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エレベーター
😓 浮かばなかったんです…。
2026/05/19 エレベーター
その人はかっこいいわけでも可愛いわけでもなかった。たぶん、美しかった。マンションのエレベーターで初めて遭遇したとき、うわ、と思った。初めて見る人だな…最近引っ越してきたのかな、などと考えながら横目で彼を見つめた。私と同じく制服を着ていた。通学カバンを肩にかけていて、登校中だろうかと推測する。彼はスカートじゃなくてズボンを履いていた。まず違和感を覚えて、次に嫌悪が湧き出てきた。
スカートだろう。その顔には。
それから私は自分の履いているスカートに目を落とし頬を染めた。私より彼の方がスカートが似合う。私にスカートが似合わないわけではないけれど、急にひどく滑稽に感じた。
再び顔を上げたとき、エレベーターが1階についた。エレベーターを降りる彼に続く。すらりとしていて全体的に線が細くてなんとなくゆったり歩く彼に、男のくせに、と思った。
翌日も彼はいた。おはようございますという挨拶をしようか迷ったが結局タイミングを逃して口を閉ざした。大人相手なら控えめに挨拶できるのに同年代の子には言えないのが不思議だ。
彼の制服はどこの学校のものだろう。中学かな。高校かな。中学生にしては身長が高いように見えるので、彼は高校生? それとも中学3年生ならこの身長も割といるのかな…でも、とりあえず近くの公立中学のブレザーはもっと黒に近い色だから、彼の灰色のそれとは全く違う。やっぱり高校生か。あるいは私立の中高一貫にでも通っているのだろうか。私は脳内に知っている学校の名前を浮かべるが、制服までは記憶になくて断念する。
エレベーターを降りて外に出る。彼はどこに行くのだろう。駅かな。私の目的のバス停に向かいながら、別の道に歩いていった彼のことをぼんやりと考えた。
それから時々彼の姿を見かけるようになった。そのたびに私は自分のスカートを脱いでズボンにしたくなる。そして彼にズボンではなくスカートを履くべきだと言いたくなる。それはいつも私の目立たない喉仏くらいまで込み上げて、間違えても吐き出してしまわないよう口を固く結ぶ。ただ、自分の紺色のスカートを握りしめる。シワができるからやめた方がいいと知りながら、しかしそうしないと自分が惨めでしかたない、と思った。
「おはよう。ございます。」5月下旬の朝、やってきたエレベーターのドアが開くと彼がいて、目が合った。彼は一瞬あっとしたような顔を浮かべてそう言った。私はなぜか反射的に一歩後ずさったが、すぐにエレベーターに乗り込んで、「おはようございます。」と早口で答えた。
初めて聞く彼の声に、まるで彼ではなく彼女だな。と言う感想を抱いた。しなやかな見た目に反してふにゃふにゃしていた情けない声は、声変わりを忘れたみたいだった。
彼はやっぱりズボンよりスカートの方が似合いそうだったけど、その日初めて、私は自分のスカートを握りしめなかった。きっと、夏服だからだ。エレベーターには湿気た空気。
最後のは現状への肯定でもないし否定でもないよ。