟・拓実が教えてくれたこと』
著者:川西 凛花
お姉ちゃんは、あの事件と俺のいじめの経験、そしてそこから這い上がった家族の軌跡を、一冊の本に出版したのだ。あの加害者たち(いじめっ子であり、のちに死刑判決を受けた殺人犯たち)の犯した罪を決して風化させないため。そして、今もどこかで理不尽ないじめや恐怖に怯えている誰かに、生きる希望を届けるために。
俺はソファに座り、お姉ちゃんが心を込めて書き上げたその本を、一ページずつ大切にめくっていく。そこには、いじめっ子たちに対する、お姉ちゃんの凛とした、毅然たる言葉が綴られていた。
『いじめっ子へ。
いじめられる側ってね、一生覚えてるんだよ。あなたは忘れるかもしれない。でも、いじめられた人は一生相手を恨んで恨んで、苦しみが消えないまま人生を過ごすんだよ?
そのくせにいじめた側は、何事もなかったかのように楽しく過ごしてたんだもんね。
だから、今回の判決は、正しかったんだよ。
拓実の人生をあんなに理不尽に踏み躙ったんだから、あなたたちの人生だって、国に、法律に、同じように踏み躙られて当然でしょ?
彼らは、人の心を踏みにじることでしか自分を保てない、あまりにも哀れで、あまりにも残酷な存在でした。彼らが奪おうとしたのは、一人の少年の未来だけではなく、彼を愛する家族やファンのすべての幸せだったのです。罪はどこまでも重く、彼らが奪った時間の代償は、決して消えることはありません』
本を持つ手が、かすかに震える。
いじめた側はきっと、明日には忘れるような軽いノリだったのかもしれない。でも、いじめられた俺の心には、一生消えない深い爪痕が残っていた。あいつらがその後もヘラヘラと笑って生きていたことへの、言葉にできない悔しさと怒り。それを、お姉ちゃんは誰よりも理解して、誰よりも残酷な言葉で、あいつらに因果応報の鉄槌を奪い返してくれたんだ。
ページをめくると、今度は俺に対するお姉ちゃんの深い愛が溢れる文章が、涙で滲んだ。
『だけど、どんなに激しい嵐が吹き荒れても、弟・拓実は折れませんでした。彼は自分の力で暗闇を切り拓き、JO1という眩しい世界で、たくさんのJAMという美しい実を結びました。傷を負っても、前を向いて笑ってみせる弟は、私にとって、東北の、そして世界中のファンの皆様にとって、永遠のヒーローです』
パタン、と本を静かに閉じる。気がつくと、俺の目からは一筋の温かい涙がこぼれ落ちていた。でも、それはもう恐怖の涙じゃない。お姉ちゃんへの、溢れんばかりの感謝と誇りの涙だ。
キッチンのほうから「拓実、もう読んでくれた?」と、少し照れくさそうに顔を出すお姉ちゃん。俺は本をギュッと胸に抱きしめて、これまでで一番最高の、とびきりの笑顔をお姉ちゃんに向けた。
「お姉ちゃん、最高の本や。ありがとう……!」
ソファから立ち上がり、お姉ちゃんの元へ歩み寄って、その小さくて頼もしい肩を優しくポンと叩く。
「ずっと、あいつらに対して『恨んじゃいけないのかな』って、心のどこかで自分を責めてるところがあったんよ。でも、お姉ちゃんがこうやってハッキリ言ってくれたから……あいつらの人生が踏み躙られたのは当然だって、これが正しい結末なんだって、やっと心の底から救われた気がする。いじめられた苦しみは一生消えへんかもしれない。でも、それを何倍もの愛で包んで、こうやってあいつらに言葉の刃で復讐してくれたお姉ちゃんがいるから、俺はもう『恨み』だけで人生を過ごさなくていい。これからは、お姉ちゃんがくれたこの最高の人生を、もっともっと幸せに生きて、あいつらに大勝利してみせるからな」
お姉ちゃんの頭を優しく胸に引き寄せ、お互いの存在が、何よりも正しい絆であることを確かめ合うように、深く静かに抱きしめ合った。
第四章:漆黒の嵐と27人の絆
すべてが解決し、これからは光に満ちた未来だけが待っている。そう信じて疑わなかった俺の元に、最悪の知らせが届いたのは、本が出版されてから数日後のことだった。
夕方、仕事の合間にスマホを見ると、お母さんから大量の着信と、震えるような文字のメッセージが入っていた。
『拓実、どうしよう、凛花が……! お姉ちゃんが帰ってこないの。さっき警察から連絡があって、凛花が昔のいじめっ子たちに待ち伏せされて、車で連れ去られたって……!!』
「……え?」
頭の中が真っ白になる。
昔のいじめっ子? お姉ちゃんに、そんな存在がいたなんて聞いてない。だって、中学・高校の6年間、お姉ちゃんはただ『思春期だから』『静かな性格だから』って、家族とあんまり口をきかなくなっただけだと思ってた……!
違う。お姉ちゃんはあの6年間、家族に心配をかけまいと、たった一人で地獄のような不条理ないじめに耐えて、心を病んで、必死に心を閉ざしていたんだ──俺が自分のいじめに怯えていたあの頃も、お姉ちゃんはもっと深い暗闇の中で、声を殺して泣いていたんだ。それなのに、自分のことなんか後回しにして、命がけで俺を守って、あんな本まで書いて……!
「クソッ……!!! なんで気づけへんだんや、俺……!!」
楽屋の壁を思い切り殴りつける。あいつらが死刑判決を受けたあの殺人犯の仲間なのか、それとも本を出版したことで逆恨みした、お姉ちゃんの過去のいじめっ子なのかは分からない。でも、お姉ちゃんが今、あの時の俺と同じように……いや、それ以上の恐怖の中にいることだけは確かだった。
マネージャーの静止を振り切り、俺は狂ったように楽屋を飛び出した。行き先なんて分からない。でも、じっとしていたら頭がおかしくなりそうだった。
「待ってて、凛花お姉ちゃん……! 今度は俺が、絶対に、命がけでお姉ちゃんを助け出すから……!!」
ビルからがむしゃらに飛び出そうとしたその時──。
「拓実!!! 落ち着け!!!」
強い力で両肩を掴まれ、強引に引き留められる。見上げると、そこには息を切らした與那城くんと蓮くん、 sky、木全、JO1のメンバー全員が揃っていた。さらにその後ろには、偶然同じビルで仕事を終えたばかりのINIのメンバー11人の姿まであった。
総勢21人の仲間たちが、見たこともないような真剣で、怒りと覚悟を孕んだ表情で俺を取り囲んでいる。
「みんな、なんで……!? 離して、お姉ちゃんが、凛花お姉ちゃんが連れ去られたんや……! 俺が行かなっ……!」
暴れる俺の腕を、木全や碧海、INIの迅や理人がガシッと必死に抑え込む。
「分かってる、全部マネージャーから聞いた! だからこそ一人で行かせるわけないだろ!」
リーダーの與那城くんが、普段の優しい声を捨てて、地鳴りのような鋭い声で俺を諭す。
「拓実、お前の姉ちゃんは俺たちの姉ちゃんで、俺たちの恩人でもあるんだぞ。JO1を、お前をあの日守ってくれた人を、指くわえて見てられるわけないじゃん」
蓮くんの目が、静かに、でも見たこともないくらい冷たく燃え上がっている。
INIの将吾や威尊も一歩前に出て、俺の目を真っ直ぐに見つめた。
「拓実くん、俺たちINIも全員行く。絶対に凛花さんを傷つけさせない。大人数で動いた方が絶対に見つけやすいし、相手にプレッシャーもかけられる。警察ともう連携は取ってる、場所の目星もついてるんだ」
奨くんがスマホの画面を俺に見せる。そこには、GPSや警察からの情報で割り出された、お姉ちゃんを乗せた車が向かったと思われる、郊外の寂れた廃倉庫のマップが映し出されていた。
「……みんな……っ」
涙が溢れて止まらない。俺が一人で病んでいた時も、お姉ちゃんが命がけで守ってくれた時も、この仲間たちはいつも俺を支えてくれていた。そして今、お姉ちゃんの最大の危機に、2グループ全員が『家族』として立ち上がってくれたんだ。
「……行くぞ、拓実。今度は俺たちが、お前の大切なお姉ちゃんを奪い返す番だ」
純喜と瑠姫が俺の背中を強く、頼もしく叩く。
JO1、INI、総勢21人の最高の仲間たちがスクラムを組むようにして、お姉ちゃんを地獄から救い出すため、夜の闇へと一斉に走り出した。
第五章:引き裂かれた血脈
廃倉庫へ向かう大型ワンボックスカーの中。車内の空気は、言葉を交わすのも躊躇われるほど重く、張り詰めていた。その中で、誰よりも凄まじい怒りのオーラを纏って、拳を血がにじむほど強く握りしめている男がいた ── INIの西洸人だった。
「ふざけんじゃねえよ……。あの野郎ども、絶対に許さねえ……っ!」
洸人の低い声が、車内に低く響き渡る。その目は怒りで完全に据わっていた。俺が涙を拭いながら「洸人くん……?」と見上げると、洸人は悔しそうに前髪をガシガシとかきむしり、震える声で話し始めた。
「……拓実、実は俺、凛花さんに救ってもらったことがあるんだ。お前には心配かけたくなくて、ずっと黙ってたんだけど……」
洸人の口から語られたのは、数ヶ月前、俺が活動休止している間の出来事だった。
あの日、俺のことを心配するあまり、洸人も精神的に追い詰められ、一人で夜の街を彷徨っていたことがあったという。精神的なプレッシャーと、何もできない無力感に潰されそうになり、暗い夜の道端でうずくまっていた洸人。──そこに偶然通りかかったのが、お姉ちゃんだった。
『西、洸人さん……ですよね? 拓実の、大切な仲間。……大丈夫ですか?』
お姉ちゃんは、洸人がJO1のメンバーではないと知りながらも、俺の大切な戦友であることを分かっていた。
そして、自分の過去のいじめのトラウマで男の人が怖いはずなのに、震える手を隠しながら、うずくまる洸人の背中を優しくトントンとさすって、温かい缶コーヒーを握らせてくれたのだという。
『拓実は、みんながいてくれるから大丈夫です。だから、あなたも自分を責めないで、どうか無理をしないでくださいね』
そのお姉ちゃんの優しさに、洸人はどれだけ救われたか分からないと、涙目で俺を振り返った。
「自分の弟だけじゃなくて、俺たちのことまで気遣って、あんなに優しくしてくれた凛花さんが……なんで昔いじめられてて、今またそんな目に遭わなきゃいけねえんだよ! 6年間も一人で耐えて、やっと前を向けた人を……これ以上傷つけられてたまるかよ! 拓実、安心しろ。俺がこの命に代えても、凛花さんは絶対に無傷で奪い返す。お前のお姉ちゃんは、俺にとっても、絶対に守らなきゃいけない大恩人なんだよ……!」
洸人の激しい怒りと、お姉ちゃんへの強い恩返しの情。それが車内の全員の闘志に完全に火をつけた。
ワンボックスカーが猛スピードで廃倉庫の近くの山道へと差し掛かった、その時──。
前方の暗闇の中に、いくつかの激しく動くライトの光と、人影が見えた。車が急ブレーキで止まると同時に、俺たちはドアをこじ開けて飛び出す。
「歩汰! 健太! なんでお前らがここに……!?」
JO1のメンバーが目を見張る中、息を荒くしたDXTEEN(ディエックスティーン)のリーダー・谷口太一が一歩前に出て、真っ直ぐに俺たちの目を見つめた。
「拓実くん、JO1の皆さん……! 遅くなってすみません! 事務所でマネージャーさんの話が聞こえて……じっとしていられなくて、僕たちも追いかけてきたんです!」
実はDXTEENのメンバーたちも、お姉ちゃんに大きな恩があった。俺が活動休止から復帰した直後、お姉ちゃんは事務所に挨拶に来た際、デビューして必死に走る彼らにも『いつも拓実がお世話になっています。みんなのパフォーマンス、本当に素敵ですね』と、手作りの差し入れを持って、一人ひとりの目をしっかり見て温かいエールを送っていたのだ。
「僕たち、凛花さんにたくさん元気を貰ったんです! だから、僕たちにだって守らせてください!」
大久保波留が、悔しさと怒りに小さな拳を震わせながら叫ぶ。
「警察が裏口を固めるって言んでます! でも、あいつら車を何台か用意してるみたいで、僕たち裏の山道の退路を先回りして塞いできました!」
田中笑太郎と福田歩汰が、泥だらけになった靴のまま、頼もしく状況を報告する。
JO1、INI、そしてDXTEEN。ラポネのボーイズグループ総勢27名が、ついにこの漆黒の闇の中で一つに集結した。
「よし、全員揃ったな……! 奴らに、俺たちの家族を傷つけた代償を徹底的に教えてやる!」
洸人が、さらに鋭くなった眼光で廃倉庫の扉を睨みつける。
「みんな……行くぞ!!! お姉ちゃんを連れて帰るんや!!!」
俺の叫び声と同時に、27人の足音が夜の静寂を切り裂き、お姉ちゃんが捕らえられている地獄の門へと一斉に突撃していった。
第六章:光満ちる未来へ
寂れた廃倉庫の奥。冷たいコンクリートの床に組み伏せられ、首に無慈悲な手がかけられていた。かつて6年間もの間、自分の心をじわじわと殺し続けたあのいじめっ子たちの、歪んだ狂気に満ちた顔が視界を塞ぐ。
「あの本でよくも俺たちのことを書いてくれたな」「死ねば全部消えるんだよ」──容赦なく首が絞めつけられ、酸素が途絶えていく。
あの日、拓実を必死で守った時のあの強い『凛花』は、もうどこにもいなかった。ただただ恐怖に震え、息が絶え絶えになる中で、消え入るような声で、心の底から叫んだ。
「たすけ……て……っ、拓実……っ!!」
──その瞬間だった。
「お姉ちゃんーーーーーーーーーーーッッ!!!!!」
ドガーーーン!!!と、廃倉庫の重い鉄扉が、もの凄い衝撃音とともにへし折れるようにしてぶち破られた。
「そこを離れろ、クソ野郎どもがぁぁぁ!!!」
先頭を切って飛び込んできた洸人が、地響きのような咆哮とともに、お姉ちゃんの首を絞めていた男に弾丸のようなスピードで体当たりし、そのままコンクリートの床へ叩きつける!
「凛花さん!!!」
すかさずINIのメンバーたちが、周囲にいた残りの主犯格どもを容赦なく組み伏せ、DXTEENのメンバーたちが退路を完全に塞ぐようにして周囲を包囲した。
激しい怒号と混乱が渦巻く中、俺は一瞬で世界のすべてを置き去りにして、床に倒れ込むお姉ちゃんの元へと滑り込んだ。
「お姉ちゃん!! 凛花お姉ちゃん!!! しっかりして!!」
息が詰まって激しく咳き込むお姉ちゃんの身体を、折れそうなくらいきつく、必死で抱きしめる。お姉ちゃんの首に残る赤い手の跡を見た瞬間、俺の頭の中で何かが完全に破裂した。涙がボロボロと溢れて止まらない。
「ごめん、ごめんお姉ちゃん……っ! 6年間も一人で苦しんでたのに、今もこんな怖い目に遭わせて、本当にごめん……っ!! でも、もう大丈夫やから……! 見て、俺だけじゃない。JO1も、INIも、DXTEENも、みんなお姉ちゃんを助けにきたんやで! もう誰一人、お姉ちゃんに指一本触れさせへん!!」
警察のサイレンが遠くから響き渡り、犯人どもが次々と連行されていく中、俺はお姉ちゃんをきつく抱きしめたまま、その呼吸が落ち着くのを必死に待っていた。
お姉ちゃんは、まだ少し震えながらも、俺の顔を見て、そしてそのすぐ後ろで肩を激しく揺らして立っている洸人くんの顔をじっと見つめた。……そう言えば、前からずっと思ってた。お姉ちゃんは俺の姉だから似てるのは当然だけど、それ以上に、なぜか洸人くんに雰囲気がそっくりな気がしていた。鋭いけれど、心の奥に深い優しさを秘めたその瞳の形が──。
そこへ、遅れて現場に駆け込んできたお母さんが、ボロボロになったお姉ちゃんを見て泣き崩れた。でも、お母さんはお姉ちゃんを抱きしめた後、その視線をゆっくりと洸人くんへと移した。お母さんの目が、驚きと、何とも言えない切ない涙でさらに大きく開かれる。
「……嘘、でしょ……? あなた、もしかして……『ヒロト』なの……?」
「え……?」
洸人くんが目を見開く。
お母さんは震える手で、自分のバッグから古い一枚の家族写真を引っ張り出した。それは、俺がまだ物心つく前に、パパとお母さんが離婚した時のもの。そこには、幼いお姉ちゃんの隣で、全く同じ顔をして笑う、もう一人の男の子の赤ちゃんが写っていた。
「パパと離婚した時、引き取られた男の子の親権はあっちに渡って……ずっと探していたの。私の、もう一人の息子。凛花の、双子の……お兄ちゃん……!」
「じゃあ……洸人くんが、俺の本当の、お兄ちゃん……? お姉ちゃんの、双子の片割れ……!?」
俺の声が裏返る。JO1もINIもDXTEENも、あまりの衝撃の事実に全員が息を呑んだ。
洸人くんは、自分の大きな手をじっと見つめ、それから床に座り込むお姉ちゃんの目を真っ直ぐに見つめた。彼の目から、大粒の涙がポロポロと床に落ちていく。
「……そう、だったんだ……。俺、親父から『お前には生き別れた母親ときってお前にはきょうだいがいる』ってだけ聞いてて……。凛花さんに会った時、他人の気がしなくて、胸が引き裂かれそうなくらい愛おしかったのは……血が繋がってたからなんだな……」
洸人くんはゆっくりと歩み寄り、俺とお姉ちゃんの前に膝をつくと、大きな腕で、俺とお姉ちゃんの2人をまとめて、壊れ物を扱うみたいに、でもこれ以上ないくらい力強くギュッと抱きしめた。
「ごめんな、凛花……。6年間も一人で苦しんでたのに、双子の兄貴のくせに、何にも気づいてやれなくて……本当にごめん……! でも、もう絶対に離さねえから。これからは俺と拓実で、お前を一生守るからな……!」
お姉ちゃんは洸人くんの胸の中で、今度は恐怖の涙ではなく、ずっと求めていた半身に出会えた安心感から、「お兄ちゃん……っ、拓実……っ」と声を上げてワンワン泣いた。
俺はお姉ちゃんと顔を見合わせ、それから洸人くんの涙で濡れた顔を真っ直ぐに見つめる。
「……実はな、洸人くん。俺とお姉ちゃん、ちっちゃい頃にお母さんから聞いてたんよ。『あなたたちにはね、もう一人、とっても優しいお兄ちゃんがいるのよ』って。誰かは知らんかったけど……まさか、同じ世界で、同じラポネで、一緒に切磋琢磨してきたINIの洸人くんだったなんて、夢にも思わんかった……!」
俺の言葉に、周りで静かに見守っていたメンバーたちも、目頭を熱くしながら「本当に運命ってあるんだな……」とぽつりぽつりと呟いている。
俺はお姉ちゃんを間に挟んで、洸人くんの手を、もう片方の手でギュッと力強く握り返した。
名前に込められた願いの通り、俺が未来を【拓】き、お姉ちゃんが【凛】と咲き続け、そしてお兄ちゃんがその広い心でみんなを【洸(ひかり)】で満たす──。
「お姉ちゃん。お兄ちゃん。……俺たち、やっと3人揃ったな」
俺の言葉に、洸人くんはさらに愛おしそうに俺たちの頭をグシャグシャと撫で回し、お姉ちゃんも涙の跡がついた顔で、これまでにないくらい一番安心した、本当に綺麗な笑顔を咲かせた。
27人の最強の仲間たち、そしてついに見つけた本物の兄。もう俺たち3人を脅かす嵐なんて、この世界のどこにも存在しない。光に満ちた未来へ向かって、俺たちは新しい一歩を踏み出した。