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アキとイチ 6
まだ未完成ー ちょっと気持ち悪い
「ただいま」
「おかえり、…」
冷蔵庫におやつ入ってるぞ、と言おうとして口をつぐんだ。ランドセルを床に置いたイチが妙なーーぶすくれたような、何かに納得が行っていないような顔をしていたから。何かあったのだと察し、近寄ってそれとなく観察する。特に変わったところはない。
イチの折れそうに細い手首には、赤い斜めの横線が入っている。捻挫のバンドが取れてからというもの、イチは痛痒いと言って引っ掻くようになったのだ。軽い炎症を起こしているのかもしれないと、母さんが毎朝軟膏を塗ってやっているけれど、効果はあまり持続しないらしい。
俺が手首の引っ掻き傷を見ているのに気づいたのか、イチは傷をもう片方の手で触れてぽつんと言った。
「きょう学校で、この傷が…じしょうだ、って言われたんだ」
「じしょう?」
自称、事象、…いくつかの同音意句が浮かんだのち、ああ自傷かと思い至る。…待て、自傷だと?
ぎょっとしてイチを見ると、イチは唇を尖らせて続けた。
「それで、ちがうって言ったら……」
それきり押し黙ってしまったイチに、嫌な予感が頭を巡る。
説教された?お門違いな慰めを受けた?それとも馬鹿にされた?どれにせよイチの気分を害したことに間違いないだろう。
「…じゃあ、傷じゃないなら舐めれば分かるって言われて、…」
ここを舐められた、と、手首を指してイチは言った。
「、……」
言葉が出なかった。何か言わなければならないと分かっていたけれど、頭が真っ白になって何も言えなかった。
舐められた?手首を?
イチが?誰に?
「…舐められた、って、舌で?」
「当たり前だろ」
俺の問いに吐き捨てるように答え、イチは汚いものを見るような目で自身の手首を見遣った。
ああ、そんな風に自分の身体を扱わないでほしい。自分に対してそんな目をしないでほしい。イチは何も悪くないのに。そいつのせいで。
ぞわぞわと怒りが込み上げてきて、思わず語調が強くなった。
「誰にやられたんだ、それ」
「…四年の人。男の、あっちからよく話しかけてきて。べつに俺は、あんまり好きじゃないけど」
四年生、ならイチの一つ上だ。非常識なクソガキが。お前のせいでイチがどんな思いをしたと思ってる。
「…洗ったか?舐められたとこ、ちゃんと、石鹸で」
「…アキ、怒ってる?なんか」
イチが顔色を窺うように俺を見上げる。そんな顔をさせたいんじゃない。お前が気を遣うことなんてないんだ。
「ああ、怒ってる」
怒ってないから大丈夫だ、と言おうと思ったのに、口から出たのは紛れもない本音だった。
「…どうして?」
「どうして、って…」
イチは黙って上目遣いに俺を見ている。責めるような、見透かすような目つきにぐっと気圧された。
「…イチが、嫌な思いをしたから」
俺の答えに、イチは驚いたように目を瞬かせた。
「俺が?嫌な思いをしたから?」
「ああ、そうだ」
「なんで…俺が嫌な思いをしたら、アキが怒るんだ?」
「それは…」
言葉に詰まる。まさかそんな風に問い返されるとは思わなかったのだ。
イチはじっと俺を見つめている。