公開中
アキとイチ 1
書きたいとこだけだから意味が分からない
居間の奥に、2人の子供がいた。兄弟なのか、微妙に身長差がある。床に直に座り込み、テレビのサッカー中継を観ている。
小さい方ーーおそらく弟なのだろうーーは前のめりになって食い入るように観ているが、もう片方、兄の方はそこまででもないようで、一応、弟が観ているから一緒に観ているというような横顔だった。
「あれはうちの倅たちです」
女が口を開いた。
「兄の方は大して手がかからないんですけれども、弟の方がどうにも癇の強い子でして、中々苦労させられますーーー…そちら様さえよろしければ、少し相手になってやって下さると、きっと喜びますわ」
とそう言うので、言葉に甘えて俺は三和土に上がり込んだ。足音で子供が振り返り、揃ってこちらを見た。
兄弟と聞いて思い浮かべるほどには顔は似ていないが、あらわしようのない血縁の気配、纏った雰囲気はよく似ていた。静寂と自我と神経質の匂い。
俺は弟の隣にどっかりと腰を下ろし、話しかけた。
「サッカー好きなの?」
「うん、好き」という素直な返事が返ってくるーーと思いきや、彼は「別に」とそっけなく答えたので、俺は少々驚いて彼の目を覗き込んだ。彼の目には警戒も人見知りもなく、生意気な反抗の片鱗が覗いていた。あどけないのに完成されつつある妙に端正な顔立ちと合間って、あと数年もすれば気の強い子供に育ちそうな気配にちょっとした加虐心をくすぐられ、こちらを見上げつつもちらちらとテレビを気にしている子供に俺は畳みかけた。
「でも見てたってことは好きなんだろ?ほら、気になってる」
「途中まで観てたら誰だって気になるだろ」
子供のまとう静寂と神経質の雰囲気が、少し重く濃くなった。途端に剣呑の色を帯びる瞳は、しかし子供特有にうっすら涙の膜が覆っている。そのアンバランスが奇妙な愛おしさを感じさせた。更に聞いた。
「えー、じゃあ君は朝のニュース番組でも同じことが言えるのかい」
「…うるさい!」
「イチ!」
いよいよ口答えできなくなった子供が刺々しい声で叫ぶと、痺れを切らしたように、それまで黙っていた兄の方が口を割った。弟の細い腕を掴み、しっかりと目を見つめて諭す。
「だめだろ。そうやってすぐうるさいって言うの、やめるって言ったろ」
「うるさい!!」
が、兄の忠告むなしく、弟は兄の手をうざったげに振り払って居間を出て行ってしまった。ばたばたと駆ける足音は、しかし耳にも軽い。暫くして、感情が制御しきれなくなったという様子の苛立った叫び声が聞こえてきた。
「なんだね、またあの子は…」
母親が溜息を吐きながら、弟が走って行った方を見遣る。兄の方も仕方なさげに肩をすくめていた。そして、俺を見上げてぽつりと言った。
「おとうとなんだ」
「うん、分かる。意地悪しちゃったかな」
「いや…あいつがああなるのはいつものことだから。何か気に入らないとすぐ癇癪起こすんだ」
それから、自身をアキと名乗ったその子供は、ぽつぽつと語り出した。
「あいつ…本名は違うんだけどさ、俺はイチって呼んでるんだよ。あいつがイチって一番みたいでかっこいいって言うから」
あ、イチ、どうせすぐ戻ってくると思うから。ほんとに気にしなくていいよ。気にしているように見えたのだろうか、彼なりの気遣いか、つとめて冷静な声でそう言われた。
「もっと機嫌悪いときは、手当たり次第にモノ投げてくるし、俺のこと蹴ったり殴ったりなんて当たり前だし…まあ、あいつの暴力なんて全然痛くないけど。チビだから」
アキはそう言って、わずかに笑った。既に完成の後期を迎えている早熟な顔立ちは整っていて、気性も弟より穏やからしい分、将来女には困らなそうだ。
叫び声はもう聞こえなかった。とっとっと軽い足音が先ほどとは逆しまに近づいてきて、アキの言った通り、弟ーーイチが戻ってきた。アキと俺を交互に見たのち、2人の隙間に割り込んでくる。互いの膝頭が触れ、若い肌の感覚がするりと皮膚を撫でた。
「サッカー、好きかい?」
態とゆっくりともう一度問うと、彼は今度はにやっと笑って答えた。
「好きじゃない!」