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5章 7話 異変
控室は、重い空気に包まれていた。
聞こえるのは、僕達の息遣いや衣擦れの音。それから、知り合いらしき二人の話し声。
僕は座って、手をせわしなく動かしていた。
どことなく落ち着かない。最近知り合ったばかりの相手が、行方不明になっているからだ。
ここでこうしていても、何も変わらない。
なら、捜索に加わるべきか? 僕なら、戦力的には足手まといにはならない。
でも、他の部分――例えば、他の先生との連携など、戦う以外の部分では、足りない所もきっとある。
先生に待機を命じられているのだから、待機するべきだ。そう、頭の冷静な部分が|囁《ささや》いてくる。
捜索に加わるべきだ。加わりたい。
いや、ここで待機するべきだ。先生の指示を無視してはいけない。
思考が堂々巡りに|陥《おちい》って、一向に前に進まない。
こういう時は、考え続けても良い答えが浮かばないんだ。一旦、別の事をして頭を切り替えよう。
僕は、辺りを見回した。話せそうな人、居ないかな。
行き詰まった時は、やっぱり他の人の話を聞くのが一番良いと思うのだ。それが悩みに関係ない事だとしても。
室内に居る生徒は、僕を含め四人。先生が一人居るが、大して緊急性の無い事で話し掛けるわけにはいかない。先生はピリピリして、神経を|尖《とが》らせている。
また、室内の話し声の持ち主は、僕達の中の二人。以前からの知り合いだったのだろう、遠目からでも、会話がかなり弾んでいるように見えた。ここに割り込むのは無理そうだな。
というわけで、僕は残った一人――黙ってうつむいている少女に話し掛けに行った。
席を立って、少女の近くへ歩み寄る。
「はじめまして。良かったら、おしゃべりしない?」
少女が顔を上げた。小さく、こくりと頷く。
「ありがとう。僕の名前はトーマ。あなたの名前は?」
「ノラ……」
消え入りそうな声で、少女――ノラが答えた。
いけない。迷宮探索であれだけめちゃくちゃな事をやった後だ。怖がられていてもおかしくない。
僕は彼女の正面にしゃがむのをやめて、斜め前に移動した。
これで、ノラが僕の目を正面から見ずに済む。多少は恐怖も取り除けるはずだ。
「ノラか。よろしくね」
ノラは、こくりと頷いた。
「ノラが好きな事って、ある?」
質問をして、しまったと思った。
あまりにも安直な質問だ。それに、回答の幅が広く、答えづらい。
僕は、沈黙が生まれる事を覚悟した。
「魔道具作りです」
しかし、場が沈黙に支配される事は無く。
先程までとは打って変わって、ノラの真っ直ぐな声が僕の耳に届いた。
その変化に、僕は面食らう。
次の言葉が出てこない。頭を必死に回す。
このチャンスを逃したら、気まずい空気に逆戻りだ。
「い……」
「素材の性質を考えて、どんな魔術を付与すれば良いのか、何と組み合わせれば良いのか考える。謎解きをしているみたいでワクワクが止まりません!」
「良いね」と。ありきたりな反応で場を持たせ、その隙に次の言葉を考えるつもりだった。
だが、その必要は無いらしい。
ノラが目を輝かせて魔道具作りについて話しているからだ。
わざわざ水を差す事は無い。
「私は素材にもこだわりたいんです。鉄や銅など、一般的に使われる素材で魔道具を作る人もいます。しかぁし!」
ノラの声以外の音が聞こえない。
横目で他の二人を見ると、二人は話すのをやめて、僕達の方を見ていた。
「――っ」
魔術が発動される気配。
強大な魔素の気配は感じていた。だが、まさか魔術を使うとは。
警備はしっかりしているんじゃなかったのか。
今の所、部屋の中で気付いているのは僕一人――先生も気付いていない。生徒の捜索に動員されていないから、そこまで高い実力を持っているわけではないのだろう。
「ノラ」
僕は、小さく、鋭く、ノラに声を掛けた。
これで事態の緊急性が伝われば良いのだが。
「そうした素材よりも、モンスターの素材、ダンジョンで取れた素材を使う方が――どうしましたか?」
良かった、聞こえたみたいだ。
「詳しくは分からない。だけど、何か大きな魔術が使われたみたいだ」
「私は、何を……」
「何も。心構えだけしてくれれば良い」
僕とメアとスブシーディム。僕達が揃えば、出来ない事はほとんど無い。
「今から、僕は外の様子を確認してくる。ノラは落ち着いて、自分の身を守ってくれれば大丈夫だから」
ノラはまだ何か言いたいようだったが、僕は彼女の返事を待たず、
「それじゃあ」
部屋の扉を開けようとした時だった。
手を触れていないのに、扉がひとりでに開いていく。
僕は扉の前から退き、来訪者の姿を確かめた。
「トーマは居るか」
《皆さん! こちらから、我々の要求をお伝えします》
来訪者の一言目と、放送がかかったのは同時。
来訪者は放送を聞いて、小さく舌打ちした。
「居るな。学園が魔族に占拠された。先生方が対処に向かわれている」
どこかで聞いた事がある声だ。
確か――、
「ゼイヴィア」
あの時、ダンジョンで出会った二年生。
あの時はほとんど声を聞けなかったから、なかなか思い出せなかった。
ゼイヴィアは僕の言葉を否定せずに、話を続ける。
「だが、|ダンジョン《ここ》は手つかずだ。俺の言いたい事が分かるか」
「ダンジョンの中にも魔族が居る?」
「正解だ。よく出来たな」
褒められてもなあ。
ここまで丁寧に前提を並べられれば、誰でも結論に辿り着ける。
「行くぞ」
「待って」
これで、ダンジョンの中に入る口実が出来た。
ダンジョンに入る前に、一つ確認しておきたい事があった。
メアとスブシーディムは無事なのか? ここには居ないようだが。
そう続けようとしたのだが、
「他の二人は居ない。それぞれの場所で戦っている。行くぞ」
ゼイヴィアが的確に僕の感情を読み取り、答えてくれた。
なら、心配する事は何も無い。魔族に占拠された校内で戦っているというのが、引っかかるけれど。二人なら、引き際を誤る事も無いだろう。
「……分かった。だけど、僕からも条件がある」
ゼイヴィアが僕を見た。その目が、鋭く細められる。
「知り合いがまだ中に居るんだ。魔族を探すついでで良い、探させてほしい」
「人手が足りない。もし先にお前の知り合いを見つけたら、魔族捜索に加わってもらうことになる」
それでも良いのか? そう、ゼイヴィアが目で聞いてきた。
良いわけない。
でも、ゼイヴィアに話すにしても、話さないにしても、僕はルアイを探していただろう。
ゼイヴィアに話さずにルアイを探して、見つけた場合、ゼイヴィアはルアイを魔族の捜索に加えるはずだ。心の準備が出来ると考えれば、まだ心を乱さずに済む。
「……構わない。そこまで僕の意見を通せるとは思っていないよ」
「条件はそれだけか? なら行くぞ」
ゼイヴィアが|途端《とたん》に歩みを速めた。
僕もそれについて行きながら、思考を巡らせる。
ゼイヴィアは「人手が足りない」と言っていた。
魔族は複数居るのか?
まず、魔族とは?
「魔族って何?」
「人類の敵。会えば分かる」
あまりにも極端な答えだった。
彼の言う事を頭から信じる事に、不安を覚える。
他の意見も聞きたいが、ここにはゼイヴィア以外に聞ける相手が――いや、一人居たな。
(魔族って何だ?)
心の中で、そっとクロに問いかける。
|夜影剣《マガビナス》を実体化している時だけ、クロは僕に話しかける事が出来る。だが、その逆、僕からクロへ話しかけるのはいつでも出来る。
|夜影剣《マガビナス》非実体化時は、僕が意識を傾けない限り、クロの声が聞こえる事は無い。
『知らん』
と、そっけない返事。
(それじゃあ困るんだ、何でも良いから知っている事を教えてほしい)
『俺はモンスターも魔族も知らない。だが、魔族に似た存在なら知っている。彼らは――そうだ、人類の敵として創られた』
人類の敵? それなら、ゼイヴィアがあれだけの敵意を抱く理由も分かるが――わざわざ、何故?
『俺にはしゅ――創造神どもの考えは分からない。だから、答えられない――が、奴らは揃って「そうしないと世界が滅ぶ」と言っていた。どういう意味かは知らん』
人類の敵を創らなければ、世界が滅ぶ?
敵を倒さなければ世界が滅ぶという作品は、何度も見てきた。だが、それとこれとでは順番があべこべだ。
(よく分からないけどなんとなく分かった。ありがとう)
意識を現実に戻す。
「トーマ。方針を話す」
タイミング良くゼイヴィアが話し始めたので、彼の話に耳を傾けた。
「二つのまとまった魔力がダンジョンに逃げ込むのを確認した。魔族は最低でも二人居る。片方だけを追えば、もう片方に逃げられる可能性がある。だから、俺達も二手に分かれたい」
ダンジョンは目と鼻の先。
ゼイヴィアがなるべく早く話し終わるように、僕は口を挟まず、聞き役に徹する。
「魔族が何かをしようとすれば、すぐに妨害。逃げられても深追いしない。この二点だけは、絶対に守れ」
ゼイヴィアの声に、有無を言わさぬ圧力が加わる。
僕は素直に頷いておいた。
「魔族と交戦し、可能なら捕獲。無理なら殺害。最低でも撃退。ただし、自分の命が最優先。理解したか?」
「ああ。魔族と戦って、出来れば捕獲、出来なそうなら殺す。最低目標は魔族を追い払う事。最優先は自分の命」
ゼイヴィアの発言を、そのまま口に出す。
ゼイヴィアは満足げに頷き、
「魔族は強い。種族共通の弱点なんてものも無い。やれるだけやれ。いつも通りにな」
「僕なりにやれるだけやってみるよ」
ダンジョンの入口に到着した。