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1-4 旅人として
あぁ、、、
冗談抜きで終わるのか心配になってきた。
アクアは走った。
どこを目指すでもなく、ひたすら走る。
走る。
ただ、走る。
走って走って走り疲れた時には、後ろに見える神殿の明かりは小さくなっていた。
(でもまだ、足りない)
もっと走らなければ追いつかれる可能性がある。アクアは再び走り出した。
何時間走ったか分からない。神殿はとっくに見えなくて、月は西に傾いている。動かし続けた足は悲鳴を上げて、目がチカチカする。
アクアは自分の足を引きずるように、近くの林に駆け込んだ。
糸がぷつりと切れたように、アクアはそのまま倒れ込んだ。そしてそのまま、寝てしまった。
目が覚めると朝日が眩しくて、鳥のさえずりが聞こえた。アクアは嬉しくなって立ち上がる。その途端、木の繊維に引っかかったスカートの裾が嫌な音を立てた。
(......いけない。着替えなければ)
こんなに上質な貴族用のドレスだと、間違いなく目立つ。鞄から平民用の質素なスカートを取り出したアクアは、誰かに見られていないかひやひやしながら着替える。こんなところで着替えるなんて、と思いつつも、もう神殿の常識は通用しないのだと思い直す。我慢して慣れるしかない。なるべく木の陰に隠れながら着替えると、羊の皮でできた地味な色の靴を履いた。
見下ろせば自分でもだいぶ平民らしいと思う。が、問題は髪だ。
アクアの髪は鮮やかな色で目立つ上に、寝ている時のままでハーフアップだ。これでは平民とは言えない。
鏡さえあれば、と思うアクアはうろうろする。どうしたらいいか分からない。鏡がなかったらどうする?
アクアはひらめいてぽんと手を打った。
地面に手を当てて、水を呼び出す。水たまり程度でいい。前みたいに多くなくていい。
アクアは集中する。こぽこぽと音がして、目を開ければ水の鏡ができていた。
水たまりを見ながら、アクアはハーフアップを外す。
(印象を変えないと、よね)
貴族なら似顔絵を配ったりしかねない。髪色がたまたま似ているだけだと言えるように、話し方や性格、見た目まで変える必要がある。
アクアは少し考えたあと、髪をまとめてお団子にしてみた。どうやって結ぶのか分からないまま、ほどいた紐の中で一番シンプルなものを選び結ぶ。いつもは下ろしていた横髪も束ね、すっきりさせてみた。
随分と印象が違う。顔は同じなのに、別人のようだ。水たまりを覗き込みながら、アクアは思った。ルーナ様が居たら可愛いと言ってくれるだろうか、と思った途端、アクアはどきりとした。胸の奥がキリリと痛む。
左手の小指のリングを撫でた。
いつだってルーナ様が守ってくれている。
そう思うと、少しだけ気が楽になった。水たまりをそっと覗き込む。
自分が今まで会った平民がそうであったように、ちょっと気の強そうな顔をしてみる。一度やってみたら怒ったような顔になって、アクアは吹き出してしまった。上手くいかないけれど、感情のない貴族のような表情は消えた。その顔で平民のような物言いをしてみる。
難しくて何度も練習しているうちに、辺りは随分と明るくなっていた。
神殿の中で必死に調達したものを、全て鞄に入れてある。宝石の入った革袋は腰から下げ、手に地図と鞄を持って歩き出した。
もうすぐ、ルパという街につく。
神殿のあるサントルの街からは、随分と遠いはずだ。
アクアは歩きながら、自分の偽の経歴を考えていた。幼い頃読み聞かせてもらっていた本の主人公を思い出し、彼女を参考にする。
大きな川の側にある村に住んでいて、漁業も農業も盛ん。
そこの村長の親戚で、家は裕福。
けれど、母が死に、父が結婚した新しい母にいびられるようになった。
辛くて逃げたくても、家の者は手伝ってくれなくて、家出みたいに村を出た──。
多少無茶な設定でも仕方がない。裕福な家の出にすれば、髪艶の良さも肌の白さも動作の丁寧さも誤魔化しやすい。あとは大人しい少女を演じるだけだ。
(名前は......)
今後何と名乗ろうか。アクアが昔好きだった本──主人公の少女が、家出をしてあちこちを冒険する本──の主人公は、エルーシアだったはずだ。
(ちょっと似せてみようかしら)
継母にいじめられて旅に出た少女。
名前は、アリシア。
近くにルパの街が見える。
アクアの今日やることは、宝石を売ってお金にすること、食事をとること、宿を探すこと。ついでに、しばらく滞在するつもりのルパの街の住民と親しくなること。
まずは宝石を売る。なるべく安そうな宝石を売ったほうが、平民として馴染みやすい。
アクアは街に足を踏み入れた。
しばらく歩くと商店街のようなところがあって、ずらりと店が並んでいる。とても大きな街のようだ。あたりはがやがやしていて、いい匂いが漂っている。ただ、やっていない店が多くあった。干ばつのせいかもしれない。
アクアは宝石を買ってくれそうな店を探して歩いた。手前の方は質素な出店のような感じだったのに、奥に行くにつれてだんだんとしっかりした建物になっていく。
アクアは一軒の店の前で足を止めた。扉を開けると、からころとベルが鳴る。外装よりも質素な感じだ。この店もそこまで裕福ではないのかもしれない。
「こんにちは」
なるべくはきはきとした声を心がけて、店主の男性に声を掛ける。
「やぁ、いらっしゃい。お嬢さん。宝石を買いに来たのかい?」
「ううん。宝石を売りたいんだけど、いいかしら?」
店主は目を丸くしたあと、もちろんと頷いた。優しげな人で、アクアは胸をなで下ろす。彼に連れられてアクアはカウンターの前に来た。
「それにしても、お嬢さん、見慣れない顔だね」
「そうね。つい最近、旅人になったばかりなの」
平民っぽい口調を心がけてアクアは言った。あまり身なりが良いとはいえない格好のアクアでも馴染めそうな店で良かったと思う。アクアは革袋からいくつかのラピスラズリを取り出して並べた。
「最近かい? それはどうして?」
「家族と、上手くいかなくて」
アクアは悲しそうな顔をしながら、偽の経歴を話す。宝石にルーペを近づけながら、へぇ、と興味深そうに聞く店主の顔を見れば、この人は世間話をしているわけではないと分かった。探っているのだ。
喉が引きつって、平民言葉のイントネーションがおかしくなる。
「......というわけ。そのせいで、まだ慣れていないの」
「そうかい。まぁゆっくり馴染んでいけばいいさ」
その言葉にアクアは笑顔で頷く。貴族と接していれば分かる。彼はアクアを警戒しているのだ。
「あぁ、なかなか上等な宝石ばかりだったよ。全部で大銀貨6枚と小銀貨3枚。はいどうぞ」
「ありがとう」
アクアは反射的に左手を出した。銀貨がどのぐらいの価値か分からないが、パンを買えばわかるだろう。笑顔でお金を受け取った途端、店主の目がきらりと光った。
「おや、ずいぶんと高価な指輪をしてるじゃないか。どこで貰ったんだい?」
また世間話のような笑顔。けれど店主の目だけは笑っていなくて、ルーナにもらった水晶の指輪をじっと見ていた。
今回は長めでした!すみません
なんでこんな長くなっちゃうんだろ。
短編、向いてないかも(´;ω;`)終わらんって