公開中
どこかの誰か
ははっ。
何故、こんなに手が震えているのだろうか。
私は、今まで、業務的に、ただ、業務的に、生きてきて、手がこんなに、震えたことなんて、一切、一切、なかったのに。
それでも、またニルさんが次元板を持っているから。
次元板の向こう側と、今日も。
路地裏へ移動する。今日は雷雨だ。電波塔に差し掛かる後光が神々しいが、もはやそんなのも気にすることはできなかった。
いつもだ。
いつ。
どこでも。
私は、昔から身近な恐怖を感じてきた。それは、この都市ではどこにいても監視されている恐怖だ。どんな前科を持った者でも、どんな善良な市民でも、それは必ずついてくる。だって、あの事件が愚か過ぎたから。振り切れていたから。あれほどのものより大きいものは存在しないから。かつて夢に見ていたものが、砕かれたから。
天ノ嶺事件。
私はあまり教わっていないが、どうやら天ノ嶺事件というのは、この都市…リンクの歴史では最も凄惨な事件らしい。死者は約890000人と、変異生物約610000体。
あの日、私が何かできたら何かあっただろうか。
そもそも、何を以てして何が起きるか。
そのような軽率な判断をして良いのか。
そして
いつもの人影
が
いない。
ニルさんはいつも壁に寄りかかっている。しかし今日はいないのだ。しかし、地面を見ると、そこには次元板があった。ニルさんも何かしら仕事があって、それで忙しいのだろうか。
次元板を震える手の中に。
手の震えは、少し収まったが、何故だか水滴が地面に落ちている。それはきっと雨ではないだろう。
次元板を起動すると、案の定連絡先の画面が出てくる。
連絡先
管理者
代理人
執行者
そして、右下にある電話。
それを押すと、画面に大きい|明朝体《みんちょうたい》でこう表示される。
「電話中」
「あ、聞こえてるかい?」
電話の奥から聞こえたのは、今までとは違い、どこにでもいるような男性の声だった。穏やかながらも何か底知れぬものがあった。
「ええ、聞こえています」
「よかった、それで君は次元板を通して私に電話してきたね?」
一瞬で見破っている。しかも、突然の電話に対しての第一声が「あ、聞こえてるかい?」なのは余裕すぎる。
「え、はいそうです」
「正直者だね。それで、`もう一人`はいないのかい?」
「もう…一人?」
「ああ、あの名無しのやつだよ。セシンニア社のタバコ吸ってる人。」
「え、そんな企業存在しませんが…」
「おっと失礼。次元板だからお互い違う世界線なのか。」
「あの、それで…お名前をお伺いしてもいいでしょうか…?」
「…」
少しの沈黙。
「|東目《ひがしめ》 |似《にら》とでも呼んでくれればいい。」
「あー、似さん…あの…真っ黒コーデで白髪でショットガン背負ってる人って知りません?」
「知らないね、知り合いから聞いたことはあるが。」
「それは知ってるんですよ…」
周りに注意を逸らすと、気づけば手の震えは収まっていた。そして、路地裏から出る。リンクの空気は、腐ったチーズと高級な香水を混ぜたような、気色悪いものだ。
二つの横に並んだ光が視界の端に映る。
気にしなかった。
風切り音が鳴った。
**`「.」`**
何かと何かが衝突したような音と一緒に、私の体は吹き飛ばされた。硬いアスファルトの地面に頭から落ちる。アスファルトには、赤いものが広がっていた。それはただひたすらに、足が続く限り歩き続ける、とでも言うように自分勝手に広がっていく。周囲を歩いていた一般人が一気に集ってきて、野次馬の群れが形成される。腕の感覚は、まるで叩いても割っても治らない肩こりのように気持ち悪かった。口から出るのは、言葉でも固唾でも嘲笑でもなく、紛れもない血液だった。それが、私がどれほど苦しんでいるのかを一番証明していた。私を轢いた車は、一旦そこに止まっている。私の血液が車体についているのが気持ち悪い。それを今にも睨みつけるような目で凝視した。運転手は、明らかに周りに必死で何かを言っていたが、周りは耳を傾けるどころか運転手に何かを言って押さえつけているようなかんじがあった。
同族嫌悪の度数がかつてないほどに振り切れた。
しかし、次元板だけは私の血液を川のように流して、平気でいた。震える手で次元板を握り締める。手が震えていたのは、きっと私が相当腹が立っていたか、致命傷を負っていたからか、はたまたニルさんに会えることを期待しているのか、だろう。
再び、変わらぬ声が聞こえた。
「大丈夫ですか?雛さん」
「急に鉄の音が聞こえてびっくりしましたよ」
相変わらず、莫迦のように穏やかだ。
待て
なんで
私の名ま
折角なので雛さん描きました
https://oekakiart.net/oeb15/index.cgi?no=096595