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第25話 光の影でこぼれる涙
──あたしが一年一組に「転校」してきてから約一週間が経つ。
神レベと言われる運動神経のおかげで、あたしの学校生活は|あることを除けば《**・・・・・・・・**》意外にも順調にスタートした。
りのんや松門、坂浦をはじめとしたクラスメイトはあたしが黙っててもあっちから積極的に話しかけてきてくれる。おかげで、こちらからも話しかけやすい。
本当に、怪異と戦った時も今回も、自分の運動神経にこんなに感謝する日が来るなんて思ってもみなかった。サッカーで鮮やかにシュートを決めた時、柔道で華麗に一本勝ちした時、自然に歓声が湧き上がり、チームメイトやお母さんや友達はあたしをベタ褒めする。周囲には天才と囁かれる。それは決して悪い気分ではない……けれどあたしは知っている。あたしの手にするトロフィーを見つめながら、こっそり唇を噛んで歯を食いしばっている人を。誰にも見られないようにひっそりと泣いている人を。そして汗を流して、息切れして、それでも努力し続ける人たちの存在を。……それなのにこんなあたしがいとも簡単に負かしてしまう彼らを。
特に、あたしは努力してトロフィーを手にしたわけじゃない。こんなこと言うと鼻持ちならないやつだと思われそうだけど、あたしは何もしなくても全部できてしまう。流石に多少の練習は必要だしそれは真面目にやるけど、それだけで、あたしの手にはトロフィーが収まる。努力の結晶を持たないあたしには眩しすぎるくらいに。
でも──これは勝ち負けじゃない。あたしの力が、あたしに居場所をくれる。
怪異警察だって、勝つか負けるかじゃなくて、倒せるか倒せないか、救えるか救えないかの問題だ。
だからこうして──真っ向からあたしの運動神経をぶつけられて、あたしは、嬉しかった。
「なあ、サッカーしよーぜ!」
声をかけられて顔を上げると、そこにはサッカーボールを抱えた坂浦が嬉々として立っていた。
今は昼休み。生徒たちは思い思いの好きな時間を過ごしている。
そういえば坂浦もそうだったな、と思い出す。あたしがサッカー部にいた頃、あたしがシュートを決める横で、坂浦は黙々とリフティングやドリブルの練習をしていた。坂浦は初心者なそうで、正直に言うとそんな上手くない──だけど何もない手を握りしめて立ち上がって、いつかその手に割に合う輝きを持てる人。
坂浦たちの後を追いかけて教室を出て行くときに、少し瑠璃乃を振り返った。
あることって言うのは、もちろん瑠璃乃のこと。
瑠璃乃は元から寡黙なほうだ。たくさん話しかけられるのが好きじゃないのも知っている。だからあたしはあれから、少しずつ、タイミングを見計らって話すようにしている。あとは阿佐美さんがわざと落とした瑠璃乃の本を拾ったり、プリントを届けたり。
ひとりで本を読む瑠璃乃。長い黒髪が垂れて、彼女の顔を覆い隠して影を作っている。
小3の時、あたしが瑠璃乃と友達になった時、彼女はやっぱりこうして本を読んでいた。あのときに戻ってしまったみたいだ。ううん、戻ったどころじゃない、もっと……寂しそう。
瑠璃乃はたくさん話しかけられるのが好きじゃないけど、いつもひとりでいたい人じゃないこともわかってる。
あたしの言葉はいまだに拒絶され続けてるけど……瑠璃乃の無表情の中には、何が隠れているんだろう。
言葉の通り、拒絶だけなのか。それとも、こうやって話しかけていることを少しでも嬉しいと思ってくれているのか。それとも──。
それ以上のことは、あたしには想像できない。
「明里ー? やんねーの?」
気づいたら廊下のど真ん中で立ち止まっていた。通行人たちはあたしをじろじろと迷惑そうに見て通り過ぎていく。
「ううんごめん! ちょっとぼーっとしちゃった! 今行くよ!」
あたしは口角を持ち上げて、下駄箱へ走る。
──あたしって、こんなに笑うのが上手かったっけ。
喧騒の中で、あたしには自分の足音だけがやけに大きく響いて聞こえる。
放課後、久遠はいつも校門のところで待ってくれている。その度に、あたしはほっと息が抜ける。
学校では、あたしと久遠はあまり話せない。久遠は言った。
「朝比奈中は、必然的に怪異に狙われやすい。ってことは、生徒の中に怪異が混ざってる可能性も否定できない。俺が怪異警察であることもすでにバレてるかもしれない。だとしたら、そんな俺とお前が不自然に知り合いだったら、怪しまれるだろ」
確かにそうかもしれない。
だけどあたしは、唯一あたしを覚えてくれてる久遠と、教室の中では知らない人のふりをするのが悲しかった。
だから話しかけられない代わりに教室での久遠を見てて、思ったことがある。
**……久遠って、今の瑠璃乃と似てる。**
ひとり、だ。
瑠璃乃みたいに避けられたりいじめられたりはしていない。けれどひとりだ。それも、自分から気配を消そうとしているような、そんな感じがする。
自分から嫌われるキャラを作る瑠璃乃と、自分から気配を消す久遠。
あたしは教室の二人を見てると、たまらなく胸が痛い。
あたしの知ってる久遠は、みんなを救う怪異警察で、ぶっきらぼうだけどなんだかんだ言って優しい人。
だけどあたしは等身大の久遠を知らない。
久遠。あたしの光のような君の裏にどんな想いが隠れているのか、あたしは知らない。
「……久遠」
あたしは久遠を見上げる。こうやって並ぶと、久遠って意外と背が高いんだなと思う。あたしが小さいだけかもしれないけど。
「久遠は、どうして、ひとりでいようとしてるの?」
久遠ははっと息を呑んで、それから痛いものを堪えるみたいに、顔をしかめた。
「別に。他人と関わんのがめんどくさいだけ」
「……ほんとに?」
「……うん」
そっけないその返事は、久遠の本心ではないと思った。
でも、この様子だと教えてくれそうにないな……と、あたしは顔を背けて、こっそり小さくため息をついた。
あたしはまだ、久遠が抱えているかもしれない痛みを受け止められる相手では、ないのかもしれない。瑠璃乃にとってあたしが前のような居場所ではないのと同じように。
「合唱コンクールに向けて」
黒板にチョークででかでかと書かれた文字を、あたしは読み上げた。
「そうなの、今合唱コンの時期なんだよねー。でもさうちのクラスへったくそで困ってんだよねー」
あまり本人は困っていなさそうな様子でりのんは言う。
あたしがいた九月上旬でも、合唱コンの準備は少しずつ始まってた。
課題曲は誰もが知ってるような有名なやつで、自由曲は……「君といた証」だったっけな。あたしとりのんはソプラノだ。瑠璃乃はアルト。
クラスの半分くらいは、あくびをしたりこそこそ喋ったり、瑠璃乃なんかは本を熟読してて、やる気ナシの様子。
教壇に立った阿佐美さんは、鬼気迫る表情だ。
「ねえみんな、優勝したいでしょ!? 目標にしたじゃん、優勝って。でもマジでみんなやる気ないのなんなの? うちのクラスにいるからにはちゃんとやってくんない? 今だってそうじゃん。そういういかにも『ダルいですー』って態度ウザいんだけど!」
口調がどんどん強くなっていく。
阿佐美さんは瑠璃乃の件で許せないけど、全てが悪い人ではない。
リーダーシップはあるし、行事には全力だ。うちのクラスは阿佐美さんのそう言うところに引っ張られているところはある。
だけど熱が入りすぎて……こういう感じになる時がある。
あたしは窓の外を眺めた。鳥が空高く飛んでゆく。
学級委員長と先生に宥められてどうにか落ち着いたらしい阿佐美さんは、自由曲のCDをかけた。
しっとりした雰囲気の曲が流れ出す。
まだあたしがいた頃にも聞いたはずだ。
なのに今のあたしは、「君といた証」を聞いた途端、ガタンと派手な音を立てて立とうとして、椅子をひっくり返らせた。
なんなの……この曲。
批判より驚嘆。
今のあたしの心情全てを表す曲だった。
題名にはいろんな意味が込められていまーす!何種類か
合唱コンで課題曲の伴奏やってるんですけど今日完全にミスった……しばらく回復できそうにないぜ
あと昨日間違えて反対方向の電車乗った。どうにか無事だったけど親の怒りが
最近謎に運が悪い
曲の題名は自作です。だから著作権法は大丈夫。