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来年の春も、咲くのかな
感動系です。
病気の話ですが、そこまで専門的に見ないでください!
少し違うことがあるので信じすぎず!これは小説ですので!
「りかせんせー!見て見てー!」
朝から元気いっぱいの声に呼ばれて、私は持っていた絵本を閉じた。
「んー?なあに?」
声のした方へ向かうと、一人の女の子が画用紙を両手で持って駆け寄ってきた。
「かいたの!」
「お、上手じゃん。これ誰?」
画用紙には、茶色い髪の女の人らしきものと、その周りに何人もの子どもたちが描かれていた。
「りかせんせー!」
「私?こんな髪ぐちゃぐちゃなの?」
「えへへ」
「えへへじゃないよー」
女の子の頬を軽くつつく。
キャッキャと笑いながら逃げていくその子を見て、私も小さく笑った。
「りかせんせー!こっちも見てー!」
「はいはい、今行くよー」
私の名前は梨花。
21歳。
保育士になって、まだそれほど長くはない。
昔から絶対に保育士になりたかった、というわけではなかった。
学校を卒業して、なんとなく子どもと関わる仕事もいいかなと思って、勉強して、資格を取って。
そのまま就職した。
気づけば毎日、「せんせー!」と呼ばれている。
夢がないわけじゃない。
ただ、絶対に叶えたいほどの夢がない。
結婚したいとか、子どもが欲しいとか。
何歳までにこれをして、いつか絶対ここへ行って。
そんな未来の予定を考えたこともほとんどなかった。
毎日起きて。
働いて。
家に帰って。
眠って。
次の日が来る。
多分、人生なんてそれの繰り返しだ。
それでいい。
私はずっと、そう思っていた。
「せんせー!」
「今度は何?」
「おにごっこしよ!」
「えぇ……先生、疲れてるんだけど」
「やるー!」
「やるー!」
「先生の意見は?」
「はやくー!」
「聞く気ないじゃん」
両手を子どもたちに引っ張られる。
「はいはい、分かったから引っ張らないの」
仕方なく立ち上がった。
その瞬間だった。
「……っ」
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられた。
思わず胸元に手を当てる。
「せんせー?」
「……ん?」
「だいじょーぶ?」
「大丈夫、大丈夫。ちょっと立つの早すぎただけ」
心配そうにこちらを見る子どもの頭を撫でる。
最近、こういうことが増えた。
いや。
最近という言い方は少し違うかもしれない。
高校生の頃から、私は人より体力がなかった。
体育の授業で少し長く走れば、一人だけ息を切らしていた。
友達と階段を上がるだけで、立ち止まりたくなることもあった。
何度か病院へ行った。
けれど、はっきりとした原因は分からなかった。
だからそのうち、私は気にしなくなった。
昔から身体が弱い。
ただ、それだけ。
「せんせー、はやくー!」
「はいはい。じゃあ先生が鬼ね」
「にげろー!」
子どもたちが一斉に走り出す。
「待てー!」
私もそのあとを追った。
少し苦しい。
でも、いつものこと。
そう思っていた。
その日の午後。
「じゃあみんな、お片付けするよー」
「はーい!」
「ブロック、ちゃんと箱に入れてね。投げない!」
「せんせー、これどこー?」
「それはこっち」
「これはー?」
「それはあっちの箱」
床に散らばったおもちゃを拾っていく。
「よいしょ」
最後に残った積み木を拾い、立ち上がった。
「あれ……」
突然、視界が揺れた。
目の前にあるはずの部屋が、ぐにゃりと歪んで遠くなる。
「……っ」
息を吸う。
吸っている。
ちゃんと吸っているはずなのに。
足りない。
苦しい。
「梨花先生?」
近くにいた先生が私を見る。
「顔色悪いよ?」
「いや……大丈……」
最後まで言えなかった。
足から力が抜ける。
ドサッ。
「梨花先生!?」
「せんせー?」
「りかせんせー?」
「どうしたの?」
子どもたちが集まってくる。
「みんな、ちょっと離れて!先生が見るから!」
「りかせんせー、ねてるの?」
「せんせー?」
「だいじょーぶ?」
声が聞こえる。
泣き出した子もいた。
起きなきゃ。
大丈夫だよって言わなきゃ。
心配させちゃう。
そう思っているのに、身体が動かなかった。
(あー……)
(やっちゃった)
それが、意識を失う直前に考えたことだった。
目を覚ますと、見覚えのない白い天井があった。
「……知らない天井」
「梨花!」
「うわっ」
横から突然大きな声が飛んできた。
「びっくりした……」
「よかった……!」
母だった。
目が赤い。
少し離れたところには父。
そして。
「姉ちゃん」
「なんであんたまでいるの」
弟までいた。
「なんでって、お前倒れたんだぞ」
「仕事は?」
「休んだ」
「え、わざわざ?」
「わざわざって何だよ」
「だって私、寝てただけじゃん」
「倒れたんだよ!」
「似たようなもんでしょ」
「全然違うわ」
弟が呆れたようにため息をつく。
母が私の顔を覗き込んだ。
「梨花、苦しくない?」
「今は別に」
「胸は?」
「大丈夫」
「息苦しくない?」
「うん」
「本当に?」
「お母さん」
「なに?」
「質問多い」
「あ……ごめん」
母はそれ以上何も言わなかった。
大袈裟だな。
私はそのとき、それくらいにしか思っていなかった。
でも、次の日になっても退院できなかった。
検査。
また検査。
血を採られて、よく分からない機械をつけられて、また別の検査をする。
一週間近く経っても、「もう帰って大丈夫ですよ」という言葉は聞けなかった。
それどころか。
「しばらく入院していただくことになります」
医師からそう言われた。
「しばらくって、どのくらいですか?」
「今の段階では、まだ何とも言えません」
「仕事あるんですけど」
「職場にはご家族から連絡していただいています」
「……そうですか」
おかしい。
ようやく、そう思い始めた。
母が毎日のように来る。
父も仕事終わりに顔を出す。
弟まで頻繁に来た。
しかも全員、妙に優しい。
「梨花、水いるか?」
「いる」
「ほら」
弟がペットボトルを手渡してくる。
私は受け取りながら、弟の顔をじっと見た。
「……何?」
「普段なら自分で取れって言うじゃん」
「病院くらい取ってやるよ」
「ふーん」
「何だよ、その顔」
変だ。
医師も。
看護師も。
家族も。
みんな私に何かを言いかけて、やめる。
まるで壊れ物を扱っているみたいだった。
ある日の夕方。
母が帰る準備をしていた。
「じゃあ梨花、また明日来るからね」
「うん」
「何か欲しいものある?」
「別に」
「本当に?」
「うん」
母が病室を出ようとする。
「お母さん」
「なに?」
「私、死ぬの?」
母の手が止まった。
ほんの一瞬。
本当に一瞬だけ。
そのあと、すぐ笑った。
「何言ってるのよ」
「……」
「急にそんなこと言わないで」
「そっか」
私はそれ以上聞かなかった。
でも、分かった。
(ああ)
(私、結構ヤバいんだ)
不思議だった。
もっと怖くなると思っていた。
泣きたくなるとか。
死にたくないと思うとか。
まだやりたいことがあると叫ぶとか。
そういうものだと思っていた。
でも。
私の中には何も湧いてこなかった。
(まあ……人っていつか死ぬし)
その日は、それだけ考えて眠った。
数日後。
少しだけ病院内を歩いてもいいと言われた。
病室にずっといるのも退屈だったので、私は一人で廊下をゆっくり歩いていた。
疲れたら窓際で止まる。
また少し進む。
ただ、それだけ。
曲がり角に差しかかったとき。
向こうから看護師二人の話し声が聞こえてきた。
「……ご家族には説明済み?」
「うん。先生から」
聞くつもりはなかった。
そのまま通り過ぎようとした。
「やっぱり、一年程度って?」
足が止まった。
「そうみたい。本人にはまだ詳しいところまでは……」
心臓が、一度だけ大きく鳴った。
なぜか。
自分のことだとすぐ分かった。
看護師たちは私に気づかないまま、その先の角を曲がっていった。
一年。
一年。
頭の中で何度も繰り返す。
一年って。
何日だっけ。
365日。
春が来て。
夏が来て。
秋が来て。
もう一度、冬が来る。
それだけ。
「……一年か」
涙は出なかった。
窓の外を見る。
冬の空は灰色だった。
(来年の今頃)
(私、いないんだ)
怖いというより、不思議だった。
自分がいない世界を、うまく想像できなかった。
その後、正式な病名も聞いた。
肺静脈閉塞症。
初めて聞く名前だった。
「……長いですね」
説明を聞いたあとの第一声がそれだった。
医師は少し驚いた顔をした。
もっと悲しんだり、取り乱したりすると思っていたのかもしれない。
治すことが非常に難しいこと。
私の場合はすでにかなり進行していること。
できる限りの治療を続けながら、状態を見ていくこと。
難しい言葉をたくさん聞いた。
でも、私が理解したことは一つだけだった。
私は、長くない。
それから病院で過ごす時間が、私の日常になった。
仕事には戻れなかった。
園のみんなには「病気の治療でしばらくお休みします」とだけ伝えたらしい。
数週間後。
母が大きな封筒を持ってきた。
「これ、園から」
「何?」
開けてみる。
中には何枚もの画用紙が入っていた。
『りかせんせいへ』
『げんきになってね』
『またあそぼうね』
いろんな色のクレヨンで描かれた、たくさんの絵。
茶色い髪の女の人。
多分、私。
「……また髪ぐちゃぐちゃじゃん」
思わず笑った。
でも。
『またあそぼうね』
その文字を見て、指が止まった。
「……うん」
小さく呟く。
病室の壁に、その絵を貼った。
また会えるよ、とは言えなかった。
冬の終わり。
私は病院の廊下をゆっくり歩いていた。
「あっ」
曲がり角で、前から来た人と危うくぶつかりそうになった。
「すみません」
「いや、こっちこそ。大丈夫?」
「はい」
顔を上げる。
黒い髪は少し長めで、無造作。
背は高い。
でも、その身体はかなり痩せていた。
私より、ずっと病人らしい。
手首には患者用のリストバンドがあった。
「ほんとに大丈夫?」
「大丈夫です」
「ならよかった」
「じゃあ」
軽く頭を下げ、横を通り過ぎた。
ただ、それだけ。
名前も知らなかった。
どこの病棟なのかも知らない。
別に知りたいとも思わなかった。
そのときは。
数日後。
私は屋上にいた。
入院してから見つけた、お気に入りの場所。
病室より静かで、人もあまり来ない。
外の空気が少しだけ気持ちいい。
冬が終わりかけているとはいえ、まだ寒かった。
「……寒」
何で来たんだろ。
そう思いながらベンチへ向かう。
「あ」
先客がいた。
向こうもこちらに気づいた。
「あ、この前の」
廊下でぶつかりかけた男の人だった。
「……こんにちは」
「こんにちは」
それだけ言って、私は少し離れたところへ座った。
会話は終わった。
男の人は空を見ている。
私も空を見る。
沈黙。
普通なら気まずいはずなのに。
なぜか、その時間は嫌ではなかった。
数日後。
また屋上へ行った。
「こんにちは」
「……またいますね」
「それ俺のセリフなんだけど」
あの人だった。
「私、ここ好きなので」
「俺も好き」
「そうですか」
「そこ、『奇遇ですね』とかじゃない?」
「同じ病院なんだから、そこまで奇遇でもないですよね」
「冷たっ」
「普通です」
「絶対普通じゃない」
少しだけ笑ってしまった。
「今笑った?」
「笑ってません」
「いや笑ったじゃん」
「気のせいです」
「絶対笑った」
変な人。
そう思った。
それからも、屋上で何度か会った。
三回。
四回。
五回。
最初は偶然だった。
本当に偶然。
でも。
いつからか。
屋上へ向かう途中で考えるようになった。
(今日、いるかな)
そんなことを思ったあとには、必ず心の中で付け足した。
(別に、どっちでもいいけど)
ある日、いつものように並んで座っていると、その人が口を開いた。
「そういやさ」
「はい?」
「名前知らないよね」
「今更ですね」
「今更だね」
「……梨花です」
「名字は?」
「なんでですか」
「いや、普通聞くだろ」
「じゃあ、そっちから」
「朝倉悠真。24歳」
「24?」
「何その反応」
「年上だったんですね」
「何歳だと思ってたの?」
「同い年くらい」
「俺そんな若く見える?」
「じゃあ老けてる方がよかったんですか?」
「梨花さんさ」
「はい」
「意外と酷いこと言うね」
「そうですか?」
「そうです」
少し笑いながら、その人、悠真さんは空を見上げた。
「梨花さんは?」
「21です」
「三つ下か」
「そうですね」
「じゃあよろしく、梨花」
ほんの一瞬。
身体が固まった。
呼び捨て。
昔の記憶が、一瞬だけ頭の奥をよぎった。
近づいて。
信じて。
距離がなくなって。
そして最後には、壊れた。
「……いきなり呼び捨てですか」
「ダメだった?」
「……別に、いいですけど」
「じゃあ梨花も悠真って呼んでよ」
「嫌です」
「え?」
「朝倉さんで」
「急に距離遠くない?」
「朝倉さん」
「悠真」
「朝倉さん」
「悠真!」
「しつこいです」
「一回くらい!」
「嫌です」
「何で!?」
思わず吹き出した。
「あははっ」
「ほら!」
「……何ですか」
「笑った」
「笑ってません」
「いや今のは無理あるって!」
その日。
私は久しぶりに、誰かの前で声を出して笑った。
それから、少しずつ冬が終わっていった。
「梨花さん」
「何ですか、朝倉さん」
「まだ朝倉さんなの?」
「じゃあ何がいいんですか」
「悠真」
「それは嫌です」
「何でそこだけ頑ななの?」
「じゃあ……悠真さん」
「さん要らないんだけどなあ」
「これ以上は無理です」
「いつか絶対呼ばせるからな」
「ご自由に」
結局。
その日から私は彼を『悠真さん』と呼ぶようになった。
ある日の屋上。
「梨花さん、桜好き?」
「普通です」
「普通って何?」
「好きでも嫌いでもないです」
「つまんない回答だなあ」
「聞いといて失礼じゃないですか?」
「じゃあさ」
悠真さんがこちらを見る。
「今度、桜見に行かない?」
「外出許可、まだ出ないですよ」
「病院の中庭」
「あそこ?」
「そう。結構綺麗に見える場所があるんだって」
「へえ」
「もうすぐ咲くらしいよ」
「悠真さん、そういうの好きなんですね」
「俺だって花くらい見るわ」
「意外」
「梨花さんの方が失礼じゃん」
「ふふっ」
「また笑った」
「笑ってません」
「それもう無理あるって」
「……咲いたら行きましょうか」
「ほんと?」
「はい」
「じゃあ約束」
「約束するほどのことですか?」
「いいの。約束」
悠真さんが小指を差し出した。
「……子どもですか?」
「保育士なんだろ?付き合ってよ」
「何で知ってるんですか?」
「この前言ってたじゃん」
「よく覚えてますね」
「梨花さんの話だから」
「……」
「ん?」
「何でもないです」
私は小指を絡めた。
「咲いたら、ですね」
「ああ」
そして春。
病院の中庭に、桜が咲いた。
「うわ……」
「めっちゃ嬉しそうですね」
「いや、思ったよりすごい」
「悠真さんが誘ったんじゃないですか」
「俺もこんな咲くと思ってなかった」
「適当すぎる」
二人でベンチに座る。
満開の桜。
風が吹くたびに、薄い桃色の花びらが舞う。
「綺麗ですね」
「だろ?」
「悠真さんが咲かせたみたいに言わないでください」
「俺が咲かせた」
「はいはい」
「信じてないな?」
「信じる人いるんですか?」
「梨花さん」
「いません」
二人で笑った。
不思議だった。
悠真さんといると。
思ったことを、そのまま言える。
嫌なら嫌。
面白ければ笑う。
からかわれたら言い返す。
そんな当たり前のことを。
特に男の人の前では、私はずっとできないと思っていた。
「なあ、梨花さん」
「はい?」
「来年も見ような」
その言葉に、私は止まった。
「……」
「梨花さん?」
「……うん」
「どうした?」
「何でもないです」
私はもう一度、桜を見上げた。
(来年、か)
一年。
あの日、聞いた言葉が蘇る。
(来年の桜が咲く頃)
(私は、もういないんだ)
それなのに。
「……来年も、綺麗でしょうね」
「だろうな」
悠真さんは笑っていた。
私はその横顔を見て。
なぜか少しだけ、胸が痛くなった。
桜が散っても、私たちは変わらず屋上で会った。
もう『偶然会う』ではなかった。
何時頃に行けば相手がいるのか。
お互い、なんとなく分かっていた。
悠真さんが来ない日は、少し物足りなかった。
次の日に会うと。
「昨日いませんでしたね」
「検査」
「ああ」
「俺いなくて寂しかった?」
「全然」
「即答やめて?」
そんな会話をする。
悠真さんは、自分のことも話してくれた。
高校を卒業してから、石材や建材を加工する仕事をしていたこと。
そこで吸い込んだ粉じんが原因と考えられる重い肺の病気になったこと。
そして私よりも、状態が悪いこと。
本人は笑って話していた。
「まあ、なっちゃったもんは仕方ないし」
その言葉を聞くたび、変な人だと思った。
私よりずっと苦しそうなのに。
私よりずっと死に近そうなのに。
どうしてこの人は、こんなに普通に笑っていられるんだろう。
そして気づけば。
そんな悠真さんを、もっと知りたいと思っていた。
ある日の屋上。
いつものように二人で並んで、何でもない話をしていた。
会話が途切れて、少しだけ静かになる。
そのときだった。
「梨花」
「はい?」
「俺、梨花のこと好きだよ」
「……はい?」
あまりにも突然だった。
「聞こえなかった?」
「聞こえました」
「もう一回言おうか?」
「言わなくていいです」
「俺と付き合ってほしい」
冗談だと思いたかった。
でも。
悠真さんは笑っていなかった。
いつもみたいにふざけてもいなかった。
まっすぐ、私を見ていた。
「……私」
「うん」
「長くないですよ」
「知ってる」
「……」
私の詳しい余命までは、悠真さんには言っていない。
でも、重い病気であることは知っている。
そして。
悠真さんだって。
「悠真さんだって……」
「うん」
その先は言えなかった。
『悠真さんだって長くないじゃないですか』
そんなこと。
わざわざ言う必要なんてない。
「長くないからってさ」
悠真さんが口を開いた。
「好きになるのやめるなんて、俺には無理だった」
「……変な人」
「またそれ?」
「最初から変な人でした」
「知ってる」
「自覚あるんですか」
「あるよ」
「直してください」
「それは無理」
思わず笑う。
でも、怖かった。
誰かとここまで近づくことが。
特に男の人と。
また何かが壊れたら。
また昔みたいになったら。
そう思うと、今すぐ逃げたくなる。
でも。
悠真さんの隣からだけは。
逃げたくなかった。
「……本当に」
「うん」
「私でいいんですか?」
「梨花がいい」
胸の奥で。
何かが、少しだけほどけた気がした。
「……よろしくお願いします」
数秒。
悠真さんは黙っていた。
「……え?」
「嫌ならやめますけど」
「待って待って待って!」
「何ですか」
「今の『よろしくお願いします』って、そういう意味!?」
「ほかに何があるんですか」
「やった……!」
「声大きいです」
「いや、だって!」
「病院ですよ」
「分かってるけど!」
悠真さんが今まで見た中で一番嬉しそうに笑った。
その顔を見ていると。
私まで嬉しくなった。
「じゃあさ」
「何ですか」
「記念に一個お願い」
「嫌な予感しかしません」
「悠真って呼んで」
「嫌です」
「何でだよ!」
「それとこれとは別です」
「彼氏だぞ!?」
「知ってます」
「じゃあ呼んでよ!」
「悠真さん」
「さん!」
「うるさいです」
「いつか絶対呼ばせるからな」
「頑張ってください」
笑った。
また、笑った。
来年の桜を。
私は見ることができない。
それはきっと、変わらない。
でも。
来年がないからといって。
今日までなくなるわけじゃない。
残っている時間くらい。
この人の隣にいてもいいのかもしれない。
そう思った。
8232文字、、、。えぐぅ
これはもう次で完結するので!