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死亡ログイン ④消えた席
黒い人影が笑った。
その瞬間だった。
教室の窓ガラスが大きく震えた。
ビリッ。
蓮は反射的に顔を上げる。
屋上を見る。
だが、
人影はいなくなっていた。
「……何だったんだ」
喉が渇く。
手は汗まみれだった。
スマホの画面にはまだ通知が残っている。
被験者 No.217
監視レベル:2
まるで実験動物だった。
人間じゃない。
名前ですらない。
番号で管理されている。
そんな気味の悪さがあった。
蓮は急いで通知のスクリーンショットを撮る。
だが次の瞬間。
画像が消えた。
「え?」
もう一度確認する。
保存されていない。
履歴にも残っていない。
通知自体も消えていた。
最初から存在しなかったみたいに。
「ふざけんなよ……」
蓮は机を握り締めた。
帰宅途中。
蓮は木村について調べ続けていた。
SNS。
卒業アルバム。
連絡先。
何一つ残っていない。
それどころか、
木村という人物が存在した証拠そのものが消えていた。
なのに蓮だけは覚えている。
笑った顔も。
話し方も。
体育祭で転んだことも。
全部。
記憶に残っている。
「なんで俺だけ……」
その時だった。
「それが異常だからだよ」
声がした。
蓮は驚いて振り返る。
白いパーカー。
黒髪。
あの少女だった。
「お前!」
少女は人通りの少ない路地に立っている。
夕陽が横顔を照らしていた。
「やっと会えた」
蓮は駆け寄った。
「説明しろ!」
「落ち着いて」
「落ち着けるか!」
少女は静かに蓮を見つめる。
不思議な目だった。
どこか悲しそうで、
どこか諦めている。
「木村君のこと覚えてる?」
「当たり前だろ!」
「普通は覚えてない」
「だから何なんだよ!」
少女は沈黙した。
そして小さく言った。
「ログアウトされたから」
蓮は息を止めた。
「ログアウトって何だ」
「消されること」
「誰に?」
「観測者に」
またその言葉だった。
「観測者って何なんだ!」
思わず叫ぶ。
少女は路地の奥を見た。
誰かを警戒するように。
「ここじゃ話せない」
「逃げるな」
「逃げてるのはあなた」
蓮は言葉を失った。
「何だよそれ」
「本当は薄々気付いてる」
少女の声は静かだった。
「この世界がおかしいって」
二人は近くの公園へ移動した。
日が沈み始めている。
遊具には誰もいない。
静かだった。
「私の名前はユイ」
少女が言った。
「相沢蓮」
「知ってる」
「……やっぱりか」
蓮は苦笑した。
自分のことは知られている。
だが相手のことは何も分からない。
そんな状況だった。
「ユイ」
「なに?」
「お前は何者なんだ」
ユイはすぐには答えなかった。
ブランコを見つめている。
「その前に聞く」
「?」
「あなた、自分の最初の記憶覚えてる?」
突然の質問だった。
「最初の記憶?」
「うん」
蓮は考える。
幼稚園。
運動会。
母親に手を引かれていた。
その辺りだろうか。
「普通だと思う」
「それより前は?」
「覚えてない」
「そう」
ユイは少しだけ目を伏せた。
「私も覚えてない」
風が吹く。
ブランコが小さく揺れた。
「でもね」
ユイは続ける。
「私達には生まれる前の記録がある」
蓮が眉をひそめる。
「は?」
「本来は見えないはずだけど」
「意味分からない」
「私も分からない」
ユイは自嘲気味に笑った。
「探してる途中だから」
その時だった。
公園の街灯が一斉に消えた。
パチッ。
パチッ。
パチッ。
闇。
夕暮れだった空が急激に暗くなる。
「停電か?」
蓮が立ち上がる。
だが違った。
周囲の住宅は明るい。
消えたのは公園だけだった。
ユイの顔色が変わる。
「まずい」
「どうした」
「来た」
「何が」
ユイは蓮の腕を掴んだ。
強く。
「絶対に後ろを見るな」
蓮の背筋が凍る。
また同じ言葉だった。
後ろを見るな。
あのメッセージと同じ。
「走るよ」
「待て!」
「早く!」
二人が走り出した瞬間。
背後で足音が聞こえた。
コツ。
コツ。
コツ。
ゆっくり。
確実に近付く音。
一人ではない。
複数。
蓮の首筋を冷たい汗が伝う。
「ユイ……」
「振り向いちゃ駄目」
「何なんだよ!」
「見たら記録される」
意味不明だった。
だがユイの声は本気だった。
冗談ではない。
恐怖そのものだった。
足音はさらに近付く。
コツ。
コツ。
コツ。
そして。
後ろから誰かの声が聞こえた。
「被験者No.217を確認」
機械のような声。
感情がない。
「観測開始」
蓮の全身から血の気が引いた。
逃げる二人の影が夜道に伸びる。
その後ろを、
何かが静かに追い掛けていた。