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4月ー桜と共に②
前回の続きです。シリーズも作ろうと思ってます。前回は色々詰め込みすぎたので軽めにしたつもりです。
入学式から数日。本格的な授業が始まった。私立女子中学校の授業スピードは想像以上に早く、特に数学の時間は、黒板がどんどん数式で埋まっていく。「――というわけで、この問題の解き方は今説明した通り。じゃあ、次の例題を誰かに解いてもらおうかな」教壇に立つ数学の教科担任、少し厳し目のベテラン・佐藤先生が、眼鏡の奥の目を光らせて名簿に目を落とした。教室にピリッとした緊張が走る。当てられたくない生徒たちが、一斉に下を向いて「当てないでオーラ」を出し始めた。(やばい、全然意味わかんない……。解き方のステップ2あたりから完全に迷子なんだけど!)舞は冷や汗をかきながら、必死に教科書とノートを睨みつけていた。中学受験を突破したとはいえ、算数から「数学」に変わった途端、文字の扱いにつまずいていたのだ。「じゃあ……出席番号順で、長谷川さん。黒板に答えを書いてみて」「げっ」最悪のタイミングで名前を呼ばれ、舞の心臓が跳ね上がった。周りの席の子たちが「自分じゃなくてよかった」と密かに安堵の息を漏らすのが気配でわかる。(どうしよう、白紙で立つわけにはいかないし……)舞がガタガタと椅子を鳴らして立ち上がった、その時だった。前の席の葵が、すっと背筋を伸ばしたまま、自分のノートを少しだけ斜めに傾けた。舞の目線から、葵のノートがはっきりと見える。そこには、丁寧で美しい文字と図解で、佐藤先生が解説したばかりの「解き方の手順」が、どこよりも分かりやすく整理されて書かれていた。さらに、これから舞が解くべき例題のヒントになる部分に、小さな赤線まで引いてある。(……葵!)舞は救われた思いで、その美しいノートの軌跡を頭に叩き込んだ。教壇へ向かう短い歩みの間で、舞の持ち前の「ハキハキとした度胸」が戻ってくる。チョークを手に取り、黒板に向かう。葵のノートをヒントに、舞は迷いのない手つきで数式を書き進めていった。最後の一行を書き終え、「できた!」と心の中でガッツポーズをした瞬間、佐藤先生がじっと黒板を見つめて言った。「うーん、長谷川さん。答えは合っているけれど、途中のこの計算、ちょっと力技すぎるわね。もっとスマートな公式の使い方があったはずよ」少し意地悪な先生の指摘に、教室がまた静まり返る。せっかく正解したのに、と舞が少しむっとしたその時、今度は葵がすっと綺麗に手を挙げた。「先生」「はい、日向さん」「長谷川さんの解き方は、確かに公式通りではありませんが、前の単元で習った基礎を応用していて、とても確実な方法だと思います。私には思いつかない視点でした」葵は振り返り、舞に向かってふわりと優しく微笑んだ。その毅然とした、かつ誰も傷つけないフォローに、佐藤先生も「……そうね。確かに基礎がしっかりしていないとこの解き方はできないわ。長谷川さん、よく復習できているわね」と納得せざるを得なかった。「席に戻っていいわよ」と言われ、舞が席に戻ると、前の席の葵が小さく振り返った。「舞ちゃん、ナイスガッツ」「葵、ありがと。ノート見せてくれなきゃ詰んでた」舞が小声で囁くと、葵はクスッと笑った。「ううん。私はノートをまとめるのは得意だけど、あの緊張感の中で堂々と黒板に書ける舞ちゃんの度胸、本当にすごいなって思ったよ」「へへ、そっか? じゃあこれからも、葵がブレインで私が特攻隊長ってことで!」正反対な二人の、凸凹だけど無敵なコンビネーション。初めての授業は、二人の絆がまた一歩深まる、最高の時間になった。
**4月ー初めての放課後**
キーンコーンカーンコーン……。中学校に入って初めての「1日の授業」がすべて終わり、終礼のチャイムが響き渡った。「よし、今日の連絡は以上! みんな、部活の見学期間は今週いっぱいだから、しっかり見て回るようにね」高橋先生が教室を出て行った瞬間、それまで静かだった教室が一気にガヤガヤと騒がしくなった。あちこちで「何部見に行く?」「私、テニス部!」「一緒に行こう!」と、おろしたての制服を揺らした女の子たちが盛り上がっている。舞は机の上に突っ伏して、深いため息をついた。「はぁーー……終わったぁ……。初日から頭フル回転で、もう脳みそが限界なんだけど」そんな舞の前で、葵がすっと綺麗に振り返った。手にはすでに、図書委員の腕章とノートが握られている。「舞ちゃん、お疲れ様。初めての授業の日は、誰でも疲れちゃうよ」葵はいつものふわりとした優しい笑顔を浮かべた。「舞ちゃんはこれからどうするの? 級長の仕事がなければ、部活の見学とか行く?」「あー、部活ね……」舞は体を起こし、配られたばかりの『部活動紹介パンフレット』をパラパラとめくった。「実はさ、やりたいやつが2つあって、どっちにしようかマジで迷ってんだよね」「へえ、何と何で迷ってるの?」葵が興味津々で首をかしげる。舞はパンフレットの特定のページを指差した。「これと、これ」葵が覗き込んだそのページには、大きく二つの部活が載っていた。一つは、『茶道部』。もう一つは、『剣道部』。葵はぱちくりと目を丸くした。「茶道部と、剣道部……? すごいね、どちらも『道』がつく和風な部活だけど、雰囲気が全然違う気がする」「でしょ?」舞は腕を組んで、うーんとうなった。「剣道はさ、単純にカッコいいじゃん! バシッと防具つけて、大声出して、ストレス発散にもなりそうだし、私みたいなタイプに向いてるかなって。……でもね、実は密かに『茶道』にも憧れてるんだよね。私、普段ガサツだからさ、あのお淑やかで綺麗な所作を身につけたら、少しは大人っぽくなれるかなーって。あと、単純においしい和菓子が食べられるって噂だし!」舞が鼻をふくらませて熱弁すると、葵は「ふふっ」と愛おしそうにクスッと笑った。「確かに、和菓子は魅力的だね。でも、舞ちゃんが茶道部っていうのも、ギャップがあってすごく素敵だと思うな」「本当? でも私、正座とか3分で足が爆発する自信あるよ?」「あはは、それは練習すれば慣れるよ、きっと。……あ、そうだ!」葵が何かを思いついたように、パンフレットのある場所を指差した。「今日の放課後、茶道部も剣道部も、どっちも体験会やってるみたいだよ。私はこれから図書室の初仕事があるから一緒には行けないんだけど……まずは両方、自分の目で見てきたらどうかな?」「お、マジだ。よし、じゃあ早速行ってみるわ!」舞はガタッと椅子を引いて立ち上がり、カバンからスクールバッグへと荷物をまとめた。「葵、図書室の仕事がんばってね! 終わったら校門で待ち合わせしよ!」「うん、いってらっしゃい。舞ちゃんにぴったりな部活が見つかるといいね」葵に見送られながら、舞は期待と少しの緊張を胸に、教室を飛び出した。まずは、大きな掛け声が響いてくる体育館裏の武道場――剣道部から覗いてみることにした。
教室を飛び出した舞は、まずドタバタと激しい音が響く武道場へと向かった。重い扉を開けると、ツンとした竹刀と防具の匂いが鼻をくすぐる。「めーーーん!!」「どーーーう!!」床を激しく踏み鳴らす音と、お腹の底から出るような鋭い掛け声。防具に身を包んだ先輩たちが激しくぶつかり合う姿は、圧倒されるほどカッコよかった。(うわ、やっぱり剣道、超クール……!)舞が目を輝かせて見惚れていると、防具を外した凛々しい先輩が気づいて歩み寄ってきた。「新入生? 見学ありがとね! よかったら竹刀、振ってみる?」「えっ、いいんですか!?」手渡された竹刀は、思ったよりもずっしりと重い。先輩に教わった通りに構え、思い切り前へ踏み込んで竹刀を振り下ろしてみる。「やあーーーっ!!」ブンッ、と空気を切り裂くいい音が響いた。「おおっ!」と周りの先輩たちがどよめく。「君、すごく筋がいいよ! 体幹もしっかりしてるし、声もよく出てる。即戦力になれるよ、ぜひ剣道部へ!」手放しで褒められ、舞は「へへ、そうですか?」と鼻高々。大声を出して竹刀を振る爽快感は、まさに舞のイメージにぴったりだった。◇(剣道部、めちゃくちゃ楽しそうだったな……。でも、もう一つも見ておかなくちゃ!)舞は武道場を後にし、今度は校舎の奥にある作法室(和室)へと向かった。剣道部の喧騒とは打って変わり、廊下まで静まり返っている。「失礼します……」おそるおそる襖(ふすま)を開けると、そこは畳の敷かれた別世界だった。お香の優しい香りが漂い、上品に着物を着こなした外部指導の先生と、綺麗な姿勢で座る先輩たちがいた。「あら、見学の方ね。どうぞ、お上がりになって」優しく迎え入れられ、舞は緊張しながら畳に上がる。目の前で、先輩が流れるような美しい所作でお茶を点てていく。無駄のない動き、静寂の中に響くシャカシャカという茶筅(ちゃせん)の音。(すごい……。みんなお姫様みたいに綺麗……)自分のガサツさが恥ずかしくなるほどの美しい空間に、舞はすっかり圧倒されてしまった。そして、先輩が「どうぞ」と、可愛らしい桜の形の生菓子と、濃い緑色のお抹茶を差し出してくれた。(あ、これが噂の和菓子……!)一口食べると、上品な甘さが口いっぱいに広がる。その後でいただくお抹茶は、少し苦いけれど、すっきりとして驚くほど美味しかった。「どうかしら? 茶道は心がすっと落ち着くのよ」先生に微笑みかけられ、舞は「すごく、美味しいし、素敵です!」と感動を伝える。――が、その直後だった。(……あれ? 足の感覚が、ない?)体験が終わって立ち上がろうとした瞬間、舞の足にビリビリとした激痛が走った。「うおっ!?」完全に足が痺れた舞は、バランスを崩して畳の上で盛大にグラリとよろめいてしまった。「きゃっ!? 大丈夫!?」「す、すみませんっ! 足が爆発しました……!」赤面しながら平謝りする舞に、先生と先輩たちは「ふふっ、みんな最初はそうなのよ」と、顔を見合わせて上品にクスクスと笑った。カッコよくて爽快な「剣道部」。お淑やかで、でも足が死ぬ「茶道部」。(どっちも良すぎて、マジで選べないじゃん……!!)両足の痺れを引きずりながら、舞は約束の校門へと向かった。そこには、図書室の仕事を終えて、こちらを待っている葵の姿が見えた。
「うう……足が、足がまだジンジンする……」生まれたての小鹿のように頼りない足取りで、舞はなんとか夕暮れの校門へとたどり着いた。校門の脇、赤く染まった桜の木の下で、葵がスクールバッグを抱えて待っていた。「あ、舞ちゃん! お疲れ様」舞の姿を見つけると、葵の顔がぱっと明るくなり、ふわりとした笑顔で駆け寄ってきた。「どうだった? 剣道部と茶道部。……って、あれ? 歩き方がちょっと変だよ?」「聞いてよ葵~!」舞はがくっと葵の肩に寄りかかった。「茶道部で正座したらさ、マジで足が爆発した! 立ち上がろうとした瞬間に盛大によろめいちゃって、先輩たちに大爆笑(上品なクスクスだけど)されたんだから!」「ふふ、やっぱりそうなっちゃったんだ」葵は小さく笑いながら、舞の体を優しく支えてくれた。「でも、楽しかった?」「うん! 剣道部もめちゃくちゃカッコよくてさ、『即戦力になれる!』って先輩たちに大歓迎されたんだよね。竹刀振るの、超スカッとしたし」二人は並んで、夕日に照らされた帰り道を歩き始める。「へえ、剣道部ですごく褒められたんだ。じゃあ、部活は剣道部に決まりかな?」葵がそう尋ねると、舞は少しだけ真面目な顔をして、うーんと首を振った。「それがさ……私、『茶道部』にしようと思うんだ」「えっ? 茶道部?」葵は驚いて足を止めた。「てっきり、褒められてスカッとした剣道部にするんだと思ってた。足、あんなに痺れて大変そうだったのに、どうして?」舞は少し照れくさそうに頭をかきながら、夕空を見上げた。「いやさ、剣道部で大声出して暴れるのって、これまでの私そのまんまじゃん? 確かに楽しいし、得意なことやる方が楽なんだけど……」そこで言葉を一度区切り、隣を歩く葵を真っ直ぐに見つめた。「私さ、入学式の日に、誰にでもふわりと優しく笑える葵を見て、『うわ、めちゃくちゃ綺麗なお嬢様だな、素敵だな』って思ったんだよね」「え……? 私……?」予想外の言葉に、葵の綺麗な瞳が丸くなる。「そうだよ。私、自分のガサツなところも嫌いじゃないけど、葵みたいに上品で、周りをホッとさせるような綺麗な所作が出来る大人にも、ちょっと憧れるんだ。茶道部の作法室に入ったとき、あの静かで凛とした空気が、なんだか葵の雰囲気に似てるなって思ってさ。あそこで3年間頑張ったら、私も少しは葵みたいな素敵な女の子に近づけるかなーって……。あ、もちろん美味しい和菓子が食べたいのも本音だけどね!」最後は照れ隠しにニカッと笑った舞だったが、葵は完全に固まっていた。やがて、夕日の赤さよりもずっと深く、葵の頬がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。「な、何言ってるの、舞ちゃん……っ。私なんて、全然そんな……」葵は恥ずかしさのあまり、両手で顔を覆って小さくなってしまった。けれど、指の隙間から覗くその瞳は、言葉にできないほどの嬉しさでいっぱいに潤んでいる。「ふふ、でも……ありがとう。舞ちゃんにそんな風に思ってもらえて、私、すごく嬉しい」葵は手を下ろすと、これまでで一番愛おしそうな、とびきり眩しい笑顔を咲かせた。「そっか、舞ちゃんは茶道部か。……じゃあね、約束。舞ちゃんが初めてお茶を点てられるようになったら、一番最初のお客さんは、絶対に私にしてね?」「もちろん! その時は葵を気絶させるくらい美味いお茶点ててあげるから、覚悟しといて!」「気絶しちゃったらお茶の味が分からないよ」「あ、そっか!」カランコロンと、二人の笑い声が静かな住宅街に響く。こうして、予想外の選択をした新米級長の舞と、図書委員の葵。正反対な二人の距離がまた少し縮まった、初めての放課後が暮れていった。
読んでくださりありがとうございます。私の学校は部活の見学すっごい遅い時期にやりましたが普通の学校はこのぐらい早いのかな、、?
次もすぐ公開する予定なのでお待ちください!