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目次
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2026/07/21 山梨とはる#1
あれ、山梨、いない。4月1日、学校用のタブレットに新しい学年主任から送られてきた学年名簿をながめて、私はぼんやりと気づいた。いないわけないのに。先生側のミスだろうか。こんな大事なものでミスをするかな、とも思うが、ミスでないと仮定すれば退学、留年、そのあたりになってしまって、だけどそんなこと春休みにはいるまえの山梨は話していなかった。机の上に置いているスマホを掬い取るように手にして山梨にメッセージをおくる。
「がくねんつうしんにやまなしいないよ。」
変換がめんどうでひらがなだけの文章。だけど私と山梨のメッセージなんて大体そんなものだ。流石に読みにくいという懸念があれば空白か改行かを使う。
既読はすぐについて、返信もすぐにきた。
「いるよ」
山梨は漢字も使わなければ句点も使わない。長文も、あまり打たない。
「どこ なんくみ。」
「3」
3組。私はまた学年名簿に視線をやって3組を1番から27番までじっくり読み込んだけれど、山梨陽菜という名前は並んでいない。
相澤、犬賀、宇野、……、皆川、矢田、吉井、吉田、渡辺。やっぱりいない。山梨はいない。
「いないよ。」
「いるよ」
またすぐに返信が来た。いないんだって、と打っている間にもぽろろ、と音が鳴ってメッセージの通知を知らせられる。
「よしいだよ」
「さいこん おやの」
「あとりこん」
「ちがう りこん→さいこんね」
「さいこん→りこんじゃなくて」
「てかりこん いまじゃない なんねんもまえ」
「そんな短期間でりこんしてさいこんしねえっての」
私の返しなんて期待もしていないし待っていない、と言いたげに急に一気に捲し立てられて私は打ち掛けの「いないんだっt」を1文字ずつ消した。代わりに言うことを考えたが、そんなに浮かばなくて、半ば諦めのような心境で「なるほど。」と押した。
吉井陽菜。たしかにいた。3組に、いた。
つづかないよ
つづくかもだよ
2
山梨とはる#2
4月7日。始業式。私が2年3組にいくと山梨あらため吉井はもう来ていて、席に座って制服からハーフパンツに着替えていた。
それを見て、あ、そっかきょう、大掃除あるか、始業式の前に。なんてことをおもいだす。ハーフパンツを忘れた私はスカートを着たまま掃除することになる。教室の床の水拭き担当だったら汚れていやだけど、もしそうなれば仕方ないので腹を括る。
黒板に貼られている座席表から自分の席を探した。私の苗字は「川島」で出席番号は8番だ。廊下側から2列目の前から3番目だった。まあまあの席。よかった。
「やまなしー…よしい。」
席にカバンを置いたあと、ちょうど着替え終わってスカートを椅子に覆い被せるようにかけている吉井に話しかける。思わず山梨、と呼んでしまいそれとなく言い直すと、彼女は顔を上げて肩をすくめた。「どっちでもいい、そんなの。」
「あ、そう。まあ吉井でいく。」
「ふうん。」
「ねえ、メンタルつよいね。」
私がふと、という調子で口にすると彼女は不思議そうに何度かまばたきをした。本当にメンタルが強いといっそ感心しつつ、苗字変わったのに、と細く続けると、目の前のおおきな目は今度は不可解そうに切れ長になった。
「えっと、離婚はともかく再婚は、べつにそんな、でもない。」
「他人から見たら離婚か再婚かなんてわかんないよ。死別かもしれないし。」
「死別は苗字変わんないよ。」
「えっほんと。」
「離婚じゃないもん。」
「そうなんだ。」
なんで知ってるんだろう山梨。じゃなくて吉井。やっぱりまだ山梨のほうが馴染む。彼女のおおきなひとみは薄い黄色をしていてどこか梨に似ているし、なんていうのはほんとうは関係のないことだけど、ともかく吉井なんて顔じゃないのだ。
そんなでもどうせすぐに慣れてしまうんだろうと知りながら、私は言う。
「しばらくは山梨って呼ぶことにする。」
「あっそう。」どっちよ、と山梨はつぶやく。
続かないよ。
3
山梨とはる#3
幸いなことに大掃除では私はほうきのゴミ取りに当たった。水拭きみたいに確実に床にスカートがつくのと比べれば圧倒的にマシだ。ベランダに出て、クラスメイトの宇野とふたりでひたすらほうきをゴミ取りで取る。宇野とは去年も同じクラスだったが、それほど親しいわけではないので、すこし気まずい。
「あ、そういえばさー。」
宇野は親しい友人に話しかけるみたいな軽い口調で私に声をかけた。意外とフレンドリーであるらしい。私も同じ軽さでかえすべきなんだろうけど、慣れていないせいで「なに。」とやや固くなってしまった。それでも宇野は気にしていないようでゴミを取りながらつづける。ベランダの地面に灰色のほこりが落ちていって、弱い風でも揺れ動くので、風の向きを考えてほこりの軌道上にいないようにしている。
「山梨さんって苗字変わってるよねえ?あれ。」
心臓がほんとうにわずかに跳ねた気がした。私が勝手に答えていいものか悩むが、苗字が変わったのはみんな知ることだろうしいいか、と首を縦に振る。
「うん。」
宇野はだよねーと言って、
「ええっとなんだっけ、よしい、さんになってる。」
「うん。」
もう一度うなずく。
「でも春休みの前は山梨さんだったよね?」
「それは、そうだね。」
うなずく以外の反応を示せない。宇野からすればただの事実確認だからそんなのでいいんだろうけど、私のほうでは、先ほどまでのすこし気まずいが結構気まずい、になってしまっていて、ゴミ取りを握る手に力がはいった。
「春休みでなにかあったのかなあ。」
宇野はそれほど興味のなさそうな、しかし完全に無関心というわけでもない、まさにただのクラスメイトに対しての気持ちとして大正解のトーンで言った。
「川島さんしってる?仲良いよね山梨さんと。」
ふつうに知ってるよ、おしえてくれたよ、心の中で答えた。でもそれこそ、一端の友人でしかない私がべらべら話してはいけないことだろう。うん、知らないことにしよう。そう決めて「ううん。」と言った。
「ふうん、川島さんでも知らないんだ。あ、わたし袋とってくるね。」
宇野は教室のなかの時計を見やってそろそろ掃除の時間が終わることを知ると、ほうきを置いて立ち上がった。私はすっかり綺麗になった自分のほうきを数秒眺めたあと、ゴミ箱に歩く宇野の背中に視線をやった。ちょうど山梨が、ちりとりを片手に教室に入ってくるのが見えた。
つづかないよ