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夏の夜
今夜出ていく事を決めた、少年と少女のひと夏の話。 前川 一夏(まえかわ いちか)ー少女 相葉 一夜(あいば いちや)ー少年
プルルルル・・・
電話をかける。何度かけただろう。今夜のうちに、これほど連続でかけることなどなかった。
早く、早くでてよ・・・
「もしもし?」
あ!
「もしもし一夜!?お願い、聞いて」
「一夏?ど、どうした?」
「その・・・」
「今日、出ていかない?」
「へ?」
「家出したいの」
一夏は、か弱い声でそう伝えた。
「今日、また親に叩かれた。このままこの家に居たら・・・私・・・いつか死ぬ」
一夏は自室のクローゼットの中で、うずくまっていた。
「一夏はそれでいいの・・・?」
「うん。早く出ないと・・・まだ親が私を探してる・・・『殺す』って聞こえた・・・!」
一夏は泣きながら一夜に現状を伝えた。
「・・・分かった。今夜中に家を出よう」
2人は、蛙の鳴く夜、家を出る事を決めた。
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親のいる一階に降りるのは危険なので、二階の窓から家を出た。家の前には、一夜がいた。
「一夏!無事でよかった・・・」
「うん、なんとかね」
一夜は一夏と手を繋ぐと、走り出した。何処へでもない。はるか遠い何処かへ。
「あ!一夜!」
一夏が声を上げた。一夜は立ち止って一夏の方を見る。
「どうした?」
「あれ・・・花火?」
2人の見上げる空には、いくつもの花火が上がっていた。大きな音が鳴り響いていたのに、今の今まで気づかなかった。それほど必死に走っていたのだ。
全てを飲み込みそうな闇の空に、色鮮やかな花火が打ちあがる。2人は立ち尽くして、それを見つめていた。
「私・・・花火になりたかったなぁ」
「・・・どうして?」
一夏は笑って答えた。
「あんなに綺麗に散っていくんだもの!」
それは、一夏の願いでもあった。
「最後くらい、あんな風に綺麗でいたいなぁ」
「・・・そろそろ行こうか」
「だね」
2人は、花火の灯りに照らされて、夜道を歩いた。
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2人が行きついた先は、小さな砂浜だった。小さくとも、昼間は海水浴をしに来た人々で賑わう。
「海、綺麗だね」
「うん・・・、2人で、ここで遊んだの、覚えてる?」
「覚えてる。一夜、溺れそうになったもんね~」
「っ!!・・・それは忘れてよ・・・」
2人は笑い合った。幸せを、噛み締めるように。
「そういえば、あれ以降、まともに2人で遊んでないね」
「そうだったね・・・。最近は・・・家から出る事さえ難しかったから」
「ほんと、親なんていなければいいのに」
一夏は唇を噛んだ。親への憎しみ、怒りを込めて。
「でも、それも今日叶うよ。親は、僕らから離れる」
「そう、だよね!やっと今日・・・解放されるんだ!」
2人は海に向かって歩き出した。
少しずつ、波打ち際へ
少しずつ、海へ
少しずつ、足の付かない所へ
少しずつ、海の底へ
ゴポッ
2人は沈んでいく。
真っ暗な海へ
幸せの海へ
2人だけの世界へ
死は、時に幸せにもなりうる。