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#8 上手くやれ
--- ー花漣視点ー ---
どこかで、声がする。清らかな澄んだ川の水のような声。どこかで、声がする。哀しそうな、嬉しそうな、矛盾した声音。どこかで、声がする。あの人は、何を言っているのだろうか?堅く接着されたような瞼を何とか開くと、真っ白な髪が風になびくのを見た。それは崖っぷちに座る少女の背中の姿だった。白すぎる程のスラッと伸びた色白の足をブラブラと空中で持て余しながら少女は何かを呟いている。その内容は聞き取れなかったが途中からすすり泣くような音が聞こえた。声をかけてあげたかったが喉からは何の音もでなかった。少女は私が来たことに気づいたのか振り向いた。その目は静寂を湛えた水色の目だった。今まで外国人も見てきたがそれとはまた違う、もっと鮮やかな色合いだった。少女は目の端に浮かべていた涙を指でぬぐい去ると、私に向かって頬笑んだ。
「ごめんなさいね。もう、私の代で終わりにしたかったのだけれども。」
意志の強いはっきりとした瞳で、彼女は私を見据えた。
「貴方は何故、涙水ノ神なんかになりたかったの?」
何の話をしているのか分からなかったけれども、なんかと言われるのは無性に腹が立った。
「ねぇ、貴方は涙水ノ神の力を知っている?」
不意に、彼女の声が怯えたような声音に変わった。少しの沈黙の後に彼女は再び口を開いた。
「____したら世界を滅ぼす力。」
前半部分が聞こえなかった。変な耳鳴りに遮られたのだ。世界を滅ぼす、その言葉になぜか気持ちが高ぶった。
「ごめんなさい、ごめんなさい。やっぱり、貴方に全てを伝えることはできない。|神禁《しんきん》__規制がかかっちゃっている。そろそろ、もう、いかないとか………。」
後半、虚ろな声でそう呟いた少女は天に向かって何かを囁いた。すると、困ったような笑みを浮かべた。いつの間にか霧が出てきて、少女と私を囲った。
「ごめんなさいね。ユイに、よろしくね。」
少女が手を振ると、霧が一層深くなった。今、ユイって言った?確認しないと、後悔する気がする。私はお腹から何かの力に抗って叫んだ。
「貴方は!」
「私?私は、|華音夏《かんな》。」
静かな、澄んだ声で少女__華音夏は言うと、私に抱きついた。
「勝手な願いでごめんね。鍵をあげるから、返してあげて。私ではもうどうしようもできない。門番に気をつけて。」
華音夏は耳元でかすれた声でそう囁くと、私の首に何かをかけた。次の瞬間、私の視界は真っ黒に染まり、闇の中で私は華音夏の名前を呼んだ。
「かん、な。」
薄く目を開けた時に飛び込んできたのは真っ白な天井だった。ぼんやりとした意識のまま体を起こす。どうやら余所の家の和室の布団で寝かされていたようだ。あれは、夢だったのかな?でも、風も華音夏の声も、鮮明に思い出せる。立ち上がろうと少し身をよじると、チャリン、という音がした。見ると、小さな鍵が揺れていた。そうか、鍵をもらったんだった。花漣は鍵を指先で摘まむ。真ん中に赤い宝石がはめ込まれた金色の鍵だった。
「どこの鍵だろう?」
それ以前に、これがあるという事はさっきのは夢じゃないのか。でも、夢っぽかったし、実際にここで目が覚めた。どういうことだ。返してあげてって何?門番って?華音夏は何だったの?幾つもの考えが頭の中で渦巻いた。悶々と考え続けていると、横で皿の割れる音がした。
「花、漣?」
聞き慣れた声のはずなのにもう何年も聞いていなかったような。横を見ると、思った通りの人物がいた。
「唯!」
花漣は思わず立ち上がると、唯に抱きついた。普通の人より体温の低い肌が心地いい。
「大丈夫か花漣。」
「大丈夫じゃないよ。お腹に穴が空いて……………。」
そこまで言って、花漣は気がついた。お腹に痛みが全くないのだ。服越しにお腹をさすっても痛くない。
「三日間昏睡してたから、死んでしまったのかと………。」
「三日間!?」
驚きの声をあげた後、唯が微かに震えていることに気づいた。優しく背を叩くと、次第に震えは収まった。唯は花漣の体を引き離すと、真正面から目を覗き込んだ。
「花漣。お前、上手くやれよ。嘘をつかず、余計なことを言わず、上手くやれ。」
「それって、どういう…………。」
「目覚めたか、人間の|女子《おなご》よ。」
花漣の声を遮るようにして鈴の音と共に少女の声が聞こえてきた。もしかして、華音夏かという淡い期待を胸に振り返ると、黒い猫の面を被った黒髪のおかっぱの少女がいた。表情は見えないのに頬笑んでいることが分かる。
「いや、御主は人間じゃなかったか。なあ、久しいの。涙水ノ神。」
少女の和服の袖が揺れて手首についていた鈴がチリンと鳴った。涙水ノ神__華音夏が言っていた単語だ。自分が神様?いや、それは唯達も言ってたけど、華音夏によると世界を滅ぼす力を持った神でしょ?どういうことなの?カラカラと笑う少女の首根っこを突然白い指がつまみ上げた。
「やめなさい、|鈴戯猫《すざね》。年下をいじめるんじゃない。」
「やめろっ!離せっ!」
ジタバタと本物の猫のように暴れる少女_鈴戯猫を見て、鈴戯猫をつまみ上げた背の高い年寄りはため息をついた。白髪であるというのに妙に艶のある髪を三つ編みと緑色の和服がよく似合っている。凛とした佇まいの紫の目の女性と鈴戯猫では孫と祖母みたいにも見える。女性は鈴戯猫を床に下ろすと、鈴戯猫はパンパンと膝の着物を払った。
「全く、|藤笠《ふじかさ》は過保護じゃな。ちとからかっただけだい。」
「お前、本当に|猫鈴神《ねこりかみ》なんだよね?」
「当たり前じゃい!」
プンスカ怒る鈴戯猫と呆れる女性__藤笠。藤笠は花漣を見ると柔らかく頬笑んだ。
「いらっしゃい。私は藤笠。|藤笠 香凛名《すずかさ かりな》、この組織…………一応、名目としては会社の社長だよ。よろしくね。」
「組織?社長?えぇっと…………。」
「わしら神を殺す奴らがいるだろう?当然、資金もいるだろう?それで、藤笠の会社で稼いでいて、その会社の中の一グループ的なものだ。うーん、パッケージ担当とかいるだろう?そういう分類で分けているんだ。神殺しは市民には知られていないからなあ。だから、一応わしらも仕事をさせられるぞ。」
やれやれという感じで肩をすくめる鈴戯猫。イマイチよく分からなかったので後で唯に説明してもらおう。
「そうだ、唯。翡翠の応援にいってほしいの。翡翠は遠距離専門だけど、今回の相手は狙撃が難しいらしくて。」
「分かりました。場所は雫に聞けばいいですね?」
唯は一礼するとその場を離れていった。雫は現場にいるはずなのになぜ聞けるのかと、そもそも唯を向かわせれば良かったのでは、という言葉が喉につっかえる。
「初めまして、涙水ノ神さん。いや、花漣さんだったかしら。突然だけど、貴方は恋したことはある?」
「えっ!?あ、いえ!!そんなっ!」
「ふふ、あるみたいねえ。」
「藤笠、クッキー持ってくるか?」
「ああ、お願い。」
顔を真っ赤にしながらブンブン腕を振る花漣を面白いものを見るような感じで眺めると、鈴戯猫は部屋から出て行った。
「誰?」
「……………いや、恋なのか分からないんですけど。私、ちょっと嫌な思い出があって、男の人が苦手で…………。」
花漣はキュッと拳を固める。目を閉じなくても、拳を振り上げるあいつが目に浮かぶ。全く、父などいなければ良かったのにと幾度思ったことか。
「でも、唯にはそんなこと思わなくて………。だから、一緒にいて、楽しいというか。」
「ふーん、唯が好きなの。じゃあ、大丈夫そうね。」
「要観察対象ってことだよね?ねぇ!」
幼い子の声が上から響いて花漣は驚き上を向いた。すると、青い火を近くに寄せた白い衣装の子供が浮いていた。
「おい、|狼灼《かみや》!おまえ、どこ行ってんだ!」
「あ、ここだよ~|冬秋《ふゆあき》!」
狼灼と呼ばれた銀の短髪の少年が扉に向かって手を振る。次の瞬間、扉を蹴破る程の勢いで扉が開き、黒髪の男が入ってきた。おそらく冬秋と呼ばれる男だろう。スーツを着こなした冬秋は狼灼を見つけると黒い目で睨みつけた。狼灼は緑色の目をキラキラさせながらヘラッと笑っている。狼灼の気持ちに答えるように青い二つの火がユラユラ揺れた。
「狼灼!パッケージ作り手伝えっていっただろう!」
「嫌ぁー!!」
狼灼の足を掴む冬秋と柱にしがみつく狼灼。お父さんと息子に見えるが青い火を従える息子なんていないだろう。鈴戯猫と同じ神様なのだろう。
「狼灼!冬秋!うるさい!」
「すみません!」
さっきより更にうるさい声で冬秋は謝ると、一旦狼灼の足を下ろした。狼灼は不満そうにアグラをかいてその場に座る。
「ちょうど良かったわ狼灼。花漣さんを客人の間に連れて行きなさい。」
「はーい!」
狼灼は手をあげると、花漣に駆け寄り手を握った。狼灼に引きずられるようにして花漣にその場を退出した。
---
--- ーその後ー ---
「涙水ノ神は?」
「しばらくは社員としてうちに置くわ。相手もうちの社員だし。」
冬秋は眉を少しあげる。
「唯ですね。で、式はいつでしょう?」
真面目な顔で結婚式の話をする冬秋。実は、冬秋は社内結婚が見てみたいという謎の願望を持っているのだった。藤笠は盛大なため息を吐くと冬秋の背をバシッと叩いた。
「冬秋、ふざけてないで仕事に戻りなさい。」
補足:
藤笠の会社は化粧品を売っている会社であり、その中でグループで
・パッケージ担当1
・パッケージ担当2
・アイディア担当
・生産担当
があり、唯達神を殺す人達は表向きは「パッケージ担当2」のグループに所属している。偶に仕事もする。藤笠の会社は先代から譲り受けたものであり、その設立はいつか明かすかもしれない。日本ではここ以外にも拠点があるとかないとか、海外にもあるとかないとか。その話はでないと思われる。まあ、藤笠は神を殺す人達のトップってことです。
おまけ
作者「今回は過去最長話であったにも関わらず話がほとんど進みませんでした。すんません。」
鈴戯猫「ありきたりな展開じゃな。」
作者「おっしゃる通りです。」
狼灼「僕たち神様なのにイマイチ説明できてない。」
作者「次話やります。」
秋音「長い!」
作者「すみません。」
雫「花漣の過去とっとと出しなよ。四行で終わるでしょ?」
作者「ぴえん。神組辛辣。」
作者「あーあ、大分それてきちゃった。歯車が噛み合わなくなってくるかも。まあいいや、彼らに任せた結果、面白くなくなっても、それは彼らの生きた証だ((((((((厨二病ですか??」