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死亡ログイン ⑤観測者
逃げろ。
頭の中でその言葉だけが鳴り響いていた。
蓮は無我夢中で走る。
隣ではユイも全力で駆けていた。
夜の住宅街。
街灯の光が流れるように後ろへ消えていく。
だが。
足音は消えない。
コツ。
コツ。
コツ。
一定のリズム。
走っているはずなのに、まるで歩いているような音だった。
その異様さに蓮の背筋が粟立つ。
「まだいるのか!?」
叫ぶ。
ユイは振り返らない。
「黙って走って!」
「説明しろよ!」
「見つかる!」
「もう見つかってるだろ!」
その瞬間。
背後から声がした。
「被験者No.217の反応を記録」
機械音声。
冷たい。
人間らしさが一切ない。
蓮の足が一瞬もつれた。
「うわっ!」
転びそうになったところをユイが支える。
「しっかり!」
「くそっ……!」
二人は細い路地へ飛び込んだ。
その先には古い雑居ビルがある。
ユイは迷わず非常階段を駆け上がる。
「どこ行くんだ!」
「隠れる!」
「そんなので意味あるのか!?」
「ない!」
「は!?」
「でも時間は稼げる!」
五階。
六階。
七階。
息が苦しい。
肺が焼けるようだった。
ようやく屋上に辿り着く。
ユイは扉を閉めた。
ガチャリ。
鍵を掛ける。
二人は壁にもたれた。
汗が止まらない。
しばらく無言だった。
やがて蓮が言う。
「……今なら話せるだろ」
ユイは俯く。
そして小さく頷いた。
「観測者は、人じゃない」
「そんなの信じられるかよ」
「私も最初は信じなかった」
夜風が吹く。
遠くのネオンが滲んで見えた。
「この世界にはね」
ユイが続ける。
「見ている存在がいる」
「誰を?」
「私達を」
蓮は黙った。
「監視カメラみたいな話か?」
「違う」
ユイは首を振る。
「もっと上」
「上?」
「世界そのものを管理してる存在」
その言葉に、蓮は思わず苦笑した。
「ゲームの管理者みたいだな」
だが。
ユイは笑わなかった。
「そうかもしれない」
その真剣な目を見て、
蓮の笑みは消えた。
「木村も?」
「消された」
「ログアウト?」
「うん」
「理由は」
ユイは答えない。
代わりにスマホを取り出した。
画面には一枚の写真。
古い集合写真だった。
十数人の子供達が並んでいる。
「これ見て」
蓮は覗き込む。
最初は普通の写真に見えた。
だが、
一人だけ顔がぼやけていた。
「何だこれ」
「見えないでしょ」
「ああ」
「昔はここにいた」
ユイの声が震える。
「私の弟」
蓮は息を呑んだ。
「消されたのか」
「うん」
「……」
「誰も覚えてない」
ユイは写真を握り締めた。
「お母さんも」
「先生も」
「友達も」
「みんな忘れた」
涙は流していない。
だがその声は確かに悲しみに満ちていた。
「でも私は覚えてる」
蓮はハッとする。
「俺と同じか」
「そう」
ユイは頷いた。
「だから探してる」
「本当のことを」
その時。
コンッ。
屋上の扉が鳴った。
二人の体が硬直する。
コン。
コン。
コン。
ゆっくり。
規則的に。
誰かが向こう側を叩いている。
「嘘だろ……」
蓮の顔から血の気が引く。
ここまで追ってきたのか。
だが階段を上る足音は聞こえなかった。
聞こえたのは、
今のノックだけ。
ユイの瞳が揺れる。
「そんな……」
「どうした」
「速すぎる」
「何が」
「追跡速度が」
コン。
コン。
コン。
ノックは続く。
まるで扉を開ける許可を求めているように。
そして。
聞こえてしまった。
扉の向こうから。
「相沢蓮」
蓮は凍り付いた。
声は間違いなく自分を呼んだ。
「相沢蓮」
もう一度。
「被験者No.217」
心臓が激しく脈打つ。
なぜ名前を知っている。
なぜ番号を知っている。
なぜここにいる。
ユイが震える声で言った。
「耳を塞いで」
「え?」
「早く!」
その瞬間。
扉の向こうから声が響いた。
「記録照合完了」
「対象の記憶に矛盾を確認」
「修正を開始します」
世界が揺れた。
蓮の視界が歪む。
頭の奥に激しい痛みが走る。
「ああああっ!」
何かが見える。
知らない景色。
白い部屋。
無数のモニター。
並ぶ数字。
そして。
ガラス越しに自分を見つめる黒い人影。
『217番』
声が聞こえた。
『君は予定外だ』
次の瞬間。
バンッ!!
屋上の扉が内側に大きく膨らんだ。
まるで向こうから何かが押したように。
蓮とユイは息を呑む。
そして扉に、
ゆっくりと亀裂が走り始めた。
観測者が、
すぐそこまで来ていた。