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目次
#1 雨の中で二人は出会う
その日は、雷がひっきりなしに鳴っていて、一日中雨が降っていた。窓の外をぼんやりと見て暇をつぶす。その時、一筋の巨大な電流が家の庭に落ちた。驚きのあまり、思わず尻餅をつく。__感電死する、と思った。電気はいつまでも伝わってこず、恐る恐る庭を見た。そこには、無慈悲な目で刀を地面に突き刺す少女がいた。少女は頬についた黒っぽい汚れを手の甲で拭い去る。気がつくと、雷は止んでいて、雨だけがシトシトと降り注いでいた。少女が最初に言い放った言葉は窓越しでもはっきりと聞こえた。
「神の血を持つのに、こんなに人間くさい匂いを持つ神は初めてだ。」
言っている意味がまるで分からなかった。理由は二つで、一つ目は神様などいないから。二つ目は、自分は紛れもなく人間だからだった。この異様な出会いは後々重要な物語の歯車が廻り出したことを告げるものだと二人はまだ考えもしなかった。
---
--- ー花漣視点ー ---
「どういう意味?」
私_|近藤花漣《こんどう はなれ》は少女に聞いた。少女は顔に張り付いた黒髪を手で払いのける。
「お前は神だ。」
少女の少し中性的な声は花漣の耳に残った。しばらくの沈黙の中雨音だけが鳴り響いた。段々と少女の真っ赤な目を見て、本当ではないかと思った。あんなに真っ赤な目の人はいない。カラーコンタクトでもしてるのだろうか?それに、少女は空から降ってきた。しかも、刀を持って。花漣は少女が手に握る刀の方に視線を移す。雨水が鋭く光る刀身を伝い地面に落ちた。
「取り敢えず、中に入る?」
花漣の提案に少女は無言で頷いた。花漣は窓の鍵に手をかけ、一瞬ためらい、開けた。少女はこちらに近づいてくる時に呟いた。
「まだ、|悪神《あくしん》か|善神《ぜんしん》か分からないしな。」
その呟きが花漣の耳に届いたことを少女は知らないと思う。
花漣は冷蔵庫から麦茶の入ったボトルを取り出しかけ、戻した。温かいお茶の方が良いと思ったのだ。電気ポットに水を入れ、沸かし始める。茶葉の入ったビンを開けると、急須に茶葉を二匙放り込んだ。
「適当に座ってね。」
少女がボーッと突っ立ってるのを見て、花漣はそう声をかけた。少女はその場に刀を置いて腰を下ろす。刀が危ないので、別のところに移動させようとすると例の赤い目で睨みつけられた。
「触るな。」
トゲのある言い方に花漣はもやもやしながら急須に沸かしたお湯を入れる。二つ湯飲みに緑茶を代わる代わる注ぎながら少女の方をチラリと見た。少女は全く悪く思ってなさそうだ。花漣は少し力を入れながら少女の前の丸テーブルに湯飲みを置いた。
「どうぞ。」
「ありがとう。」
意外にすんなりとお礼を言い、飲み始めた少女に花漣は驚いていた。
「私、花漣。|花《はな》に|漣《さざなみ》で花漣。貴方、名前は?」
「|唯《ゆい》。………口に進むのしんにょう取ったヤツで唯。」
丁寧に漢字まで教えてくれた唯。思っていたよりも良い人なのかも知れない。そう思いながら、花漣は唯を改めて観察し始めた。濡れた肩につく位の長さの黒髪。白いセーターに黒いズボンというシンプルな格好だ。真っ赤な目と所有物に刀がなければ普通の人だ。
「唯って何歳なの?」
発言のこと、刀のことについて聞きたかったが当たり障りのない質問からした。お互いさっき初めて会ったのだからまずは馴れ合いが大事だ。
「十五歳。」
「あ、一個上。私十四歳。でも、早生まれだから学年は一緒か。」
正直、唯と同い年ということに衝撃を受けていた。唯の背は170センチに届きそうなほどだった。花漣とは15センチほど背が違う。花漣は学年でも背が低い訳ではなかった。もしかして、唯は男なのではと考える。髪の長さで女と考えたが、髪を除けば男っぽい。つまり、花漣は異性と二人きりで楽しく茶飲みをしていた、ということになる。急に恥ずかしさがこみ上げてきて、花漣はそっぽを向いた。いや、まだ決まった訳ではない。
「唯さん、一応聞くけど、女の子、だよね?」
花漣は唯の目を見つめ、静かに返答を待った。女であってくれ、と祈る。唯は考えるような動作をした。
「………………………女だと思ってた?」
「………………………………………まさか、男だったとは。」
がっくりとうなだれる花漣に唯は衝撃のことを告げた。
「まあ、性別なんてどうでもいいけど。」
「は?」
唯は立ち上がって、窓の外を見た。雨が降っている。室内は暗く、唯の赤い目が強調される。その目は瞳孔が細かった。
「お前は__花漣は神だから言っておくよ。俺、人間じゃないんだ。」
__人間じゃない。そんな事実は突然告げられた。本人の口から平然と。唯の顔を見る、が無表情で何を考えているのか分からない。花漣は震えている唇で聞く。
「人間じゃないって、どういう、こと?」
「…………………神様って、知ってるか?」
唯はまた突然、そう聞いてきた。
---
「神様、ソレは世界に何千何万もいる。でも、いい奴だけじゃないんだ。人間と同じで、悪い奴もいる。力を持った悪い奴だ。それを野放しにしておくとどうなると思う?」
「ちょ、何の話?」
唯の一方的な問いに着いていけずに花漣は聞く。しかし、唯は聞く耳を持たずに話を進める。
「世界が滅ぶんだよ。」
唯の目は見たことないくらいに冷たく暗かった。よどんだ殺気のようなものに溢れるその目に花漣は恐怖する。人間じゃない、という言葉の意味をようやく理解した気がした。
「そのために、神を殺す奴がいる。だが、強力な神は殺せない。だから、自分を犠牲にしてこの身に封じ込める。そうすると、人間じゃなくなる代わりに、とんでもなく強くなれる。特殊な能力が得られる。」
唯は悲しそうに目を伏せた。男にしては長い睫毛が赤い目を隠す。その表情を見て、花漣は何も言えなくなった。
「俺は、そんな化け物なんだ。」
いつの間にか雨は止んでいて、明るい光が外を照らしていた。でも、その光は二人には届かず、二人の気持ちの中ではまだ雨は止んでいなかった。
おまけ
花漣「2424…文字…………?」
作者「・・・?」
花漣「おかしい、あれ以上時間合ったはず。私の家は丸テーブルと冷蔵庫しか出てこない!」
作者「え?」
花漣「私の容姿は出てこないし!」
作者「は!忘れてた!」
花漣「一話で世界観説明しすぎだし!」
作者「ぐうの音もない……………。」
花漣「まあ、がんばってね。」
作者「ありがとう、花漣ちゃん。………でもさ、花漣ちゃん視点で話進むから容姿出しづらいんだよね(泣)」
作者「龍の涙、面白かったですか?勘の良い方はもうこのタイトルの意味が分かってるのでしょうか?花漣と唯の物語はまだ始まったばかりです。ではでは皆さん、今回はこれで。」
#2 化け物と神様
--- ー唯視点ー ---
このことを誰かに話すのは初めてだった。ここ最近普通の人に会うことが無かったから、皆何となく察してくれた。だから、忘れていた。自分は普通ではないことに。花漣の目を見開いた顔を見て、唯はしくじったと思った。こんなこと、話すべきではなかったと。今すぐに記憶を消すべきだろうか。唯は焦る。しかし、戦いばかりの日々でコミュニケーションなどろくに取ってなかった。それだからか、かける言葉が見つからない。必死に脳内の中で言葉を探すうちに、不意に花漣の唇が動いた。
「大丈夫だよ。」
急に大丈夫な気がした。花漣はきっと自分に言ったのだろうが、唯の心にも響いた。花漣の虚ろな瞳の先ではいつの間にか雨が止んでいた。言うなら今しかない、と唯は思った。
「なあ、花漣。お前は世界の秘密と俺の秘密二つを知った。それなりに知ったし、お前自身も神だから言う。選択肢が二つある。一つ目は記憶を消して元通り。もう一つは、俺と神を殺すようになるか。」
唯の言葉を聞き、花漣の目に光が灯った。唯の目を真っ直ぐに覗き込む黒い目。窓の隙間から流れた風が花漣の茶髪を揺らした。
「私、唯と行くよ。」
その返事は強い決意とほんの少しの期待が滲んでいた。そのはっきりとした言葉に唯は不安になった。
「未練とかは?」
「……………ない。……………未練なんて、ない!!」
「すまない…………。」
突然の大声に唯は驚き、謝った。すると、花漣ははっとしたように顔を上げ、恥ずかしげに顔を真っ赤にした。手を目の前で振り、口をパクパクさせる。その行動がなんだか可愛らしくて唯は吹き出した。
「ちょ、笑わないでよ~!!」
「悪い悪い…………。」
花漣は頬を膨らませて怒る。さっきまでの大声が嘘のように普通な花漣。つまり、あれは異常ということ。花漣は過去に何があったのだ。そう言えば、今日は平日なのに花漣は家にいる。それに、花漣に流れている神の血。父母のどちらか、あるいは両方に神がいるということだ。父母はそれを承知でいるのか。なぜ黙っているのか。もしかして、《《父母は花漣を人間として暮らさせたかった》》のではないだろうか。だとしたら、唯は最悪なことをしてしまった。チラリと花漣を見ると、長髪の先を指で弄ってすねていた。今からでも遅くない。記憶を消してもらうべきだろう。
「なあ、花漣。」
その時、唯は威圧感にとっさに刀を手にした。急に床に倒れ、体中が痺れて動けなくなった。攻撃された。唯はゆっくりと横を向く。
「まだ、生きてたのか、|永雷ノ巫女《えんらいのみこ》。」
「おやおや、手加減したとはいえ動けるとは。やっぱり、化け物は違うね。」
凛とした軽やかな声で告げる少女は浮いていた。永雷ノ巫女__新たな雷神の座に降り立った神だ。唯は痺れたままの指で刀の柄をグッと握った。
---
--- ー花漣視点ー ---
何が起きたのか分からなかった。いきなり倒れた唯。窓の外の庭に出現した紫の着物を着る浮く少女。神__という言葉が頭をよぎる。こういう時はどうするべきなのだろうか?花漣は思わず唯を見る。すると、唯は刀を掴んでいた。薄ら笑いを浮かべる少女の手には金色の扇が握られていた。唯はいきなり跳ね起きると、庭に飛び出し、刀を少女の胸に突き刺そうとした。しかし、刀が少女の胸に突き刺さることはなかった。火花が散って、落雷に似たなにかが唯の上に落ちた。唯は上を向いて両膝立ちになる。手は空中に垂れ下がる。少女は残酷な笑みを浮かべた。
「私はいたぶる趣味はない。今、楽にしてやる。」
少女が唯の首に手を置く。あそこに電流を流して殺す気なんだ、と花漣は分かった。何もできない__逃げてと叫ぼうとするが声にならなかった。少女の髪飾りの鈴がシャリンと鳴った時、頭の中に声が鳴り響いた。
--- 『俺、人間じゃないんだ』 ---
唯の目が赤く光る。その目は、少女の笑みよりもゾッとした。あれは、確かに人間じゃない。そして、あれは唯でもない。唯は少女の手を手で引き剥がした。立ち上がると、首をコキコキと鳴らす。あれは、誰?
「なるほどね、落雷はユイが気絶するわけだよ。でも残念。俺がいるんだよな。」
唯は刀を拾う。すると、刀身が燃え上がった。少女は笑みを引きつらせた。少女が扇子を唯に向けると、紫の電流でできた小さい龍が出る。それを唯は刀の一振りで龍を叩き切った。少女の扇子が泳ぐと再び龍が出た。今度は何匹も何匹も。そのすべてを唯は鮮やかな手つきで切り裂いた。その目は燃えたように真っ赤で思わず見とれてしまった。さっきのような残酷な笑みではなく美しい笑み。よく見ると、唯はイケメンだ。そう考えると、心臓が跳ねて、顔が真っ赤になった。駆け出そうと思った花漣はいつの間にか立ち止まっていた。こんなにも美しい戦いがあるなんて__。花漣は人事だからそう言えた。
---
--- ー唯?視点ー ---
俺は攻撃を弾いたり切ったりして永雷ノ巫女に近づき始めた。まさかコイツが《《俺と同じ悪神に堕ちる》》とは思わなかった。殺すのは可哀相だが、ユイに危害を加えるのであればやるしかない。すべての攻撃を受け切った俺は永雷ノ巫女の喉元に刀を向けた。巫女の所々に黄色の混じった黒髪が切れハラハラと宙を舞う。
「残念、ゲームオーバーだね。」
「それはどうかな?」
永雷ノ巫女はニヤリと笑う。気になったが所詮は負け犬の遠吠えだ。俺が目を閉じようとした時、永雷ノ巫女が雷撃を飛ばした。その雷撃は俺の後ろに向かった。俺は振り返る。
「お前!!」
俺は茶髪の__ハナレという少女へと駆け出す。守らなければならない。ユイが気にかけた子を。俺も守られたから、守り返す。俺の脳裏には俺に向かって手を伸ばし笑いかけるユイの姿___。永雷ノ巫女の唇が動いた。
「さようなら。」
---
--- ー花漣視点ー ---
雷がこちらに飛んでくる。それを花漣はただただ見ていた。見るしかできなかった。思わず目を瞑る。死ぬ__死ぬと分かっても特に何も感じなかった。これで、花漣としての人生は終わり。だが、雷撃が花漣の体を貫くことはなかった。次に目を開けると、花漣の体は誰かに抱かれていた。長い黒髪に美しい顔。真っ赤な目は瞼に隠されていた。
「……………唯?」
唯は体を起こさない。背中は黒く焼け焦げていた。花漣を庇って、唯が死んだ。それを理解するのは早かった。心臓の鼓動が早くなる。
「唯!!」
花漣は唯の体を揺する。何度も名前を呼ぶが唯の瞼は堅く閉じられたままだった。庭で少女だけが笑みを浮かべていた。
おまけ
作者「今回は2625文字ですよ!??」
唯「俺、こんだけボロボロにされたのに2625文字かよ。」
花漣「私、死にかけたのに?」
作者「ま、まあ、新キャラ登場させたからね!??」
永雷ノ巫女「終わり方がなあ。」
作者「ほらほら、もう帰って帰って!!……………ふう、帰ってくれた。」
作者「神様と人間、本当に天と地との関係だけなのか?神様とは一体正なのか悪なのか。そんなことを想像してくれれば嬉しいです。好きなキャラとかも出てくるんでしょうね。ではでは皆さん、今回はこれで。え?バリエーションが少ない?じゃあ、have a good night.」
#3 守る力、殺す力
--- ー花漣視点ー ---
「これで、男は片付いた、お前だけだよ。」
少女が花漣に扇子を向ける。花漣は黙ったまま何もしない。しばらくすると、立ち上がった。空を見る花漣は無表情だった。
「ねえ、知ってる?守る力も殺す力も本当は一緒なんだ。」
花漣はまたしゃがみ込むと、唯の髪をソッと撫でた。手が震え、呼吸が乱れる。駄目だ、抑えられない。花漣は少女の方を振り返った。その目は青色でただただ澄んでいた。殺気も憎しみも何もないように見えた。しかし、急にその目は怒りも殺気も憎しみもはらんだ目になった。その目で少女を睨みつける。髪はいつの間にか白く変わっていて、雨が降り始めた。どこからか吹いた風が花漣の白髪を撫でた。
「貴方が、いや、お前がそれを殺すために使うのならば、私も殺すために使うとしよう。」
花漣が手を少女の方に向けると、一瞬時が止まったように思えた。青色の目は少女を捉えたままそこに縛り付けている。少女は一歩の動けなかった。殺してやりたい__そう思ったのは初めてだった。殺意ってこんなに簡単に持てるものなんだ。少女は動かない。今なら何でもできる、そんな気がした。周りの空気が凍り始める。
「お前、言ったよね?さようならって。」
花漣の顔に笑みが浮かぶ。少女に近づいた花漣はその少女の震える顎に手を当てて、目を合わせる。少女の黄色い目には恐怖の色で染まっていた。
「じゃあさあ、その言葉。そっくりそのまま返すよ。さような___。」
その瞬間、視界が真っ暗になり、口が誰かの手で押さえられた。肩に黒髪が触れる。
「その言葉は、花漣が使う言葉じゃない。」
その人は中性的な声音でそう言う。
「……………唯?」
振り返ると薄ら笑いを浮かべる長い黒髪の少年。背後にいたのは唯だった。思わず頬を涙が一筋伝った。
---
--- ー唯視点ー ---
あたり一面、真っ白な世界。ここに来るのは何度目だろうか。自分は、意識を失ったのだろうか。唯は頭を押さえる。ここに来たということは、彼が戦ってくれているということだ。ならば大丈夫だろう。唯は真っ白な世界に胡座をかいて待った。しばらくして、彼が天井から落ちてきた。真っ赤な髪に真っ赤な目。毎回思うがイケメンだ。
「悪い…………やられちまった。俺が次に出れるのは三時間後だ。それまでは、ユイが、あの子を守れ。」
彼がやられるほどの相手に自分が花漣を守りながら戦えるだろうか。いや、いざとなったら任務に集中して花漣を捨てるか。そう考えてた時、頬を衝撃が貫いた。見ると、怖い顔をした彼の姿。
「ユイ、守らなければならない時に、守らないなんて考えを出すな!!任務は人命より大切なのか?」
彼の声によって、唯はその考えを振り払った。目を開けると、全身が痛んだ。相当激しい落雷を受けたみたいだ。体を動かすと激痛が駆け巡る。再び目を閉じた頃に声が聞こえてきた。
「___守る力も殺す力も本当は一緒なんだ。」
その言葉は《《かつて唯が彼女に言った言葉》》とそっくりだった。まさか花漣は彼女なのか?それは不可能だ。だって彼女は唯が殺したから__。あの日の出来事は今も鮮明に思い出せる。雨、少女の笑顔………。死ぬ時まで彼女は笑顔だった。なんで、そんなに笑えるんだよ。
次に目を開けると、白髪の少女が永雷ノ巫女に向かって歩いて行く。白髪の少女が花漣だと理解するのにはそう時間はかからなかった。このまま行けば、花漣は永雷ノ巫女を殺せる。けれど、それはやってはいけないこと、そんな気がした。唯は痛みを忘れて駆け出す。そして、さようならと言いかけた花漣の目と口を手のひらで塞いだ。
「その言葉は、花漣が使う言葉じゃない。」
花漣の耳元で囁く。そう、汚れるのは自分達でいい。進んで、こちら側に来た自分達のみで。さようなら、と無慈悲に告げるのは自分達だけでいいんだ。花漣の髪が元の茶髪に戻る。
「……………唯?」
花漣の声は酷く弱々しくか細かった。今思えば体が小刻みに震えている。労いの言葉をかけようと思うと、花漣の手が唯の頬に触れた。
「自分を、あんな風に扱わないで…………。」
花漣の瞳から涙が零れ落ちる。唯は目を見開いた。何を言っているんだろうか。自分は任務を完遂させるために戦っていただけで、そんなに言われる程怪我をしていない。今回は落雷を二発食らっただけだ。こんくらいなら一時間もあれば傷は塞がる。その時、唯はようやく理解した。人間は傷はそんな簡単に癒えないのだ。花漣の体がこちらに倒れる。それを受け止めると、壊れた窓の向こうへ運ぶ。ゆっくりと地面に下ろすと、頬に張り付いた前髪をそっと横に流した。花漣の寝息を背に、永雷ノ巫女の方を向く。永雷ノ巫女は血走った目を見開いてこちらを睨んでいた。
「赦さない!お前ら、神様にこんなことして!」
永雷ノ巫女は吠えるようにそう叫ぶと、金の扇をあちこちに振った。すると、池のようなものが空中に幾つも現れた。
「|金乱の遊魚《きんらんのゆうぎょ》!」
池から無数の金魚が現れ、その金魚が尾鰭を振るたびに落雷が発生する。唯は落とした刀を拾うと構えた。あまり余力も残されてないから、一振りで叩き切ってしまいたい。そのためには空中で一回転して、刃先を永雷ノ巫女に向ける。それで行こう。唯はまず足元の金魚を切り裂き、そのまま刀を上に上げもう一匹殺す。自分もジャンプして刀を下に下げ更に一匹殺す。空中で一回転し、他の金魚を蹴散らすと、永雷ノ巫女に刃先を向けた。多少動きすぎたが予定通りだ。
「終わりだ。」
永雷ノ巫女は悔しそうな顔で笑った。
「まあね。でも、お前は殺すことはできないよ。」
「負け犬の遠吠えだろ?」
永雷ノ巫女が口角を上げた時、唯の刀が折れた。動揺するが、直ぐに永雷ノ巫女はもう逃げるほどの余力を残していないと知る。仕方なくポケットから勾玉を取り出すと手のひらの上に置いた。殺せないならここに封じる。
「永雷ノ巫女 今ここに 我と共に永遠を過ごし いつか終幕を約束しよう」
完全に封じると殺せないからいつでも出せるような封印を施す。唱え終わると、永雷ノ巫女の体がサァーッと霧状に散り、手のひらの勾玉に吸い込まれていった。
「流石に、疲れた………な。」
唯は勾玉を取り落とすと、その場に倒れた。雨は止み、優しい日の光が唯を包んだ。その中で、唯は穏やかな寝息をたて始めた。
おまけ
作者「あ………2572文字……………。」
唯「伏線出すなら曖昧な部分で切るなよ!」
唯?「結局、俺の名前も明かされてないもんね~?」
作者「なら、ここで出す?って、いたっ!」
花漣「コラー!ネタバレ厳禁!」
作者「え、お金くれるの?って、いったぁ!そのゴツい辞書で殴るのやめてぇ!」
ー十分後ー
作者「ふぅ……………。川も全ては海で一つに交わる。歯車はずっと廻っていた。その考えに至るにはまだ早いです。彼らの物語はまだ断片的にしか出していないのでね。ではでは今回はこれで、良い夜を。」
#4 こちら側へ
--- ー花漣視点ー ---
「ねえ、ねえ?」
花漣の体を誰かが揺する。ゆっくりと瞼を開くと、目に飛び込んできたのは真っ赤な目。それと鼻筋に垂れる黒い髪。体を起こすと、改めて顔を覗き込む。
「唯………?じゃ、ないよね?」
どうにも感じる違和感を素直に声にすると、唯は口角を上げた。両腕で大きな円を作る。
「ピンポーン、大正解。」
何を考えているのかが読めず、花漣は立ち上がり後ずさる。得体の知れない化け物と対面してるような気持ちだ。こめかみから汗が吹き出る。
「貴方は、誰?」
「俺?俺は、まあ、秋の音、|秋音《あきね》とでも名乗っておこうか。」
唯__秋音は手のひらで何かを転がす。覗いてみると、それは黄色い勾玉だった。透き通った勾玉はこの世のものとは思えないほど美しく、息を忘れてしまうほどだった。秋音がそれをポケットに仕舞うと、花漣はハッとした。
「唯は?秋音と唯の関係はなに?」
花漣は睨みつけながら問う。すると、秋音はがっくりと肩を下げた。
「ど、どうしたの?」
「いや。いきなり呼び捨てかよ……………。俺、年上なのにさあ。」
思った以上に人間味の強い秋音。なぜか笑いがこみ上げてきて、気がつくと笑っていた。秋音はそれを見ると、更にがっくりとうなだれた。ひとしきり笑い終わるとまた真顔に戻る。
「唯はどこ?」
「ここ。」
花漣の問いに、秋音は親指で自分の心臓を指した。秋音が笑みを深くすると、風が彼の髪を巻き上げた。心臓__心、つまり彼は唯のもう一人の人格なのだろうか。いや、それほど単純な関係じゃない気がする。花漣の目に映る秋音はまるで唯とは違う異様な怖さを含んでいる。違う、逆に《《静かすぎる》》んだ。頭では彼を人じゃないと分かっているのに、自分は彼を人として認識している。その人間らしさが逆に怖い。
「あ、後ね。俺とユイの関係って言ったよね?俺さ、肉体を隠されちゃったから借りてんだ。」
爽やかな笑顔で肉体を借りているという秋音。それは静かな時間だった。時も感情も風も全てが一瞬静止して、また動き出す。汗が伝い落ち、始めて心臓が動き出す。
「どういう、こと?」
震える声で聞くと、秋音はケロッとした顔で首を傾げた。可愛らしい動作もなぜか今は怖く感じた。
「だ、か、ら、肉体借りてんだって。分かんない?」
「分かるわけないでしょっ!!いや、分かる奴いたらすごいと思うよ!?」
秋音の声に花漣は大声でツッコミを入れる。肉体を借りるなんてどうやっているんだ?肉体が隠された。秋音は一体何なのだ?そんな花漣の気持ちも知らずに気持ちよさそうに伸びをする秋音。その時、おもむろに秋音が言った。
「確かに人間ならそれも分かんないか~。」
「そうですよ!」
秋音はその答えに鋭い目線をこちらに向けた。その視線は蛇のように絡みつき、花漣を動けなくした。真っ赤な目の瞳孔が細くなり、爛々と光る。それは昔、絵本で見た龍の目に似ていて、でも神々しさよりも精神に入り込み恐怖を植え付けるような目だった。
「でもさあ、君、人じゃないよね?」
その言葉は花漣の精神を抉った。前ならきっとこんな風には感じなかった。でも、少女との戦いで分かった。自分は、人間じゃないんだって。でも、頭がおいていかれている。急に突き付けられた現実を瞬時に理解はできなかった。認めたくない、自分は人間だって思いたかった。秋音がこちらに歩いて来て、肩を掴む。残酷で狂気に満ちた笑みが目の前に来る。花漣の手が震え始める。目をそらしたいのにそらせない。これが、本当の恐怖__。
「さて、君がこちら側に墜ちるのはいつかな?」
耳元でゆっくりと囁かれたその言葉に花漣の頭は冷静になった。そうか、彼はこちら側に来てしまったのか。だから、こっちに誘ってる。寂しいから、一人は嫌だから。
「可哀想…………。」
「ん?」
花漣は怖かったはずの秋音の目を真っ直ぐ覗き込んだ。秋音の目の奥には震える子供が浮かんでいた、気がした。本当かは分からない。でも、この子供が寂しくないようにしないと。花漣は秋音に抱きつく。秋音は意外そうな顔をした。
「大丈夫、寂しくないよ。」
すると、秋音は苦しそうに顔を歪めた。花漣が顔を見ようとすると、突き飛ばされた。かなり強い力で突き飛ばされ、花漣は床に倒れ込む。花漣が倒れたのを見ると、秋音はハッとしたような顔で駆け寄って来た。
「ごめんごめん。危害を加える気はなかったんだけど。ちょっと怖がらせすぎちゃったね。」
秋音は普通の笑みを浮かべて、手を差し伸べた。普通の笑み__秋音は普通の笑みなんてしない。そう思ってしまった。作り笑いの裏には、秋音は何を考えているんだろう。
「そろそろ起こそっか?」
秋音の問いの意味が花漣は分からなかった。訳が分からないので訪ねる。
「誰を?」
「ユイ。」
唯が出てくる。そうすると、秋音はいなくなってしまう。ようやく秋音のことを少し分かったのに。いや、分かってないのかもしれない。花漣はまだまだ底が知れない秋音の横顔を見ていた。
「まだ、いいや。」
「そう。じゃあいいや。」
謎の沈黙が二人を襲う。その沈黙に耐えきれずに花漣は聞く。
「肉体を隠されたって何があったの?」
秋音は目を細めた。どこか遠くを見るような目。悲しみと嬉しさの混ざったような目を見てられず、花漣は目を背ける。
「俺はさ、嫌われちゃったんだ。でもいいんだ。先に裏切ったのは俺だから。」
その目は酷く寂しげで悲しそうで、ちょっぴり怖がるようなそんな目だった。裏切られた、秋音が誰に?分かることは、その人物は人間ではないということ。もう少しだけ知りたい。秋音はどうしてそうなってしまったのか。
「それってどういう…………。」
「そう言えば、ハナレちゃん。」
花漣の声は秋音の声に上書きされた。秋音の顔がイタズラを起こす前の悪ガキの顔になる。嫌な予感がして花漣は後退さる。
「ハナレちゃん、ユイのことイケメンだと思ったでしょ?」
「ソ、ソンナコトナイヨ!?」
思わぬ言葉に花漣の言葉がカタカナになる。顔を真っ赤に染めながら、言い訳するももう遅い。秋音は嫌らしい笑みを浮かべる。
「ふ~ん。いいこと聞いちゃったぁ?」
花漣は秋音の肩を叩き始める。やっぱり唯を起こした方が良かったかもしれない。
---
--- ー秋音視点ー ---
俺はハナレの顔を見る。彼女に似ているな。俺は空を見上げた。真っ青な空は彼女のように澄んでいた。彼女は、今どうしているだろうか。俺の人生を変えてくれた彼女。いつかまた会えた時にハナレの話をしてやろう。君と似た少女が人間にいたよって。きっと君は言うんだろうないつも通りの笑顔で。
「私も会ってみたいな」って。君はいつもそうやって明るく振る舞ってくれる。俺はそんな君がいたから今の俺になれたんだ。
「ありがとな。」
「え?」
いつの間にか口からもれていた感謝はハナレの耳に届いていた。俺は彼女に見せるような優しい笑顔で言う。君もきっとそう言うんだろうな。俺は目を伏せた。
「なんでもない。」
おまけ
作者「秋音くん登場おめでとう!!」
花漣「なんでそんなハイテンション?」
作者「だって、秋音くんは作者の好きなキャラの一人なんだから!!今日は盛大にお祝い………。」
秋音「へぇ~?」
作者「は!秋音くん!?」
秋音「良いこと聞いちゃったぁ?」
作者「アァァァァァア!って、消えてるぅ!?」
作者「彼は知らない。全ては交わっているんだよ。勘の良い読者の皆さんはもう気づいているのでしょうか。少々ヒントを出しすぎた気もしますね。じゃあ、川のどこかでまた。」
#5 記憶の欠片
--- ー花漣視点ー ---
「じゃあ、そろそろまたね、ハナレちゃん♪」
秋音は笑みを浮かべたままそう言うと、手を振る。数秒後、手と首がだらりと垂れ下がる。心配して声をかけようと思うと、また顔を上げた。顔が近くで思わず赤面になる。美しい唇が目の前に。その唇と自分の唇の間に花漣は手を入れる。
「花漣………?」
「おはよう、唯。」
太陽が姿を表し、辺りを照らした。花漣の頬笑みはまるでそんな日光のように温かく優しかった。唯の顔が少し赤くなった、気がする。無意識にガッツポーズをした。
「なにしてんだ?」
唯に首を傾げながら聞かれ、花漣は我に返る。そして、顔を茹で蛸のように真っ赤にさせた。な、なにしてるんだ自分!唯の顔が赤くなったからってガッツポーズする理由はなくて、そもそも唯は何時間か前に会った初対面男子。しかも、初対面は女子と間違えて………。そこまで考えた花漣はふと、唯の髪を見た。
「ねえ、唯って男だよね?」
「…………ようやく分かってくれたんだな。」
唯の答えに花漣は手を合わせて深く頭を下げて謝る。すると、唯はプッと吹き出した。花漣は唯の肩をポコポコと叩き始めた。唯はその手をものともせずに笑い続ける。
「で、それがどうしたんだ?」
「えぇっと、その髪だと分かりにくいから、髪切ってあげるって言いたかったの!!」
花漣は切れ気味に伝える。本当はもうちょっと怒ってやりたかったが、まあこんくらいで許してやろう。全く、男ってどうしてこうなのかな。男__男……………。花漣の目にはある一人の男の顔が浮かんでいた。拳を振り上げる男に花漣は為すすべもなく………。恐怖で見開かれた目の先で男はにやけ顔を見せる。
「花漣?」
唯に名前を呼ばれ、花漣は大丈夫と伝えようとした。その時、唯の指が花漣の髪に触れた。風が吹き、花漣の顔が露わになる。その頬は桜色に染まっていた。唯の真っ赤な目は怖いというよりか美しかった。まるで、昔見たルビーのような色合い。
「綺麗…………。」
思わず息を忘れるような美しさ。人の心を掴んで離さない。やっぱり、私、唯のことが…………。
「茹でタコみたいな顔だぞ?」
その気持ちは唯の一言でかき消された。うん、こんな最低男好きになるわけない。女の子に向かって茹でタコなんて言う男がこの世にいるとは思わなかった。やっぱりある意味人間じゃない。
「………とっとと髪切るよ!」
花漣は唯の背中を思いっきり叩いて椅子のある場所を指差す。座れってことは通じたみたいだ。花漣はハサミを取り出すと、唯の長い髪を切った。
「いった!ハサミ切れ味悪すぎだろ!」
確かに、花漣の使ったハサミは錆々だ。しかし、そんなことを気にする花漣ではなく、構わずに唯の髪を切っていく。唯は悲鳴のような声を上げる。花漣は器用に手を動かして髪を切る。
「あ、襟足残す?」
「任せる。」
「じゃあ、残しとくね。」
花漣は最後に髪を梳くと、ハサミを元の場所に仕舞い、掃除機を持ってきた。稼働させると、掃除機は床に落ちた唯の髪を吸っていく。全て吸い終わると、ゴミ箱に髪を捨てた。
「どう?」
「見えないから分からない。」
世話の焼ける年上の男だ。花漣は鏡を持ってくると、唯に持たせた。唯は見てもぼんやりとした無表情だった。何を考えているか分からない。怖い__そう思った。すると、唯はふっと笑った。嫌らしくも優しくも面白そうでもなく、ただただ笑った。
「ありがとう。」
「………どういたしまして!」
花漣も釣られて笑顔を見せた。明るい太陽のような笑顔。唯の顔がまた少し赤くなった気がした。
---
--- ー唯視点ー ---
花漣は何を思っているのだろうか。こんな明るい笑みを浮かべて、自分は人間じゃないって分かったところなのに。進んでなった自分とは違い、急にその事実を告げられた花漣は怖いだろうに。唯は花漣を見ると、頬笑んだ。頭に手を置く。
「ありがとな。」
花漣は目を伏せる。引き結ばれた唇は何かを言おうとしていた。これからどうするのだろうか。花漣は唯と同じ道を歩むと言った。だとすれば、本部に連れて行くべきだろうか。
「なあ、花漣。どう、したい?」
永雷ノ巫女との戦いで遮られた言葉。花漣は伏せていた目を上げて、真っ直ぐ唯の目を見た。目なんて血のような赤で怖いだろうに。
「私は……………………お花見行きたい!」
「へ?」
花漣の子供っぽい声に対して唯は間抜けな声を出す。お花見、今は四月の後半だからもうほとんど葉桜なんじゃ?
「難しいことはさ、後で考えよう。」
花漣は目を細めて笑った。やっぱり、何で笑えるんだろう。恐怖、絶叫、死、無感情、慈悲なんて無かった。そんなことばかり体験してきた唯とはやはり違うのかもしれない。人は簡単に死ぬ、裏切る。なら、神様ならどうだろうか。唯と一緒にいてくれるだろうか。
「ほら、そうと決めたら行こ!近くに遅咲きの桜並木があるんだ!」
花漣は唯の手を掴むと、引っ張る。鼻歌交じりの声は平和の象徴のようだった。
「近くでお団子でも買ってさ~。」
「花漣。」
唯はほぼ無意識に花漣の名前を呼んだ。花漣が止まって振り返る。唯はしばらく口をパクパクさせて、笑った。
「やっぱ、何でもない。」
「えっ!?気になる。」
「ほら、早く花見行こうぜ。」
「え、あ、ちょっ!」
唯が駆け出すと、花漣も付いて来る。玄関の扉を閉めた頃に唯は立ち止まった。花漣は鍵をかけるのに苦戦している。
「ふぅ~。どうしたの?」
「道、分かんない。」
花漣は苦笑して、また手を掴んだ。離したくなったが、花漣の手の力は思った以上に強かった。それは、唯に縋るような感じだった。この手を離したら、花漣と唯はお別れ__。そう思った唯は花漣の手を強く握り返した。
「そう言えば、俺が気絶してる時に別の奴が現れなかったか?」
「………秋音のこと?」
秋音__と言われてピンと来なかった。なぜなら、《《彼の名前は秋音ではないから》》だ。なぜ偽名を使ったのだろう。秋音と花漣には何か関係が?いや、彼のことだし単なる遊び心だろう。
「で、何かされたか?」
「うーん、突き飛ばされたけど、それは私に原因がありそうだからな。あっ、唯。肉体を隠されたって言ってたけど、あれどういうこと?」
「肉体を…………隠された………?」
確かに、彼は急に唯と契約を結びたがった。しかし、それで肉体を捨てただけで、隠されたとは聞いていない。どっちが本当のことなのだろうか。彼は唯に嘘をついていた?なぜ、何のために。目的が分からない。
「何か、秋音って可哀想だよね。」
不意に花漣がもらした一言は唯が始めて秋音に会った時に思ったことだった。今はそうは思わないが、花漣はそう思ったのか。唯は震える声で聞く。
「どんなとこが?」
「一人なとこ、かな?」
唯の頭の中にはある一つの記憶が蘇っていた。
---
『誰だ、お前。』
あの日はそう、雨が降っていた。唸る彼に俺は手を差し伸べる。
『大丈夫だよ。さみしくない。』
今知っている最大限の言葉で励ましたんだ。すると、彼は黙って俺の手を取ったんだ。彼は立ち上がるとテレビで見た俳優のような顔と体型だった。
『お前、名前は?』
『ユイ。イケメンさんは?』
『イケメンさんって、俺のことか?』
『うん。』
彼は顔をほころばせて、名前を口にした。美しく凛々しい名前。何でだろう。
___思い出せない。
おまけ
作者「秋音君の名前早く出したい!!」
秋音「あ~あ、ユイにバレちゃった?」
唯「秋音の名前何だっけ?」
秋音「思いだせないでしょ?」
作者「作者は思い出せますy((((殴」
花漣「ネタバレ禁止。ハイ、レツゴー!」
作者「まだあとがき終わってな………。」
作者「ふぅ~帰って来れた。三人は偶然出会った。そこの関係は誰よりも複雑。正直、作者もこんがらがり始めてます(汗)いよいよ、お花見お花見!!では、良いお花見を!」
#6 若葉は本心を隠す
--- ー花漣視点ー ---
唯は何か考えているみたいだ。お団子を買うときも上の空で、時々悔しそうな苦しそうな顔をする。秋音の話をした時からずっとそうだ。
「ねえ、唯。唯ってば!ちょ、聞いてる?」
「あ、うん。聞いてるよ。」
聞いてると言う割には唯はボーッとしている。花漣は唯のことを放っておいて、近くのベンチに座る。花見客は唯と花漣の他誰もいなかった。桜は立派で、少し葉も出てきて緑色と桜色のコンビが綺麗だった。ふと、強風が吹いて、桜の花びらが宙を舞った。いずれ花は散り落ち、葉になる。そして、また来年に美しい花を咲かすのだ。
「人間の歴史もこんな感じかな………。」
争い、なにかを失い、ようやく気付き、しかしまた争う。お世辞にも桜のように美しくはない。しかし、桜はそのままでも、人間は違う。争いから学び、成長するのだ。
「でも、人間じゃない私がそれを言うのも変だよね………。」
花漣は目を伏せた。桜が見えなくなり、急に暗闇にいるような気持ちになる。しばらく視線を彷徨わせ、脇にあるお団子の入ったプラスチックの容器に目が止まった。花漣は容器の蓋を取ると、中からみたらし団子を一つ取り出した。うん、美味しそうだ。
「いただきます!」
その時、目の前の桜の木が倒れた。花びらに紛れて、赤いものが飛び散る。あれは、血かな?誰の血だろう?そう考えた時、急にお腹の辺りが熱くなり、地面に倒れた。地面に広がる血、痛くて熱いお腹。そうか、お腹を刺されたのか。暴力なら、慣れているはずなのに。
「痛い…………。」
花漣はお腹をギュッと押さえる。動いたらダメって分かった。一体、何に刺されたんだろう。どんどん血が抜けてって、傷口は痛くて熱くて、体は寒い。地面に落ちた団子を見て涙が出た。
「どうして、こうなったんだろう………。」
自分はただ、幸せで平和な生活がしたいだけなのに。なんで、なんで壊されるの。自分のなにが悪かったの。教えてよ、神様。神様が神様に頼むなんて変だと今はツッコんでられる状況ではなかった。そう言えば、唯はどこ。目だけ動かして唯を探す。すると、唯は花漣の目の前にいた。手には何かを掴んでいるようだ。唯の足はじりじりと下がっていて、額には汗が滲んでいた。唯よりも押している何かの方が力が強かったようで、唯ははね飛ばされ、花漣の視界から消えた。やがて、ドコッと鈍い音が響いた。誰もいないけど、花漣はこう願わずにはいられなかった。
__誰か、助けて。
---
--- ー唯視点ー ---
秋音のことを考えていても仕方がない。今は花漣とお花見をしよう。そう結論に至ったのが遅すぎた。一瞬の出来事だった。花漣の目の前の木がなぎ倒されて、黒い塊が花漣のお腹を刺した。なんだあれはと考えている暇はなかった。花漣に二回目の攻撃を仕掛けようとしている黒い塊を掴む。掴んだ時に分かった。これは、髪の毛の束だ。何千何万もの髪の毛だ。神様になりかけの中途半端な奴は、瞬間的な力が強い。唯は髪の毛の束に吹っ飛ばされて近くの桜の木に激突する。頭上で桜の花びらがヒラヒラと舞う。
「かはっ………!」
目の前で星がチカチカと回っている。頭を強く打った。勝てない__そう思った。刀もない、秋音の力も借りれない。ゲームオーバーだ。神様になりかけの髪の毛の束が唯の体を掴む。キリキリと体を締め付けていく。
「ぐっ………!」
必死でその髪を解こうとするが、どんどん締め上げられて抵抗する力も弱くなる。もう、終わりでいいのかもしれない。唯は目を閉じて、体の力を抜いた。その時、唯の頬を何かが掠めた。奥の髪の毛に刺さったそれはハサミだった。飛んできた方向を見ると、花漣が立っていた。少しふらついて、呼吸も荒い。
「諦、めるな!」
その目は片方だけ青色に染まっており、闘志に燃えていた。そう、髪は切れるものだ。唯はハサミを使って周りの髪を切り始めた。髪の毛の束がうなり声に似た悲鳴をあげる。後少し、後少し、切れた。と思った時に再び髪が絡みつく。もう握力の限界だ。ハサミを握る力も弱い。いや、この髪さっきよりも薄い。なら、いけるかもしれない。唯は最後の力を振り絞って髪の毛を切った。脱出できた達成感と開放感。それは、すぐに痛みと苦しみに変わった。グサッ、と鈍い音が肩あたりから響いた。再び捕らえられた唯は手をダラリと下げた。髪の毛の束の中心が裂け、ギザギザとした歯が覗く。歯の先は、闇。死ぬ、死んでしまうのか。せっかく、抵抗しようと思えたのに。もう、誰にもあんな思いをさせたくないのに。その時、一つの弾丸が髪の毛の束を貫いた。髪の毛の束は断末魔を上げると、霧状に散った。唯は地面に落下する。この狙撃は…………。唯はニヤリと笑った。
「カラスか………。」
---
--- ー???視点ー ---
ユイと黒い塊の戦いを黒髪の青年が塔の上から見ていた。そろそろ助けるべきだろうか。ユイは邪魔すると偶に怒るんだよな。ユイというか彼が。ユイが刺されたのを見て、そろそろ助けないと、と思いスコープを覗く。
「ねえ、|翡翠《ヒスイ》!」
「何だよ、|雫《シズク》。」
「あたいの出番は?」
「あー、今はないな。」
翡翠は雫の話相手をしながらユイを襲う黒い塊の脳天を狙う。ああいうのは勘が鋭いから気配を隠さないと。そう思うと翡翠は一瞬だけ心臓も息も止めた。そして、引き金を引く。スコープの先で標的が霧状に散って、翡翠は雫を呼んだ。
「やっと、あたいの出番ね!」
「雫は力だけなのに口は達者だな!」
「なにをー!」
「ハイハイ、また貸してくれるか?」
仕方ないと言った感じで雫は力を翡翠の背中らへんに集めた。そこから真っ黒な羽根が二対生えた。翡翠は塔の天辺から飛び降りる。地上は遥か遠く。普通なら死ぬだろうな。翡翠は翼を動かして、宙を舞う。
「毎回なんで翡翠は飛び降りるのよ!!」
「スリルあって楽しいだろ?」
雫は悲鳴っぽい声を上げる。実体がないのになぜ怖がってるのかよく分からない。翡翠は呆れながらユイの元へ向かった。大方、一緒にいた少女もユイも気絶しているだろう。
「全く、無茶するよな~毎回毎回。」
「翡翠は狙撃手だから安全だものね?」
「え、なんでそんなトゲのある言い方なの…………。」
「翡翠、これで傷ついたらメンタル豆腐以下だよ?」
雫の可愛げのない返答が逆に可愛らしい。一人称あたいなの見栄っ張りで可愛いよね。翡翠は目を伏せる。本当は彼女の体も留められたら良かったのだけど。今の彼女は翡翠に取り憑く霊的存在だ。
「ヒ・ス・イ!木ィ!」
「え?」
雫の忠告と、翡翠が木にぶつかったのは同時だった。黒い翼も消滅して、翡翠は地に落ちる。受け身も取れずに派手に着地した挙げ句、坂道を滑り始めた。
「えっ、ちょっ!人が滑れるってこの坂道急すぎでしょ!!」
「翡翠、川ぁ!」
「のぉぅ!」
川に盛大にダイブした翡翠。何とか水面に顔を出すと岸部に向かって泳ぎ始めた。岸部につくと、ぐでっとする。
「大変、だった。」
翡翠は立ち上がると、桜並木の場所に向かい始める。途中ですれ違った少年の声が翡翠の耳に入った。
「変な人。」
変な人__という言葉に変な子という母の声が重なった。そう言えば、彼は無事だろうか。もう顔も名前も思い出せないが。彼は生きているのだろうか。無事にあの家から逃げてこれたかな。
「翡翠、また昔のこと?」
「え、あ、うん。何でもない。」
雫に心配された頃には翡翠はユイ達の元にたどり着いていた。本部まで運ぼうと思った時に気づいた。一人で二人を持つのは無理だ、と。仕方がない、ユイだけでも目覚めさせよう。いや、歩けるわけないか。じゃあ、人目につかない所で回復させようか。ああ、でもそれも運ばないとか。
「ベンチに座らしとけば?」
「確かに。」
あの近いベンチなら運べるか。翡翠は少女とユイをベンチに座らせるとびしょびしょの上着を脱いで、雑巾を絞るみたいに絞った。そう言えば、ユイを拾ったのは自分だったっけな。あの時「強くなりたい」と願ってきた子供が今じゃこんな少年になるなんて。翡翠はユイの肩の傷を見て呟いた。
「俺が勧めた道は正しかったのかな。」
花は散り始め、若葉が出る。それと同じで、翡翠の心に芽生えた若葉が翡翠の本心を隠し始めていた。
おまけ
作者「ひ、翡翠君がギャグキャラになってる!!」
翡翠「え、なに、その驚き方。」
雫「翡翠は豆腐メンタルお間抜けだよ!」
作者「最初はシリアスキャラにさせるつもりが作者と同じ馬鹿に………!!」
花漣「今度は私が死にかけた………。」
翡翠「おまけページ初登場で第一声がえ、なのはマズかったかな?」
作者「ハイハイ、メタ発言しないしない!」
全員「お前がな。」
作者「いや~毎回メタいメタい。そろそろ考察要素も揃ってきたし、考察待ってます!!最近は抽象的に言うのに疲れたので、あとがきではふざけるぜ☆」
#7 継承されし神
--- ー唯視点ー ---
「ユイ?ちょ、ユイ!聞いてる?」
目を開けると、青色のサファイアのような目が視界に飛び込んできた。長い白髪が風に飛ばされる。
「花、漣?」
「誰それ?」
ああ、花漣って誰だろう。彼女はそんな名前じゃないのに。手を動かすと、刀に手が触れた。そうか、もう殺さなきゃ。現実から目を背けたくて横を向くと、鮮やかな夕焼けが見えた。
「綺麗だね………。」
彼女は可愛らしい笑顔で夕日を目に焼き付ける。この夕日が沈んだら、もう別れの時間だ。涙を必死にこらえていると、雨が降ってきた。雨に打たれながら彼女はふと真剣な目になった。
「ねえ、ユイ。雨ってね___。」
---
---
---
---
---
再び目を開けると、澄んだ青空と舞う桜の花びらが見えた。
「夢………か。」
体を起こすと自分はベンチの上に寝かされていたことが分かった。唯は状況を整理しようと記憶を呼び起こす。髪の毛の束に襲われて花漣が刺されて………。
「そうだ、花漣は!?」
唯は左右を確認する。左のベンチに花漣は横たわっていた。真っ白なTシャツに滲む赤い血が痛々しい。確か「カラス」が狙撃してくれて、助かったのか。じゃあ、カラスが近くに?そう思っていると、急に影が差した。何事かどうか頭を上げると、笑顔の男が目に入った。
「よっ!唯。」
「カラス………いや、翡翠さん。」
唯は恩師__翡翠に挨拶する。すると、翡翠の背中から水色の髪の透けている少女が出てきた。頬を膨らませながら、少女は唯を指差す。
「ちょっと、唯!あたしのこと忘れてない!?」
「雫も久しぶり。」
金切り声で喚く翡翠の|契神《けいか》_雫にも挨拶をした。翡翠は唯の肩の傷をペチペチと叩く。
「うん。傷は塞がってそうだな。流石、神宿し。」
「翡翠の傷も軽傷ならあたしの力注いで治してんだからね!」
「あれ体力使うんだよなあ…………。ということで、疲れとかないか?」
「はい、大丈夫です。」
「神宿しも契神もそんな変わんないように見えるけど何が違うの?」
雫の唐突な疑問に二人は驚く。そうだ、鴉神の雫は先代の継承からまだ三年、契神になったのは二年だ。知らなくて当然だ。
「神宿しは自分の命を縮めて、体に神を入れて操る。契神は対等な関係。うーん、強制的に従わせてるのと、契約して助けてもらっているって感じ?」
「あたし、翡翠と契約なんてしたっけ?」
「したよ。」
翡翠は愛おしむように目を細めた。その目に何が写っているのか唯は知らない。雫は柄でもなく気まずそうに縮こまる。
「そうだ、花漣は?」
「あのお嬢ちゃんは大丈夫でしょう。神様なんだし。自分の力を制御しきれてなかったね。継承したばかり?」
「彼女は、神様としての自覚がなかったみたいです。」
「ふーん。どちらにしろ一大事だね。|涙水ノ神《るいすいのかみ》に暴走されちゃあ世界が滅んじゃう。」
翡翠は試すような目で唯を見下した。雫は首を傾げ、唯は目線を足元の影にやった。内心は動揺と少しのやっぱりかという気持ちだった。
「しかし、彼女の代で涙水ノ神は皆………殺しました。」
「そうだね。」
翡翠の回答に唯は拳を握った。翡翠は仕事のことになると翡翠じゃなくなる。何というか、近寄らせない凍りついたような雰囲気を纏い、淡々と事実を述べ、冷静にしなければならないことを見極める。たとえ、それが子供の姿をした神であっても脳天に一発撃って終わらせる。そんな私情を挟まない翡翠が怖くも、羨ましかった。心が痛まないのかといつも思う。
「なぜ継承できたのか。謎だ。」
「成りうる神も殺しましたし、彼女は涙水ノ神じゃないはずだ。」
「《《君も》》見ただろう?あの髪と目。そして、あの能力。彼女は紛れもない涙水ノ神だ。」
翡翠の言葉を聞いて、唯はやはり見ていたかと思う。翡翠の契神、雫は鴉神。鴉の視覚を借りて監視していたのだろう。
「なぜ涙水ノ神が再び誕生してしまったのだ………。」
「いずれにせよ、彼女を一度上に報告しなければならない。君には意味が分かるだろう?」
その意味が唯には痛いほど分かった。上に報告する、つまり、上の判断次第で《《自分は花漣を斬らなくてはいけない》》。もう、彼女のような思いをするのはごめんだと思っていたのに、彼女の願いを叶え彼女の代で終わりにしたかったのに。自分は彼女との約束を何一つ叶えられてない。笑っていることも、神殺しをやめることも、涙水ノ神の継承を止めることもできなかった。
「にしても、涙水ノ神はなぜ再び継承されたのか?先代涙水ノ神と彼女は関わりがあったのか?」
翡翠の問いかけで唯は一気に現実に引き戻された。そうだ、彼女との思い出に浸っている場合ではない。花漣は涙水ノ神だとしたら、彼女の子供、もしくは彼女と関わりがあったことになる。でも、それはないと断言できる。花漣は神様の中でも人間くさかった。まるで、神様に成り立てのような___。
「………翡翠さん。神様から人間の匂い香が消えるのはいつですか?」
「二年くらいかな。」
唯が彼女を殺したのは二年前。もしかして、《《花漣は神様の血を引いていないのかもしれない》》。
唯の中である一つの仮説が脳内を廻り続けた。
NEWキーワード
・契神
・鴉神
・神宿し
・涙水ノ神
・継承
おまけ
作者「考察してくれる人がいて作者の口角は上がりっぱなしです。」
雫「作者って伝えんの下手よね。」
作者「え?」
雫「だってさ、作者がしっかりと伝えたつもりなのに読者には一向に伝わってないことって結構あったよね?」
作者「ア、アハハハハハ。」
雫「描写存在しないレベルだし。日に日に文字数減ってるし。」
作者「ズーン。」
作者「最近、書き溜めが消えて慌てて三十分ほど書いたのが消えて、萎えた後に一時間でこれを書き上げた作者を褒め((((((((殴
あ、はい、すみません。分かんないことあったら質問してください。では、よい休日を。」
#8 上手くやれ
--- ー花漣視点ー ---
どこかで、声がする。清らかな澄んだ川の水のような声。どこかで、声がする。哀しそうな、嬉しそうな、矛盾した声音。どこかで、声がする。あの人は、何を言っているのだろうか?堅く接着されたような瞼を何とか開くと、真っ白な髪が風になびくのを見た。それは崖っぷちに座る少女の背中の姿だった。白すぎる程のスラッと伸びた色白の足をブラブラと空中で持て余しながら少女は何かを呟いている。その内容は聞き取れなかったが途中からすすり泣くような音が聞こえた。声をかけてあげたかったが喉からは何の音もでなかった。少女は私が来たことに気づいたのか振り向いた。その目は静寂を湛えた水色の目だった。今まで外国人も見てきたがそれとはまた違う、もっと鮮やかな色合いだった。少女は目の端に浮かべていた涙を指でぬぐい去ると、私に向かって頬笑んだ。
「ごめんなさいね。もう、私の代で終わりにしたかったのだけれども。」
意志の強いはっきりとした瞳で、彼女は私を見据えた。
「貴方は何故、涙水ノ神なんかになりたかったの?」
何の話をしているのか分からなかったけれども、なんかと言われるのは無性に腹が立った。
「ねぇ、貴方は涙水ノ神の力を知っている?」
不意に、彼女の声が怯えたような声音に変わった。少しの沈黙の後に彼女は再び口を開いた。
「____したら世界を滅ぼす力。」
前半部分が聞こえなかった。変な耳鳴りに遮られたのだ。世界を滅ぼす、その言葉になぜか気持ちが高ぶった。
「ごめんなさい、ごめんなさい。やっぱり、貴方に全てを伝えることはできない。|神禁《しんきん》__規制がかかっちゃっている。そろそろ、もう、いかないとか………。」
後半、虚ろな声でそう呟いた少女は天に向かって何かを囁いた。すると、困ったような笑みを浮かべた。いつの間にか霧が出てきて、少女と私を囲った。
「ごめんなさいね。ユイに、よろしくね。」
少女が手を振ると、霧が一層深くなった。今、ユイって言った?確認しないと、後悔する気がする。私はお腹から何かの力に抗って叫んだ。
「貴方は!」
「私?私は、|華音夏《かんな》。」
静かな、澄んだ声で少女__華音夏は言うと、私に抱きついた。
「勝手な願いでごめんね。鍵をあげるから、返してあげて。私ではもうどうしようもできない。門番に気をつけて。」
華音夏は耳元でかすれた声でそう囁くと、私の首に何かをかけた。次の瞬間、私の視界は真っ黒に染まり、闇の中で私は華音夏の名前を呼んだ。
「かん、な。」
薄く目を開けた時に飛び込んできたのは真っ白な天井だった。ぼんやりとした意識のまま体を起こす。どうやら余所の家の和室の布団で寝かされていたようだ。あれは、夢だったのかな?でも、風も華音夏の声も、鮮明に思い出せる。立ち上がろうと少し身をよじると、チャリン、という音がした。見ると、小さな鍵が揺れていた。そうか、鍵をもらったんだった。花漣は鍵を指先で摘まむ。真ん中に赤い宝石がはめ込まれた金色の鍵だった。
「どこの鍵だろう?」
それ以前に、これがあるという事はさっきのは夢じゃないのか。でも、夢っぽかったし、実際にここで目が覚めた。どういうことだ。返してあげてって何?門番って?華音夏は何だったの?幾つもの考えが頭の中で渦巻いた。悶々と考え続けていると、横で皿の割れる音がした。
「花、漣?」
聞き慣れた声のはずなのにもう何年も聞いていなかったような。横を見ると、思った通りの人物がいた。
「唯!」
花漣は思わず立ち上がると、唯に抱きついた。普通の人より体温の低い肌が心地いい。
「大丈夫か花漣。」
「大丈夫じゃないよ。お腹に穴が空いて……………。」
そこまで言って、花漣は気がついた。お腹に痛みが全くないのだ。服越しにお腹をさすっても痛くない。
「三日間昏睡してたから、死んでしまったのかと………。」
「三日間!?」
驚きの声をあげた後、唯が微かに震えていることに気づいた。優しく背を叩くと、次第に震えは収まった。唯は花漣の体を引き離すと、真正面から目を覗き込んだ。
「花漣。お前、上手くやれよ。嘘をつかず、余計なことを言わず、上手くやれ。」
「それって、どういう…………。」
「目覚めたか、人間の|女子《おなご》よ。」
花漣の声を遮るようにして鈴の音と共に少女の声が聞こえてきた。もしかして、華音夏かという淡い期待を胸に振り返ると、黒い猫の面を被った黒髪のおかっぱの少女がいた。表情は見えないのに頬笑んでいることが分かる。
「いや、御主は人間じゃなかったか。なあ、久しいの。涙水ノ神。」
少女の和服の袖が揺れて手首についていた鈴がチリンと鳴った。涙水ノ神__華音夏が言っていた単語だ。自分が神様?いや、それは唯達も言ってたけど、華音夏によると世界を滅ぼす力を持った神でしょ?どういうことなの?カラカラと笑う少女の首根っこを突然白い指がつまみ上げた。
「やめなさい、|鈴戯猫《すざね》。年下をいじめるんじゃない。」
「やめろっ!離せっ!」
ジタバタと本物の猫のように暴れる少女_鈴戯猫を見て、鈴戯猫をつまみ上げた背の高い年寄りはため息をついた。白髪であるというのに妙に艶のある髪を三つ編みと緑色の和服がよく似合っている。凛とした佇まいの紫の目の女性と鈴戯猫では孫と祖母みたいにも見える。女性は鈴戯猫を床に下ろすと、鈴戯猫はパンパンと膝の着物を払った。
「全く、|藤笠《ふじかさ》は過保護じゃな。ちとからかっただけだい。」
「お前、本当に|猫鈴神《ねこりかみ》なんだよね?」
「当たり前じゃい!」
プンスカ怒る鈴戯猫と呆れる女性__藤笠。藤笠は花漣を見ると柔らかく頬笑んだ。
「いらっしゃい。私は藤笠。|藤笠 香凛名《すずかさ かりな》、この組織…………一応、名目としては会社の社長だよ。よろしくね。」
「組織?社長?えぇっと…………。」
「わしら神を殺す奴らがいるだろう?当然、資金もいるだろう?それで、藤笠の会社で稼いでいて、その会社の中の一グループ的なものだ。うーん、パッケージ担当とかいるだろう?そういう分類で分けているんだ。神殺しは市民には知られていないからなあ。だから、一応わしらも仕事をさせられるぞ。」
やれやれという感じで肩をすくめる鈴戯猫。イマイチよく分からなかったので後で唯に説明してもらおう。
「そうだ、唯。翡翠の応援にいってほしいの。翡翠は遠距離専門だけど、今回の相手は狙撃が難しいらしくて。」
「分かりました。場所は雫に聞けばいいですね?」
唯は一礼するとその場を離れていった。雫は現場にいるはずなのになぜ聞けるのかと、そもそも唯を向かわせれば良かったのでは、という言葉が喉につっかえる。
「初めまして、涙水ノ神さん。いや、花漣さんだったかしら。突然だけど、貴方は恋したことはある?」
「えっ!?あ、いえ!!そんなっ!」
「ふふ、あるみたいねえ。」
「藤笠、クッキー持ってくるか?」
「ああ、お願い。」
顔を真っ赤にしながらブンブン腕を振る花漣を面白いものを見るような感じで眺めると、鈴戯猫は部屋から出て行った。
「誰?」
「……………いや、恋なのか分からないんですけど。私、ちょっと嫌な思い出があって、男の人が苦手で…………。」
花漣はキュッと拳を固める。目を閉じなくても、拳を振り上げるあいつが目に浮かぶ。全く、父などいなければ良かったのにと幾度思ったことか。
「でも、唯にはそんなこと思わなくて………。だから、一緒にいて、楽しいというか。」
「ふーん、唯が好きなの。じゃあ、大丈夫そうね。」
「要観察対象ってことだよね?ねぇ!」
幼い子の声が上から響いて花漣は驚き上を向いた。すると、青い火を近くに寄せた白い衣装の子供が浮いていた。
「おい、|狼灼《かみや》!おまえ、どこ行ってんだ!」
「あ、ここだよ~|冬秋《ふゆあき》!」
狼灼と呼ばれた銀の短髪の少年が扉に向かって手を振る。次の瞬間、扉を蹴破る程の勢いで扉が開き、黒髪の男が入ってきた。おそらく冬秋と呼ばれる男だろう。スーツを着こなした冬秋は狼灼を見つけると黒い目で睨みつけた。狼灼は緑色の目をキラキラさせながらヘラッと笑っている。狼灼の気持ちに答えるように青い二つの火がユラユラ揺れた。
「狼灼!パッケージ作り手伝えっていっただろう!」
「嫌ぁー!!」
狼灼の足を掴む冬秋と柱にしがみつく狼灼。お父さんと息子に見えるが青い火を従える息子なんていないだろう。鈴戯猫と同じ神様なのだろう。
「狼灼!冬秋!うるさい!」
「すみません!」
さっきより更にうるさい声で冬秋は謝ると、一旦狼灼の足を下ろした。狼灼は不満そうにアグラをかいてその場に座る。
「ちょうど良かったわ狼灼。花漣さんを客人の間に連れて行きなさい。」
「はーい!」
狼灼は手をあげると、花漣に駆け寄り手を握った。狼灼に引きずられるようにして花漣にその場を退出した。
---
--- ーその後ー ---
「涙水ノ神は?」
「しばらくは社員としてうちに置くわ。相手もうちの社員だし。」
冬秋は眉を少しあげる。
「唯ですね。で、式はいつでしょう?」
真面目な顔で結婚式の話をする冬秋。実は、冬秋は社内結婚が見てみたいという謎の願望を持っているのだった。藤笠は盛大なため息を吐くと冬秋の背をバシッと叩いた。
「冬秋、ふざけてないで仕事に戻りなさい。」
補足:
藤笠の会社は化粧品を売っている会社であり、その中でグループで
・パッケージ担当1
・パッケージ担当2
・アイディア担当
・生産担当
があり、唯達神を殺す人達は表向きは「パッケージ担当2」のグループに所属している。偶に仕事もする。藤笠の会社は先代から譲り受けたものであり、その設立はいつか明かすかもしれない。日本ではここ以外にも拠点があるとかないとか、海外にもあるとかないとか。その話はでないと思われる。まあ、藤笠は神を殺す人達のトップってことです。
おまけ
作者「今回は過去最長話であったにも関わらず話がほとんど進みませんでした。すんません。」
鈴戯猫「ありきたりな展開じゃな。」
作者「おっしゃる通りです。」
狼灼「僕たち神様なのにイマイチ説明できてない。」
作者「次話やります。」
秋音「長い!」
作者「すみません。」
雫「花漣の過去とっとと出しなよ。四行で終わるでしょ?」
作者「ぴえん。神組辛辣。」
作者「あーあ、大分それてきちゃった。歯車が噛み合わなくなってくるかも。まあいいや、彼らに任せた結果、面白くなくなっても、それは彼らの生きた証だ((((((((厨二病ですか??」