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deltaruneとかで忙しかったです。嘘ですごめんなさいサボってました
多分連続で8も出します
哲学者
「2の内の1は、果たして小さいと呼べるだろうか。ならば、50兆の内の1は大きいと呼べるだろうか。」これもまた、揺心市の哲学者が言った事だ。彼は、楠木食堂の常連であった。そして、彼は哲学者でもあり、精神科医でもあった。そのため、御苑さんの症状を唯一楠木鳥以外で知っていた。
さて、唯一と言ったが、我は知っている。揺心市内の精神病院はない。市外に出ようとしたとしても、どうせ`結界`が邪魔をするだろう。そしてだが、揺心市は、地図上では森にされている。揺心市自体、世の|理《ことわり》を逸脱した存在なのだ。蛾畑左機留、沖田刑事、楠木御苑、画霊区陽黙…そして私、|東目《ひがしめ》|似《にら》も例外ではない。何を言おう、我が哲学者だ。一人称が彼、面白いだろう。我は揺心市で生まれてはいない。外で生まれ、外で育ち、外から揺心市内へ。思えば、入った時に頭に重力がかかったような感覚がしていた。あの時に気づくべきだったろうか。まあ、そんなのはどうでもいい。重要なのは、蛾畑左機留が手がけた「テセウスの船」が重要な意味を持っているという事だ。あれは揺心市内では一番まともな本だろう。…我の感覚が狂っているのだろうか。あれは揺心市の影響を受けていない人間の本だ。揺心市で、一番影響を受けてしまう人間が誰かなど、既に研究を重ねて知っている。純粋な人間だ。彼のように、たった一つを盲目的に信じ、それを背教などの行為をした者を、あらゆる方法で殺す。看板は、揺心市内の“循環”を形成している。この循環によって、揺心市が形作られる。揺心市によって、循環が形成される。別に揺心市と循環は共存関係の生物と揶揄しているわけではない。それは既に起きているのだ。実際、彼は錯乱しているが、まだ純粋が残っている。影響を受けた人間は、純粋を与えられるのだ。しかし、彼は人間なら本来あるべきの「思考」がまだある。いや、影響を受けて、蝕まれ、喰らい尽くされようとしたところで、思考を生成したのだ。一体彼がどのようにそうしたのかは不明だったが、それでも我はこれが今までのパターンの中で唯一循環を外れたものであることに非常に満足して、期待している。揺心市は、揺心市という名前ではない。しかし、中へ入った以上、その名前を忘れたのだ。怪異課でも、木板無長官でさえも、その計り知れない影響を知らない。思えば、私もまた循環を外れているのだろうか。「揺心」、つまり心を揺さぶる何かがある…そう思っていたが、実際はただの蝕み思考を喰らい、純粋だけを残した挙句の果てに、純粋を利用し、看板を続かせることで、純粋を続かせるだけに過ぎなかったのだ。果たして、束縛と言えるのか。悪と言えるのか。非道と言えるのか。我は、自らの価値観を否定する気はない。ただ、揺心市の人間たちに、外れてほしいのだ。「のみ」は、蛾畑を構成し、楠木御苑は画霊区陽黙の純粋さの根源であり、加え、思考をもたらす存在である。クソが。ふざけるなあの忌々しい怪物どもが。絶対に殺す。殺してやる。炙って溺れさせて爪を剥がし関節を曲げて頭を殴り凍死させて胸を叩いて苦しみを与え殺してやる。